元衆議院東京2区の泡沫候補・千葉 潤のきょうのひとこと

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「白紙委任?」(2014/10/31)

2014-10-31 13:51:03 | 日記
きょうは2014/10/31(木)です。

「白紙委任?」(2014/10/31)

「争点を 一つに絞り その他は 『白紙委任』と いうことなのか?」-。

 きょうも永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題についてさらにもう少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/10/30付、2014/10/29付、2014/10/28付、2014/10/27付、2014/10/26付、2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。くどいようですが、私は、最近多くの選挙で投票率が低いのは有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感することができないためではないかと考えています。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているからこそ多くの選挙で投票率が低くなっているのではないかと思っているのです。

 ごく普通の多くの有権者にとって選挙で政治関係者が「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を繰り返し唱えることはいったいどのような意味を持つことになるのでしょうか? 選挙で「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を繰り返し唱え続けるということは争点が事実上一つに絞り込まれるということを意味することになるのです。そして争点が事実上一つに絞り込まれることになってしまった場合にはまるで有権者は絞り込まれた事実上ただ一つの争点以外の政策については「白紙委任」させられてしまったかのような状態になるということを意味しているのです。

 小泉純一郎元首相の「郵政解散」によって自民党が圧勝した2005年総選挙では事実上単一争点となった「郵政民営化」という「漢字五文字」のためにその他の重要なものの多くが覆い隠されてしまったのです。そして小泉元首相が総選挙で国民に公約した「郵政民営化」を「実現」させた後の自民党政権は「迷走」し続けることになったのです。また「政権交代」という「漢字四文字」が繰り返し唱えられていた2009年総選挙で圧勝した民主党は国民に公約した「政権交代」を実現した直後から「迷走」と「空中分解」を始めることになったのです。「漢字四文字」であっても「漢字五文字」であっても事実上の単一争点以外の政策を「白紙委任」させられた有権者にとっては結局のところは誰も見たくはない迷走劇を見せつけられるという結末に終わったわけです。

 あくまでも念のために言っておきますが、「郵政民営化」という「漢字五文字」であっても、「政権交代」という「漢字四文字」であっても、実際にかなり多くのごく普通の有権者がたとえほんの一時であったとしても自分自身の一票によって政治を変えることができたと実感したはずなのです。それらの言葉が唱えられたことによって実際に多くの有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感することができたことだけは間違いないのです。しかし、「郵政民営化」という「漢字五文字」の場合でも、「政権交代」という「漢字四文字」の場合でも、有権者が自分自身の一票によって政治を変えることができたという喜びはすぐに失望に変わってしまったのです。政治関係者も有権者もそのことだけは絶対に忘れてはならないはずです。この「投票率」の問題についてはそう遠くないうちにまた取り上げることにします。

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「当選しても…」(2014/10/30)

2014-10-30 13:05:24 | 日記
きょうは2014/10/30(木)です。

「当選しても…」(2014/10/30)

「投票し 当選しても 意味はない? 当選後には 期待外れに…」-。

 きょうも永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題についてさらにもう少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/10/29付、2014/10/28付、2014/10/27付、2014/10/26付、2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。くどいようですが、私は、最近多くの選挙で投票率が低いのは有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感することができないためではないかと考えています。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているからこそ多くの選挙で投票率が低くなっているのではないかと思っているのです。

 もちろん「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を繰り返し唱えながら与党に対抗する「選挙のための大きな塊」をつくれば「今の政治に強い不満を持っている人たち」が自分自身の一票が政治を変えたと実感することができる可能性は高まるのだろうと思います。確かに与党に対抗する「選挙のための大きな塊」をつくれば「今の政治に強い不満を持っている人たち」が自分自身が選挙で投票する意味が分かりやすくなるとは思います。しかし、自分自身が選挙で投票する意味を実感することができたとしてもそういう実感があるのはほんのわずかな時間にすぎないのです。そしてそのことは2009年総選挙で「政権交代」を実現した直後から「空中分解」していった民主党政権の「大失敗」を思い出してみれば明らかだと思います。

 もちろんたとえほんの一瞬であったとしても有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感することができるのは悪いことではないと思います。そしてその今の政治に変化を求める有権者の一票のおかげで「なんとかチルドレン」のようなお粗末な人間たちは「議員バッチ」を得ることができたわけです。しかし、それでもやはり、ごく普通の多くの有権者にとっては、たとえ自分自身が投票した候補者が当選したり政党が政権交代を実現したりしたとしても実際に自分が期待したような方向に政治が大きく変化することがなければ意味はないのです。ごく普通の多くの有権者にとっては、一瞬だけ自分自身の一票が政治を変えたという実感を持つことができたとしても当選後や政権交代実現後にすぐに失望することになるのならば意味はなくなるのです。

 自分自身の一票が政治を変えたという実感を持つことができたごく普通の多くの有権者が当選後や政権交代実現後にすぐに失望しないようにするためにはいったい何が必要になるのでしょうか? どんなに少なくとも「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」の中身を選挙前に徹底的に問うことが必要になります。繰り返しになりますが、「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」からイメージすることは一人ひとりで違っているはずなのです。「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」は「魔法の言葉」ではないはずなのです。この「投票率」の問題についてはまた取り上げることにします。

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「誰に入れても…」(2014/10/29)

2014-10-29 14:40:53 | 日記
きょうは2014/10/29(水)です。

「誰に入れても…」(2014/10/29)

