見もの・読みもの日記

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真犯人?/暗殺・伊藤博文(上垣外憲一)

2008-06-16 23:59:01 | 読んだもの(書籍)
○上垣外憲一『暗殺・伊藤博文』(ちくま新書) 筑摩書房 2000.10

 先週末は、ワケあって東京の家に帰っていた。私が2001年の春まで住んでいた家で、それ以前の蔵書が書棚に並んでいる。所在なく背表紙の列を眺めていたら、本書に目が留まった。あれ、こんな本読んだっけ?と記憶を探りながら、最初の数ページをたどり始めた。面白い。けれども一向に記憶はよみがえってこない。

 奥付を見ると2000年の発行である。だとすれば、私が東アジアの近代史に興味を持ち始めた、非常に早い時期の本になる。日本が韓国を併合したことも、伊藤博文が韓国統監府の初代統監をつとめたことも、分かっていたかどうか。まして、閔妃暗殺の真相とか、暗躍する内田良平と黒龍会とか、複雑怪奇な外交政治の裏面史が、素養もなしに理解できるわけがない。私はこの本、かつて読もうと試みて、途中で投げ出したのではないかと思う。

 しかし、今回は面白かった。むちゃくちゃハマった。1909年、ハルビン駅頭で、韓国人の独立運動家・安重根に暗殺されたとされる伊藤博文。しかし、「安重根が狙撃につかったのはブローニングの七連発の拳銃であったが、伊藤に命中した銃弾は、フランス騎馬銃のものだった」という説がある。

 実は、伊藤は韓国併合に反対し、韓国の歴史・慣習を尊重した統治を行おうと苦慮していた(それでも韓国国民の激しい抵抗に直面し、最後は匙を投げたかたちになってしまったが)。日韓併合を足がかりに満州進出をたくらむ右翼、軍部からすれば、伊藤の優柔不断外交は許しがたいもので、「萬朝報」などは、公然と伊藤暗殺やむなしとする論調を掲載している(ええー!!)。そうした状況証拠から、著者は、伊藤暗殺の首謀者は明石元二郎、実行犯は朝鮮人の憲兵隊補助員、そして玄洋社の杉山茂丸、山県有朋も謀略にかかわっていたと推論する。うーむ、面白すぎ。どこまで信じていいのやら。いちおう眉唾つけておこうと思う。

 でも、私は伊藤博文というジイさんが、わりと好きなのである。本書には、伊藤公が「明治の元老の中でも、もっとも優れた文学に対する感受性の持ち主」であったこと、漢詩を能くし、義太夫に感激して泣いたエピソードなど、感慨深いものが多かった。かなりのスケベおやじであったらしいが、許す。倫理的にガチガチの硬派よりは、色好み宰相のほうが(基本的に戦争嫌いで)大きく国を誤らないのでいい。でも、伊藤はツメが甘くて、結局、小才子の陸奥宗光らの暴走を許してしまい(日清戦争の開戦)、その尻拭いに苦労している。大久保利通のような大人物なら陸奥を使いこなせたろうが、伊藤には大久保ほどの器量がない、という勝海舟の評言も、キビしいなあ、と思いながら、切ない微笑を誘われる。

 伊藤と同様、日本が東アジア諸国と協調路線を取ることの利を説いていた明治人に勝海舟、谷干城がいる。特に勝海舟が、中国という国は剣や鉄砲の戦争は下手でも「経済上の戦争にかけては、日本人は、とてもシナ人に及ばないだろう」と説いているのは、まるで今日を見透かしたようだと思った。

 伊藤暗殺百年後の2009年は来年に迫っている。「日韓で率直にこの事件を語り合う催しができたなら」という著者の願いに大いに賛同しておきたい。それでこそ、伊藤公も瞑目できるというものだろう。

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