長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

天皇誕生日のこの日、何が行われたのか?

2007-12-23 16:23:01 | 歴史・伝統・文化
今日は天皇誕生日である。

そして、東京裁判で゛A級戦犯゛とされた7名の絞首刑が執行された日でもある。GHQは当時の皇太子、つまり今上天皇の誕生日にこれを当ててきたのである。

さて、A級戦犯の遺骨の行方をご存知だろうか。

昭和天皇御生誕日4月29日に始められた東京裁判は、当時の皇太子、今上天皇御生誕日12月23日にA級戦犯の内7名を絞首刑にしたことで大きな区切りをつける。※私の父はこのことがよほど悔しかったのだろう。両日及び、判決の出た翌日11月13日の新聞を保管してあった。この歴史的資料は長尾事務所に現存する。

マッカーサーは遺骨を遺族に返すことを禁止していた。BC級戦犯で死刑となった彼らの遺骨もまた遺族に帰ることは無かった。

12月23日7名の絞首刑を終え、遺体は1~7番の「番号」がペンキで書かれた棺に納められ、「幌付きのトラック」で横浜久保山斎場に運ばれた。焼かれた遺骨は7つの骨壷に入れられた。ところが誰かが哀れんだのか線香が供えられた為、米兵は突然鉄の鉢に移し替え鉄の棒で骨を粉々に砕きはじめた。骨を砕き「7つの箱」に移し変え、持ち去った。そして、残りの骨は7人分纏めて斎場奥の共同骨捨て場に捨
てられたのだ。

これら一連の事態を事前に察知し、何とか遺骨を遺族の元に届けたいと思っていたのが、小磯国昭の弁護士三文字正平だった。

彼等は共同骨捨て場に捨ててあった誰のも遺骨ともわからない7人が交じり合った「骨の粉」を掻き出し、久保山斎場横の、興禅寺住職市川伊雄に託したのだ。当時はアメリカの占領下時代。見つかれば重罪である。A級戦犯の名前など書けぬゆえ、上海で戦死した三文字弁護士の甥で正輔の名前で供養した。

昭和24年5月、あの12月23日のことを世間も忘れかけていた頃、ささやかな慰霊祭が、遺族と共に5月3日、松井石根大将が建立した興亜細亜観音で営まれた。供養はまだ三文字正輔のままであった。

戦後、日本が主権を回復した後、興亜観音像のすぐ傍らに、吉田茂書による「七志の碑」と刻まれた石碑がある。裏面には絞首刑にされた7名の自筆が刻まれているのだが、これは7人が絞首台に上る時、手錠がかかった状態で記した
最後の書なのである。

三河湾を臨む三ヶ根山にも遺骨がある。昭和33年松井大将の出身地に遺骨の一部が移され慰霊碑が建っている。久保山斎場は名も無き供養等がたっている。

繰り替えす。彼等は死をもって償ったということで、名誉を回復できるのではないだろうか。死ねば神・仏になる、これが日本の文化である。

遺骨を粉々に砕き、死者に鞭打つ異国の文化は、私には到底理解できない。
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山本たかし参議院議員のご冥福をお祈りします

2007-12-23 13:58:58 | 民主党
民主党参院議員の山本孝史氏死去 (時事通信) - goo ニュース

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民主党参院議員の山本孝史氏死去
2007年12月23日(日)11:34

 山本 孝史氏(やまもと・たかし=民主党参院議員)22日午後11時50分、胸腺がんのため、都内の病院で死去、58歳。兵庫県芦屋市出身。葬儀・告別式は未定。

 93年衆院選に日本新党から出馬し、初当選。2期7年務めた後、01年参院選の大阪選挙区で当選した。06年5月の参院本会議で質問に立った際、自らがんを患っていることを告白。がん医療の地域格差解消を目指す「がん対策基本法」の成立に尽力した。07年参院選で比例代表に転じ、病と闘いながら議員活動を続けていた。 
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今朝、たまたま立ち寄った山本事務所。秘書さんが「山本が亡くなりました」と一言。

