犬神スケキヨ~さざれ石

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考えずに死ねるか

2017-03-18 15:00:15 | 草莽崛起
ここのところブログアップのペースが落ちております。

体調不良も少しは回復し、1日24錠の投薬が1日15錠になりました。

さて、つい最近石垣市議の某議員が自衛隊の名誉を著しく毀損する発言をいたしました。
ネットでは随分話題になりましたが、メインストリームのメディアでは殆ど取り上げません。

その代わり連日、一幼稚園理事長のホラ吹き話しばかりです。

朝鮮半島の動乱すらあり、ミサイルまで撃ち込まれているのに、ええ歳のオッサンのホラ吹き話しの方が国益に適うという事でしょうか?

国会では我が身可愛い国会議員が、国益度外視の国会質疑に明け暮れ毎日毎日、血税から二億円をドブに捨てる始末。

戦前の日本に近い状態ですよ。
戦前の日本が軍国主義だなんて話しじゃない。

こうやって国会が、我が身可愛い政治家の場にされている間に重大な事態を決め切れずにいた。
その間に起きたのが通州事件に代表される邦人大虐殺なんです。

遡れば、このくだらないやり取りの隙を突かれて起こったのが北朝鮮による日本人拉致でもある。

その事を我々は忘れてはいけません。


そして挙句にはこのバカ女の発言です。

このバカ女は日本語が読めないのか、歴史を全く知らないのか…

まぁ、とにかく
治療が必要なバカです

先の大戦後に出来た憲法9条。

では、先達はこの9条を手に入れる為に命を懸けたのか?

此れ程バカな発言をする議員に血税から歳費を払ってあたる

そのことをしっかり我が身に引きつけ考えなければならない!

この言説を肯定したなら、歴史を全て書き換えなければなりませんよ!

このバカ女の発言を肯定するなら先の大戦で『この戦争は後に憲法9条なる条文がアメリカ様が与えてくれるぞ』と戦ったのだ!
と、しなければならなくなります。

少なくとも、明治維新後の我が国は日清、日露、第一次世界大戦、そして大東亜戦争が全て憲法9条を頂く為の戦いだったと言わねばなりません。


そしてこの石垣市議のブサイクな女の発言に、72年かけて辿りついたと言う事でしょうか?

世界で誰も持とうとしない憲法、敗戦後72年経った現在も紛争は絶えません。
人が殺しあうことに疲れた地域でも、人々は我々日本が、アホみたいに有り難がる憲法9条を持とう!等という運動はありません。

憲法前文や、憲法9条が平和主義・平和憲法ならば、何故拉致被害者がいるのか?

とうの昔にその平和主義を破られているのです。

いつ迄平和と思っているのか

我が国を『平和ボケ』と揶揄する向きもありますが、これはボケではありません。

平和を知らない

ただ、それだけ。

私も含めて、皆平和など知らんのです。

簡単な話しです。
平和など知らんのですから、平和主義など一体なんのかわからんのです。

『平和』等と言う定義すら曖昧なものを真面目に信じ実現しようとしているのですから、こんなアホなことはありません。

現在の日本人に聞けば日本は平和じゃないかという答えが多数でしょう。

じゃ平和とは?
そう問えば『戦争もなく、誰もそれで死なないこと』なんて答える人を多数見かけます。

その実態は
今日、私自身か戦争に巻き込まれず今日生きて、明日も生きて死なずに自由に生きている
その事を平和だと言っているに過ぎません。

それは兎にも角にも、戦前の自国を否定して戦後の我々こそが正しいと思い込んでいるからです。

明らかに現在の我が国は、敗戦後にアメリカから持ち込まれたシステムを僅かながら日本風にアレンジしているだけです。

2000年を超える歴史の中で僅か72年程度の話しです。
そんな歴史を持ちながら、たかが当時200年たらずの国が押し付けた、持ち込んだシステムを有り難がる。

2000年を超える我が国の統治システムを封建的だの軍国主義だのと悪者にして否定しているだけです。

我が国には我が国の国柄があり、独自の文化があります。

明治維新後、我が国は他国の列強と肩を並べる為に憲法を作った。
しかし、時間のない中でも次世代のリーダーたる伊藤博文をヨーロッパに留学させたのです。
憲法一つ作る為にそこまで時間をかけたのです。
それでも生煮えの憲法しか出来なかった。

では現在の憲法はどうでしょうか?

