元衆議院東京2区の泡沫候補・千葉 潤のきょうのひとこと

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「一律に?」(2017/12/15)

2017-12-15 21:13:12 | 日記
きょうは2017/12/15(金)です。

「一律に?」(2017/12/15)

「一律に 禁止をしても なくならず! 状況違う 人たちがいる!」-。

引き続き個別具体的な固有名詞には触れないように注意をしながら政治の現場における「目的」と「手段」の関係についてさらに別の角度から考えてみることにしようと思います(→参考:2017/12/14付、2017/12/13付、2017/12/12付、2017/12/11付、2017/12/10付)。多くの場合には「目的」が正しいということはほとんどすべての人たちにはすぐに分かることなのだろうと思います。しかし、いくら「目的」が正しかったとしても、実現するための「手段」が致命的に間違っているのならば、「目的」を実現することはできないのです。

もしかするとそれほど遠くない将来には二酸化炭素などを排出して地球温暖化を促進することなどを理由にして「ガソリンで走る自動車」、いわゆる「ガソリン車」が地球上で禁止される可能性がゼロではなくなるかもしれないと思います。もしも「ガソリン車」が地球上で禁止されたとしたら、地球上のそれぞれの地域ではいったいどんな影響を受けることになるのでしょうか? 例えば、地球温暖化対策に熱心に取り組んでいる経済的に豊かな国々では、それほど大きな混乱もなしに「ガソリン車」を「電気自動車」や「燃料電池車」などに置き換えようとする動きが加速することになるのだろうと思います。地球温暖化対策に熱心に取り組んでいる経済的に豊かな国々の人たちにとっては「ガソリン車」の禁止は当たり前のことになるのかもしれないと思います。

しかし、その一方で、もしも「ガソリン車」が禁止された場合には、国内の公共交通機関の整備が不十分でしかも自動車の保有台数も少なく、さらに「電気自動車」のための「充電スタンド」や「燃料電池車」のための「水素ステーション」などのインフラが全くと言っていいほど整備されていない発展途上国は致命的に大きな悪影響を受けることになります。もしも「ガソリン車」に依存している発展途上国でも一律に「ガソリン車」が禁止されて使用できなくなってしまったとしたら人々の日常生活が成り立たなくなってしまうかもしれないということには注意が必要になります。地球温暖化対策に熱心に取り組んでいる経済的に豊かな国々の人たちだけの主張に基づいて「ルール」を決めてしまうということは致命的な間違いなのです。

もしもそう遠くない将来に地球上で「ガソリン車」を禁止することになるとしたら、「ガソリン車」に日常生活を依存せざるを得ないような状況に置かれている人たちでも安心してすぐに「ガソリン車」の使用をやめることができる何らかの現実的な対策が必要不可欠になるのです。そうした何らかの現実的な対策も講じることなしに地球温暖化対策などを名目にして地球上で一律に「ガソリン車」を禁止するような「手段」を採用したとしても、地球上から「ガソリン車」をなくすという「目的」を実現することはできないのです。それぞれの人たちの置かれている状況の違いを無視して一律に禁止しても成功するわけがないのです。くどいようですが、いくら「目的」が正しかったとしても、その「目的」を実現するための「手段」が致命的に間違っているのならば、「目的」を実現することはできないのです。この問題についてはまた取り上げることにします。

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