長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

議員とは

2006-07-31 23:00:30 | 自治
選挙権とは国民の権利以上に、国民の義務と思う。政治家も有権者も責任が問われる、これが選挙である。議員は落選することが一番怖い。だから必死である。しかし、無投票を画策するとは何事か?有権者に選択肢を与えず、職業としての場所を確保する。有権者は議員を通して自らの周辺問題を解決して欲しい訳で、ボランティア精神で議員報酬を有権者が与えているのではない。

政界に入るといろいろなダブルスタンダードに出くわす。しかし、「議員は有権者の代表、ある意味、実は唯一の収入源」このダブルスタンダードだけは理解できない。それを有権者に見抜かれている。さてさて、この影響はこの地方自治体においてどう顕在化するのか?

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お願い

2006-07-30 10:09:18 | 政治信条
コラムに関していろいろなご意見を頂くことは大変有難い。賛否両論のご意見は、私達政治の側にある者たちが、最も耳を傾けなくてはならない大切な宝だと理解認識している。すべてのご意見に回答できないかもしれないが、今後折に触れ、コメントやお送り頂くメールに対して記して行きたいと思う。

そこで、お願い。メールに関しては、どうか差出人様を記して頂きたい。それをお願いしたい。

※コメント欄はその性質上、ハンドルネームでも、Unknownでも構わないが、、、、。
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ジリジリと・・・

2006-07-29 21:58:02 | 活動
早朝より補欠選挙対応支援。猛暑以外の何ものでもなく、ジリジリと照りつける太陽の中応援演説をする。昨日よりは風があるのでまだ過ごしやすい。大谷候補とも話していたのだが、細身の体格は夏に強いということで一致。逆に冬は動けなくなるからダメ。夏は暑くなければ!と根拠のない気合を入れる。

夕刻から、八尾に戻り、子供がお世話になっている八尾小学校での夏祭り。PTA主催でこれだけのイベントをやるのだから、生徒達は幸せだ。子供達の歌や、ハシャギ声に癒されるやら、疲れるやら。その後、柏原市旭ヶ丘の夏祭りに家族で乱入。一時間ほど過ごし、外食する。

私は事務所に戻り、雑務。また、これを記している。

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各所で補欠選挙や、その準備

2006-07-28 17:00:43 | 活動
昨日は終日外出、地域活動に参加。書き切れぬほどのあらゆる事柄が、、、。いよいよ夏である。本日は早朝より地方選挙の補選告示があり激励に行く。その後、茨木市内で、民主党常任幹事会。大谷信盛前衆議院議員、大阪9区衆議院選挙補欠選挙対応で、様々な議論がなされる。続いて、地方統一選挙に関する会議。終了後、民主党街宣車に乗って、9区一円を一斉街宣活動に御伴する。「広いっ」、この一言。池田市役所前にて切り離し、八尾市へ戻る。また今日焼けた気がする。来客から黒い黒いの連発。汗みどろで臭いとは流石に言えないだろう。チョッと汗臭いっ。汗を流してから、地元の祭りへ繰り出す予定。ここ数日事務所に殆ど居ないので、書類やらなにやら溜まってしまっている。富田メモの関し頂いたコメントについては時間を作って回答したいと思う。
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夏祭り

2006-07-26 19:32:38 | 活動
梅雨も明ける頃か?猛暑である。そして、夏祭りの季節。地元で80箇所ほどの祭りがある。年々の傾向だが、商店会や地域子供会で夜店を運営するところが多くなってきた。子連れの親としては値段が半分以下なので有難い。世間は夏休み。夏を制するものは○○を制す。どこかで聞いた言葉だがその言葉を胸に、今日も歩く。

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富田メモは、徳川義寛元侍従長のことばではないか?

2006-07-25 12:22:08 | 歴史・伝統・文化
お待ちかね、富田メモを検証する。

まず結論。このメモにある言葉は「陛下のご発言ではない」と考える。

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昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。 日経新聞(07:00)
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メモの内容は、

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私は或る時に A級が合祀されその上松岡 白取までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私 あれ以来参拝していない
それが私の心だ
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後述するが、この「スクープらしきもの」は相当以前より、日経が仕掛けていたらしいので、情報が日経の独占状態(を装っていた?)だったので、メモに関する画像がなかなか手に入らなかった。ようやく手に入れたのが、この画像。

