長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

憲法9条に思う

2005-10-30 13:16:29 | 憲法
ドラえもんですら、仲間を守るために武器をもって戦う。これもまた戦争には変わりない。そんな番組を見て戦争はいけないことだからドラえもんは間違っていると諭す親がいるだろうか。

戦争は悲惨である。しかし、悲惨だからといって戦わなかったならば平和が維持できないと考えることは普通のことだろうと思う。平和維持の為に戦う。平和とは戦いにおいてようやく維持されるものである。

----------------------
第2章 戦争の放棄 
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に
希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使
は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
----------------------
国際紛争を解決する手段として放棄する。これは一見納得してしまいがちであるが、ドラえもんに戦うなと言っているようなものである。つまり、座して死を待てと言っている。第一項では、侵略戦争はしないと明記し、自衛のための武力行使は認めると目明記すべきと考える。

-----------------------
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを
保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
-----------------------
よって、自衛隊は軍隊として明記し、自衛のための交戦権は認めると明記するべきである。

そして、権利としてて認めることとそれを行使することは別である。権利は明文化し、行使はその時々の政治が議論をする。憲法にあらゆることを想定して明記することは可能なのだろうか。世の中はそんなに単純ではない。だから政治がその時々に判断する責任があるのである。そして、政治家を選ぶ国民にも責任が課せられるということになる。国民がしっかり監視する責任を負うこと。それが真の文民統制ということにならないか。危機とは想定の範囲外で突然襲ってくるものである。

交戦権を認めない国家で、よくぞ60年間も戦争が起きなかったと思う。これはある意味で奇跡である。アメリカの核の傘に守られてきたと認めなければならない。

スポーツ選手は試合に勝つために練習をする。自衛官は戦争を起こさないために、侵略されないように訓練をする。この違いの解る国民がどれほどいるのだろうか。あの国と戦ったら間違いなく勝てないというのにけしかける国家はない。スポーツと違って戦争の場合、勝てなければ戦わない。命と国家がかかっているからである。アメリカを侵略しようなどと考える国家などない。

しかし、日本を攻めようと考える国家はあるかもしれない。いや、既にある。北朝鮮の拉致事件、これは戦時、有事と考えるべきである。中国。私は北朝鮮の核よりも中国の核の方がよっぽど怖い。台湾海峡辺りは第二の中東となろう。

そもそも、交戦権を認めないとする日本国憲法はアメリカが作ったもの。アメリカにとって脅威とならないように作られた憲法であるということを認識した上で、憲法を考えていかなければならない。

誤解があるといけないので最後に一言。私は平和主義者である。そして、有事を想定せずして平和は維持できないと思っている。

10.30

この記事をはてなブックマークに追加

靖国問題に関する見解

2005-10-27 13:15:14 | 歴史・伝統・文化
あらためて靖国問題に関する見解。

1.我国は法治国家である。法治国家とは、すべてを法律に基づいて行う国家。国家におけるすべての決定、判断は、国家が定めた法律に基づいて行うとされ、いかなる場合においても法律から外れた行動をしてはならないとされる国家。

ならば、我国の国内法上、戦犯はいない。昭和28年の遺族等支援法のの改正が国会で社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議。サンフランシスコ講和条約第11条にもとづき関係11ヶ国の同意を得て、A級戦犯は昭和31年に、BC級戦犯は昭和33年までに赦免し釈放。

きっちりと、法的手続きを踏んでいる。

2.政教分離に反するという議論。ならば、明治神宮にも、伊勢神宮にも参拝出来ないということなのか。政教分離とは、宗教を利用して政治を行ってはならぬということであって、政治家がどの宗教を信ずることまでも拘束しないというのが私の理解。むしろ、特定宗教への信仰に政治が介入するほうが問題である。