「一票が 勝敗決める らしいけど 誰に入れても いいことはない!」-。

 きょうも永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題についてさらにもう少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/10/28付、2014/10/27付、2014/10/26付、2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。繰り返しになりますが、私は、最近多くの選挙で投票率が低いのは多くの有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感することができないためではないかと考えています。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているからこそ多くの選挙で投票率が低くなっているのではないかと思っているのです。

 そもそも「今の政治に強い不満を持っている人たち」は具体的に今の政治のどの部分に強い不満を持っているのでしょうか? それぞれの人たちが今の政治のどの部分に強い不満を持っていてそれを実際にどのように解決していきたいと考えているのかということはそれぞれの人たちで違っているのではないでしょうか? それぞれ違った考え方を持っている「今の政治に強い不満を持っている人たち」のほぼすべてを満足させるようなことは本当にできるのでしょうか? だからこそ政治関係者はそれぞれの「今の政治に強い不満を持っている人たち」の不満の違いをなるべく明らかにしないようにするために抽象的な言葉のままで訴えることになるのだろうと思います。そしてそれぞれの「今の政治に強い不満を持っている人たち」の不満の違いをなるべく明らかにしないようにするために政治関係者が繰り返し用いているのが「政権交代」とか「野党共闘」などという謎の「漢字四文字」なのです。

 「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」は具体的にいったいどういうことを意味しているのでしょうか? 言うまでもなく「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」からイメージすることは一人ひとりで違っているはずなのです。だからこそ2009年総選挙で「政権交代」を実現した直後から民主党内ではそれまで「政権交代」という「漢字四文字」で覆い隠されてきた党内の根本的な主張の違いや深刻な対立が鮮明になったのです。繰り返しになりますが、「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」からイメージすることは一人ひとりで違っているはずなのです。それにもかかわらず、なぜ政治関係者は「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を今でも好んで使っているのでしょうか? あえて言い換えるのならば、なぜ政治関係者は「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を有権者を欺くための道具として悪用しているのでしょうか? そうした邪な政治関係者の存在がただでさえ低い投票率をますます低くしているのです。

 確かに「政権交代」とか「野党共闘」などという「漢字四文字」を繰り返し唱えながら与党に対抗する「選挙のための大きな塊」をつくればどんなに政治的な能力がないお粗末な人間たちであっても「議員バッチ」を付け続けることができる可能性が高くなるかもしれないとは思います。しかし、いくら与党に対抗する「選挙のための大きな塊」ができて自分自身の一票で選挙の勝敗が変わると思ったとしても、ごく普通の多くの有権者にとっては選挙で誰に入れてもいいことはないという状況には少しも変化はないのです。ごく普通の多くの有権者は「議員バッチ」を付けていたいだけの知的レベルの低いお粗末な人間たちとは違っているのです。ごく普通の多くの有権者はただ単に「選挙区事情」や「感情のもつれ」などのために野党側に参加して与党を罵っているだけのお粗末な人間たちとは違っているのです。この「投票率」の問題についてはすぐにまた取り上げることにします。

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「投票しても…」(2014/10/28)

2014-10-28 15:11:55 | 日記
きょうは2014/10/28(火)です。

「投票しても…」(2014/10/28)

「自分だけ 投票しても 意味はない! 落選すれば 何も変わらず!」-。

 きょうも永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題についてさらにもう少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/10/27付、2014/10/26付、2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。くどいようですが、私は、多くの有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感していないために投票率が低迷しているのではないかと考えています。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているからこそ多くの選挙で投票率が低迷しているのではないかと思っています。

 「今の政治に強い不満を持っている人たち」にとっては「今の政治から大きな変化を約束する候補者」が立候補する場合には自分自身がその選挙で投票する意味を強く実感することになるのだろうと思います。そして実際に「今の政治に強い不満を持っている人たち」は「今の政治から大きな変化を約束する候補者」に投票することが多いのだろうと思います。しかし、その「今の政治から大きな変化を約束する候補者」が当選する可能性が極めて低い場合には「今の政治に強い不満を持っている人たち」が実際にその候補者に投票することを期待するのはなかなか難しくなるのです。当たり前と言えば当たり前の話ですが、自分だけが投票してもその候補者が落選した場合には結局は何も変わらないので選挙で投票する意味はないと感じる人たちも少なくないのです。

 確かに「今の政治から大きな変化を約束する候補者」が当選する可能性を高くするために「野党共闘」などを叫んで選挙協力をする意味はそれなりにあると思います。あえて言い換えれば、「今の政治から大きな変化を約束する候補者」を「ハズレくじ」ではなく「当たりくじ」にするためには「野党共闘」などを叫んで選挙協力をする意味はそれなりにあるのです。確かに候補者を絞り込んでその候補者に「今の政治に強い不満を持っている人たち」の票を足し合わせることができるのならば「今の政治から大きな変化を約束する候補者」が当選する可能性を高くすることができることになります。しかし、実際に選挙で「今の政治に強い不満を持っている人たち」の票を上手く足し合わせるのはそれほど簡単なことではないのです。特に多くの有権者が賢明である場合には一人の「今の政治から大きな変化を約束する候補者」に「今の政治に強い不満を持っている人たち」の票を集中させるのはかなり難しいことになるのです。

 そもそも「今の政治に強い不満を持っている人たち」は今の政治のどの部分に強い不満を持っているのでしょうか? 今の政治のどの部分に強い不満を持っていてそれをどのように解決したいのかということは極端な場合には人それぞれ違っているのではないでしょうか? もしも多くの有権者が「今の政治から大きな変化を約束する候補者」が実際に当選した後のことをある程度正確に想像することができるほど賢明であるのならば、当選した後は実際に何を実行しようとしても必ず「あちらを立てればこちらが立たず」の状態になるということにすぐに気づくはずなのです。ですから、多くの有権者が賢明である場合には「今の政治から大きな変化を約束する」だけでは自分自身が選挙で投票する意味を実感してもらうことはできないのです。きょうのところは話をこの程度にとどめることにしておきます。この問題についてはまた取り上げることにします。

