コラム建築雑談 “一笑懸命”

建築家と共に家づくりを支援するプロデューサーブログ

省エネ住宅とは? (第1回)

2012-02-07 17:04:33 | 住宅

断熱性を高めると快適さが増すわけは?

― エコ住宅や省エネ設備の資料を見ていると、見慣れない言葉がたくさん出てきます。先生にその意味を教えていただきたくて、うかがいました。まず、断熱性の計算に使うK値やQ値といった言葉の意味を・・・。

まあまあ、そう急がずに。専門用語の前に、そもそも断熱の目的とはなんだと思いますか?

― 冷暖房のエネルギー使用量を抑えるためでは?

私も以前はそう考えていました。しかし、断熱性を高めても、光熱費はそれほど劇的に削減できるわけではありません。断熱施工のコストはなかなか回収できないように思えるわけです。

― えっ?がっかりです。

 でもね、例えば5000万円で100m2の家を建てたとしましょう。断熱性が低いと、冬は暖房が効きにくいから、リビングの一部だけで縮こまって暮らす、なんていう状況がたくさんあります。そうすると、5000万円の住宅の一部しか使っていないことになる。100m2のうち、50m2しか使えないとしたら? それこそ、かけたコストに見合いませんね。
 断熱性が高いと、空間を広く使えるようになります。住む人が不快でなく過ごせます。このことこそが断熱の一番の目的と考えるべきです。光熱費の節約は、結果としてついてくる「おまけ」と考えておくのがよいと思います。


放射は身体の芯から温まる
― 断熱性が高いと、どうして快適なんでしょうか。

 断熱性が高いと、床や壁・天井の表面温度が適度に保たれるからです。

― 表面温度? 室温ではないのですか?

 そこで、理解しておかなければならないのが、放射の概念です。輻射と呼ぶこともあります。
 私たちの身体から発する放射熱は、目に見える光(可視光)や紫外線、そして、いわゆる放射線(エックス線やガンマ線)と同じく、みなすべて電磁波です。ただ波長が違うだけなんです。

 可視光は私たちの視細胞を刺激して、身の回りのものを見せてくれる。それより振動の激しい(短い波長を持つ)紫外線は、日焼けの原因になりますね。さらに、紫外線よりもっと短い波長を持つのがエックス線やガンマ線などの放射線というわけです。放射のうち、私たちが全身で温かさや冷たさとして感じる放射を、可視光に比べて波長が長いので、特に長波長放射と呼びます。

身の回りにあるすべての物体が、その温度に応じた長波長放射を発しています。建物の中では、床も壁も天井も放射を出している。そしてその表面温度が高ければ高いほど、長波長放射の量は大きくなります。一方で、私たち人間の身体も、体表面温に応じて長波長放射を発しています。この身体から発せられる放射の量が快と不快を分ける重要な要因になります。

― 床や壁や天井からの放射が、私たちの身体の放射の量に影響するということですか?

 そう。人間の身体の表面温度は30〜35度くらいで、それに応じた放射を出しています。夏に壁の表面温度が36度ぐらいに上がると、壁からの放射の方が大きくなり、それが身体に伝わってくるので、暑く感じられます。
 逆に、壁の表面温度が15度ぐらいに下がると、身体から出ていく放射が増えてきて、寒さを感じるようになってきます。


― 身体を包む空気の温度より、床や壁からの放射のほうが重要なのですか。

 例えば、焼き鳥を想像してみてください。一方では、炎が燃えさかる中で肉を焼いている。もう一方では、七輪で、赤くなった炭の上に肉をかざして焼いている。

どっちを食べたいですか。

― もちろん炭火のほうです。

 ですよね。炎とは対流です。高温の空気が肉を包むと表面だけが焦げて、中には火が通りにくい。一方で、炭火焼きは放射熱で肉を焼くから、表面温度はそれほど上がらなくても中にはじんわり火が通る。これが放射の原理です。


断熱で表面温度を適度に保つ
― 空気を暖めても、身体の芯から温まらない?

 エアコンで暖めた室内の空気はせいぜい20〜22度で、身体の表面温度より10度近くも低い。それをかき混ぜて身体に当てたら、身体からは熱が奪われてしまいます。床や壁の表面温度がそれなりに上がっていれば、体表面温が下がらないで済みます。
 「空調」という言葉が誤解のもとですね。空気を暖めたり冷やしたりすることにより、床・壁・天井の表面温度をコントロールすることがまずは重要であることを見落としてしまうからです。さきほど「断熱性が高いと、床や壁・天井の表面温度が適度に保たれる」と言ったのは、そういうことです。

― 壁の表面温度は簡単に測れるのですか?

 非接触式の温度計を使えば測れます。

建築設計に携わる人にはぜひ携帯してもらったらよいと思います。いろいろな場所で測ると、体感との対応付けができてくるでしょう。値段は様々ですが、6000円ぐらいでも入手可能です。

― 床・壁・天井の表面温度はどのぐらいに保てればよいのですか?