アメリカ人のド素人が僅か一週間や十日程度で作った草案を、たった二日で翻訳した生煮えどころか、生です。
具材を鍋にぶち込んだだけ。
そんな憲法です。

先の共産党バカ女議員の言説を肯定するならば、この鍋に具材をぶち込んだだけの憲法の為に
310万もの犠牲を払ったのだ!
そう言う事になります。

世界で戦争に負け、勝った側に法を侵されたのは我が国とドイツです。

しかし、ドイツは敗戦の経験が豊富だった為にどうすれば良いか、負けた時の振る舞いを知っていたのです。
だから憲法などにせず基本法とした。
だから戦後六十数回改正し、自らのオリジナルに作り変えたのです。

しかし我が国は敗戦の経験が無い。
無いが故に負けた時の振る舞いを知らない。
知らなかったばかりに勝った国の言う事を受け入れなければならないと勘違いした。

だから、くだらぬ憲法を受け入れた。

しかしこのくだらぬ憲法と言え、アメリカは占領統治する為にだけ押し付けたのです。
だからこそ改正の為に高いハードルを付けたのです。

しかし、この高いハードルもいずれ日本が主権を回復したなら、それは一晩のうちに易々と越えて自らの憲法を作るだろうと考えていたのです。

つまりこの憲法は占領統治日本製であってメイドインジャパンではないのです。

だからこそ、せめてメイドインジャパンの憲法にしなければなりません。

たった一度戦争に負けたからと、それまでの2000年を超える歴史を否定するなどバカを通り越してキチガイです。

オリジナル


我が国はずっと民主主義です。
何も敗戦後に白人様から教わったのでもない。

それは天皇を中心に民は皆平等。
民は皆一つの家族だ。
そう言う民主主義です。

だからこそ、政を行う権力の上に不変の権威を戴くのです。

権威とは即ち『天皇陛下』です。

その権威は民こそ大事、あなたこそ大切、大切な民の為に祈ると言う。

そして権力に向かいこう言うのです

和を以て尊しとなせ

万機公論に決すべし

和を以て尊しとは、諍いをするなとか曖昧に和を保てと言っているのではありません。

これは
多数決による事なく、議論を尽くし一致点を見いだせ
そう言う意味です。

他の意見を排除する事なく、違う意見に耳を傾け議論を尽くせ、よって後に一致点を見いだせ。

議論して一致点を見いだす。
更に議論して一致点を見いだす。
そうやって議論を尽くし、煮詰めていき最後に残る部分を考えろと。
そこまで煮詰めてなら、多数決を取ろうと迷う事はないのです。

万機公論に決すべし!も意味は同じです。

これが例えば、十七条憲法や五箇条の御誓文の第一条に来るのです。

私は日本の国柄や文化、伝統を見れば我が国の憲法はこれで良いと思います。
行動規範です。

我が国の憲法はこの行動規範だけを明記すれば良い。
後は基本法を憲法にぶら下げれば良いのです。

とこが、我が国の統治システムはどうか?

議論も尽くさず、違う意見は排除する
そんな事になってはいませんか?

例えば拉致についても、SNS等で随分広がりを見せている昨今、そのやり方が正しいとし、違う意見を排除そる向きも多々見受けます。

これでは目的は見えません。

拉致被害者を救出(奪還ではない救出です)したいのか?

拉致被害者救出の活動をしたいのか?

私は後者に重きを置いている人をよく見かけます。

先の話しに戻るならば第一義は拉致被害者救出であって、活動はその目的を達成する為の手段であるはずです。

活動がしたいが為の活動をしたいのか?

私は時々、そう感じる時があります。

行動規範は拉致被害者救出で、それを実現する方法が啓蒙であったり、法理論を構築すると言ったことでしょう。

難しく考えなくても良い話しです。

和を以て尊しとなす


そう言っているじゃないですか!