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「一人抜けても…」(2014/10/27)

2014-10-27 11:55:15 | 日記
きょうは2014/10/27(月)です。

「一人抜けても…」(2014/10/27)

「あの人は みんなが入れて どうせ勝つ! 一人抜けても 結果は同じ!」-。

 きのう10/26に投開票が行われた福島県知事選では無所属で新人の内堀雅雄氏が当選しました(→元福島県副知事。自民党・民主党・公明党・社民党などが支援)。投票率は過去2番目に低いは45.85%(過去最低だった前回の42.42%を3.43ポイント上回る)だったそうです。さて、きょうも永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題についてもう少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/10/26付、2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。最近は多くの選挙で投票率が低迷しています。繰り返しになりますが、私は、多くの有権者が自分自身が選挙で投票する意味を実感していないために投票率が低迷しているのではないかと考えています。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているからこそ多くの選挙で投票率が低迷しているのではないかと思っています。

 国政選挙、地方議会選挙、あるいは自治体の首長の選挙であっても、「今の政治を強く支持している人たち」と「今の政治に強い不満を持っている人たち」の場合にはおそらく自分自身が選挙で投票する意味を強く実感することになるのだろうと思います。「今の政治を強く支持している人たち」にとっても「今の政治に強い不満を持っている人たち」にとっても自分自身が選挙で投票する意味を実感することはそれほど難しいことではないのです。そして現実に自分自身の一票が選挙結果を決めることになる可能性がそれなりに高い場合には自分自身が選挙で投票する意味をさらに強く実感することになるのです。

 それでは「今の政治に特に不満を持っていない人たち」は自分自身が選挙で投票する意味を感じるのでしょうか? 多くの場合には「今の政治に特に不満を持っていない人たち」は選挙で自分自身が投票する意味が本当にあるのか疑問に感じることになるのではないかと思います。あえて言い換えれば「今の政治に特に不満を持っていない人たち」にとっては選挙で投票しても投票しなくてもあまり意味はないと感じることが多いのです。そして当然ながら自分自身が投票しても投票しなくてもあまり変わらないと考えるような人たちの数が増えればやはりその選挙の投票率は低くなる可能性が非常に高くなるわけです。

 さらに言えば、現職の候補者や今現在の与党が圧倒的に強いと予想されている「無風の選挙」の場合には「『あの候補者』や『あの党』は選挙でみんなが入れるから自分一人ぐらい投票しなくてもどうせ当選する」などと思ってその選挙を棄権する有権者は少なくないと思います。それでは逆に、どの候補者が当選するのか予想することが難しい「無風」ではない選挙の場合には投票率はいったいどうなるのでしょうか? 一般的にはその場合は投票率が上昇すると期待することができます。しかし、必ずしも投票率が高くなるとは限らないのです。例えば、どの候補者が当選しても大差がないような場合には投票率がそれほど高くなると期待することはできないのです。どの候補者が当選しても大差がない場合には多くの有権者は選挙で投票しても投票しなくてもあまり意味はないと感じることになるわけです。きょうのところはこの程度にとどめることにしておきます。この問題についてはまた取り上げることにします。

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「くじ」(2014/10/26)

2014-10-26 10:15:02 | 日記
きょうは2014/10/26(日)です。

「くじ」(2014/10/26)

「『ハズレくじ』 わざわざ買いに 行くものか! 『もれなく当たる くじ』ならサボる!」-。

 きょうは永田町周辺の個別具体的な事例とは直接関係しないけれども日本の政治にとってはとても重要な「投票率」の問題について少しだけ考えてみたいと思います(→参考:2014/7/28付、2014/5/7付etc.)。最近の選挙では投票率が低迷しています。もちろん例外はあります。しかし、国政選挙、地方議会選挙、そして自治体の首長の選挙でも…。最近は一般的にどの種類の選挙でも投票率が低迷する傾向が見られます。なぜ最近の選挙では投票率が低迷しているのでしょうか?

 もちろんそれぞれの選挙にはそれぞれの投票率を低下させた特有の原因があるのだろうと思います。しかし、最近のほぼすべての選挙に共通する「単純な原因」もあるのではないかと私は考えているのです。多少の誤解を恐れずにあえてひとことで表現するならば、多くの有権者は自分自身が選挙で投票する意味を実感していないから投票率が低迷しているのではないかと私は見ているのです。良い意味でも悪い意味でも自分たちが投票しても投票しなくても政治は変わらないと考えているから投票率は低迷する傾向があるのではないかと考えています。

 当たり前と言えば当たり前の話ですが、もしも有権者がある選挙で自分が心から投票したいと思う政党・候補者が存在しないと判断した場合には、その有権者はその選挙を棄権する可能性がかなり高くなるはずです。あえてたとえ話を用いることにすれば、有権者は「ハズレくじ」しか存在しない場所にわざわざ「くじ」を買いに行ったりしないということになるわけです。もしも自分自身が心から投票したいと思うような政党・候補者が存在しないのならば、自分自身が投票しても投票しなくても政治は変わらないと感じるのはごく自然な感情だと思います。