涙がこぼれた。

余命半年と宣告されて2年。本当に頑張られた。山本議員のことは、以前コラムに記したが、本当に残念だ。私の選挙区で、2期衆議院議員をされた。参議院に鞍替えし私が後継者として総支部長となった。いろいろと支援者をご紹介頂いた。おこがましくも、山本議員の遺志を継いで、何としても結果を出さなければならないと決意する。

心からご冥福をお祈りいたします。大阪14区、いや、日本国民は、あなたを忘れることはありません。本当にお疲れ様でした。ゆっくりとおやすみ下さい。

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いのちを見つめ、大切にする「いのちの政策」。
それを、やれるところまで、やります。
僕は、与えられた命を生き抜きます。
                 山本たかし
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何かが、、、

2007-12-21 11:27:54 | 政治信条
何かが起きてからでは遅い!
だから、何かが起きる前にそれを未然に防ぐ。
しかし、何も起きていないから動かない。
そして、何かが起きてしまう。
なのに、何かが起きてからでは遅いんだよぉと叫ぶ!
あぁすればよかった、
こうすればよかったと責任のなすりあい。
そして、今日も何かが起きてしまう。
私はそれを放置できない。

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あれもこれも、、、

2007-12-18 09:17:30 | 活動
お陰さまで、あれもこれも順調に進んでいる。
その一方で、あれもこれもうまく進んでいない。
今、この5年半の政治活動の中で、一番充実しているかもしれない。
※コラムが滞っているのはそのせいだとご理解ください。
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ひだまり

2007-12-14 17:13:47 | プライベート
子供の頭の匂いは、「ひだまり」の匂いがする。

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おぉ、忘年会シーズン

2007-12-10 10:40:55 | 活動
忘年会シーズンである。最も過酷なシーズンである。5年半も浪人していると流石にお声掛けも多くなる。本当に有難く、おかげさまの気持ちで一杯。

6日の一献を皮切りに、7日は2箇所。8日はシェラトンホテルのパーティーの後、大阪市内で1箇所、八尾市で2箇所。突然、飛入り参加のご案内が来て、再び大阪市内で1箇所。結局午前様。気が付けば午前2時半を回っており、ネットカフェで1時間半ほどエネルギー充電。タクシーに飛び乗り、不謹慎にもそのまま9日早朝5時からの早起き会で演壇に立たせて頂く。自宅へ朝帰りし、゛女房の白い視線゛を浴びながら、風呂で一服。事務所で来客を向かえ、午後1時から昼間の忘年会。午後3時半から某婦人会の忘年会で駆けつけ3杯の後、演歌を2曲披露(みちのく一人旅・望郷じょんがら)し、黄色い歓声を浴びる。この時点からワケがわからなくなっていた。本町から高安山の中腹、山畑まで移動。6時半からナゴミーズの忘年会。中座して、某氏からの書類を確認するため事務所に戻る。

さすがに、午後9時半前に自宅へ帰り即刻就寝。そして、本日も忘年会!おぉ、忘年会!

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残飯と餓死

2007-12-09 10:05:37 | 環境問題
敢えて、食品問題に関する、あまのじゃくなコラム。

賞味期限切れ、品質期限切れ。どう考えても腐っているならば別にしても、もしもこの商品が食品会社で製造されたものでなく、商品として流通過程に乗っているものでないとしたら。例えば、家庭でつくられたものなら、゛もったいない゛からどうしよう?まぁ、食べちゃえっ。まぁ、やめとこう程度のこと。

この食品問題に関する偽装ニュースを見るたびに、゛偽装゛と゛もったいない゛は共存できないことはわかっていても、なんだかなぁ~と溜息が出る。

日本国内では、年間720万トンが残飯として捨てられている。経済的に1兆2000億円だそうだ。その一方で、世界では一日に28000人が餓死している。

賞味期限切れを即刻→残飯にするのは日本くらいのものでしょうか。


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日中友好に取組むならば、人権侵害問題にも触れなければならない

2007-12-08 12:04:07 | 中国外交
民主前議員らの「ウイグル勉強会」も… 中国圧力で?中止(産経新聞) - goo ニュース

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民主前議員らの「ウイグル勉強会」も… 中国圧力で?中止
2007年12月6日(木)09:07