3.A級を誤解していないか。
A級・B級・C級というのは、罪の軽重を分類したものでなく、

A項:「平和に対する罪」
B項:「通例の戦争犯罪」
C項:「人道に対する罪」

というもの。

A項は事後法であって、これをパール判事が物申した。戦前は平和に対する罪という概念はなかったのだ。上記3項目を見ると、Aより、B、Cの方が罪は重そうである。

4.日本政府ははっきりと反論せよ。

この記事をはてなブックマークに追加

やせ我慢の日々・・・雑感

2005-10-26 13:13:44 | 政治信条
選挙後コラムの更新が停滞気味なのでご心配を頂く。有難い。お陰さまで本当に日々忙しい。ご安心を。選挙中の忙しさと事後の忙しさは違う。活動の中身、質が変わっているのは事実。

挨拶訪問とはいうものの体は一つ。残念ながら優先順位を付けざるを得ない。一人一人を訪問していく。しかし、紹介者から紹介頂いたまだ見ぬ支援者にまで辿り着いていない。半年は掛かろうか。どうも長尾が訪問しているという連絡網は私の知らぬところで出来上がっていて「うちには来た、うちはまだ来ていない」というのがあるようだ。だから、最後まで自身で挨拶をしようと思っている。

この1ヵ月半の間、私事も含め3回上京しているのだが、党本部周辺をうろうろする暇はない。2度は日帰り。党にお伺いを立てている暇があるならば、「地元で動けっ」と私ならばそう指導するだろう。しかし、うろうろ組は随分いるようで再度公認をと皆必死である。上京しなければ熱意を伝える術がないという理由。それも確かにそうである。特に大阪の場合、市長選挙で落選組の処遇問題など最優先になるはずもない。

どうも年内に公認は頂けないようである。このままでは我事務所も金が底を付く。何とかしなければならないが私の優先順位は決まっている。地元で愚直に活動するのみである。それを本部が情報把握が出来ないのならば本部がおかしい。党内の動きを把握できずして国は動かせない。

事務所への人の出入りが減ってきたかなぁ、支援者との会食は増えてきたなぁと、他愛もない日々の変化に一喜一憂する。

昔の仲間が事務所へやってきた。「またビジネスをやらないか、長尾の力が必要なんだっ、戻ってこいよっ」。いや違う。彼らの本音は生活の不安定から私を助けたいのだと思う。ビジネスは実に順調。既に軌道に乗っている。もう私の力など必要ない。「いろいろと犠牲にするものはあるけれど、そこまでしてやる価値があるんだよ、政治は」の言葉に黙り込む。その夜は松茸料理をご馳走してもらいながら少々しんみりと一献。

恵比寿ガーデンプレイスタワーのワンフロアを占領している某企業。たまには顔を出してみるかと訪問する。やはり流行の企業。ドでかく、ド派手な受付のディスプレイと、受付のモデル美女数名が迎える。複数ある応接室入口には小さな噴水があり、キラキラと水玉が流れている。イタリア製の数百万はするレザーの真っ赤な応接セットに座ると、ガラス張り応接室のブラインドが自動的に下がって来る。暫くして腐れ縁のCEOがご登場。「もうビジネスに戻るつもりはない」と伝える。「それはそれで安心した。長尾たかしは長尾たかしのままで安心した」。

政治家志望の女学生がやってきた。私が懇意にしている京都大学院生からの紹介である。澄んだ目、希望に満ち満ちている。そういえば私も当時浪人中の阿久津氏の元でいろいろと学んだ。今が踏ん張り時。私が阿久津からやせ我慢をしながら、遂には国会議員に選ばれるというプロセスを見せてもらったと同じように、こんな事務所に出入りしてくれる若者達に、私のやせ我慢、プロセスを見てもらおう。お金があるから政治が出来るではなく、お金がなくとも政治が出来る、むしろそこまでして我国を変えなければならないという人がこそが政治をやるべきなのだと。因み
にその阿久津氏も今回惜敗した。

右目の調子は改善してきている。季節の変わり目か一昨日は駅立ちをしていても咳が出て非常に辛く、大きな痰に悩まされた。今日は調子が良い。多分風でもひいていたのだと思う。今の時期にこそ人間ドックにでも行ってみたらという女房の一言。それも必要だ。

増税で世間は騒ぎ始めるだろう。民主党を支持して下さった方のためにも論争を活発にしなければならない。その一方で小泉指示をされた方々にはその責任を問うていきたい。少々の有権者批判こそ必要な時代になっているのかもしれない。それはそれで勇気のいることだろう。