さて、私は今年3月頃、メール問題で大変な目にあった。民主党は国会を混乱させた。国会で取り上げる資料に関し、「裏を取る」ということの重要性を学習した。このメモの存在は事実と思うが、陛下の言葉とは考えられない。

1.「私」=「陛下」だろうか?
富田朝彦元宮内庁長官のメモであることに間違いはない。しかし、陛下のお言葉と何処に断言できる文言があるだろうか。一部にこれは当時の藤尾文部大臣の言葉ではないかという情報も出回った。写真にあるように、日経が「意図的に削除した部分」には、赤線で引いてあるように藤尾氏の発言が以下であると示唆するようなところがある。しかし、藤尾氏がどのような人物だったかを知っているならば、彼がこのような発言をするはずはない※。都合の良い印象をつける為に、都合の良いところだけ切り取る手法は実に許せない。

2.陛下の過去の公式発言に矛盾する
昭和20年8月29日に陛下は「戦争責任者を連合国に引き渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて退位でもして納める訳にはいかないだろうか」と、9月11日の閣議では「昨日まで朕の信頼した臣僚を朕の名において処刑することは出来ない」、また、12月10日には「(A級戦犯は)米国から見れば犯罪人にならんも我国においては功労者なり」とご発言されている。富田メモは「メモ」であり、メモに書かれた「私」を安易に「陛下」とする偏向的判断はありえない。

3.松平宮司が陛下のご意向を無視して勝手に合祀することは、手続き上考えられない
靖国神社に祭られる魂は、まず遺族等支援法に基いて厚生省が提出をしてきた名簿を「祭神名簿」という形で、靖国神社が受け取る。それに基き、「霊璽簿」と「上奏簿」を作成。そして、上奏、つまり名簿について、「天皇に意見や事情などを申し上げる手」続きを踏み、合祀をする。そして、合祀は例大祭の前に行われ、合祀後の例大祭には、必ず勅旨、つまり「天皇の意思」を、勅使、つまり「勅旨を伝える使者」を戴くのである。勝手に宮司が合祀できることではないのである。

では、誰の言葉なのか?
実は、侍従長を退いてからこんなコメントを口にした元侍従長がいる。

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・「松岡洋右さんのように軍人でもなく病死した人も合祀するのはおかしい」などと問いただしたが、押し切られた。
・「靖国神社は元来、国を安らかにするために奮戦して亡くなった人をまつるはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人も一緒に合祀するのは異論も出るでしょう」
・「(A級戦犯合祀について先延ばしした)筑波さんのように、慎重な扱いをしておくべきだったと思いますね」
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当時の靖国神社の宮司は、
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筑波藤麿:1946年(昭和21年)1月25日 - 1978年(昭和53年)3月20日(在職中に死去)
松平永芳:1978年(昭和53年)7月1日 - 1992年(平成4年)
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と、引継がれた。「所謂A級戦犯」合祀に関して、微妙な時期である。

先の発言者は、徳川義寛元侍従長(1985年(昭和60年)10月-1988年(昭和63年)4月の期間、侍従長を務めた)である。

富田メモ
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私は或る時に A級が合祀されその上松岡 白取までもが
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか易々と
松平は平和に強い考があったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私 あれ以来参拝していない
それが私の心だ
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よって、
富田メモの「私」=「徳川義寛元侍従長」と推測する。

締め括りだが、何故この時期だったのか。当然自民党総裁選挙対応である。○○○元総理と○○新聞○○○○氏等が、日経新聞にリークさせ、ガセ世論を作り出そうとしたのだ。そこに、福田氏が乗らなかったことはご立派。そういえば、加藤の反乱の時も、マスコミが担ぐだけ担いで下野したっけなぁ。

政治の世界は恐ろしい。「陛下のお言葉らしきもの」まで利用して世論を作る。非公式のメモを政治的に利用するとはまったく以って許せない。

清水建宇さん、知らぬ振りしてコメントすることのないようにね。






※以下、ウィキペディア(Wikipedia)より
藤尾正行
1986年第3次中曽根内閣で文部大臣に就任するが、入閣直後に歴史教科書問題に関連して「戦争で人を殺しても殺人(罪)には当てはまらない」「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国にも責任がある」等の発言をしたことに対し一部の人が取り上げ論議を呼ぶ。主に野党や革新勢力から「放言大臣」と揶揄され、閣僚辞任と発言撤回を求められるが、本人は断固として拒否し、中曽根首相によって罷免された。この発言は福田の選挙区のライバルであり、経済閣僚を望んでいた自分を文部大臣に回すなど安倍派を徹底的に冷遇した中曽根に打撃を与えるために敢えて行ったという向きが強い。後者の発言によって、韓国では氏を「極右妄言政治家」の一人として見る向きが多い。