 ■小沢氏の訪問絡め
 民主党前国会議員らが11月28日に予定していた中国の少数民族・ウイグル人の人権活動家による勉強会が急遽(きゅうきょ)中止されていたことが5日、分かった。6日から小沢一郎代表ら同党議員団による中国訪問を控えており、複数の同党議員は「中国当局が党幹部に中止を要請したからだ」と証言している。

 勉強会を計画したのは民主党の牧野聖修前衆院議員が代表を務める「アジアと中国の民主主義を考える会」。来日中のウイグル人、ラビア・カーディル氏から中国・新疆ウイグル自治区での人権侵害の実態について報告を受けることになっていた。8月中に国会内の会議室を押さえ、現職議員も出席する予定だったが、11月中旬に突然中止が決まった。

 時間が空いたカーディル氏は11月28日、中川昭一元政調会長ら自民党議員と無所属の平沼赳夫元経済産業相ら約10人が都内のホテルに会場をとって開いた勉強会に出席した。カーディル氏は周囲に「民主党は何を言われても堂々とやってほしかった」と漏らしていたという。在京中国大使館は「中国を分裂させようとするウイグル人活動家が日本で活動することには反対だが、28日の件についてコメントはない」としている。

 中国政府のウイグル抑圧を批判するカーディル氏は6年近い投獄を経て2年前に米国に亡命した。米議会では中国当局によるウイグル人女性の強制移住を報告するなど積極的な人権活動を展開し、昨年のノーベル平和賞候補にもなった。中国は平成13年、自民、民主両党議員らによる「チベット問題を考える議員連盟」のメンバーに対し、「活動をやめないと所属政党の幹部が訪中した際、中国政府要人に会えなくなる」と働き掛けていたことが明らかになっている。
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私は、日中友好を妨げるつもりはない。しかし、友好とは唯唯、相手の言うことを受け入れて差し上げるということではないと思う。云うべきことは云わねばならぬし、検討せねばならぬことは検討せねばならぬ。

昨年9月、私も小沢代表一行に加えて頂き訪中した。全人代の中にも入らせて頂き、呉報国氏とも握手をさせて頂いた。日中友好、並びに北京オリンピックの成功を願う気持ちに嘘はないが、臭いものに蓋をしたままでこれらを素直に願う気持ちにもなれない。

アジアの平和を願うとき、私は中国抜きには考えられない。゛日出ずる処の天子、から、日没する処の天子゛へ、バシッと言ってやりましょう。何に妙な気を使うことがあろうか?毅然とした態度で言うべきことを言ってやることが真の友好に繋がると信じて疑わない私の考えが間違っているだろうか?

1.中国は、チベットへの弾圧を止めろっ。
2.ウイグルへの弾圧を止めろっ。
3.天安門事件をはじめとする民主化運動への弾圧を止めろっ。
4.生きている人からの臓器狩りを止めろっ。

特に、4については先日12/1にある会合で、法輪功の信者である中国人大学講師の方と中国国内の人権侵害についていろいろな情報を頂いた。「以前、人体の不思議展を見に行ったとき、10年位前だったかなぁ、明らかに献体は欧米人だったけど、先日梅田で見たとき、皆黄色人の様な気がした。これって、法輪功関係あるの?」彼曰く「多少なりとも関係があると思います。それ以外にも、中国国内では、6万件の臓器移植が行われていますが、4万件についてその臓器の提供ルートが明らかにされていないんです」。彼とは今後とも連絡を取り合い、中国の人権侵害を共に考えていこうということで一致し、近々にも再会を予定している。

訪中を控えているからといって議論すら控えてしまうの?理解できんっ。日中友好に取組むならば、人権侵害問題にも触れなければならない筈だと思うが、、、、私がおかしいの?

全ては、日中友好のためである。
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信仰心について

2007-12-07 10:14:38 | 教育
信仰心とは何か?