 関東の冬ならば、暖房なしでも壁の表面温度を最低でも16度ぐらいには保ちたいですね。そうすれば、万一、電力やガスなどのインフラが断たれても、凍えるようなことはありません。

― 夏はどうですか。

 壁や窓の表面温度が31度ぐらいまでなら大丈夫。それでも、体表面の温度よりはやや低めです。そこにそよ風が吹けば、皮膚の表面温度より低い温度の空気が流れていくのですから、不快に感じずに済みます。

― でも、真夏に窓を開けても、生暖かい空気が入ってくるだけで、気持ちが良くないですが・・・

 それは空気の温度が高いのではなくて、アスファルトやコンクリートの表面からの放射熱が入ってくるためです。その場合は、庇を掛けて日差しを遮るとか、地面に水をまくとか、表面温度を下げる工夫が必要です。



宿谷昌則:東京都市大学教授
(日経アーキテクチュアNo.967 P78.より引用)   』


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エコハウスのウソ (最終回)

2012-02-03 09:43:47 | 住宅

結局、エコハウスは必要?
 最終回となる今回は、これまで挑発的にエコハウスの問題点を論じてきた前真之氏が真意を語る。「曖昧に、当たり障りなく」から脱し、真剣に議論・検証して「本物」のエコハウスを育てなくてはならない、と。

 ここまで15回にわたり、エコハウスについての考察を行ってきた。最後にまとめをしておこう。
 連載の前半では、もっぱらエコハウスの定石とされる「吹き抜け+大窓」に対して、様々な疑問を論じてきた。それらは多くの問題点をもっており、住々にして不快でエネルギーを無駄にする空間を生み出しかねないことを指摘した。

 これらは推測でもなんでもなく、実際に筆者や研究室の学生が実地調査で何度も「目撃」してきた事実である。建築雑誌を賑わせるエコハウスを見るときには、書いてあることを鵜呑みにせずに「批判的」なチェックをお薦めする。

エコは「様式」にあらず
 これらの問題は冷静に考えれば、どれも初歩の物理原則で説明できる簡単な事象ばかり。ちょっと意義すれば、自身の実体験からも思い当たるフシがあろうというもの。なのになぜ、かくもウソがまがり通るのだろうか。
 筆者の理解では「エコ」という言葉が、建築の世界では「モダニズム」や「ポストモダン」と同じように「様式の一つ」として扱われていることが問題の根幹である。構法や材料の発展を考慮していたとしても、これらは基本的に建築家と評論家の狭いコミュニティーで決定された「人による区別」。結局、現在のエコハウスの多くは「エコ様式」でしかないのだ。
 しかし省エネや省CO2が切実になる中で、人の生活を守っていくためには、「様式」としてのエコは無力であり、時に有害である。人間はなぜか体毛を退化させたため、寒さへの対処のために衣類、そして建築を必要とした。建築は物理的存在として人間を保護するという、切実な「願い」をその発端としていることを忘れるべきではない。それは様式の流行などとは無関係な、建築の根源的で永続的な存在理由なのである。


まともな「暮らし」してますか
 連載の後半は、太陽光発電を中心とした創エネ、あるいはゼロエネや省CO2を「批判的に」取り上げた。あれこれ曖昧なキーワードやブレる政策に振り回されては日本が疲幣しきってしまう、そして理屈やテクノロジーうんぬんの前に、根本である「生活」そのものを見直すことが先決ではないかと思うからである。
 スイスに見学に行った学生が、スイス人は朝7時に学校や会社に到着して夕方4時には家に帰ると驚いていた。蓄電池に数百万円かけて夜型生活を続けるのと、明るいうちに帰り早目に寝る生活に切り替えるのと、どちらが豊かなのか、いま一度考えるべきだろう。
 そして、外が明るい時刻から家で過ごすとなれば、住環境をいかに快適にするかを真剣に考えるというもの。だからスイス人は質の高い住環境の獲得に余念がない。スイスのエコハウスにこれ見よがしな吹き抜けや大窓が見られないのは、それらが見た目は良くても住環境を悪化させることをみんなが理解しているからではないだろうか。
 普段の生活を大事にせずに、まともな住環境を論ずることなどできようはずがない。だから見せかけだけの「エコ様式」に気付くことができないのだ。日本人も、もっと生きること、暮らすことに「貪欲」にならねばならない。まともな住環境はただ与えられるものではなく、「獲得」するもの。何にカネを使うべきで、何に使うべきでないのか。その厳しい取捨選択の中でニセモノは淘汰され、本物だけが残っていくべきなのだ。


エコハウスは何のため?
 筆者が本連載を始めた動機は、「実は誰もエコハウスなど好きではないのではないか」「真面目に考えていないのではないか」という危機感である。このままでは数十年後に化石エネルギーを使えなくなった時、日本人は本当に惨めな生活をするハメになる。良質なエコハウスのストックは日本人にとっての「箱舟」になり得るのだ。そのためには曖昧に当たり障りなく済ませるのではなく、今から厳しく議論し検証して「本物」に育てていかなければならない。
 日本人は繊細な感覚で自然を感じてきた。もっとよく生きることの意義に気付けば、室内環境も繊細に論じられるはず。そして必ずや日本の風土・気候に合った、皆を幸せにする本物のエコハウスをつくれると信じている。
 全連載の最後に表題に初めて「イエス!」と答えられたことをもって、本連載の結びとしたい。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.966 P90.より引用)   』


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エコハウスのウソ (第15回)

2012-01-27 10:26:29 | 住宅

オール電化はオールエコ?