※参考・・・国民運動通信151号
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第14回タウンミーティング終了

2006-07-24 20:44:54 | 活動
土砂降りの雨の中、大きな人影が、、、。岡田元代表だった。なんと、岡田元代表は近鉄電車準急に乗って一人で山本コミセンにご到着。「今年は米が不作だ、こりゃぁ」。エレベーターに同乗した参加者が、「岡田さんってそういう事言うんだ、なんか意外で親近感が湧いてくるわ」と呟く。

大雨の中、120人以上の方々にご参加頂いた。事前の準備も雨に泣かされ難儀した。田中事務所が頑張ってくれて、20,000枚のチラシが配布出来た。ご参加頂いた方々は、山本コミセン周辺にお住まいの方々が多く、今回は若い方の参加が実に多かった。動員を掛けて晴天だったら、会場に人が入り切らず、混乱したと思う。うまくいけば雨もまた良し。昨日は行けなくてゴメンネの電話連絡を多数頂いた。満席でしたの報に喜んで頂いた。

尾立参議院議員の挨拶でタウンミーティング開始。質問の多くは社会保障制度、税金問題に集中。思いがけず、靖国問題で議論が激しくなる。岡田元代表と私とはこの問題については相対する立場。2人とも違う意見を主張したことが面白かったという感想を多々頂いた。地元地方議員の方にも、質問に対して実に丁寧に答えて頂いた。質疑応答はタップリと1時間。エンジンがかかった頃終了というのも悩ましい。

「長尾君とは靖国問題で全く違うよなぁ」のポツリに、「出待ち」のご婦人達が結構ウケけていた。

岡田元代表の14区入りは今回で3回目。同じ沿線とはいえ、大阪と三重県。浪人生にとっては、元代表の支援は本当に有難い。イベントを打つことで解決される課題もあれば、新しい課題も出てくる。

何はともあれ、豪雨の中お集まり頂いた事が本当に嬉しかった。同時に、有権者の関心の高さ、政治への憤りを痛感する時間だった。
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第4回マラソン演説会終了

2006-07-21 20:20:11 | 活動
「今年もやるんでしょ」というムゴイ一言から始まった今回のマラソン演説会。事前チラシに「雨天決行」と記してしまったから、さぁ大変。

毎年炎天下での演説会だったが、今回は終日雨。時には集中豪雨に晒され、暫しの休憩中に雨が止み、再開するとまたまた降り出す。熱射よりはまだマシと思ってはいたが、雨に打たれるのもまた格別の思いである。

それでも、入れ替わり立ち代り延べ50人ほどの方の顔を出して頂いた。雨の中のチラシ配り本当に有難く、感謝感激。各級議員、総支部長にも入って頂いた。深夜11時頃には尾立参議院議員が駆けつけてくれた。毎年のことながら、最後の2時間がどれだけきついことか。実際のマラソンが38キロからきついのとまさに同じである。

差し入れも昨年と趣が違う。圧倒的にドリンク類が多かった過去3回だが、今回は食べ物が多かった。サンドイッチ、バナナ、煎餅、寿し、甘物、果物等など。すべて貪る様に頂きました。

やってよかった、これ実感。

※当日の様子

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マラソン演説会開始

2006-07-20 04:53:24 | 活動
4時に起きた時は曇りだった。事務所に自転車で向かう途中で雨になった。炎天下で体力を消耗されずに済むと考えよう。いつもなら、マラソン演説会の翌日はダウン。しかし、今年は明日も明後日も予定がびっしり。只今から、第4回マラソン演説会の開始である。

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真価

2006-07-18 10:13:05 | 活動
第4回長尾たかしのマラソン演説会、7/20開催
第14回タウンミーティング、7/23開催・・・ゲスト民主党元代表岡田克也氏

不測のイレギュラー続きで物事が進まない。イベントに関わらず、その他においても、まるで下りのエスカレーターを昇っているような錯覚に陥る。

厳しいときにこそ真価が問われる。ということで、都合、23日までこれらに集中したいので、コラムを休止する。

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夏祭り

2006-07-16 21:06:33 | 活動
14区内の諸計画に大変なイレギュラーが生じた。この時期で良かったと言えば良かったのだが、軌道修正に異常な時間と労力が掛かっている。今週で取れ返せるだろうか。取り返さなくてはならない。

