長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

田中誠太議員、八尾市長選挙出馬表明

2006-12-29 18:55:02 | 自治
昨日、我が民主党大阪府第14区総支部幹事長・田中誠太大阪府議会議員が、来年の八尾市長選挙に出馬表明をした。私は本人ではないにせよ、朝から問い合わせが引切り無しである。

私が、田中誠太議員と初めてお会いしたのは、2002年6月30日、場所は新大阪のホテルレストランだった。当時私は、お世話になる選挙区の選定に、複数選挙区の幹事にお会いしていた。

「田中議員は、国政に行く予定はないんですか?」
「僕は首長になって、八尾市の為に生きたいんです」
これがすべての始まりだった。

それぞれの役割を理解しつつ、この4年間私の指導者として、良き兄貴分として本当にお世話になった。2回の衆議院選挙を戦えたのも、今日お陰さまで政治活動4年を過ぎ、次期総選挙に向けて活動できているのも、すべては、田中議員がきっかけだった。事務所も一緒に探して頂いた。支援者も紹介してくださった。選挙の実務、政治活動の切り口などいろいろと教えて頂いた。「田中誠太なしには、今の長尾たかしを語ることは出来ない」。これは永遠に変えることのできない事実である。

そんな2人だが、政治的な「根」は全く違っている。田中議員は社会党出身。細かな政策では、私とは真っ向から意見が違う部分がある。それでもお互いスクラムを組めたのは、田中議員の懐の深さもあるが、きっと互いに「今、そこにある危機をどう乗り越えようか」を最優先に議論できたからであろう。私の言動がいろいろなハレーションを起こしたときも、最後は味方に立ってくれた。そんな時、私は田中議員からの「強い保護」を感じていた。

以前から、14区常任幹事会でも、八尾市発注の公共工事に対する「地域協力金」の問題、障害者総合福祉センターの指定管理者制度に関する事項、八尾市民病院の電気設備工事入札問題等など、市政にあり方に大きな疑問を持っていた。今年8月、八尾市保育所の移管先を巡り、行政を恐喝したとの疑いで丸尾勇氏が逮捕された事件を巡り、八尾市議会が紛糾。竜華配水場建築工事、市営安中住宅改善工事に関わり、地域協力金の存在、事業系ごみ収集運搬事業許可制度に係る職務強要などの疑いが議会で議論される。10月26日八尾市議会で100条委員会の設置が提案されるも、否決(16対16 の同数、よって議長採決となり、否決)される。丸尾事件に対する市議会への不信感はつのるばかり。12月11日丸尾容疑者4度目の逮捕。市立中学校の窓ガラスが割られた事件をめぐり、清掃事業協同組合の事務所に少年5人を呼び出し、数人の顔や腹を殴って2人に軽いけがをさせた疑い。12月八尾市議会が大荒れ。12月21日、議会最終日、2回目の100条委員会設置が提案されるも16対11(退場5人)で否決。同日、本会議において、現職市長が立候補表明。要は、一連の不祥事は究明されぬまま年を越すことになる。そんな八尾市を放ってはおけない、そこで出馬を決意した。これが、民主党大阪府第14区総支部長として理解している、田中誠太議員市長選出馬の経緯である。

私は大阪府、愛知県、栃木県、東京都、福島県への転勤を経験した。各々の土地に友人が沢山いる。その友人達から、
「長尾の選挙区八尾市って、ひでぇところだなッ、行政はどうなってんの?市民は静かにしてんの?」
「また、大阪市と八尾市だなっ、変なニュース」
「お前は八尾市このままで良いと思ってんの?」
「次の選挙どうすんの?」
不名誉な便りばかり寄せられる。私はこれが我慢ならない。

おそらくこの市長選挙は、政党、団体、入り乱れの選挙となるだろう。対立構造は非常に複雑である。これ程複雑な市長選挙は無いだろう。ただ、争点は唯一つ。「今、そこにある危機をどう乗り越えるか」である。

健康な八尾市を取り戻したい。八尾市は病魔に冒されていると思う。思うだけで、その証拠はない。ならば、病巣があるのかないのかを調べるべきである。八尾市のレントゲンを撮るべきである。病理検査をするべきである。その結果、健康ならばそれでよい。しかし、今の八尾市は、レントゲン検査、病理検査を拒み続けている。行政も、議会も、何故それを拒むのか?それが疑問なのである。何かがあるとしか考えられないのである。

田中誠太議員と共に、健康な八尾市を取り戻したい。その一念で取組む決意である。

※ただ、現段階で、民主党が手続き上、正式な推薦を決定していないことを申し添える。
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年末のぼやき