 今世紀に入り急速に普及したオール電化住宅。全てを解決する「魔法」のように考えている人もいるが、前真之氏は、使い方によっては「増エネ」を誘発してしまう場合もあるので要注意だと指摘する。

 昨今の電力供給の問題などから一時期ほどの勢いはないといわれるオール電化住宅であるが、ここ10年間におけるエネルギー変革の主役であったことは誰にも否定できない。「清潔安全」「快適便利」「省コスト」「省エネ」「省CO2」・・・。全てを解決する「魔法」のようなオール電化住宅、実際のところはどうだったのだろうか。
 オール電化を構成する主要な機器は、三種の神器と呼ばれる「IHヒーター」「エコキュート」「エアコン」である。このうち、後者2つはヒートポンプにより空気熱を集める事で圧倒的な高効率を達成しているとされる。このこと自体は間違いなく「真実」なのだが、実はあくまで「条件付き」。機器を適切に選択し、正しく使うことが不可欠なのである。



ヒートポンプも使い方次第
 例えばエコキュートは、「いつ」「どれくらい」の湯を沸き上げるかをコントロールする「制御モード」をリモコンで変更できる。ここで「深夜のみ」モードを選ぶと安価な深夜電力の時間帯にだけ沸き上がるので、電気代を安くできそうに思われる。しかし「深夜モード」のみに変更すると、エコキュートは昼間の湯切れを防ごうと深夜に湯をタンクへパンパンに貯めるので熱ロスが増加し、極端に効率が低下してしまう。

「省エネモード」を選んでおけば、深夜に「ほどほど」に沸き上げ、昼間に足りなければ追いかけで沸き上がるので効率が高くなる。
 ヒートポンプは、「魔法」ではなく「技術」。日本が世界に誇れる素晴らしい技術であることは間違いないが、そのポテンシャルを引き出すには正しい使い方が不可欠。エコキュートを使っている人は、省エネモードになっているかを今すぐチェックしてほしい。


安けりゃいいじゃん?
 オール電化住宅の満足度は、一般的に高いとされている。燃焼機器が不要になるので安全・安心・清潔。そして、何より大きな魅力が圧倒的なランニング・コストの安さ。ガスの基本料金が不要になるだけではない。特にエコキュートは1ヵ月あたり1500円程度と、他の燃料で給湯するよりも圧倒的に安い。当初は高かったイニシャルコストも大幅に下がっていることを考えれば、まさに「夢のよう」「最高」である。
それでは一体どこに問題があるのか。一つ目は、オール電化住宅を名乗りながらヒートポンプを使っていない場合があること。ヒーター(電熱器)式の電気暖房機や電気温水器がその代表である。

 電気ヒーターでバンバン暖房すれば、電気代が大幅に増えるのですぐに気付く。電気はもともと他燃料より割高なのだ。ところが、蓄熱式暖房機や電気温水器が電力を膨大に浪費しても、深夜電力は割安なのでコストは大して増えない。だから気付かないうちに、大量のCO2を排出することになってしまう。コスト感覚が「麻痺」してしまった結果、前回取り上げた「省コスト→省エネ→省CO2」の連鎖が働かなくなるのだ。
 二つ目は、ヒートポンプを導入した場合でも「低効率」な使い方を誘導しかねないこと。前途したエコキュートのモード設定にしても、機器挙動をよく監視して説明書を熟読している「詳しい人」ほど、実は「深夜のみ」にしてしまっている。「昼間に沸き上げると高くつくのでは」→「説明書を読むと深夜のみモードがあるらしい」。結果、省コストの努力が見事に「裏目」に出て、増エネ・増CO2につながってしまうのだ。


結局、原子力をどうするのか
 三つ目の問題点は言うまでもなく、電力供給体制の今後が全くもって不透明ということ。前途の問題点は結局、ほとんど全て「深夜電力≒原子力発電」によってもたらされている。「深夜電力料金体系≒原子力政策」が今後どうなるのかに尽きるのだ。筆者には将来がどうなっているかなど、全く予想できない。10年後に大きく変わっているかもしれないし、全く変わっていないのかもしれない。しかし電力の供給体制がどうであれ、省エネ・省CO2は達成しなければならない。だから地道ではあるが堅実な、「省コスト→省エネ→省CO2」の王道を忘れてはならないと信じている。




前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.965 P152.より引用)   』


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エコハウスのウソ(第14回)

2012-01-20 09:20:08 | 住宅

目指せCO2削減?
消費エネルギーをCO2に換算することが当たり前になり、「日々、CO2削減に励むこと」が美徳とされる世の中になってきた。だが、前真之氏はそうした自己犠牲的アプローチは長続きしない、とみる。

 はじめに断っておくが、筆者は地球温暖化そのものに疑義を持っているわけではない。
 「地球温暖化はウソ」とする「地球温暖化懐疑論」なる書物がちまたにあふれているが、そうした懐疑論のほとんどはデータの一部のみを取り上げるなど、誤った分析と誤解に基づいた「誤診」であることが明らかになっている。(IR3S/TIGS叢書No.1「地球温暖化懐疑論批判」http://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/sosho)
 筆者は、CO2を減らすことは「絶対に必要」と考えており、懐疑論にくみするつもりは毛頭ない。しかし、「CO2削減そのもの」を目的にするべきではないと考えている。