 さらに言えば、仮にある選挙で自分が心から投票したいと思う政党・候補者が存在する場合であったとしても、もしも有権者が自分自身が投票しても投票しなくても選挙結果には全く影響がないと判断した場合には、やはりその有権者はその選挙を棄権する可能性が高くなります。例えば、ある選挙で自分が投票したいと思っている候補者の他には有力な候補者が1人も立候補せずに事実上の信任投票になるような場合には、その有権者がその選挙では絶対に棄権しないと強く思う可能性はそれほど高くはならないはずです。もちろんある選挙で自分が投票したいと心から思う候補者が当選する可能性が事実上ゼロであるような場合にもその有権者はその選挙を棄権する可能性が高まります。あえて言い換えるのならば、有権者は「もれなく当たるくじ」や「もれなくハズレるくじ」の場合にはできるだけくじにかける労力を削減しようとするようになるということです。きょうのところはこれ以上の深入りは避けることにしてこの問題についてはまた取り上げることにします。

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「頭の中」(2014/10/25)

2014-10-25 13:09:22 | 日記
きょうは2014/10/25(土)です。

「頭の中」(2014/10/25)

「見たくても 『頭の中』は 見えないが 実行前に 未然に防ぐ?」-。

 10/22にカナダの首都オタワの連邦議会内に銃で武装した男が侵入して警察などとの銃撃戦の末に射殺される事件が発生した波紋が広がっています(→射殺された男は連邦議会周辺で警備をしていた兵士を射殺したと見られるという)。また現時点では詳細や真相などは不明ですが、射殺された男はシリアへの渡航を計画していたとかイスラム教に改宗していたなどと報道されています。ちなみに最近は米国ワシントンのホワイトハウスへの侵入事件も続発しています。

 もちろん現時点では事件の詳細についてはまだ分かっていません。その上で、あえて言えば、この種のテロ事件のすべてを事前に察知して食い止めることは事実上不可能であると私は思います。当たり前と言えば当たり前の話ですが、少なくとも現代の科学の水準では人間の「頭の中」を正確に覗いてみることはできないのです。ですから、例えば、過激な活動などに参加した過去を全く持たず、そして過激な思想に賛同するような言動を過去に一度も示したことがないような人間が突然テロ事件を引き起こす場合にはどれだけ大量の情報を徹底的に収集・分析していたとしても事件を事前に察知することは事実上不可能なのです。まずはその現実をありのままにしっかりと認識する必要があります。そして例えば、武器などの調達、不自然な物品の大量購入、などといった現実にテロ事件の発生につながる危険性の高い情報を偏見なしに捉えて必要な対策を講じるという地道な作業が結局のところはテロ事件の発生を未然に防ぐことに繋がることになるということをあえて強調しておくことにします。あえて繰り返しますが、少なくとも現代の科学の水準では人間の「頭の中」を正確に覗いてみることはできないということは絶対に見失ってはならないはずです。

 さて話は少し変わります。くどいようですが、今現在はヒト、モノ、カネ、情報などが活発に国際移動するグローバリゼーションの時代です(→参考:2014/9/16付、2014/9/14付、2014/9/13付、2014/9/12付、2014/9/11付、2014/8/26付、2014/8/18付、2014/8/12付、2014/6/19付)。そして繰り返しになりますが、欧米と違って日本には移民がほとんどいないからテロ事件は日本とは無関係の話などと考えるのは大きな間違いなのです。日本でも何の兆候もなしにテロ事件が引き起こされる危険性はあるのです。例えば、オウム真理教のようなカルト、日本赤軍のようなテロリスト集団は、平和で豊かな民主主義国家である日本社会から生まれたということを今あえて想起する必要があると私は思います。

 たとえ日本のような平和で豊かな民主主義国家であったとしても、例えば、「この腐りきった世の中をぶっ壊したい」などという強い衝動に突き動かされて民族的、宗教的な同情心などとは全く無関係に、同じ地球上の遠く離れた場所での「正義のための戦争」に参加しようと考える人間たちが出てくる可能性は十分にあるのです。そしてもちろん日本にも「戦場」で命をかけて戦うことによって一攫千金を狙うような類の人間たちが出てくる危険性も十分にあると思います。さらに言えば「戦場」という「無法地帯」や「弱肉強食の社会」の中で平和で豊かな民主主義国家の中では実現不可能な様々な醜い欲望を実現しようとする人間たちが出てくる危険性もあり得るのです。「イスラム国」のような「無法地帯」や「弱肉強食の社会」は日本とは全く無関係な話ではないということを改めて強調しておくことにします。この問題についてはまた取り上げることにします。

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「光と影?」(2014/10/24)

2014-10-24 13:51:36 | 日記
きょうは2014/10/24(金)です。

「光と影?」(2014/10/24)

「女性たち 輝くときに 暗くなる? 光と影の 関係なのか?」-。

 きょうは安倍晋三内閣が引き続き熱心に取り組むつもりらしい「女性が輝く社会」について改めてもう少しだけ考えてみることにしたいと思います(→参考:2014/10/16付、2014/9/8付、2014/9/7付、2014/9/5付etc.)。繰り返しになりますが、「女性」を異なる個性を持った一人ひとりの人間ではなく「女性」としてひとまとめにして見ようとするのならば、「女性が輝く社会」などを実現させることは難しくなると私は考えています。そしてそもそも日本社会を「女性だけではなく男性にとってもいい社会」にしようという発想がなければ本当の意味で「女性が輝く社会」などを実現させることは不可能なのです。