2006-12-27 12:55:01 | 政治信条
形式的な年末挨拶をする時間がない程、
魑魅魍魎とした蠢きに、
振り回されつつ、っとはいいながらも、
冷静に考えると、
自分もその原因の一つであったりなんかして、、、、。

手続きを怠ることなく、
誤解のないように、
周りが納得するように、
義理が果たせるように、
筋が通るように、
多少の妥協も許しながら、
自分の意思が盛り込めるように、、、、。
これ、難儀な作業です、はい。

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長尾たかしが消えて喜ぶものに、お前のオールを任せるなっ

2006-12-24 21:06:34 | 政治信条
ふと、耳にする音楽が、今の自分の心境を言い当てている時、何とも力強い気持ちになる。

お陰さまで、賑々しく活動させて頂いているが、やはり政界は、堅気ではない部分がある。味方の中に敵がいることも多い。最近は、堂々と味方の中で敵を演じられることもあり、実に難儀である。元気な様で、これでも、結構日々落ち込むことがあるのだ。

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流されまいと
逆らいながら
船は挑み
船は傷み

すべての水夫が
恐れをなして逃げ去っても

その船を漕いで行け
おまえの手で漕いで行け
おまえが消えて喜ぶ者に
お前のオールを任せるな

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ご存知、ジャニーズ事務所が誇る、TOKIOの宙船(そらふね・中島みゆき作)である。

いやいや、政界とはこの「オールの取り合い」である。一寸やそっとでは任せられない。「長尾たかしが消えて喜ぶ者」も結構いるのだ。ほんと、日々戦い。一人では何も出来ない、人様の力を借りなければ、一歩も前に進めない。しかし、最後に頼れる、信じられるのは自分だけである。

これもまた、現実。
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毎年の天皇誕生日に考えること

2006-12-23 18:48:20 | 歴史・伝統・文化
12月23日は天皇陛下誕生日。陛下におかれては、365日一日も欠かすことなく、国民の平和、繁栄をお祈り頂いている。日本国民は心から感謝しなければならない。

そして、今日は、A級戦犯7名が絞首刑に処された日でもある。当時の皇太子、つまり今上天皇の誕生日にこれを当ててくる。これが彼らのやり方である。

改めて、歴史を振り返ってみたい。

◎償いは済んでいる
韓中からは「謝罪、謝罪、謝罪」の要求ばかり。謝罪の次は、「では、行動で示してもらおうか」ということになるのだろう。

百歩、いや千歩譲って、A級戦犯に戦争に関する全ての責任があったとしようか。彼等は死をもって償いを済ませているのではないだろうか。死者にも尚鞭打つ国々には理解できないかもしれないが、そう考えることは日本人の死生観である。

A級戦犯は、靖国に合祀してある14人だけではない。起訴されたA級戦犯は、荒木貞夫、板垣征四郎、梅津美治郎、大川周明、大島浩、岡敬純、賀屋興宣、木戸幸一、木村兵太郎、小磯国昭、佐藤賢了、重光葵、嶋田繁太郎、白鳥敏夫、鈴木貞一、東郷茂徳、東条英機、土肥原賢二、永野修身、橋本欣五郎、畑俊六、平沼騏一郎、広田弘毅、星野直樹、松井石根、松岡洋右、南次郎、武藤章の28名。

さて、重光葵などは、7年の禁固刑の後、1951年に出獄後、改進党総裁・日本民主党副総裁を務め、第一次鳩山一郎内閣では外務大臣を務めている。

また、賀屋興宣も、1955年、仮釈放され、1958年正式赦免。自民党公認で総選挙に立候補し初当選。1963年第2次池田改造内閣に法務大臣として入閣。第3次池田内閣でも留任。

つまり服役の後、名誉を回復している。

共に元A級戦犯である。我々は彼等をまた、彼らの家族たちを戦犯扱いしているだろうか。服役をし罪を償ったのだから、罪人扱いはしていない筈だ。

一方、絞首刑になった7人を含む、14人の名誉は回復されているのだろうか。遺族達はいまだに名誉が回復されていないことをどう考えているのだろうか。

私達国民はこの矛盾を一度でも考えたことがあるだろうか。BC級戦犯たちも死をもって償った(言われ無き裁きをうけ)のではないだろうか。

「償いは済んでいる」と毅然とメッセージを伝えられないのは何故だろうか。

同じA級戦犯なのに絞首刑者、獄中死者と、服役後社会復帰した者と「歴史の扱い」が違うのは如何なものか。

同時に我国にはA級戦犯はいないというのが私の理解。それは国会で決定されている。昭和28年8月に遺族等援護法が改正されて、連合軍により軍事裁判で有罪とされたすべての人たちは、日本の国内法においては罪人とみなさないという判断基準が明確に示されている。これは選挙で選ばれた国民の代弁者の決定、つまり「国民の総意」と理解している。