CO2は計算できる?
そもそもCO2排出量は、算出すること自体が容易ではない。石化燃料をそのまま燃やす場合には、燃料の種類ごとに出てくるCO2はほぼ一定である。図1に見るように、石炭は「炭素の固まり」なのでCO2排出量が大きく、最も避けるべき燃料であることは明らか。逆に天然ガスは水素分が多いのでCO2排出量はすくなく、環境にやさしいとされる。ココマデはごく簡単。
 ややこしいのは電力である。ご存じの通り電力事業者は、化石燃料はもちろん、水力・地熱や原子力など「CO2排出がない」とされるエネルギー源までも組み合せて発電を行っている。最終的に電気になりさえすれば、もとのエネルギー源は何でもよい。そして、このエネルギー源の「ベストミックス」のやり方は、地域の電力会社によって大きく異なっているのである。
 各電力業者が実際に出したCO2は図1の「実排出係数」になる。最小の関西電力と最大の沖縄電力とでは、同じ電力量当たりのCO2排出量には実に3倍近い開きがある。これは、関西電力は原発比率が約50%と非常に大きく、逆に沖縄電力はほとんど石炭に依存しているからである。同じだけ電気を使っていても、地域をまたぐとCO2排出量は大きく変化してしまうことになる。



カネの切れ目で排出権も
 さらにややこしいのが、「調整後排出係数」の問題である。これは何かというと、電力事業者が国内や世界から「CO2排出権」を購入してきて、実排出量から「差っ引いた」値のこと。CO2排出権とは、CO2を努力目標に以上に削減できた場合、その「余剰分」を売却できると京都議定書で認められたものだ。つまり、他人の削減実績を購入することで、「自分の分をチャラに」できることになる。
 「実排出量」と「調整後排出係数」の差が大きい電力事業者は、「電力は省エネCO2」という金看板を守るために、CO2排出権の購入にかなりの金額を海外に支払っていることになる。しかし今後、こうした排出権の購入は非常に難しくなるのは想像に難くない。まさに「カネの切れ目は」である。
 おまけに原子力の稼動比率が低下していくなか、古い(低効率な)火力発電所を再稼働して石炭をバンバン燃やせば、「実排出量」が激増するのは不可避。実は「実排出量」は年度ごとでも大きく変化している。このように、CO2排出量は地域や年度によって大きく変化してしまう、「当てにならない」数字なのである。


まずは「省コスト」から
 先の震災前までは京都議定書の評価期間(2008年〜2012年)ということもあり、CO2削減が「金科玉条」であったが、今となっては「忘却の彼方」である。
 ズバリ言って、ほとんどの人には「省エネ」も「省CO2」も所詮はオマケ。エネルギーが「何MJ」だとかCO2が「何kg」などと言われて、ピンとくる人がどれだけいるだろうか。肝心なのはただ一つ、「省マネー」である。
 だから、おカネのチカラを直視し、生かすべきである。「何円」であれば、誰でも即座に理解できるのだから。
 省エネの調査をしていると、電気・ガスの検針票を1年分以上保存している人が少なくないことに驚かされる。「エネルギーの恩恵(快適性)」記号⇔「コスト(光熱費)」のバランスは厳しく精査されているのだ。この「人的エネルギー」を生かさない手はない。その「省コスト」の努力がいつの間にか「省エネ」につながっている・・・。これこそ、みんなの幸せにつながる「王道」ではないか。

 繰り返すが、「省エネ」も「省CO2」も絶対に必要。しかし、「自己犠牲的」なアプローチは結局、長続きしない。「当たり前に」できる「自然な」アプローチこそ、今の疲幣しきった日本には求められているのではないだろうか。



前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.964 P82.より引用)   』


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エコハウスのウソ (第13回)

2012-01-13 11:58:41 | 住宅

省エネよりゼロエネ?

再生エネルギーへの関心が高まってきた。「ゼロエネ」という言葉の広がりはそれを象徴する。しかし、ゼロエネだけを目的にすると、住宅のバランスがおかしくなってしまうと、前真之氏は危惧する。

 ゼロエナジー・ハウス(ZEH)というキーワードをよく耳にするようになった。今までは「省エネ」という言葉がもっぱらだったが、「ゼロエネ」の方が何やらすごそう。実際はどうなのだろうか。
 そもそも、慣れ親しんだ「省エネ」とは何を意味するのか。大辞泉(小学館)によると「石油・電力・ガスなどのエネルギーを効率的に使用し、その消費量を節約すること」とある。
 1979年に制定された「国内のエネルギーの使用の合理化に関する法律」、いわゆる「省エネ法」の目的は、「内外におけるエネルギーをめぐる経済的社会的環境に応じた燃料資源の有効な利用の確保に資するため・・・」と、「国家の安全保障」の色合いが非常に強い。1973年のオイルショックを契機に、石油依存から脱却することが最優先であったことがうかがえる。



 しかしながら、オイルショックを直接経験した世代はいざしらず、(自分も含めた)その後の世代にはむしろ、Wikipedia(インターネット上のフリー百科事典)の説明の方がしっくりくる。「日本の省エネは、オイルショックのときにエネルギーの安全保障の面から始められた。1990年代以降、地球環境問題、特に温室効果ガスの削減が社会問題化して以降、その手法の1つとして重要なものとなっている」


省エネは時代とともに変化
 つまり、省エネは時代ごとに意味を変化させてきた。そこに共通する理念とは、「同じ社会的・経済的効果をより少ないエネルギーで得られるようにすること」になる。
 これを住宅に当てはめると、「同じ生活レベルをより少ないエネルギーで」となる。高断熱・高気密化や設備機器の高効率化は、まさにこれに当てはまる。前回論じた太陽熱の給湯や暖房への利用も、必要なエネルギーを削減するため省エネに含まれることが多い。
 「省エネ」は、意味は変われど社会のニーズに応えながら長い時間を生き延びた。「タフで長生き」な言葉ということができる。