 改めて確認しておきますが、「女性が輝く社会」というものは「今現在日本社会で活躍している多くの男性や一部の女性の輝きが今よりも失われることになる社会」のことを意味しているのでしょうか? 女性たちが新しく輝くときには今まで日本社会で活躍してきた多くの男性や一部の女性が輝きを失っていくようなそんな光と影の関係になっているのでしょうか? あえて言い換えれば、今現在日本社会で活躍している多くの男性や一部の女性の「既得権益」を奪い取るような話に本当にならなければならないのでしょうか? そんなバカなことだけは絶対にあってはならないと私は心から思います。

 くどいようですが、世の中には様々な女性がいてもいいはずです。必ずしも永田町周辺の人間たちがイメージしているステレオタイプの女性像に当てはまる「女性」でなければ「女性が輝く社会」の主人公として認められないというわけではないはずなのです。例えば、今現在の日本社会の中で男に負けないくらい仕事一筋で「オス化」しているような女性たちが「女性が輝く社会」の主人公の1人であってもいいはずなのです。あるいは、たとえ今現在の日本社会では「絶滅危惧種」のような扱いを受ける「男は仕事、女は家庭」「良妻賢母」などというような大昔の価値観を頑なに守ろうとする女性たちであったとしても「女性が輝く社会」の主人公の1人であってもいいはずなのです。もしも自分たちが不当にはじき出されることになるのではないかと受け止める可能性がある女性たちや男性たちを含めたすべての人たちにとってメリットがあるものにならないのならば、これからの日本社会が「女性が輝く社会」に近づくことはなかなか難しくなってしまうと思います。

 「女性が輝く社会」によって新しく輝くようになることが期待されている女性たち、そして今現在の日本社会の中で男に負けないぐらい仕事一筋で「オス化」しているような女性たち、今現在の日本社会では「絶滅危惧種」のような扱いを受けるかもしれない「男は仕事、女は家庭」「良妻賢母」などというような大昔の価値観を頑なに守ろうとする女性たち、さらには男性たちにとっても生きやすい社会にするためにはいったい何が必要になるのでしょうか? そもそも日本社会をすべての人たちにとって生きやすい社会にすることが本当にできるのでしょうか? 確かに日本社会をすべての人たちにとって生きやすい社会にすることは非常に困難だと思います。しかし、これからの日本社会が今まで以上に「公」「私」を明確に区分するようになれば日本社会をすべての人たちにとって生きやすい社会にすることは全く不可能な話ではなくなると私は考えています。今まで以上にそれぞれの人たちが互いに「私」の領域を尊重し合うようになれば不可能ではなくなると思います。この「女性が輝く社会」の問題についてはまた取り上げることにします。

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「大きなニュース!」(2014/10/23)

2014-10-23 09:01:54 | 日記
きょうは2014/10/23(木)です。

「大きなニュース!」(2014/10/23)

「『騒動』は 『騒動』により 消えていく? 『スキャンダル』には 大きなニュース!」-。

 日本政府は10/22に北朝鮮による拉致被害者らの調査の現状を把握するために外務省の伊原アジア大洋州局長らによる代表団を北朝鮮・平壌に派遣すると発表しました(→10/27-30の日程。参考:2014/10/5付、2014/9/18付、2014/7/4付、2014/5/30付、2014/3/18付、2013/5/18付、2013/5/17付etc.)。代表団は北朝鮮側の「特別調査委員会」のメンバーらと協議するそうです。安倍晋三首相はきのう10/22に北朝鮮による日本人拉致問題を何としてでも自らの政権で解決したいという強い意思を改めて示しています。

 結論から先に言えば、日本政府は北朝鮮に代表団を派遣するべきだと私は思います。確かに日本人拉致被害者らの調査の詳細は北朝鮮・平壌で特別調査委員会のメンバーから直接聞いて欲しいなどという北朝鮮側の主張は珍妙です。そして代表団を北朝鮮に派遣したとしても少なくともその時点では目立った成果が得られるのを期待することはできないのだろうと思います。しかし、もしもこのまま北朝鮮に代表団を派遣しなければ、日本側は北朝鮮側に簡単に時間稼ぎを許すことになってしまいます。ですから、代表団を派遣して北朝鮮がどんな説明や主張をするのかを確かめることによって問題解決に向けて一歩前進を図ることを考えるべきなのです。もうこれ以上北朝鮮側に時間稼ぎを許すことはできないはずです。

 あえて繰り返しますが、少なくとも現時点においては北朝鮮による日本人拉致問題では大きな進展を期待することはできないはずなのです。しかし、それにもかかわらず、北朝鮮への代表団派遣は大きなニュースとして取り上げられる可能性が高いということには注意が必要になります。そして代表団の派遣が大きなニュースとして取り上げられることになればその分だけ他のニュースの扱いが小さくなってしまうということをあえて強調しておくことにします。残念なことですが、「スキャンダル」は大きなニュースが続けばやがて目立たなくなっていくのです。

 さて、話は少し変わります。相変わらず永田町周辺では安倍内閣の2人の女性閣僚が辞任した波紋が広がっています。そして辞任の波紋に加えて何だかよく分からない騒動もいくつか見られるようです。中にはわざと野党側に噛みつかれるようなことをして騒動を引き起こしているのではないかと言いたくなるケースもあります。いずれにしても永田町周辺では「騒動」は「新しい騒動」によって上書きされて消えていく傾向があるのです。調子に乗って大騒ぎを繰り返している野党の人間たちは自分たちが気付かないうちに誰かの操り人形にされてしまうこともあるということに注意が必要になります。永田町周辺の知的レベルの低い人間たちには本当に困ったものです。きょうのところはこれ以上の深入りは避けることにします。

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「他人事?」(2014/10/22)

