日本語教師的生活

日本語と日本語教育にまつわるいろいろ。

メソッドについて。(複合助詞「~について」他)

2017-07-16 23:09:01 | 日記
最近、一部でメソッドについての議論が盛んに行われているようです。文型積み上げ式は、
古い!can-doなどタスクシラバスでなければダメだ!とか、いやそうは言っても、支持さ
れているのは「みんなの日本語」を中心とする文法シラバスのテキストだから!とか。

それ等の議論を横目で見ながら思ったのは、私が昔通っていた婦人科の医院のことでした。
そこは最新の機器を使った検査や手術もできますが、一方で婦人科特有の病気に対して漢
方薬を使う等、東洋医学の考えも取り入れていて、大変人気がありました。
もう一つ思い出したのは、私の仕事でもあったP社のエステティックサロンのことです。
ここもフランスのエステブランドのメソッドでトリートメントを行っていましたが、
スタッフに経絡のスペシャリストがいて、そちらもマッサージに組み合わせることができ
ました。

何、関係ないこと言っちゃってんの?と思うかもしれませんが、言いたいのは一つのメソ
ッドを100%遂行しないとだめなの?ってことで。どのメソッドにも良い点、悪い点があっ
て完全無欠のものはないんじゃないかなと経験上感じているからです。
アカデミックな場所でメソッドの効果を検証するためのクラスならいざ知らず、町場の日
本語学校では、ベースとなるメソッドは決めるとしても、他のメソッドの良いとこ取りを
してもいいんじゃないか?と思っているのです。
何故なら、私たちの目的はメソッドの遂行ではなく、単に学習者の日本語を上達させるこ
とだからです。

また学習者の方にもメソッドに対して好き嫌いや、向き不向きがあります。
アクティブラーニング的な活動をすることで、一斉授業では見られなかった力を発揮する
学生の姿を数多く見てきました。しかし逆に、オーディオリンガルのように、口頭練習を
たっぷりしたいと学生に訴えられたこともあります。グループワークが嫌いで、グループ
発表も一人でやった学習者もいます。先日は、発音に悪い影響がでるので、同国人とは日
本語で話さないと言った学習者さえいました。

学習者も本当に多様なのです。
ならば教える側も多様性を持ち合わせることが必要なのでは?

学校の場合は学習者に合わせて、採用するメソッドを変えるというのは難しいかもしれま
せんが、しかし上記のように「良いとこ取り」なら取り入れることができますよね。そし
てプライベートレッスンなら、学習者の好みやニーズに合わせて、様々なメニュー(メソ
ッド)を提供できるようにしておくこと。プロ教師としてはそうありたいです。
つまり学習者が満足して、しかも成果が得られるなら、やり方はどんなのでもいいんじゃ
ないかな~と。

さらに「教科書」についての議論もあります。
が、大前提は、私たちは「日本語」を教えているのであって、「教科書の日本語」を教え
ているのではないこと。
(教科書“を”教るんじゃなくて、教科書“で”教えるんですよ。って養成講座の時、
言われましたよね?)
時々話題に上る「未習」か「既習」かなんて、ある一つの教科書の順番でしかないし、日
本に住んでいれば、あるいは住んでいなくても、インターネットが発達したこの時代、教
科書で習わない言葉に触れるチャンスなんていくらでもあるのです。
それを既習の言葉だけで授業を成り立たせようとするなんて、不自然すぎるし、学びのチ
ャンスを奪っているとも言えます。知りたい時に知りたい言葉を教える。それが一番身に
つくでしょ?
提出順が違うというなら、後でもう一度詳しくやりまーすと言えばいいだけでは?

日本語として自然なのに、教科書の表現と違うから、まだ教えていないからという理由で
テストで×にしたりするのも本当にやめてほしい。かつて研修生に「先生、『アメリカに
行きます』は×ですか。〇ですか。」と聞かれて、目がテンになったことがあります。
彼女は、教科書では「場所へ行きます」で教えているので、間違いにしたほうがいいと
思ったらしいのです。
「教科書」って所詮、誰かが作ったものです。絶対なものではありません。
私たちの仕事は、学習者の日本語力、つまりは日本語でのコミュニケーション力を向上さ
せることだとわかれば、自ずとやるべきことは見えてくるんじゃないかと思うんだけどねー。

などと珍しく、メソッド&教科書について真面目に考えてみました。
しかし、たまたま息子の古典の問題集に「玉勝間」を見つけて読んでみたら、本居宣長先
生は、あれもこれも良いっていうのは「心ぎたなし」と。「よるところ定まりて、そを深く
信ずる心ならば、かならず一むきにこそよるべけれ」とおっしゃっていたのでした。
むむむ。
それにも納得するわ。

さて、文法は「~について」「~に対して」「~に関して」を考えてみます。
「~について」と「~に対して」がN3、「~に関して」がN2の文法と“されています。”
時々、学生が「AとBは意味が同じですか。何が違いますか」って質問してくるんですが、
この質問の仕方あまりよくないですね~。語形が違えば、全く同じ意味というのはありえ
ないわけで、(ここで言う意味は辞書的意味だけじゃなくて、文体的意味、語用論的意味、
感情的意味等々)それに「何が違いますか」って、違わないはずなのに、何が違うんだ!
みたいに責められているような気になるのは私だけ?
私的には「何が」ではなく「どう違いますか」のほうが好きです。

さて、上にあげた複合助詞が難しいのは、重なっている(同じように使える)部分があるか
らです。
まず「~について」と「~に対して」
これらは後ろに「興味がある」や「関心を持つ」等の表現が来る場合は、同じように使えますね。
「江戸時代の文化について興味を持っている/江戸時代の文化に対して興味を持っている」
ここが重なっている部分です。
しかし「~について」が対象となっている事柄そのもののことを言うのに対して、(これも
「対して」だけど別の用法です!)「~に対して」は、対象から少し距離を取って、対象に
向かっている感じがします。
ですので「娘について説明する」と「娘に対して説明する」だと、全く違う意味を表すことに
なるのです。
ここは重なっていない部分です。
重なっていない部分の例で言うと次のようになります。
「~について」
将来の夢について話してください。(に対して×)
「~に対して」
若者たちは活動を抑え込もうとする警察に対して、抵抗した。(×について)

「~について」と「~に関して」は、大体同じ意味だが、「~に関して」のほうが書き言葉的
とされています。またコーパスによると、「~について」は、ほとんど連用用法ですが、
「~に関して」は「~に関するN」といった連体用法のほうが多いようです。
意味的に言うと、「~について」の方がそのものずばりを取り上げているのに対して、
「~に関して」だと関連する周辺情報を含んでいる感じがしますが、あえて言わなくてもいい
程度の違いでしょうか。

と、複合助詞の似た用法について、みてきたのですが、実はこのように初めから似ているものを
並べて、その違いを説明するといった授業はしていません。
まずは一つ一つの用法をしっかり身に着けることが大切だと思うからです。
極端な話、同じように使えるなら、汎用性のある一つを覚えて、もう一方は覚えなくてもいいと
さえ思ってます。
(まあ、JLPTを受けるなら、そうもいかないのですが)

しかし中級になると、学生の「何が違いますか」攻撃はどんどん強まるので、やっぱり教師側
としても備えは必要ですかね。その際、大切なことは学生のレベルに合わせて答えることかな。
文法書の解説丸ごと答えても学生は理解できませんから、一番知りたがっているポイントに焦点
を当ててこたえてあげることが大切ですね。

今日はメソッドについて考えた。ついでについてについても。


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