Jack周遊記

現在大学生で海外ノルウェーに留学中のJackが、身近な話題や趣味、勉強、留学、興味のあることなどを綴ります。

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金八先生 第一話「ギラリと光るダイヤのような日!」

2007-10-14 09:44:27 | 雑記
金八先生始まりましたね。
こうして高校を卒業して学校を離れてから分かること
というのもあります。今出来ることは、このドラマを通して
感じたことを率直に思ったままに書いてみることに他なりません。
出来れば毎週時間を取って、感想を書いていきたいと思います。

今回もやはり現在の問題に焦点を置いています。
学校選択制、内申点の重要性、ネット、家庭の問題などなど。

特に今回焦点を当てられていたのが、
ネット問題とネットカフェ、そして学校更には勉強のあり方について。

後者について言えば、例えば学生は内申点を稼ぐことに腐心して、
本来の勉強をしていない。また金八先生の主張としては、
学校での勉強は知的体力をつけること、つまり、知恵を生み出す
方法を学ぶことです。なぜ、どうして?と思う心を伸ばしてあげると言うわけです。

更に学生は内申点を稼ぐために先生に気に入られようとするとか、
学校で問題を起こせないから静かにしているなども指摘されています。

実際に僕が中学生のときも先生に気に入られようとするとかは確かに
ありました。先生からのイメージが内申点に影響を及ぼすというのは、
あるのかもしれません。高校のときは内申など気にしなくて良かったので
(というより成績なんてどうでも良かったので)先生に気を使うことなんて
特には無かったような気がします。
とここまで書いてみて、もしかしたら無意識のうちに先生に
気にいられるようにしていることもあったのかと思う節があったりして、
ちょっと気になりました。それはあまり良いことではないとは思いますが、
少なくともそういう傾向が学生全体にあるのは否定できないかもしれません。


前者はかなり最近の問題であると言えます。
覚えているでしょうか。ネットに書いた友達への悪口によって
殺人事件が起きてしまったことを。

これに更に最近のネットカフェの事情も交えてドラマは展開します。
ネットカフェで泊まって生活するフリーターなどがいるというのを
最近テレビの特集か何かで観ました。

ネットでの書き込みについては以前からいろいろと考えてきたのですが、
まずは、書き込みは匿名で行われること。
これは日本では特に顕著なことで、僕も人の事は言えないのですが、
ブログを書いている多くの日本人が匿名であることです。
アメリカなどでは自分の名前を明記することが多いようですね。

そしてこの匿名性は良い面も悪い面もあります。
良い面では、例えばマイノリティー、あるいは社会的弱者が
アイデンティティーを保ったり、意見発信が出来ること。
これについては、話すとかなり長くなってしまうので割愛しますが、
意見発信などでは、例えば政府批判なんかを考えれば分かりやすいかもしれません。

悪い面は、責任を伴わないこと。
これはつまり自身の発言に対しての重みが無いということでもあります。
2chなどは良い側面もあると思いますが、例えば悪口や批判の場合では
日常生活ではあり得ない様なひどく残酷なものにもなり得るでしょう。

ネット世界ではあるものを抽出してしまう傾向があるというのを
前から考えたりしてるのですが、悪い考えや思いがどんどん集められ、
発展していく怖さがあるのです。

これに対して金八先生はどのような答えを出しているかと言うと、
先生は生徒一人ひとりにノートを配り、私と表紙に書き、
自分の思ったことを文章にして書かせると言うものを提案しており、
更に必ず文には「私は~」というように第一人称で書くように釘を打っています。
誰が考えたか分からないような気持ち悪い文章ではなくて、自分はどう思うのかを
書きなさいと言うことです。

ここには匿名性はなく、第一人称として、更にはワープロではなく
手書きで書くことによって、自分の言葉に重みを感じ、そして
より思いをこめるというメッセージがこめられています。

ここで考えなければならないのは、多くの場合、匿名で書き込みをする者の
多くが、その書き込みが持つ重大さ、つまりは引き起こすであろうことに対する
責任を全く意識していないことです。学生であればなおさらのことです。
先に挙げた事件であっても、彼女は自分の書き込みがあのようなことを
引き起こすことになるなどとは夢にも思わなかったでしょう。
悲しい事件ではありましたが、その現実を我々に突きつけているのです。


金八先生は国語の先生です。
今回も詩を扱った授業が行われました。
茨木のり子さんの詩なのですが、
「本当に生きた日」などすごく胸に突き刺さる言葉が多かったです。

日本では去年3万2千人の自殺者がおり、
イラクでの戦争による死者は2万7千人だと金八先生は言っていました。
そして君達がこれから出て行こうとしている社会は戦争よりもつらく
きびしいものなのかもしれません、と感慨深く言ってもいます。

この自殺に関して、
生徒に生きることとは何かを問いかけます。
生きることは当たり前であるけど、
その生きる目的が無いと、人間は生きていけないのだとも言っています。

「本当に生きた日」とはどんな日だろう。それを金八先生は問いかけます。

生きているんだと実感する瞬間。ギラリと光る一瞬。
生きる目的を探していかないといけないのでしょう。


あと一つ挙げたいのが、
今回登場する新任教師の立花先生。
さまざまな問題を抱えながらも、それを解決しようとし、
生徒のことを考える情熱を持った先生達。
人格者であることが難しく、またそのような先生が少なくなっている
この時代に、金八先生が何か伝えようとしているようにも思えます。
立花先生も先生としてのあり方に戸惑いながら金八先生に相談します。
美術教師の彼女も今回は金八先生の生徒なのかもしれません。


金八先生のクラスのように個性的で自らを出すようなクラスは
今はなかなか少なくなってきているように思えます。
それは脱個性化という風にも言えると思いますが、
金八先生が指摘するようにエネルギーが内向的になっているという
ことなのでしょう。そして、それは家庭、友達、学校、それぞれで
自分を出すことが出来ないようになっている事を意味しています。

しかしその内向的なエネルギーはどこへと吐き出されるのでしょうか。
それは多くの場合、あまり良い結果をもたらさないと思います。

例えば、それはいじめへと向かったり、ネットでの匿名による
悪口であったりするのかもしれません。


今回はかなりいろいろなことを考えさせられました。
もちろんここに書いたことは今日あの時間で
考えさせられたことだけではありません。
しかし、金八先生の重みのある言葉に固唾を呑んでドラマを
観てしまいました。今回はお腹いっぱいです
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2 コメント

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Gold pachipachi (JUGE)
2007-10-15 01:34:42
ネットってある意味究極の道具だって思う。
今だって本当に生活の一部になっていて何でも
できる反面、一言で相手の命を追いやる武器にも
なってしまう。

特に若い世代っていうのは何か一つの対象を
攻撃対象とみなして、それを集団で攻撃することに
喜びを見出すんだって思う。真に。

だって、集団でいじめて誰か何をやったかなんて
わからないんだったらそんな最高な条件は
ないじゃん?ある意味。


金八先生は非常に深いね。
時間があったら自分も見るのでまたそうしたら
話しましょうー。
From管理人 (Jack)
2007-10-16 21:32:51
道具だっていうのは確かにね。
でもだからこそ使い方を本当に気をつけないと
いけないんだと思う。

若い世代がどうなってるのかは俺もよく分からないけど、喜びっていうよりか、仲間はずれになりたくないし、そうやっていじめることによって集団の中に自分はいるっていう安心感みたいなものが得られるのかもね。

いじめがどういう意味を持つのかって
分かってないんじゃないかな。
惰性にまかせてやってるのかもしれないけど…。うーん。一言では説明できないな。

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