ゼロエネの行き着く先は?
 ただし、省エネ技術ではエネルギーの削減はできても、最低限必要なエネルギーはどうしても残ってしまう。地球環境問題への関心が高まる中で、さらに進んだ形として「ゼロエネ」が登場してきた。自然界から循環的に得られるCO2などを排出しない「再生可能エネルギー」を利用することで、省エネでは削れない部分のエネルギーを賄おうとするものである。



「再生可能エネルギー」はいくつか種類があるが、こと日本を念頭におくと、現実的なのはやはり太陽光発電ということになる。
 最近は、この「ゼロエネ」が注目され、省エネは「もう古い」といわんばかりである。現状の「ゼロエネ」住宅では、概ねしっかりした「省エネ」手法が尽くされた後に最低限を再生可能エネルギーで賄っているので、両者は「共存」している。だから、「省エネ住宅の進んだもの=ゼロエネ住宅」程度という認識が一般的ではないだろうか。
 しかし、これはあくまで現状の話。再生可能エネルギー(≒太陽光発電)が「高くつく」ので、むやみに載せられないからまずは省エネせざるをえない。しかし、本当に(政府目標のような)低価格化が実現すれば、既存の多くの省エネ技術よりも安価になる。その場合、省エネが再生可能エネルギーか、どちらかだけを選ぶことが予想される。ほとんどの家庭のマイホーム資金は無尽蔵ではないのだ。


家は公器、王道は省エネ
 結局、ゼロエネ自体を目的にしてしまうと、「家は人が住む場所」という事実を忘れがちになる。家は太陽光発電を載せる単純な「台」ではない。それに、太陽光発電で収支が差し引きゼロになったとしても、結局は系統電力(と発電所)なしには成立しないのだ。
 バイオマスがCO2を出さないからといって、断熱・気密を行なわずに薪ストーブに頼るのも考えもの。いくら薪を燃やしても高断熱・高気密住宅のようなムラのない温熱環境は得られないし、そもそも膨大な薪を割るのが大変である。
 今回の災害で、高断熱の家では暖房無しでも凍えずに済んだ、太陽熱温水器で停電でもお湯が使えて助かったという声を聞く。このように「省エネ」は住宅の質を上げて生活水準を支える、人にやさしい徳のある「王道」である。家は人の住む「公器」であることを、ゆめゆめ忘れる事なかれ。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.963 P70.より引用)   』


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年の初めに

2012-01-11 09:32:37 | Weblog
年の初めに

もう平成24年も松の内どころか今日は鏡開きとなってしまいましたが、改めまして新年のお祝いを申し上げます。m(_ _)m

さて、私はメルマガとブログで建築関係の情報を発信しています。
ブログの連載、「エコハウスのウソ」はあと4回で終了し、メルマガと共にそのネタに苦労していますが、今少し頑張って行こうと思っています。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。ヾ(*´∀`)ノ


家探し

僕の娘が、連れ合いの来年の福岡への転勤を前に、そして消費税が上がる前に・・・と家探しを始めました。

トコロガ・・・情けないことに・・・僕の娘でさえ、不動産の価格決定の仕組を知らなかったのです。(o´_`o)ハァ・・・

そして当然、「建売り」と「注文住宅」(建築条件付土地)が同じものだとか、リフォーム済住宅は買ってはいけない!ナ〜ンテことも知りません。Σ(・ω・ノ)ノ

そこで娘に説教をしました。ヽ(*`Д´)ノ

 1. 家は造る(建てる)ものであって買う(商品)ものでは無い。
 2. 今後、土地が値上りすることは無い。下がる一方である。
 3. 今から作る家は100年〜200年の耐用時間のあるものでなければならない。
 4. 3.に関連し、100年〜200年の後にも価値を保てる文化的、文明的なものでなければならない。
 5. リフォーム済と詠った中古住宅を買ってはならない。
 6. 1.3.4.に関連し、建売住宅や建築条件付(注文住宅)を買ってはいけない。
 
1.から6.まで全て僕が過去にメルマガやブログで書いて来たことばかりです。
デモ・・・娘に話したことはありませんでした。燈台元暗し・・・デス。

オット、ブログとメルマガの材料が出来ました。
次回から1.〜6.の理由を再度解説したいと思います。

 ホンジャマ、正月ですからこのあたりで、バハハーイ!
                   ♪〜(*´∀`*)〜〜(*´∀`*)〜♪


 追伸
 ブログの「エコハウスのウソ」は金曜日より毎週発信して、2月3日に終了します。


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エコハウスのウソ (第12回)

2011-12-13 13:50:00 | 住宅

屋根に太陽光を載せるべき?
ほとんどのエコハウスの屋根には太陽光発電システムが載っている。果たしてこの選択は常に正しいのか。東京大学の前真之准教授は、必ずしも載せればよいとは限らないという。

第10回と第11回で、住宅における太陽光発電について考えてきた。そして、今回の結論は「条件のよい場合はシッカリ載せる。悪条件ならさっさと諦め、他を考えるべき」。以下、その理由を説明していきたい。

自立といってもパラサイト
 人類は化石エネルギー中毒から脱却して太陽エネルギーに戻る必要に迫られている。人類が夜型の生活を続ける以上、昼の太陽エネルギーを夜のために「貯めておく」必要がある。
 昨今話題の住宅用蓄電池は、自宅に金庫をつくって「自宅預金」するようなもの。