我国は法治国家である。ならば、私は先代達のこの決定を尊重する。これは特別なことではなく、自然なことである。

さて、A級戦犯の遺骨の行方をご存知だろうか。

昭和天皇御生誕日4月29日に始められた東京裁判は、当時の皇太子、今上天皇御生誕日12月23日にA級戦犯の内7名を絞首刑にしたことで大きな区切りをつける。※私の父はこのことがよほど悔しかったのだろう。両日及び、判決の出た翌日11月13日の新聞を保管してあった。この歴史的資料は長尾事務所に現存する。

マッカーサーは遺骨を遺族に返すことを禁止していた。BC級戦犯で死刑となった彼らの遺骨もまた遺族に帰ることは無かった。

12月23日7名の絞首刑を終え、遺体は1~7番の「番号」がペンキで書かれた棺に納められ、「幌付きのトラック」で横浜久保山斎場に運ばれた。焼かれた遺骨は7つの骨壷に入れられた。ところが誰かが哀れんだのか線香が供えられた為、米兵は突然鉄の鉢に移し替え鉄の棒で骨を粉々に砕きはじめた。骨を砕き「7つの箱」に移し変え、持ち去った。そして、残りの骨は7人分纏めて斎場奥の共同骨捨て場に捨
てられたのだ。

これら一連の事態を事前に察知し、何とか遺骨を遺族の元に届けたいと思っていたのが、小磯国昭の弁護士三文字正平だった。

彼等は共同骨捨て場に捨ててあった誰のも遺骨ともわからない7人が交じり合った「骨の粉」を掻き出し、久保山斎場横の、興禅寺住職市川伊雄に託したのだ。当時はアメリカの占領下時代。見つかれば重罪である。A級戦犯の名前など書けぬゆえ、上海で戦死した三文字弁護士の甥で正輔の名前で供養した。

昭和24年5月、あの12月23日のことを世間も忘れかけていた頃、ささやかな慰霊祭が、遺族と共に5月3日、松井石根大将が建立した興亜細亜観音で営まれた。供養はまだ三文字正輔のままであった。

戦後、日本が主権を回復した後、興亜観音像のすぐ傍らに、吉田茂書による「七志の碑」と刻まれた石碑がある。裏面には絞首刑にされた7名の自筆が刻まれているのだが、これは7人が絞首台に上る時、手錠がかかった状態で記した
最後の書なのである。

三河湾を臨む三ヶ根山にも遺骨がある。昭和33年松井大将の出身地に遺骨の一部が移され慰霊碑が建っている。久保山斎場は名も無き供養等がたっている。

繰り替えす。彼等は死をもって償ったということで、名誉を回復できるのではないだろうか。死ねば神・仏になる、これが日本の文化である。

遺骨を粉々に砕き、死者に鞭打つ異国の文化は、私には到底理解できない。

※写真は今も巣鴨プリズン跡地に立てられた石碑。今日は私の同志達も平和を願う慰霊祭に参加している。
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今、そこにある危機

2006-12-21 23:08:10 | 政治信条
今、そこにある危機をどう乗り越えるかを協議する・・・・・これが政治の役割の使命である。

イデオロギー、生い立ち、右、左、すべは排除されなければならない。

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暫く山場

2006-12-19 17:10:32 | 活動
何事も始めが肝心。調整調整の毎日である。自治体選挙に向けて、準備作業も自然と流れが出来るまでが大変。予定が変更になれば、玉突き状態で他に影響が出てくる。情報を知らぬ振りをしたほうが新しい情報が集まってきたり、あぁ、これ会社時代に結構経験したなぁと思うことも多々ある。しかし、実務的なことで、決めたことは守ってほしいよなぁ、、、。

夜は宴会宴会、又宴会。これもまた、お誘いがかかるだけ「お陰様」。ただ、11/22から、数日しか自宅でご飯を食べていない。実務も、胃袋も、気遣いも、暫く山場がつづきそう。

