長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

国家の意思を貫くための命

2016-08-15 08:34:03 | 政治信条
今年も8月15日がやってきました。

英霊達のおかげで今日があることに感謝し、全国戦没者の御霊に鎮魂の気持ちを捧げたいと思います。

国家の意思を貫かなければ、国家存亡の危機に関わるという局面において、いかなる犠牲を払ってでもそれを貫けるかどうかは、指揮を取る政治の責任です。万策尽きて、これ以上譲れない場合に、「普通の国」の国民や世論ならば、軍事行動を許す筈です。相手国や自国の兵士の犠牲等、何らかの犠牲の回避を優先し国家の意思を放棄するようでは国家を守れないことをわかっているからです。

このままでは負ける、一歩でも譲れば国家は危ういと感じた瞬間に、勝機を見出せるかが問われるのです。

我が国は法治国家、法律的根拠のない軍事行動は認められません。万策尽きて、崖っぷちに立っても、軍事行動を認める法律がありません。加えて我国は、国家の意思を放棄してでも、何らかの犠牲・紛争を回避することを最優先優先する国家です。国民世論も同じです。沖縄基地反対運動問題、尖閣諸島周辺海域の現状、竹島領土問題などへの対処がそれを証明しています。

自衛隊の防衛出動において、命令を下す政治の側は重大な責任を負うことになります。その命令には、国家としての意思を最優先にするがゆえ、自衛官の命を危険に晒し、場合によっては命を落とす可能性もあることも含まれ、すべての責任を政治が背負うのです。当然、自衛艦の命を守れる法整備が整っていることが前提です。その覚悟を持てる政治文化が継承されているかと問えば、甚だ疑問です。戦前にはその政治文化あったのでしょうが、日本国憲法により断裂させられています。一方の現場は覚悟ができています。何よりも命を大切にするからこそ、命のために自らの命を捧げるのが自衛官であり、軍人なのです。

ただ、災害派遣においては、政治もこの概念が根付いています。加えて、トリアージという命に優先順位をつけることにも対応できています。ところがいざ、議論を国防に移した瞬間に思考回路が止まってしまい、政治も国民世論もこの議論を避けて今日に至っているのです。

相手や自身の命を落としてでも守るべきものがあるということの議論。

例えば、不当に拘束された3名の要救出者全員奪還の為に、部隊側に10名程度の犠牲者を想定した上で、15名で突入させる特殊部隊の存在を認めるのかという議論など一度も行われたことがありません。拉致事件解決の為に議論されても良さそうな筈ですが、「命の犠牲」を考えると前へ進めない、残念ながら政治も世論も「それ」を許さない程度の成熟度です。

危機に対峙する国家の意思の示し方があまりにも幼すぎるのです。

議論を避け続けて、今日があります。先日8月6日、尖閣諸島接続水域に約230隻の中国漁船が入り込み、外務省が「現場の緊張をさらに高める一方的な行動であり、決して受け入れられない」などと二度にわたって中国大使館の郭燕公使に抗議しました。日本側は中国公船の接続水域からの退去を求めているだけです。公船6隻のうち3隻には機関砲のような武器が確認されているにもかかわらずです。

いつものことです。抗議で終わりです。これが繰り返されているので、抗議以上のことはしないというメッセージが定着してしまい、事態は更に悪化していくのです。

では中国漁船にどう対処すればいいのか??単純な話です。接続水域はEEZの内側ですから臨検をやって違反があれば逮捕すればいいのです。その命令すら出ていないのが、政府の現状です。 何故でしょう?? 現場の混乱、更に大きな紛争への展開、日中外交の混乱を避けたいからです。避けることを最優先にするからです。

「普通の対処」をした事例があります。2001年12月22日、東シナ海で発生した九州南西海域工作船事件です。相手が漁船ではなく、「不審船」だったので、今回の尖閣諸島情勢と単純に比較することは出来ないところに悩ましさがあります。

不審船が排他的経済水域で無許可漁業等を行っている疑いがあったとして、漁業法により、停船を命令、巡視船による立ち入り検査を試みました。しかし、不審船はこれを無視して逃走したのです。これを受けて、巡視船は強制捜査のために上空や海面への威嚇射撃。それでも逃走を繰り返したので、機関砲による船体砲撃を行いました。ところが不審船が火器やロケット砲などによる攻撃を始めたため、巡視船も正当防衛により応射。銃撃戦の末、不審船は自爆し沈没しました。

この対応に何ら問題もありません。不審船の背景にある北朝鮮が相手だったからでしょうか??世論はこの対応を支持し世論の混乱も起きませんでした。国家の意思を貫くことがあるべき状況へ修復していくのです。

しかし、相手が中国となると話は別???普通の対応ができない。これが我が国の現状です。命の重さ、危機に際して命の関わりに関して、その意味を履き違えた国家の情けない現状なのです。

沖縄の辺野古ゲート前や高江ゲート前では、様々な法律違反に対して何ら対応されていない状況です。現場の混乱、ケガ人の発生を回避することが最優先だからです。しかし、昔も今も、現場はその覚悟が出来ています。覚悟できていないのは、政治と世論です。譲れぬ国家の意思が存在しないが故、混乱回避を優先することで、空も海も陸も、事態はますます悪化しているのです。

命の大切さ、平和の尊さを理解すればするほど、命令を出す側の覚悟と死生観が問われます。何とかしたい、何とかせねばならぬと、もがく毎日です。

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