昼間に太陽光の電気を貯めておき夜の需要をまかなうことで、自然エネルギーによる「完全自立」が可能。ただし、蓄電池は高度な技術とレアメタルを大量に必要とするため非常に高価。将来はともかく、現状では現実的でない。
 より現実的で普及しているのは、つくった電気を自宅では貯めずに外の系統に売電する「マーケット」型である。いわば、昼に稼いだお金をせっせと株式マーケットにつぎ込んで株を買い、夜に株を売って生活費にまわすようなもの。うまくいけば、「夜に必要なお金<昼間に買っておいた株」となって、差し引き「お釣り」がくる。自宅に現金(電気)を置かずにすむので、金庫(蓄電池)が要らない。電気は「貯めるのは難しい」が「送るのは簡単」なので、理にかなった「自立」のやり方である。
 ただしこのやり方は、夜に誰かが電気を供給してくれないと成り立たない。つまり、火力発電所が不可欠となり、化石エネルギーへの依存を断ち切れない。結局は「パラサイト(寄生)」なのだ。

ライバルは「田んぼ」
 さらに大事なことは、「マーケット」では過酷な競争が待っているということ。太陽光でつくった電気をひとたび系統電力に接続してしまえば、他につながっている発電手段は全て競争相手。電気は搬送ロスが小さいので、自宅で発電しようとはるかかなたの発電所で発電しようと全く同じ。一度つながった電気に「色はない」のだ。
 「太陽光の電気はスペシャルだ」と言われるかもしれない。しかし、「太陽光の電気だっていろいろ」。工場の広々とした屋根や広大な空き地に、「メガソーラー」と呼ばれる大規模な太陽光発電施設が次々に登場している。海外では砂漠に敷き詰めているケースも多いが、強い日射しがあり雨が少ないのだから非常に理にかなっている。
 つまり、太陽光発電は津々浦々どこにでも付けてよい。そして、太陽光パネルは製造時に大量のエネルギーと希少物質を消費するので非常に高価。だから、せっかくつくったパネルには「目一杯」働いてもらうため、できるだけ好条件の場所に付けるべきである。
 結局は系統電力に依存してしまう以上、家で電気を使うからといって家で発電する必要はない。今まで住宅に太陽光発電が載ってきたのは、政策的な特別扱いの結果に過ぎない。著名な起業家が提唱している「休耕田で太陽光発電」のビジネスプランは、まさにこの点を突いている。
 あえて住宅に載せるからには、田んぼにギッシリ敷き詰めるのに負けないくらい効率よく発電できなければならない。
 太陽光は、設置の方位・傾斜で発電効率が大きく変わる。周辺建物や樹木・電線などのわずかな影でも、出力が大きく低下する。そのため、本当に太陽光発電に向いている屋根は多くない。だから敷地条件を見極め、好条件なら「シッカリ載せてシッカリ発電」。中途半端は禁物。「ライバルは田んぼ」である。

太陽熱に必然あり
 そして、太陽光発電が無理そうなら、さっさと他の自然エネルギー利用を考えるべき。例えば熱は、電気とは全く反対の特性を持っており「送るのが難しい」。熱は送る際のロスが大きいので「新鮮なうち」に使う必要がある。だから太陽エネルギーをひとたび熱に変換したら、その熱は家の中で使い切るしかない。つまり、太陽熱システムは田んぼに置いても仕方ない。家に「置かざるを得ない」必然があるのだ。
 一方で、熱は「貯めるのが簡単」という大きなメリットがある。昼間の太陽熱を夜の給湯・暖房に回すことは、タンクの水や基礎のコンクリートを使えば至極容易。屋根の集熱パネルにしても、太陽光とは比較にならないほどシンプルで安価なので、適当に付けても気にならない。さすがに太陽熱で照明やパソコンを動かすことは無理だが、給湯・暖房を賄えれば必要な電力は相当少なくなって、「完全自立」に大きく近づくことができる。手軽で割の良い話ではないだろうか。
 以上3回にわたって、太陽光と太陽熱の比較を行って来た。一つの技術だけを見てみていては本質を見失う。「環境技術」についても「批判的」な比較検証をオススメしたい。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.962 P80.より引用)   』


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エコハウスのウソ (第11回)

2011-11-30 15:30:53 | 住宅

エネルギーは創り出せる?
ほとんどのエネルギーは、太陽エネルギーが姿を変えたもの。しかし、このエネルギーを亨受できる時間と現代人の生活時間は一致しない。東京大学の前真之准教授は、まずはこの点を認識するべきという。

太陽光発電と太陽熱のどちらが良いのか。結論を出す前に、まずはエネルギーとCO2の関わりについて、簡単に整理しておきたい。


エネルギーを「創り出す」?
 太陽光発電については、「エネルギーを創り出す」「創エネ」という言葉が多く使われる。さながら「ゼロから」生み出すかのような印象を受けるが、本当だろうか。
 正確に言えば、エネルギーを「創り出す」ことなど人智の及ばぬところ。人間にできるのは、元々どこかしら存在していたエネルギーを、利用しやすいように変換することでしかない。人間にとって有用な熱・運動・光・電気エネルギーを、何から変換して持ってくるか、が本質である。
 地球上のエネルギーのほぼ全ては太陽起源である。