何が正しいか?

何が必要か?

議論を尽くせと言っているじゃないですか!

それが出来ない現代日本。

我々は我々の国柄や文化や伝統という根っこを今一度見つめ直すことが必要なのです。

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日本人の素朴な話し

2017-03-11 10:00:30 | 草莽崛起
体調不良と忙しさでブログ更新ままならず…

てな調子です。

今回は日本人の素朴な話しとして、古事記や我が国の歴史、民族を掘り下げて感じた事を書いてみたいと思います。

日本の根っこは本能

古事記を読むと解りますが、三世紀ごろ三輪を中心とする大和王権の出現は、その理念に
皆が等しく食える世界を作ろう

そういうものです。

協力し、皆が同じ様に食べれる国を作る。

誰かが、誰かを支配し収奪したり、その為に殺したり、犯したり、盗んだり…
そんな事をしなくても、協力し合って食べていける世界を作ろう!

これが

八紘一宇

例えば古事記に記された国譲りなどは、それを表しています。

出雲の国を天照大御神の知らすところだとしながらも、その土着の神である大国主神を高天原に届く程の立派な宮殿に祀る。

決して排除などせず、仲間として協力して国を知らそうという事です。

ですから、地方に行くと天照大御神を始めとした神道の神々を祀る神社と共に『なんの神様?』と思う、名前も知らない神様が祀られていたりします。

これらは、その殆どが土着の神々だったりするわけです。
これは、その土着の神々を排除せずに信仰を駆逐せずに、上手く神道に組み入れたと言う事です。

つまり大和王権は支配したり、排除したり、駆逐せずに説得し、お互いの一致点を見出して協力する事で国作りをしたのです。

だから、こそ我が国は
初代神武天皇即位から2677年125代続く天皇を戴くのです。

王朝の交代を2000年を超えてやっていない。
その必要がないからです。

さて、狼などを見ても腹が減ったからとて仲間の狼を殺して、餌を独り占めしようなんてしません。
馬だって、餌が少ないからと側にいる馬を殺したりしません。

少ない餌も皆で分け合います。

種の保存に関わる程の飢餓に陥らないかぎり、無闇に仲間を殺したり、或いは共喰いなどしません。

群れで暮らす、知能の高い動物はだいたいそういうものです。

これは本能です。
その方が種の保存、生き延びる為に都合が良いからです。

本能は頭で考えるのではない、体で感じるもので狼や馬も頭で考えている訳ではないでしょう。

本能とは即ち自然です。

自然に従えば、殺し合ったり、収奪したり、犯したり、誰かが誰かを支配したりしない。

我々日本人は自然と共に生きて来ました。

自然を敬い生きて来ました。

その自然とはなんなのか?

自然は神々を生み、我々の生きる糧を与えてくれる存在

ならば、群れで暮らす人間も自然の一部。

だから日本人は自然に従い生きて来ました。

それは、他者と協力し皆食える世界を作る。

自然に従い生きるとは、殺し合ったり、奪い合ったり、犯したり、支配しない

これは本能なのです。

人間らしい生き方とは本能に従うこと。

人間らしい生き方

我々人間は動物の様に本能を体で感じる事は難しいことです。

だから、それを考えて決まり事を作ります。

それは暗黙のルールであったかもしれない。

けれど、それをはっきり見て取れるのは
十七条憲法や五箇条御誓文

ではないのか?

私はそう考えます。

人間は本能に従い放っておくと、殺し犯し奪い合う
そんな事を言う人がいます。
しかし、私は違うと考えます。

人間は本能に従い生きるなら、本当は殺したり、犯したり、奪ったりしない。

我が国はその本能の良き処を上手く汲み取り生きて来たのです。

僅か72年前に負けた戦争を見ても解りますが、我々の先達、我々の先輩達はこの本能に従い戦ったのだと理解できます。

世界は白人達に支配され、収奪され、殺され、犯され、人間としての尊厳を踏み躙られ続けていました。

その中で我が国だけが八紘一宇を体現し生きていた。

あの戦争の結果世界から植民地支配は消えたという事実。
そう考えれば、一体先の大戦の反省とはなんなのか?
我が国に反省すべき点があるのか?
私は甚だ疑問です。

例えば、西欧列強と肩を並べ様とした日本。

その時に出来たのが大日本帝国憲法であったわけです。

しかし、西欧列強と肩を並べ様と作った憲法は生煮えの憲法で、陸海軍の統帥権を天皇に与えたけれど、統帥権とはなんなのか?
戦争を始める責任、戦争を辞める責任が一体誰にあるのかすら明記されていない。