この記事をはてなブックマークに追加

保守とは・・・日米構造協議

2005-10-19 13:51:22 | 政治信条
保守の基軸が明確となる時がくるだろう。保守とは何かではない。誰が保守であるかである。

私が政界に入るきっかけとなったのは日米構造協議である。これは今も尚、生きている。郵政民営化問題もその延長線上にあると確信している。平沼議員はそれをも問うている。

首相の靖国神社参拝。物議を醸し出すことが理解できない。我国には戦犯はいないという国内法がある。政教分離に反する?ならば、伊勢神宮、明治神宮への参拝もいけないということになる。要は靖国だから問題にするというだけなのだ。

先日某所で「保守の定義がはっきりしなければ言っている意味がわからない」との指摘を受けた。頭の良い人たちの議論である。保守とは、伝統文化に息づいた日本人であることに誇りを持つこと、それだけだ。それで全て説明が付く。

この記事をはてなブックマークに追加

買収か、既得権益か

2005-10-16 13:10:19 | 行財政・金融
----------------------------
公共放送は本当に公共放送の体をなしているのだろうか。
まともに配当すら出せない、競争に打ち勝つことができな
い企業が、株主を無視した既得権益保護のために攻防戦を
繰り広げるならば、その是非は近い将来激しい世論の爆発
という形で顕在化するであろう。

どちらか一方のみを支持はしない。しかし、株主に対する
意識が完全に欠落している多くの日本企業に一石を投じて
いることは確かである。
----------------------------

これは2005年3月18日のコラムの一部である。

三木谷社長のTBS問題が話題になっている。保守主義人陣営では、彼も堀江もけしからんというのが通説。事前に一言言うべきである、法律違反でなければ何をしてもいいというわけではない、企業とは株主だけでなく、労働者のでもあるという言い分。

だがしかし、ニッポン放送にしても、阪神電鉄にしても、TBSにしても、株価の低迷が買収のターゲットになったということをシラバックレテはいないだろうか。株価だけが全てとは言わないが、株価が安すぎるというのは経営者の怠慢である。買収のターゲットにならぬように株価上昇のための「収益行動」「自衛」をしてきたのだろうか。

株式を上場するということはある意味、有事も想定すべきである。自衛の手段をとってきたのかどうか。敵が事前に一言言う筈もない。これもまた、平和ボケ。上場企業たるものが、金は貰うが物申して欲しくない、公開された株を買うときは事前に一言言って欲しいとは何事であろうか。それでも経営者であろうか。

私から見れば、私事への利益誘導確保に躍起になっているとしか見えない。

とかく、買収ターゲットになっている側が正しいように見えるが、どちらが努力もしないで既得権益を守っているのか、よく考えてみる必要があるのではないだろうか。

10.16

この記事をはてなブックマークに追加

高慢な私・・・天は見ている

2005-10-10 13:08:12 | 政治信条
昨日のコラムでは、勢いに任せて相当高慢なことを記した。これ
もまた、長尾たかしの良くない部分とご理解頂ければと思ってい
る。

人間、上手くいかないと強引な自分が出てしまう。私は以前から
啓蒙主義という言葉が嫌い。しかし、昨日の私はまさに啓蒙主義
を良しとするような雰囲気。「馬鹿な国民を賢い役人が統制管理
する」。

この一ヶ月自分に課した課題とは、「聞く」ということである。
自分の主張と、人様の意見は合致しているのか。街宣などでとも
すれば押付けに近い政治活動をしてはいなかったか。だから意見
を聞こうと思った。そんな一ヶ月であった。

そして、私は一体何のためにこの世に生を受けたのか。

「太上は天に学ぶ」。世の為人のためになろうとするならば、
人、学問の上に学ばなければならない。亡き父が私に思いを込め
たのはまさにこの部分だったのかもしれない。長尾敬。西郷隆盛
の「敬天愛人」から私の名はつけられた。