以前、゛サムシング・グレート゛について記したことがある。私の命は私の命であるが、私だけの命ではない。脈々と続く命の連鎖の中でようやく頂いた私の命。だから、その命は重い。そして、これからも重い。命の連鎖の過程で起こる何か大きな力。それを尊ぶということ。親を配偶者を、我が子を尊ぶ。敬愛・親愛・慈愛。自分が何故今ここにいるのかを尊ぶということ。それば自分を尊ぶということよりも、生命の源流を尊ぶということ。一人ではない。※選挙も一人では出来ない。

日本の教育には信仰心が欠けている。
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長尾たかしのコンセプトは?

2007-12-05 13:00:12 | 政治信条
コラムの更新が滞ってしまった。

ここ数日は、総選挙に関する勉強会や、器材の具体的な打合せ、修正など、内部的な作業で大忙し。11/28には、八尾後援者の幹部70人にお集まり頂き、臨戦態勢前の準備、組織の本番イメージ作りなど慌しく過ごす。

11/29に45歳になった。事務所では来客にケーキが振舞われ皆さんに喜んで頂いたようだが、私は外出が多く皆さんにご挨拶が出来なかった。大きな花束も頂き、誕生ケーキも頂き、子供には父親としての威厳が保てた。夜には母へ感謝の電話を入れた。

器材の打合せ、ビジネスの打合せ、党本部での研修会の為、一昨日、昨日と上京。選挙参謀がどうしても写真を取り直したいということで、急遽、小学校時代の友人がプロカメラマンをやっており、甘えることにした。元電通マンの加藤氏にも加わって頂き、クリエイティブな仕事を生業としている方々の次元の違う゛3人のプロの話゛に付いて行けず改めて彼等をを尊敬。

今更ながら、゛長尾たかしのコンセプトは?゛ということを解決できないでいる自分に嘔吐する。

党本部での研修会。馬淵衆議院議員の話は圧巻だった。「選挙対策というと短中長期的な計画と実行といったことに走りすぎ。コンセプトのない商品を市場に出しても全く意味がない、選挙も同じ。自分をじっくり見つめなおして欲しい」という講義だった。今まで多くの先輩議員のお話を聞いてきたが、計画と実行の話、組織作りの話ばかりだった。確かにこれは必要なものだけれど、それ以前に必要なものはこれだぁーっと示されたのは初めてだった。

昨日の゛プロの話゛も又、同じだったということである。

選挙参謀から、「長妻議員とのツーショット写真ある?」との電話。あることにはあるが、「暗かったり、古い写真だったりで、あまりいい写真ではない」と伝えると、「じゃぁ、撮り直そう」。・・・・・・長妻議員つかまるかなぁと思いつつ電話をする。6時45分頃に議員会館に来てと連絡が入りホッとするも、カメラマンがいない、カメラもない・・・・。昨日の友人は長野に出張と言っていたし、、、。結局無理を頼んで、加藤氏に再び登場してもらうことになった。

議員会館の部屋に入ると、いや、懐かしい。「皆で夜遅くまで、おにぎり頬張りながら勉強会しましたよネェ」。私も加藤氏も、長妻議員が1期目の頃、確か金融国会の時だったと思うが、専門家の意見が聞きたいと集められた勉強会のメンバーだった。

ここでも、長尾たかしのコンセプトの話となる。10分程度の時間が、30分以上コンセプトの重要性、長妻議員自身がどうだったかなど、事細かにお話を頂いた。本当に有難い。

何故、議員になるのか、何故民主党なのか、何故、大阪14区なのか。自分は何者なのか?自分としては振り出しに戻る気持ちで真剣に自分を見つめなおし、魂の迸り、政治は自分の生き様、何をなして生き、そして死ぬか。

長尾たかしのコンセプトを見つめなおしてみようと思う。

※余談だが、帰り際「長尾さん、当選したら何委員会に入りたい?安全保障?」と聞かれた。安全保障問題もやりたいのだが、すかさず「厚生労働委員会です。元保険屋ですからっ」と答えた。長妻さんの私のイメージの中に、安全保障があったのは意外だった。長妻議員は笑顔で「年金、C型肝炎問題とか、徹底的にやりましょうよ」と力強く励まして下さり議員会館を後にした。
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