2014-10-22 07:52:44 | 日記
きょうは2014/10/22(水)です。

「他人事?」(2014/10/22)

「野党にも 『兄弟』『姉妹』 いそうだが… 他人事として 与党を叩く?」-。

 「女性が輝く社会」を掲げる安倍晋三内閣で10/20に小渕優子前経済担当相と松島みどり前法相の2人が辞任した波紋が広がっています。あくまでも念のために確認しておきますが、いわゆる「政治とカネ」の問題は辞任で幕引きということにはならないのです。もしかすると辞任した2人の閣僚と同様の疑惑が新たに浮上することになるのかもしれません。まだしばらくの間は様々な形で波紋が広がることになりそうです。

 例によって例のごとく野党側は政府・与党の「敵失」によって勢い付いています。野党側はここぞとばかりにいわゆる「政治とカネ」の問題で政府・与党を攻撃しています。しかし、本当に野党側は政府・与党の「敵失」を他人事として捉えて与党側を叩いていてもいいのでしょうか? 野党側にも与党側と同じような「政治とカネ」の問題が浮上する可能性は本当にないのでしょうか? 10年ぐらい前には相次ぐ政府・与党側からの不祥事発覚で調子に乗って「未納3兄弟」などと激しく与党を叩いている最中に自分自身も「未納兄弟」だったと判明することになった愚か者がいたことをまだ覚えている人たちは少なくないはずです。

 くどいようですが、野党側にも与党側と同じような「政治とカネ」の問題が浮上する可能性は本当にないのでしょうか? 最近浮上したような類の「政治とカネ」の問題ならば野党にも「兄弟」や「姉妹」がいても特に不思議ではないと思います。「うちわ」のようなものを配ったとか配らないなどというようなバカバカしい問題だけではなく、野党側にも様々な形で「政治とカネ」をめぐる問題で収入と支出のつじつまが合わない問題なども浮上する可能性が高いのではないかと私は見ています。野党にも「兄弟」や「姉妹」がいそうですが、それでもやはり、野党側は与党側の「政治とカネ」の問題を他人事として捉えて与党を叩き続けるのでしょうか?

 繰り返しになりますが、いわゆる「政治とカネ」の問題は辞任で幕引きということにはならないのです。もしもいわゆる「政治とカネ」の問題を辞任で幕引きにするようなことを許してしまったらいつまでたっても日本の政治を浄化させることはできなくなってしまうはずです。そしてあくまでも念のために確認しておくならば、安倍首相は辞任した2人の閣僚だけではなくその後任者、さらにはその他の閣僚らについても任命責任が問われることになるのです。この問題についてはまた取り上げることにします。

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「任命責任」(2014/10/21)

2014-10-21 09:19:14 | 日記
きょうは2014/10/21(火)です。

「任命責任」(2014/10/21)

「前任者 だけではなくて 後任も! 安倍首相には 責任がある!」-。

 きのう10/20午前に小渕優子経済産業相が安倍晋三首相に辞表を提出して受理されました。小渕経済産業相が関係する政治団体などが開催した「観劇会」をめぐって政治資金収支報告書に記載された団体側の劇場側に対する支払い金額が参加者から集めた会費を大きく上回っているなどの疑惑が浮上して波紋が広がっていました(→参考:2010/10/20付、2014/10/19付、2014/10/18付、2014/10/17付。週刊新潮2014/10/23号)。

 また10/20午後には松島みどり法相も安倍首相に辞表を提出して受理されました(→参考:2014/10/15付etc.)。松島法相は選挙区内の祭りで「討議資料」として名前とイラスト入りの「うちわ」を配っていたことが公選法で禁じられた寄付行為に当たるなどとして野党から東京地方検察庁に刑事告発されていました。

 「女性が輝く社会」を掲げた安倍内閣の目玉の女性閣僚5人のうち2人が就任からわずか約1カ月半で同時に辞任することになってしまったわけです(→参考:2014/9/4付etc.)。いったい何のための内閣改造だったのでしょうか? 閣僚に特に大きな問題があったわけではなかったのだから安倍首相はわざわざ内閣改造をするべきではなかったなどという主張にも今ではそれなりに説得力が感じられます。きのう辞任した2人の(前)大臣の疑惑の詳細については現時点ではあえて触れないことにしておきます。何にしても辞任すれば疑惑の解明がうやむやになってしまうということだけはあってはならないのです。

 そして10/20夜に安倍首相は小渕氏の後任の経済産業相として宮沢洋一参議院議員、松島氏の後任の法相として上川陽子代議士(元少子化担当相)を起用することを決めました。後任人事についても現時点ではあえてコメントしないことにしておきます。まずはしっかりと引継ぎをして間違っても行政府に「空白」をつくることのないようにしてもらいたいものです。あくまでも念のために言っておきますが、安倍首相が任命責任を問われなければならないのは辞任した2人の女性閣僚だけではないのです。後任となる2人についても、そしてその他の閣僚についても、安倍首相にはその任命責任が問われることになるはずです。いずれにしても人事権者である安倍首相には起用したすべての閣僚についての任命責任が問われることになるということをあえて強調しておくことにします。

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「辞任の理由」(2014/10/20)

2014-10-20 05:44:00 | 日記
きょうは2014/10/20(月)です。

「辞任の理由」(2014/10/20)