何よりも我が国の建国理念が殆ど盛り込まれていない。

そんな生煮えの憲法で、どうにか戦争に勝ってきた。
それは明治以前、江戸期の教育を受けて来た人々がいたからです。
江戸期の教育とはつまり本能を体現した教育です。

その江戸期の教育を受けた人々がやがていなくなり、やがて生煮えの憲法下で教育を受けた人々が増え、それらの人々が戦争をする。
しかし、それでも日本の根っこ『自然に従い生きる』生き方だけは示そうとした。
けれど本能を置き去りにした教育では、結果としてあの大戦には物理的に勝てなかった。

しかし、しかし本能に従い、自然に従う生き方だけは示せたから世界は少なくとも植民地支配なるものはなくなり、アフリカ・中東・アジアの諸国は民族自決を手にして独立を果たした。

そして大戦以降、我が国は他者の書いた憲法で生きています。

全く我が国の理念などありません。

我が国は自然に従い、本能に従い生きる国

憲法改正は私にとって、本来の生き方を取り戻すことであるのです。

あなたにとっての『日本』そして『日本人』そして『生き方』とはなんでしょうか?
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拉致(本当の意味)

2017-03-02 09:30:39 | 草莽崛起
さて今回は拉致について改めて考えてみたいと思います。

今回の話しは、いつもと同じ様に問題提起の一つでもあります。

しかし、北朝鮮に同胞(はらから)の拉致事件の本当の意味を見つめ直し、今そこに迫る危機について考えようと思います。

是非、皆さんも自らに引きつけて考えていただけたらと思います。

拉致が示す意味

北朝鮮による日本人拉致事件とは、何なのでしょうか?

それは

主権侵害

この一言に尽きます。

主権国家が他の主権国家の主権者を拉致する事は主権侵害にあたります

つまり、北朝鮮から我が国への戦争行為です。
拉致された人々への人権侵害ではありますが、その本質ら人権ではなく国権の問題です。

国権を侵されたからこそ、人権侵害が起きているのです。

国権が侵される事態とは我が国の安全保障が著しく脅かされているのです。
これは我々は侵略されているということです。

拉致が他人事ではないというのは、つまり我々自身の身の安全や生存が著しく脅かされているということ

侵略者がいて、我々が暮らすこの国を侵略し、更にその侵略者は未だ日本にいる。
日本にいて、我々の生存を脅かしているのです。

その侵略者はいつでも、本国の命令一つで我々自身、我々が愛する人の命を奪うのです。

拉致とは、つまり我々の生存権を侵害している

いつでも、明日でも、いや今日、たった今、あなたを殺そうとしている。
あなたの愛する人の命を狙っている。

それが、一体いつから行われていたのか?
いつ、終わるのか?
それが全く解らない…

これが拉致の真の意味なのです。

世界は我々を待ってはくれない

皆さんもご存知の通り、つい最近金正男なる人物が殺されました。

これは北朝鮮最高指導者金正恩の腹違いの兄です。

北朝鮮国内では数々の人物が粛清され殺されました。

しかし、儒教の国で金正恩という男は直系の長男である金正男を追い抜き三男である自身が最高指導者の立場にたった。

これは儒教精神からすれば考えられない。

しかも、先ず自らの叔父を殺し、更にちの繋がった兄までも殺した。

一連の粛清を見れば、これは
金正恩の身辺に何かが起きている
そう見えてきます。

北朝鮮内部の事は、正に鉄のカーテンが分厚くほとんどわかりません。
状況から推論するしかない。

しかし、状況を見れば『なにか』が起きているのではないか?