天に学ぶ。まだ理解できぬが、一つだけ理解できること。「天は
私の行動を見ている」ということである。

この記事をはてなブックマークに追加

天下国家を語ってやるっ

2005-10-09 13:05:31 | 政治信条
挨拶訪問も組織や親紹介者等々が一巡したところ。まだまだ続く。今朝は久し振りに日曜午前のテレビを見た。

新人議員研修会?何の研修なのか?品位?社会人としてのマナー?議員のレベルが低くなる以前に、社会人として如何なものか。それでも彼らは国民に選ばれている。そんな彼らが国会議員として日本の方向付けをするのだ。あぁ恐ろしい。うんざりする。世の中これで良いのだろうか。

議員になる前のスケジュールを優先しトークショーに出てみたり、法案にあれだけ反対して足元が危うくなると賛成に回る。貴方々は国民の公僕ではなかったのか。

議員としての仕事に優先されるものなど何一つない筈だ。家庭も自分自身も個人の自由も何一つ優先されることはない。それが選ばれるということだと思う。それをこれから勉強するくらいなら今直ぐ辞職しろといいたくなる。それほど議員職とは重いものの筈である。

私は安定的な生活に未練はない。家族もそれを認めてくれている。そこまでして政治をやるのか・・・やる価値がある。やらねばならない。この生き様に優先するものなど何一つないのである。それが政治だと思っている。

政治とは「究極の奉仕」である。良い生活、金持ちになりたいと思うならば、企業人を続けている。政治をまじめにやるならば、金など残らない。金持ちの政治家は政治をしていないのである。

この一ヶ月いろいろと考えた。いろいろな人にお会いしていろいろなアドバイスを頂いた。

個人を捨て天下国家を語ってやるっ。自民党の大勝において、「民主党が、長尾たかしが不足していたのではないっ。世の中が間違っているっ」と、大声で叫んでやるっ。自民党を支持した有権者よっ、思考回路の停止した若者達よっ。貴方々が選んだ日本の方向性について徹底的に指摘議論してやるっ。異論反論があれば受けて立とう。

3日、3ヶ月、3年・・・。政界に来て3年が経った。ならばあと30年が節目である。初心に戻った今、堂々と自民党を支持した有権者へ議論を挑んでいこう。そして、長尾たかしの構想が正しい、期待してみようと思われるよう戦ってみよう。

民主党も変わりつつある。「真性保守・長尾たかし」で勝負である。保守の理論が日本を必ず救うと信じている。

この記事をはてなブックマークに追加

今考えていること ・・・2

2005-10-03 11:47:13 | 政治信条
「子供の夏の思い出が作れなかった」ということで、昨日は京都嵐山トロッコ列車に乗りに行った。1年2ヶ月振りの家族日帰り旅行である。5歳4歳の娘息子は大ハシャギ。観光シーズン直前なので空いていた。曇り空の中、保津川の渓流は清々しく季節の変わり目を告げていた。

車の中で子供達はずーっと歌を歌っていた。止め処もなく歌い続ける子供のパワーには恐れ入る。するとラップらしき歌を歌い始める。「パッパッパーッ パパパッパー 民主党 民主党 長尾たかし 長尾たかし 小泉さんに 負けちゃった」

「・・・・」。これには夫婦で思わず顔を見合わせた。

さて、前回コラムの続き。

5.3年に2度の国政選挙これは誰も予想しなかった。結果として連敗したが、得票
はお陰さまで確実に増えた。知名度も上がった。しかし、2回とも中途半端体制で、スタッフには随分迷惑をかけた。後援会組織を持たず戦うことがどれほど力が分散されてしまうことなのか、今回は嫌というほど身に積まされた。来年の秋が本番という目算が敗因の大きな一つといえる。

6.組織作り
本人の気を踏まえつつ、発起人8名が慌しく動いてくれている。「民主党の長尾たかし」ではなく、「長尾たかし」の集まり。私が民主党で公認が取れようが取れまいが、動いて頂いているこの事実。心から有難いと思っている。