例外は原子力程度であり、ほぼ全てのエネルギーは太陽エネルギーが形を変えたもの。太陽光発電だけが特別扱いされるべき理由は何もない。古来より人類は、「自然エネルギー=太陽エネルギー」に依存してきたわけだが、なにぶんにも密度が低く冬には不足しがちである。そこで、生い茂る植物が太陽エネルギーによって大気中の炭素を固定化した、薪や植物油を利用するようになった。「おじいさんは山に芝刈りに・・・」の世界である。これで寒い冬にもいくばくかの熱や光を得ることができるようになったが、やはり限界がある。だから、昔の人は夜明けとともに起床して太陽エネルギーのある昼間に主に行動し、日暮れとともに就寝したのである。


化石エネルギー中毒
 19世紀に入ると人類は、石油・石炭・ガスのような化石燃料が高密度のエネルギー源で使い勝手がよく、地下を掘ればどんどん出てくることに気づいた。化石エネルギーから熱や光を好きなように得られるようになったため、太陽エネルギーの束縛から離れて好き勝手な生活ができるようになった。真っ暗な夜中に煌々と照明をつけて夜更かしをし、挙句は寒い冬に暖房を効かせて冷たいビールやアイスクリームを飲み食いするまでになったわけである。
 こうして人類はすっかり「化石エネルギー中毒」になったのだが、この当てにしていた化石エネルギーが、実は地球環境を破壊するリスクが高いことが発覚した。植物は光合成により気の遠くなるような長い時間をかけて大気中のCO2を固定化し、今日の地球環境をつくり上げてくれた。その際に地下に隠された炭素が化石エネルギーの正体だったわけだが、人類はそれを喜びいさんで燃やし、CO2を大気にぶちまけてしまった。何か起こらない方がおかしい。いつまでも化石エネルギーに頼っているわけにはいかなくなってきたのである。


太陽がない時に必要
 こうしてもう一回、太陽エネルギーに「直接」頼る必要が出てきたのであるが、どっぷりと化石エネルギーの恩恵におぼれて好き勝手に暮らしてきた「中毒患者」を、自然エネルギーに頼る「禁欲的」な生活に復活させようとするのは容易ではない。「禁断症状」が出てくるのは避けがたい。
 日本の気候条件を考えると、太陽エネルギーの利用は風力などよりも有利とされている。しかし、太陽エネルギーは1日の中でも通年でも、非常に変化が大きいという宿命を持っている。おまけに、太陽エネルギーとエネルギー需要の変動は大きく反対である。



これは、夜や冬に「明るく」「暖かく」暮らそうと、「太陽を補うために」エネルギーを使っているのだから、考えてみれば当たり前。これをならす「タイムシフト」が必要になるのだが、それは次回のお題。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.961 P82.より引用)   』


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エコハウスのウソ(第10回)

2011-11-16 16:43:19 | 住宅

ソーラーは太陽光発電だけ?
 前回まで、エコハウスの空間構成について熱や空気・光など様々な側面から、定石とされる設計手法が必ずしも有効でない可能性を検証した。正直なところ、筆者自身も「吹き抜けはエコ」と漠然と思い込んでいた。それが多くの現場を定量的に計測する中で、少しずつ疑問を持つようになってきた。一度疑問を持って自分で考えだすと、「なぜこんな当たり前のことに気付づかなかったのか」と自分が愚かに思えるもの。今までの稿は自己批判に他ならない。
読者の方々も、できれば簡単な計測器を使って、ぜひ「定量的」な計測にチャレンジしてほしい。「おや?」と思う現場に出会ったらすぐ計測し、いくつかの物理原則に照らして自分で考える。それが、建築の空間と環境の真実に近付く近道である。

エコハウスのお約束
 本連載の残りの稿で、エコハウスの「エコ」たる本丸、「エネルギー論」「CO2論」に少し触れることとしたい。エコハウスといえば、カタログやホームページには、消費エネルギーやCO2排出量の「試算」があるのがお約束だが、これがなかなかややこしい。その原因の一つは、熱と電気の関係がデリケートということにある。
 昨今はさかんに「自然エネルギー利用」が叫ばれているが、実質は太陽光発電「一本槍」。かつては太陽といえば、郊外の住宅の屋根に乗っかっていた「太陽熱温水器」が定番だったはず。それが現状の出荷状況では、悲惨なくらい差が付いてしまっている。



太陽エネルギーは、どちらで使うべきか、そこから熱と電気の関係を考えてみよう。

太陽光発電は必要か
 およそエコハウスと名の付くもので太陽光発電を載せていないものはほとんどお目にかかれない。官民を挙げて太陽光発電の推進に猛進しているわけだが、いったい太陽光発電の何がそんなによいのだろうか。
 太陽光発電の最大のメリットは、何より「電気ができる」ことに尽きる。何を当たり前にと思われるであろうが、電気というのはエネルギーの形態の中でも格が違う。
 よく「太陽光発電は太陽エネルギーの10%しか電気にできず効率が悪い」という議論があるが、これはあまり意味がない。確かに太陽熱温水器では、太陽エネルギーの40%以上を熱エネルギーの形で集めることができる。しかし、熱と電気では全く質が異なる。熱いお湯は立派な熱エネルギーを持っているが、その熱で洗濯機や掃除機が動くだろか。テレビが見られ、パソコンで仕事ができるだろうか。つまり、「電気にはできて、熱にはできないこと」がたくさんあるのだ。