神はしっかりと判断していたということだ。現実を見せ付けられるということはある意味有難い。

午後から心の会・同士の集い、その後、夏用のスーツを一着購入。家族と待合せて、夏祭りへ。今日は住まいのご近所なのでシコタマお酒を頂いた。

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府連大会終わる

2006-07-15 21:02:25 | 活動
月岡大介市議会議員の事務所開き。複雑なこの補選。有権者が問うていることは何か?手続きであり、選ぶことであり、その結果である。

午後からは、党大会。党として党員が混乱しないように万難を排して欲しい。これのみ。そんな中、第8回民主党大阪府連大会終わる。大阪に問われていること。どうも有権者との間に相当の距離があるようだ。「わかっていることをわかっていない振りをしている。触れねばならぬことを何故触れぬ。立場を摩り替える。」こんな声が大会後に聞かれた。何を意味することか。私には理解できるような気がする。14区からも積極的な意見が出た。有難い。

夕刻は祭りの梯子。

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押せ押せ

2006-07-13 22:42:40 | 活動
東京でたっぷりと情報収集をする。突然地元に帰らねばならない案件が発生し、朝一番の新幹線で帰阪。結論出す。その後の調整で四苦八苦。あらゆる予定が狂ってしまった。まぁ、今の時期でよかったと捉え方を修正。違う方向へ一歩踏み出せたと思う。今週一週間は押せ押せとなり、大変な激務を予定。

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墓参り

2006-07-11 18:04:48 | プライベート
やっぱり土の上は柔らかい。

日頃アスファルトばかり歩いているので実感する。子供の頃父に手を引かれてよくこの道を歩いた。石材屋さんで供花と線香をもらってお墓まで歩くのだが、今日歩いても15分強。子供には一寸距離がある。

往復の道なりで、ジュースをせがんだり、お彼岸のときは出店が出て、お面をせがんだり。父は絶対買ってくれなかった。妙にそんなことを覚えている。

まっさらの芝生の上を、踏みつけながら、ジグザグに歩いてみる。草の良い匂いがする。へーっ、シロツメクサとクローバーは同じなのか、なんてことを心で呟きながらお墓周辺に着く。慣れた道なのに、お墓がすぐ見当たらない。しまった、草が生茂り大変なことになっていた。日頃コラムで、先祖を大切になどと偉そうな事を言っていてこの様である。汗だくになりながら草むしり。雨上がりのせいか、いろいろな虫が出てくる。ゲジゲジも久しぶりに見た。ミミズは昔のほうが大きかったような気がする。茎から白い液体が出てくる草のおかげで、手が痒くなってしまった。

昨年の9/11選挙の前後以来墓参りに来ていなかった。父に謝りつつ、家族をいつまでも見守ってほしいと祈る。そして、命を頂いたことを感謝する。平成9年4月17日・没、享年84歳。典型的な大正生まれ、戦前人間だった。もう、10年かぁ。

お墓参りの風景を思い出すと何故か母の姿が出てこない。いつも父と二人だったような気がする。成人した頃その謎が解けた。墓石を見ると「長尾豊子」とある。昭和23年8月28日・没。死に別れた父の前妻だった。肺病を患っていた父を看病し33歳で亡くなった。そう、この墓は彼女のために立てられた。母も複雑だったに違いない。今は、父と前妻と、ある他人様のお骨が入っている。因みに、祖父母の墓は大分県。母方は、埼玉県。

上京は夕刻の予定だった。午前中の予定がなくなり、親不孝の息子を天から諭したか、突然墓参りを思いつく。汗だくで、背広に少々妙な臭いが付いてしまったが、来て良かった。明日は永田町で政策勉強会。

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猛暑始まる

2006-07-10 16:41:54 | 活動
暑い。2日で650件の訪問。外に出てきて頂くのも申し訳ないくらいの暑さと湿度。活動しながらチラシのポスティング。汗で背広は一日でダメ。18日までに、全部回り切れるだろうか?

水の飲みすぎも逆効果で、気持ちが悪くなる。頭から水をかけるのが丁度良い。10件目にはもう乾いている。梅雨が明けると猛暑が待っている。7/20のためにも、予行演習。とりあえず暑さにはめっぽう強い。

あぁ、体が臭いっ。これから自宅に戻りシャワーを浴び、夕刻からの会合に参加。明日は午後から上京。

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