7.「頑張ってね」
この言葉が今一番重い。今朝もまた何人の方にそう声を掛けられたことか。

【まとめ】
多くの激励メールを選挙前、選挙中、選挙後と頂いているが、ほとんどに返信をしていない状態。今、心がはっきりしないのである。申し訳なく思っている。

以下のメールは某氏から頂いたもの。ご本人の了解なしに転記させて頂く。私の思いに最も近い表現がなされているのと同時に、私の迷いを他人様から記され、ならば紹介しようと思った。

----------------------------------

長尾たかし 様

ワシントンDC近郊在住の○○○○と申します。以前、いく
つかメールを書いた折にわざわざお返事を頂きありがとう
ございました。


この度は、とりあえず大変な選挙戦を戦われお疲れ様でし
た。予想外の結果に驚くとともに、非常に残念に思いまし
た。長尾さんには今回是非とも国会に立っていて欲しかっ
た。。。

いずれにしても、あまりにも選挙のタイミングが悪かった
と感じました。ケンカの達人、小泉首相の独壇場だったの
かもしれません。しかし、今さら政局についてどうこう言
うつもりはありません。ただ、郵政法案に対案を出さなか
った(出せなかった)民主党に対して長尾さんがどのよう
なお考えをお持ちなのかが気になっています。

個人的には、国民でなく、労組に顔を向けて活動をする党
だったのかと裏切られた思いがしておりました。そしてこ
の責任は長尾さんのような若い候補者にではなく、選挙後
も岡田党首に責任を押し付けようとした執行部にあると思
っております。しがらみも作らず、理念と信念で多大な犠
牲を払って立候補された若い候補を気の毒に思います。気
高い長尾さんのことですから、「それも民主党の看板を掲
げて戦った自分の責任だ」とおっしゃるかもしれません
が、やりきれない思いがあります。

そして気になるのが今後の長尾さんのご活動です。

これまで安泰だったサラリーマン生活を捨てられ、国のた
めにと自己犠牲で政治活動をされてきて、前回・今回と厳
しい結果を見せられました。普通ならば、バカバカしくて
やっていられないと思います。しかし一方、だからこそご
自身のような高い見識と発信力を持った方がなんとしても
国民の代表者にならなくてはならないと感じたのではない
でしょうか。

遊び半分で比例代表名簿に載り、選挙活動もせずに当選す
る人もいれば、長尾さんのように地道に長年私欲にとらわ
れずに活動をしてきた方が落選の憂き目にあう。私は長尾
さんの選挙区の人間ではありませんが、とにかく申し訳な
く思います。長尾さんのための一票を持っていない人間が
何を言っても意味がないかもしれませんが、非常に悔しい
です。

長尾さんの無念さとむなしさは想像に余りありますが、い
ずれにしても無情に時は過ぎ、政治は進み、そして次の戦
いもまたやってきます。その時に長尾さんはまだ戦ってく
れているのか。。。

もちろん、政治家になるだけが政治活動ではないですし、
国への貢献ではありません。そもそも、これまでホームペ
ージなどでご自身のお考えを広く世間に伝えられ、私の
ような人間に影響を与えられたこと自体、大きな貢献だと
思います。

いずれにしましても、ウェブサイトのコラムで選挙後の心
境を語って頂いていること自体、感謝しております。今
回、多くの落選した議員が(少なくともウェブサイト上で
は)選挙後堅く口を閉ざしているところ、長尾さんはきち
んと発言されており、感心しました。重い筆を取られてい
るのが手にとるようにわかり、こちらも重い気持ちで読ま
せて頂きました。

本当は、「もうバカバカしいからやめた」というのが簡単
だし、合理的なのかもしれません。

しかし長尾さんの中には、「すでにinvolveされてしまっ
た・・・」という意識があるようにも思えます。もはや自
分は自分だけでなく、自分の戦いに多くの人間が関与し
て、その人達のためにも逃げるわけにはいかない・・・と
いうような。

いずれにしても、しばしゆっくり考えて頂いて、そして出
される長尾さんの回答を待ちたいと思います。

どのような形になっても、長尾さんの次の一歩を楽しみに
しております。

これからもお元気で頑張って下さい。
微力ながら、応援させて頂きます。

---------------------------------

A.Tさん、ありがとうございました。

この記事をはてなブックマークに追加