電気は「りんごジュース」
 この原因は、電気と熱は同じくエネルギーといっても「質が違う」ため。言うまでもなく電気の方が圧倒的に質が高い。発電所で石炭や石油を燃やしても、その熱エネルギーの一部しか電気にすることはできず、送電する間のロスもある。一般的な火力発電所から届けらる電気は、燃やした燃料の熱エネルギーのたかだか37%にすぎない。つまり家に届いた電気は、その3倍近い燃料を焚いてできた、とても貴重なものなのだ。



例えるなら、電気は「りんごジュース」のようなもの。飲みやすくてりんごの旨みが凝縮されているが、知らないところでたくさんのりんごが絞られて大量のカスが捨てられている。この燃やされた燃料(りんご)の熱量を「1次エネルギー」、得られた電気(りんごジュース)を「2次エネルギー換算」と呼ぶ。電気を他のエネルギーを比較する時は、この1次エネルギー換算が基本である。
こうしたつくられた貴重な電気は,何より「電気でしかできないこと」に優先的に使わなければならないのは言うまでもない。

太陽光の圧勝か
 このように電気の質の高さを考えると、太陽光発電の発電効率は見かけ上は低くても、発電所の効率まで考えた1次エネルギー換算の変換効率では、太陽熱温水器と同等である。
(図2)。そうなると、電気の便利さだけが目立ってしまう。
 それでは結局、太陽光発電の圧勝なのか。話しがそんなに単純であれば、わざわざここで取り上げたりしない。太陽光発電は、エコハウスの実態を端的に反映している好材料。次回以降の数回にわたり、その本質について考えてみよう。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.960 P82.より引用)   』


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エコハウスのウソ (第9回)

2011-11-09 10:21:09 | 住宅

隠せばハッピー?

「美に用は無縁のもの。家の中で最も有用な場所はトイレである」。モダン建築における「レス・イズ・モア」の美学を前にしては、空調や給湯といった忌まわしい設備などに、居場所などあろうはずもなかった。

エアコンは隠すな
 エアコンは、なぜかすぐ隠されてしまいやすい。特に和室では、壁にガラリを設けて屋内機を押し込んでしまったケースをよく見かける。



見た目はスッキリであるが、これで暖房をしようとすると空気は下に吹き出せず、暖かい(軽い)空気が上に滞留するだけで、全く暖まらない。



暖房をきちんと行なうためには、エアコンは「飛び出さざる得ない」のである。
さらに屋外機。あまり見栄えのするものではないが、これが動くのは、ヒートポンプが空気の熱を稼いでいるから。省エネのためには不可避である。この屋外機こそ、「心臓」であるコンプレッサーを内蔵し熱を作り出す「主役」。見苦しいからといって囲っては夏の排熱・冬の集熱に必要な空気の流れを妨げてしまい、性能が大幅に低下する。



 ちなみに、1つの屋外機に複数の屋内機をぶら下げられるマルチエアコンは、一般に形式も古く割高、おまけにエネルギー効率も低い。「屋外機を1つにしたい」だけの理由で安易に採用しないこと。

「床暖房ラブ」の真実
 エアコンとは対照的に、設計者に好まれる暖房といえば床暖房をおいて他にない。音や風を起こさず、温度ムラのない良質な温熱環境を作ることができる。しかし、設計者にとって最大の魅力は、「設備を完全に隠蔽できる」ことに尽きるのではなかろうか。モダンリビングの必須アイテムといえる床暖房、実は弱点をいくつも持っている。
 まず、加熱能力が低く立ち上がりに時間がかかる。床暖房による空気加熱は「自然対流」によるが、これは第4回で扱ったように加熱量が制約される。床表面温度を上げれば加熱量を増やせるが、身体に直接触れる床暖房では低温やけどのリスクがあり、それも困難。結局、その加熱能力は最大でも1m2当り200W程度。放熱面の敷設率(通常60〜70%)を考えると、10畳(18.6m2)では2000W以下の加熱量しかならない。強制対流方式であるエアコンやガス・石油ファンヒーターが6000W程度に比べると、3分の1程度の能力しかないことになる。
 さらに、床暖房は放熱パネル下面や配管からの熱ロスが大きく、また熱源効率に限界があり、エネルギー効率が低くなりがちである。省エネに床暖房を行なうには、効率的な熱源や放熱パネルの採用・床下や配管の断熱強化など、注意深い設計と施工が不可欠である。見えないからと手を抜いていると、「床下に潜ったら暖かくてビックリ」になりかねない。

好都合な電気ヒーターは「×」
 電気ヒーター式の「電気床暖房」「電気温水器」はとっても魅力的。メンテナンスフリーで抜群に長寿命、しかも安価。設置は電線をつなぐだけ、熱焼式やヒートポンプ式のように外気に接する必要もない。完全に無音・無臭で、どこにでも隠しておける・・・。やたらと好都合なのだが、実は貴重な電気エネルギーをただ黙々とジュール熱に変換してしまうため、エネルギー効率は最悪。電気で暖房・給湯をする場合には、空気熱を集めて効率を稼ぐヒートポンプ式を絶対に選ぶこと。ヒーター式の魅力には、くれぐれもご用心。

設計が設備を飲み込むために
 ある有名自動車メーカーのモットーは、「全ての細部が必然」。設備の形態は物理の必然に真正面から向き合った結果の産物。なぜ「見える」のか、「出っ張っている」のか、「音がする」のか・・・。そこに不思議や魔法は存在しない。「毒を食らわば皿まで」の気持ちで、今一度設備に向き合われてはいかが。


前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.958 P85.より引用)   』


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