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つづけて日記

2017-06-08 09:40:50 | Weblog
2017.06.07 曇天

民衆が愚衆に堕したときに、その国が亡びる。
誰も言わないが、俺たちが挑んでいるのはその愚衆に対してなのだ。

東山動物園には、絶滅危惧されている多くの動物たちが保護されている。
それは一見すると、良いことのように思えるし、訪れる人々の大半はそのことも知らずに動物を見て癒されるようだ。

その動物が一体どこから連れてこられて、どうして草原を走り回れずに、大空に翼を広げることができないのかに思いを馳せるようなことはしない。

自分たちの慰み者にされていて、絶滅危惧という理由で隔離されている動物たちはみな、悲しい目をしてこちらに訴えかけている。でも誰も感じない。彼らの悲しみを感じようとはしない。

つまりはそういう愚衆に対して、目覚めてくれと俺たちは挑んでいる。

腐敗や汚職が大手を振ってまかり通るこの国を、よくその目で見てくれと訴えかけているわけだ。
デモに参加した彼らが訴えかけているのは、無関心な愚衆に対してなのだ。
それはTVには映らない。それを映し出すものは少ない。
愚衆はTVに映るものしか見ようとしない。
TVに降る雨は自分に降りかからない。
TVに吹く風は自分の髪を揺らさない。
TVに映るものは匂いも香りも無く、味気もない。
愚衆はTVに映るものを信仰している。
愚衆は愚衆が故に、反応が鈍くあるいは無反応だ。

自分の子等の必死の叫びを聞こうとしない、聞こえない。

怒らない国民がほとんどで、彼らは疲労とか徒労という背景を背負っている。訴えかける側からはそう見える。

この国はいま崩壊に向かっている。愚衆がそれを助長する。無関心が助長する。

崩壊した後にくるものが何かを知るものだけが、それでも訴えかけることを続けている。
世界がそのことに気づきだしている。気づかないのは愚衆だけだ。

動物園のサーカスは、もっとスケールアップする必要がある。

憲法を押し付けられたのではなく、自由と平和と生きる権利を与えられたものだ。
与えられたものを本当に自分たちのものにする機会が訪れていることに気づくべきなのだ。



2017.06.08 曇天

07:30 いやいや起床 14日以内の情報開示は横浜では守られずに、こちらから出向き督促しないと情報を出さない、だらしのない役所に成り下がっている。

昨日のうちにUPした、前回の質問はエクセルデータを見ながら質問説明しないとならない。そういった、出した情報に対する説明責任や説明方法など、行政がやるべきことは多い。
選管は、民主主義の基本を管理する部署でありことは重大だ。

決済は選管の主だった者が下さないと情報が下りてこない。基本は選管委員長やその任命にあたる者が責任を負わなければならないはずだ。

官邸前や国会前でここのところ毎夜叫んでいるのは、大学生やいわゆる知識人だけではない。高校生も必死に訴えかけている。
何故、他の国々のように広がりを見せないのかは、日本人が崇拝し毎日毎晩スイッチを押す箱の中から、政治を語ることが野暮ったいというような、見えない雰囲気づくりがこれまでずっとなされてきたからで、井戸端や居酒屋などで聞こえてくるのはもっぱら政治色が抜かれた会話というのが、日本の政治風景というものなのだろう。

そのための試みはいろいろとなされているようだが、これといった決定打はない。地道に広げていくことが肝要だ。しかし、地道に草の根的にするなら地元で普段から意思表示をすることだろう。
分かりやすい何かを身に着けて歩くというのが最も効果的だが、ここ横浜では見かけない。
国会前などには、横浜から駆け付ける者は多い。地元には見かけない。というよりも分からないというか、見えない。

共謀罪に反対する、平和、憲法、立憲主義、民主主義、原発反対などなんでもいいはずだ。

選管は投票用紙を有権者の8割を見積もって印刷にかけている。
本来なら、有権者と同数を用意しなくては、投票率向上をひとつの任務として持つ選管としては、考え方として矛盾する。
一方で、8割にすら届いたことのない投票率、つまり有権者側にも問題があるとは言えまいか。

投票は義務ではない。しかし、最大の意思表示であり、自分たちの最低限の権利を守るための投票でもあることを自覚できない人々を、先日は愚衆と書いた。

しかしもし、投票用紙が足りないような事態があったら、誰がどういう責任を取るのだろうか。あるいはどういう措置を取るのだろうか。

市民が如何に馬鹿にされ舐められているのかが、このことから理解できるだろう。それでも投票に行かないのだから、やはり愚衆と言わざるをえない。

ほんの数年すると選挙権を与えられる子供たちの叫びは届くのだろうか。

これまでの行政の体質として、8割を超えるような事態を自ずと避けるように働くことは明らかで、つまり経費的にはそれほどでない用紙を印刷すらしないということは、つまりそういうことなのだ。

議会の傍聴人数や議会のネット中継のアクセス数などを開示してみると良い。良くも悪くももっと何かが理解できるはずだ。
肥満の人に毎日体重計で計量することが大切なのは誰でも知っているだろう。



横浜市長選でカジノの是非が突然飛び出したのは何故なのか?
林市政のこれまでを選挙前に総括する必要があるだろう。

教育委員会 イジメ 教科書 待機児童 ハコモノ アメリカ軍基地 隣接した市の核燃料加工工場
そのほかにもある。

カジノだけを争点としてしまうと、これまでの市政を逆に肯定することになり、結局は
変わらずということになりかねない。











横浜市長選の結果は、国政の中心に影響が大きい。
裏金などの面も大きい筈だけど。














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