また、金正男は支那の重要なカードでもあったはずです。
それが、あんな荒っぽい手口で簡単に殺された。

北朝鮮、支那…
これは我々の知り得ない何かがある。

金正恩は常に暗殺の危機にあり、それが故に疑心暗鬼に陥っているのではないか?
或いは徹底的に力を誇示し、国内をグリップしている。
様々な憶測は流れますが…
共通した識者の認識は

北朝鮮は何かが起きている
そして
北朝鮮は近い将来何かを引き起こす

その様なものではないかと私は認識しています。

アメリカの動き

米韓軍事演習が行われています。

斬首作戦
この様に銘打って軍事演習をしています。

斬首とはつまり『北の首領を斬首する』。

金正恩の首をとる作戦です。

アメリカ大統領がトランプ氏に代わり、米軍は前オバマ政権で出来なかった事を進言しています。

前政権では、これはもう酷いもので、やらなければならなかった事をやらずにいた。
だから、支那は南シナ海に覇権の手を伸ばし。
北朝鮮は核まで持ち、ミサイルも精度を上げた。

イランには緩やかな核開発を許し。

この政策を現政権は転換しようとしています。

イランへの制裁を再開し、中東に陸上部隊を送ろうとしている

ご存知の様に、北朝鮮の核やミサイルはビジネスです。
つまりは商品。
北朝鮮とてアメリカにミサイルや、核を使えば間違いなく報復に遭い自国は消滅します。

アメリカの圧倒的物量の前では、これは自殺行為です。
アメリカも被害を受けるが、それ以上に北朝鮮は被害を受けます。

しかし、ミサイルや核を例えばイランに売ったなら、イランからミサイルはアメリカに届くのですから、これはアメリカにとって見過ごす事のできない脅威であり、安全保障上の重大な懸念となります。

アメリカは自国防衛の為なら形振り構わず手を打つ

アメリカはイランと共に北朝鮮にも手を打つことは明白です。

これは、くだらぬ憲法を抱え、それが故に自国の安全保障をアメリカ頼みにしている
我が国にとっても重大な問題になる

拉致は拉致だけではありません。
安全保障上の重大な問題です。

それは他人事ではない。

今そこにある、我々の問題です。

今そこに危機や脅威が迫っているのです。

今年、朝鮮半島は重大な局面を迎えるだろうというのは良識ある識者の大方の見解です。

何が起こるのか?

それは解らない。

けれど
世界は待ってくれない!憲法を改正する事、法律を作る事よりもずっと早いスピードで動いている

憲法改正も間に合わない。
法改正も間に合わない。

そんな事態を迎えるのです。

世界が重大な局面を迎える時、我が国はそれに乗じて拉致被害者を救出する準備があるのか?

我々はイザと言う時の為に議論を尽くせているのか?

私には、我が国と国民が備えられているとは到底思えません。

世界は突然あらぬ方向に進んで行くのです。

あなたは備えが出来ていますか?
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もったいない(日本人の哲学)

2017-02-15 22:00:50 | 草莽崛起
さて今回は『もったいない』を考えてみたいと思います。

もったいないと我々はよく口にします。

あの国連ですら『mottainai』と演説した人がいました。

『もったいない』とは何なのか?

一度、思いを致してみてもよいかな…

そんな話しです。

もったいない

『もったいない』て、どういうことか?
捨てるのはもったいない

私にはもったいない

もったいないことをするな!