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両親の後姿・・・有本夫妻

2006-12-16 18:08:15 | 北朝鮮問題
全国で35箇所、アメリカ、ワシントン、ニューヨークで同時に拉致被害者救出を叫ぶ御堂筋での行進行動を実施。200名以上の方々にご参加頂き、多くのマスコミにも、全国報道をして頂いた。

写真は、有本ご夫妻。お二人の後姿を心に刻みながら、今後も事件解決に向けて活動したい。

あぁ、自分の非力を悔やむ一日。

本日の読売新聞に掲載

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正当で、理屈に合った組み立て方

2006-12-12 10:56:49 | 政治信条
事務的な大概の事は、同時並行で処理できる自信があったのだが、流動性あること、これが政治行政の絡むこととなると話は別。実際、ビジネスしか経験のない私が、この4年間で揉まれて来た事とはまさにこの部分。まぁ、議員ではないので、本格的にその渦中にいるというわけではないが、「総支部長」というお役目が、疑似体験という名の、実体験をさせてくれている。

日々刻々というよりは、刻々。時間を追う毎に勝手に蠢いていく事ばかりなので、本当に気を使う。そこに、伝達ミスなどがあれば傷口を塞ぐのに相当の労力が掛かる。なるほど、プロは違うなぁと感心する事もある。

世の中って、こんなふうに出来上がってしまうのか?えっ?これで良いの?本当に?何を信じればいいの?という疑問ばかり。それらを日々目の当たりにする。「長尾さん、政治とは絶望との戦いである」と、原口衆議院議員が私に諭してくれたことがある。今はその言葉を胸に日々対応に追われている。

統一地方自治体選挙まであと3ヶ月余。市長選挙、府議会選挙、市議会選挙。結果を残すだけでなく、正当で、理屈に合った組み立て方をしていかなければならない。正念場である。

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有権者の視線

2006-12-11 14:48:48 | 民主党
本日は穏やかな天気に恵まれ、街宣日和、ということで、今まで街宣車を回し、辻々に立ち、街宣をしていた。アリオ開店ということもあり、いつもより格段に人通りが多い。

各所一通りに演説を終える度に、声を掛けて頂く。今日は、民主党に対するお小言が多かった。やはり、教育基本法案を巡る攻防で、基本法改正に反対の政党と行動を共にしたことが、理解されづらい。これは、先日チャンネル桜で述べたとおり。執行部には執行部の言い分があり、政党役員である私には理解できる。しかし、そこに一般有権者との間に想像以上の隔たり、いや亀裂が生じている。

街宣の内容が、弱いものの視線に立っていないというご指摘も頂いた。自立支援法や、医療制度改革に端を発したこれらの問題。もっともっと中心的に議論として取り組んで欲しいというもの。

総じて、「もっとしっかりしてよぉ」というご指摘が多い。特に私などは議員としての実績がないので、期待感だけでこれまで支えられているわけで、そろそろ期待感だけというのも限界かと感じている。ならば、、、、。政策か、強さか、○○か?

これ幸いに、自治体選挙準備がいよいよ佳境に入る。有権者の視線をじっくりと考えて生きたい。

さて、これから小学校の地域パトロールへ出発。
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アリオ開店

2006-12-11 09:47:37 | 社会
アリオ、行った?」今、ご近所の挨拶はこれで始まる。12/4のグランドオープンに遅れて、遅まきながら昨日行ってみた。

人・人・人、外からの人も相当多いのだろう、八尾でこれだけの人ごみを見たことはなかった。駐車場は120分待ち、いや、お疲れ様です。あまりにも大きすぎて何処に何があるかよくわからない。消化不良を起こしそうなほどの大店舗である。

ヨーカドーはまぁ、良く入っている。専門店はというと、、、ここは2極化。長蛇の列もあれば、集客に必死なところも。コンタクトの調子がよくなかったので、主治医の眼科へ。アリオに引っ越している。中を覗くやいなや、撤退する。眼科であれだけ多くの人が待合室にいるのを見たことはない。これじゃぁ、何時間掛かるかわからない。映画館、いやいや、ここはガラガラ。イベント広場で、おでん博覧会をやっていたので家族で覗く。ここもガラガラ。皆、何をしに来ているのだろう。冷やかし?お金を落としていくようには見えなかったのは私だけ?勿論、我家から5分のところに出来たことで、生活が格段に便利になったことは事実。じっくりと攻めていこうと思う。