「辞任する 理由も共に 問われてる! 後任人事 頭が痛い?」-。

 小渕優子経済産業相が関係する政治団体などが開催した「観劇会」をめぐって政治資金収支報告書に記載された団体側の劇場側への支払い金額が参加者から集めた会費を大きく上回っているなどの疑惑が浮上して波紋が広がっています(→参考:2014/10/19付、2014/10/18付、2014/10/17付。週刊新潮2014/10/23号)。既存のマスコミでは「辞任」報道が先行していますが、安倍晋三首相が小渕経済産業相と面会するのはきょう10/20になる予定です。繰り返しになりますが、私としては、小渕経済産業相には浮上したすべての疑惑について客観的な証拠を示しながらごく普通の多くの有権者にも分かりやすい説明をした上で進退を判断してもらいたいと思います。

 仮に小渕経済産業相が辞任することになる場合には辞任の理由と辞任の仕方も大いに問題になるということをあえて強調しておくことにしたいと思います。永田町周辺にしつこく残っている辞任すればとりあえずそれでお終いになるという悪しき慣習をそろそろ捨て去らなければならないと私は思います。仮に小渕経済産業相が辞任する場合にはやはり「国会審議を停滞させた責任を取る」などということを最大の理由として挙げることになるのでしょうか? ちなみにいわゆる「政治とカネ」の問題で「国民の理解が得られない」などということを大臣を辞任する理由として挙げることになるのならば最終的には議員辞職も避けられなくなる可能性が高くなるということを付け加えておくことにします。そして「国民の理解が得られない」などということが辞任の理由になるのならば、他にも辞任しなければならなくなる閣僚が出てくることになります。「辞任ドミノ」になるのかどうかは分かりませんが…。

 念のために確認しておきますが、少なくとも現時点においては小渕経済産業相が辞任するかどうかはまだよく分からないのです。その上で、もしも「女性が輝く社会」を掲げる安倍内閣の女性閣僚が辞任した場合の後任人事についてあえて考えてみることにしたいと思います。もしも何人かの女性閣僚が辞任した場合の後任にはやはり女性が起用されることになるのでしょうか? もしも男性、しかも「永田町周辺にゴロゴロいるようなパッとしないおじさん」が女性閣僚の後任ということになってしまうのならば安倍内閣の掲げる「女性が輝く社会」という言葉は一気にその輝きを失ってしまうことになります。

 逆に、女性閣僚の後任には女性、しかもその女性が前任者よりもはるかに専門家や大物である場合には、いくら唐突な閣僚交代劇になったとしても政府・与党には必ずしも大きなダメージにはならないのではないかと私は思います。仮に小渕経済産業相が辞任することになる場合にはその後任に誰が起用されるのかということにも大いに注目する必要があるのです。後任に起用する人物は、またまたすぐにスキャンダルで辞任することになる人物であってもいけませんし、「永田町周辺にゴロゴロいるようなパッとしないおじさん」であってもならないのです。もしも小渕経済産業相が辞任した場合には安倍首相にとってはその後任人事はなかなか頭の痛い問題になるのかもしれないと思います。この問題についてはまたすぐに取り上げることになります。

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「辞任へ?」(2014/10/19)

2014-10-19 10:46:40 | 日記
きょうは2014/10/19(日)です。

「辞任へ?」(2014/10/19)

「『あす』なのか それ以降なのかは まだ不明! 『辞任』報道 先行するが…」-。

 小渕優子経済産業相が関係する政治団体などが開催した「観劇会」をめぐって政治資金収支報告書に記載された団体側の劇場側への支払い金額が参加者から集めた会費を大きく上回っているなどの疑惑が浮上して波紋が広がっています(→参考:2014/10/18付、2014/10/17付。週刊新潮2014/10/23号)。既存のマスコミでは「辞任」報道が先行しています。ここ数日のテレビニュースではこれでもかこれでもかと小渕経済産業相の映像が繰り返し流されています。でも、どうやら安倍晋三首相はあす10/20までは小渕経済産業相とは会わないようです。ですから少なくともあと2,3日の間は実に爽やかなイメージがあふれたこの女性の映像が繰り返し繰り返し流され続けることになるのだろうと私は見ています。

 やはり永田町周辺では小渕経済産業相の辞任は不可避との受け止め方が支配的なのだろうと思います。確かに「政治とカネ」にかかわる疑惑の場合には有権者の理解を得るのが非常に難しいと思います。私としては、小渕経済産業相には浮上したすべての疑惑について客観的な証拠を示しながらごく普通の多くの有権者にも分かりやすい説明をした上で進退を判断してもらいたいと思います。永田町周辺では辞任すればとりあえずそれでお終いになるという悪しき慣習がありますが、そろそろその悪しき慣習にも終止符を打ちたいものです。仮に辞任する場合であっても辞任の仕方は大いに問題になるのです。

 その上で、もしも「女性が輝く社会」を掲げる安倍内閣の女性閣僚が辞任した場合の後任人事についてあえて考えてみることにしたいと思います。もしも何人かの女性閣僚が一身上の理由などのために辞任した場合の後任にはやはり女性が起用されることになるのでしょうか? もしも男性、しかも「永田町周辺にゴロゴロいるようなパッとしないおじさん」が女性閣僚の後任ということになってしまうのならば安倍内閣の掲げる「女性が輝く社会」という言葉は一気にその輝きを失ってしまうことになります。

 逆に、女性閣僚の後任には女性、しかもその女性が前任者よりもはるかに専門家や大物である場合には、突然の閣僚の交代劇が見られることになったとしても政府・与党には必ずしも大きなダメージにはならないのではないかと私は思います。小渕経済産業相が辞任することになるのかどうかは現時点ではまだよく分かりませんが、仮に辞任する場合にはその後任に誰がなるのかということにも大いに注目する必要があるのです。何にしてもきょうのところはこれ以上の深入りは避けることにしておきます。