そんな使われ方をしますよね。

例えば、欲張って食べれもしない量の料理を注文して食べ残すともったいないと言う。

自分の身の丈に合わぬもてなしを受け、あまりの身に余る光栄にもったいないと言う。

まだまだ使える着物、気に入らなくなったと捨てるのはもったいないと言う。

そうやって日々、簡単に口にしているけれど、その言葉の本質を考えた事はあまりありません。

我々は日々、生きています。
生きる為に必要な事があります。

火を使い、料理をし、飯を食い、水を飲む。

当たり前の話しです。
それこそが
もったいない
の全てだと思います。

木や燃料を燃やし火を得る。

その火を使い生きる為に必要な食事を作り、飯を食う。

水を飲まなければ我々は死んでしまいます。

例えば焚き火で料理するなら木を切り薪にして使います。

その焚き火の薪は山に生えていた木々です。
しかし、我々も生きて行く為には木を切るしかありません。
木は我々を生かしてくれている。

海や川で獲る魚は我々が生きて行く為に必要な栄養を与えてくれます。

我々は生きる為に何かを犠牲にしなければなりません。

木も魚も、野菜も肉も水も我々が生きて行く為に犠牲にしなければなりません。

我々は何かを犠牲にしなければ生きていけないのです。
だから犠牲にする『何か』を無駄にしたり、必要以上に犠牲にしない。
それが
もったいない
ではないかと私は考えます。

もったいないことをするな!は、折角の犠牲を無駄にするな!ではないか?

私にはもったいないことは、私には身の丈に合わぬ犠牲をいただいた。

そう言う事ではないでしょうか?

人は一人では生きられない。

何かの犠牲、誰かの犠牲で我々は生きている。

そんな誰かも、私の犠牲の上に生きている。

それは互助なのかもしれない。

人は一人では生きられないのだから、誰かの犠牲、私の犠牲で社会は成り立っているのです。

我々は一人では生きられず、一人では身を守れない。
だからお互い少しづつ犠牲になり、生きて行く。
誰かに生かされ、誰かを生かす。

だから犠牲を無駄にしてはもったいないのです。

だからもったいない


現代我々が生きているのは、それは我々を産み育てた親がいたからです。
その親は、その上の世代の親がいたからです。

遡れば、我々は先達の少しづつの犠牲で今を生きています。

先の大戦だけを見ても先達の犠牲がなければ、今我々は生きていません。

前にもこの地味ブログで話しましたが、戦争を選択しなければ犠牲者は310万人を遥かに超えていただろうと容易に想像できます。
それは歴史を見れば一目瞭然です。
我々は先達の犠牲があったからこそ1億2千万を超える民族を維持出来ている

敗戦後、嘘の刷り込みにより、定義すらない平和なる言葉を信じこまされてきました。

敗戦後72年の間、平和なる嘘の言葉を信じて生きて来たけれど、その嘘の後ろで100人を超える日本人が北朝鮮なる国に拉致されました。
そして拉致が明らかになり、我々は自国のおかしさに気づきました。

拉致という犠牲があって、我が国は変わろうとしています。

我々は何かを犠牲に生きています。犠牲を無駄にする事をもったいないと言うのです!

我々はもったいないを今一度、心に言い聞かせなければならないのではないでしょうか?
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本当に啓蒙しなければならないこと

2017-02-13 20:30:28 | 草莽崛起
今回の話しは、私自身常に申して来たことを話してみようかな…

と、思います。

それは拉致被害者に対する話しです。

いつぞやのアップで
網羅主義的だ
と、申しました。

その考えは全く変わってはいません。

その上で、主権者として、つまりは日本国の主たる権利者であり更に
最終責任者
としての意味も含めた主権者として心せねばならん!

その様に考える話しです。

この話しの本質


私は常々『哲学を持とう』と言っています。

哲学とは事の本質を見る、本質を洞察する。
その本質を洞察する考え方や方法を見出し本質を洞察することだと思います。

しかし、頭の中で組み上げただけのものでは、検証もなく、下手をすれば独善に陥りかねません。

それを避けるには、事実や根拠や論理性をしっかりと考えなければなりません。

時に科学的な見知も駆使して考えなければなりません。
更に、冷徹なほどの分析も必要かもしれない。

その上で最近の青山繁晴議員の発言に注目したいと思います。

青山繁晴議員の発言は

『安倍晋三総理の親書を携え、北朝鮮に一人乗り込む』

その様なものです。

もちろん、そう簡単には出来ません。

しかし、これが実現するならば私は
断固支持!
と、いう立場です。

その為に一票を投じたのですからね。

青山繁晴議員は
「自分は殺されるかもわからないが、しかしそれでもやらなければ拉致被害者は取り返せない」と発言しています。

国会の承認も得て、議員の身分として北朝鮮に渡航すると発言しています。
少しでも拉致について進展させるには、最早この様な手段に出るしかないとも言えます。

これを、まぁ妬む輩もいる。
左翼勢力の中には『カッコつけやがって』と言う人間もいる。

しかし、如何なる手段も否定しないなら、これはその内の一つです。

では哲学を以って見てみる


この青山繁晴議員の発言に諸手を上げて賛成!賛成!と言う人もいます。

確かにそうではあるのですが…

では、あなたはしっかりと覚悟が出来ているのか?