ただ、一つとんでもない事に気づいてしまった。・・・・・揺れるんだよね、この建物・・・・・。

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チャンネル桜に、3度目の出演

2006-12-08 10:43:08 | 活動
友人である井上和彦氏がキャスターを務める番組、「今日の自衛隊・・・防人の道」にお邪魔した。今回で3度目の出演。「党執行部に苦言を呈す」と、激しいタイトルが付いてしまっているが、過激でもなく、普通の話をさせて頂いた。BB放送で視聴可能なので、ご覧頂き、ご意見なども寄せて頂ければ嬉しく思う。

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現代ビジネスの共通項

2006-12-08 10:35:09 | 社会
上京をしていた。母からの頼み事を完了。随分と先延ばしになっていたのでホッとした。偶然、大学時代の先輩や同期で在東京組みで忘年会をやるというので参加した。神楽坂の上品な料亭で、会話が弾んだ。

自分では普通を貫いているつもりでも、先方はそうもいかない。「特殊であろう政治の世界」の話となる。皆ある程度社会の現場で責任を持たされている立場であり、業種も様々である。ビジネスの話となると、勤務するあるいは経営する会社の今を語り始めるわけだが、それらにはある共通項があった。

外国市場、あるいは外国人労働者に、ビジネスチャンスを見出している。

格差社会を作り出している最大の原因とも言うべきボーダレス化。友人・先輩はまさにこれらを加速させることに特段気にも掛けず、ビジネスチャンスを狙っている。この議論に反論するつもりは毛頭ない。当然のことである。であるがゆえ、私としては複雑な気持ちになる。本当にコストを削減するしか道はないのだろうか?付加価値の時代という言葉はもはや死語なのであろうか。

サラリーマンも経験し、経営者も経験し、政界にいる私だが、それらの立場が求めることは、他の立場が求めることに対して、あい矛盾することもある。政治の役割はその調整なのかなとも思う。

皆必死に今を生きている。

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小川義男先生講演

2006-12-04 12:37:05 | 教育
憧れの小川義男先生の講演を聞くことが出来た。12/1、参議院教育基本法改正に関する特別委員会の参考人として質疑を受けられたばかり。

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いじめによる自殺も、自分が大きなもののために生きる、民族として一体感をも
つことが感じることができれば、もっと減ること、教育で蔓延している児童中心
主義でなく、圧倒的に服従の教育が必要であること、宗教に対して寛容の精神を
持った日本人の特質から宗教的情操を寛容することが大切であることなど、国会
で審議されている教育基本法与党改正案の問題点と比較しながら説明頂くととも
に、教育木基本法改正と並んで、今日、児童の発育に合致していない6・3・3制の
改革、国が関与することのできない大学の改革といった学校制度自体を改革する
必要性を説かれた。

小川先生の体験に基づく講演は圧倒的な迫力があり、教育崩壊が叫ばれている
中でもあるので、参加者も一言も漏らさないで聞き入っていた。(日本会議大阪・報告より)
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民主党の教育基本法案に高い評価を頂いたものの、民主党の抱える自己矛盾について辛らつに指摘された。懇親会では、コラムには記せないような、突っ込んだ疑問にも、丁寧にお答え頂いた。

人間を超える絶対的な何かを感じる日本の文化、これが日本人の謙虚さを重んじる文化に繋がる。これらの教育が、教員を養成する段階で骨抜きにされているというご指摘には感服。

今後先生のご指導の下、教育問題について学んでいきたいと思う。

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スペシャルショット

2006-12-01 12:50:15 | 活動
突然質問され、シドロモドロに答える長尾たかし。一瞬の出来事で緊張

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防衛省・・・平和を守るところ

2006-12-01 12:20:15 | 安全保障
現実路線かイデオロギー路線か?そんなコラムも記したことがある。また、沖縄県知事選挙でも、県民は苦渋の選択の元、現実路線をとった。

わが党の談話にもあるように、防衛庁の省昇格は自然のことである。もっと突っ込んで言及するならば、自国を自国の力で守れぬ国家が、アメリカの核の傘の元、非核を叫んだり、中国の軍拡に物申さず、「悪の枢軸」に軍縮を叫んでも、世界から見れば、説得力に欠けるのだ。そんな日本の立場を理解するならば、防衛省昇格は自然のことと理解する。一部には、責任政党の議員としての自覚もなく、現実逃避の行動に出た議員もいたようであるが、実に情けない。

防衛省って何するところ?私はすかさず「平和を守るところ」と答える。この理屈がイデオロギー路線の方々にはなかなか理解して頂けない。別に戦争を始めようなどと誰が主張しただろうか?長尾たかしのリーフレットには武士道について記されている、だから、長尾たかしは戦争準備論者である・・・?

本当に平和な世の中である。

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