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「輝く?」(2014/10/18)

2014-10-18 13:23:41 | 日記
きょうは2014/10/18(土)です。

「輝く?」(2014/10/18)

「閣僚が スキャンダルでも 輝くか? 外遊中は 輝く総理!」-。

 10/18未明(日本時間)にASEM(アジア・ヨーロッパ首脳会議)出席などのためにイタリア・ミラノを訪問していた安倍晋三首相は帰国の途に就きました。安倍首相は10/17にミラノでロシアのプーチン大統領と約10分間会談したそうです。また安倍首相は10/17にウクライナのポロシェンコ大統領と初めて会談したそうです(→安倍首相は戦闘で破壊されたインフラ整備のために約700万ドルの支援する意向を示す)。なお安倍首相は10/17に中国の李克強首相とあいさつ程度の立ち話をしたそうです。

 やはり外遊中の安倍首相は輝いて見えます。今回の外遊で成果と言えるほどの成果を上げることができたのかどうかはよく分からないところですが、とにかく外遊中の安倍首相は輝いて見えるのです。もちろん安倍首相は国内視察でもそれなりに輝いて見えますが、外遊中ほどは輝いて見えないのです。やはり「日本国内閣総理大臣」の看板を最大限に利用することができる政府・与党側に大きなメリットがあることは事実なのだろうと思います。外遊を繰り返して日本国の内閣総理大臣としての職務を遂行し続けていれば常に輝いているように見えるわけです。安倍首相が帰国後もそのままの輝きで輝いて見えるのかどうかについてはあえて触れないことにしておきます。

 さて、話は変わります。小渕優子経済産業相が関係する政治団体などが開催した「観劇会」をめぐって政治資金収支報告書に記載された劇場に対する団体側の支払い金額が参加者から集めた会費を大きく上回っているなどの疑惑が浮上して波紋が広がっています(→参考:2014/10/17付。週刊新潮2014/10/23号)。テレビニュースではきのう10/17からきょう10/18にかけて小渕経済産業相の映像がうんざりするほど繰り返し流されています。「女性が輝く社会」の実現を目指している安倍内閣では残念なことに何人かの女性閣僚がスキャンダル報道で輝いているように見えます(→参考:2014/10/15付)。やはり世の中では輝けばそれでいいというものではないのだろうと思います。現時点におけるコメントは以上です。

 その上で、もしも女性閣僚が辞任した場合の後任人事について漠然と考えてみることにしたいと思います。もしも何人かの女性閣僚が一身上の理由などのために辞任した場合の後任にはやはり女性が起用されることになるのでしょうか? もしも女性閣僚の後任が男性ということになるのならば「女性が輝く社会」という言葉は一気に輝きを失ってしまうことになります。逆に、女性閣僚の後任には女性、しかも前任者よりもはるかに専門家や大物であるのならば突然の閣僚の交代劇であっても政府・与党には必ずしも大きなダメージにはならないのではないかと思います。何にしてもきょうのところはこれ以上の深入りは避けることにしておきます。

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「お代は見てのお帰り?」(2014/10/17)

2014-10-17 12:43:07 | 日記
きょうは2014/10/17(金)です。

「お代は見てのお帰り?」(2014/10/17)

「『観劇』の 『お代は見ての お帰り』と いうことならば 『帳尻』は合う?」-。

 小渕優子経済産業相が関係する政治団体などが開催した「観劇会」をめぐって政治資金収支報告書に記載された劇場に対する団体側の支払い金額が参加者から集めた会費を大きく上回っているために団体側が参加者の費用の一部を負担した疑惑が浮上して波紋が広がっています(→参考:週刊新潮2014/10/23号)。安倍晋三内閣は「女性が輝く社会」の実現を目指していますが、残念なことに何人かの安倍内閣の女性閣僚はスキャンダル報道で輝くようになってしまっています(→参考:2014/10/15付)。

 少なくとも現時点においては小渕経済産業相の問題の事実関係の詳細はまだよく分かっていないと私は受け止めています。例えば、たとえすべての参加者が費用をきちんと全額支払っている場合であったとしても「何らかの理由」のために資金の流れが途中で止まっている可能性も十分に考えられます。あえて言い換えれば、本来帳簿上に記載されるべきカネがどういうわけか適切に処理されていないということになるわけです。そして「何らかの理由」のために資金の流れが途中で止まっている場合には「何らかの理由」の種類によって誰の責任が問われることになるのかが違ってくるのだろうと思います。

 ちなみにもしも「観劇会」が「お代は見てのお帰り」のようなシステムになっていたのならば、たとえ団体側の支払金額が参加者から集めた「お代」を大きく上回っていたとしても少しも不思議なことではないのだろうと思います。もしも想像以上に多くの参加者が「観劇会」の内容に不満を持って途中で帰ってしまったなどということになっていたのであれば団体側の支払金額が参加者から集めた「お代」を大きく上回っていたとしても「帳尻」は合うのかもしれないと思います。何にしても事実関係の詳細が明らかにならないうちはハッキリしたことは言えないと思います。

 それにしても「女性が輝く社会」の実現を目指して動き出した安倍内閣の女性閣僚のスキャンダルが同時多発的に次から次へと飛び出してくる状況にはなかなか興味深いものがあります。そして例によって例のごとく、永田町周辺では閣僚らのスキャンダルが浮上すると野党は大喜びします。できることならば「お代は見てのお帰り」にして「政党交付金」という名の「税金」の返還を求めたいと思っているごく普通の多くの有権者は少なくないはずです。この問題についてはまた取り上げることにします。

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