そう私は問うてみます。

あなたはどうですか?

私は
やる事やってたら、とっくに取り返せてる!
と毎回話しています。

青山さんは、確かに殺されるかもしれない。
しかし私は青山さんは人質に取られるだろうと考えています。

私の勝手な忖度だと、この場では申しておきます。

つまり人質に取られることが狙いで、下手をすれば或いは殺される可能性もある。

国会承認を得て、総理の親書を携えた現職の国会議員が北朝鮮に行く。
北朝鮮は、その人間を無闇には殺しはしないでしょう。

北朝鮮は青山繁晴議員は行方不明とか、或いは日本の議員が工作には来たとか、どう言うかはわかりませんが、とにかく人質に取る。

現職の国会議員が北朝鮮の人質になったならば、我が国は動かざるを得ない。

また、約49万票の支持者が一斉に取り返せ!と騒ぐ。
現職の国会議員が北朝鮮に人質に取られると言うニュースはセンセーショナルで、日本のマスコミは疎か世界のマスコミも取り上げざるを得ない。

まして殺されたとなったら、国会承認も親書も持った議員ですよ!
どうなることでしょうか?

何もしない、嘘の平和を唱えたオバマ政権から変わりトランプ政権になったアメリカ。
そのトランプは北朝鮮に対する日本の振る舞いを支持すると言っている。
更に、北朝鮮と取り引きのあるイランに圧力をかけだしたトランプ大統領。

我が国と米国の安全保障に対する利害は一致しています。

また、弾劾裁判をしている韓国大統領朴槿恵。

もし、弾劾が無罪判決で大統領の職に復帰したなら何をやり出すか?
自らを追い込んだ勢力を粛清し出すでしょうね。
その勢力とは親北朝鮮勢力です。

つまり、北朝鮮に対峙すると言うことです。

その中で、北朝鮮に渡航する現職国会議員。

やる事をやったら取り返せる!

やる事やったら取り返せる、そのやる事をやる

その様に我が国は動かざるを得ない。

我が国には反日勢力が喧しく、やるべき事を阻むのです。
必ず、このやる事をやる政府を徹底的に妨害するでしょう。

しかし私は徹底的に支持する。

拉致被害者を取り返す為には手段を選ばず。

その選ばぬ手段を徹底的にやるならば、主権者としてその責任を取る。

突然話しが飛躍したような手段に出るかもしれない我が国の政府。

その時、必要なのが
哲学

本質を洞察する力です。

青山繁晴議員が正しい事を、身を挺してやるならば一票を投じた主権者として責任を取る。

青山繁晴とて、議員ならば我々の代理人です。
その代理人が、私が投じた一票を重く受け止め仕事をやろうとしている。
ならば断固支持するしかありません。

国が、政府が私の思いを実行しようと言うならば徹底的に支持する。

そして、あらゆる手段で拉致被害者を取り返すならば、それは正しい仕事です。

拉致について啓蒙すべきは、ここであると私は考えます。

いよいよ、やるべきことをやろうとする時、アホの上っ面の観念論や反日勢力のレッテル貼りに惑わされず、正しい事は何かを見る

世の雑音に惑わされず、正しい事はなんなのかを考え、本質を洞察する。
その為に哲学を持つ。

拉致を知ってくれ!と言うのは、そう言う事であって、お涙頂戴の可哀想な話しではありません。

世界一長い歴史を持つ我が国の哲学が試されているのです。

敗戦後の教育で失われた日本人の生き方、日本人の哲学。
それを取り戻せなければ、拉致被害者は奪還出来ません。
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