宇宙哲学の対話室

"宇宙"、"生命"、"人間"に関する問いかけと自然観察や奉仕活動について対話を繰り広げます。

あの頃が最もマイペースで暮らせた時期だったと思う

2017-06-13 22:37:44 | Weblog
 原子力研究所に通っていた時は本学と違って食堂がなかったので昼食は外に食べに行った。職員は弁当を持ってくる人がほとんどだったが、私は管理区域外とはいえ、やはり放射性物質を扱う建物の中で食事をするのは抵抗があったので敷地外へ食事に行くことにしていた。
 研究所の近くの団地の商店街に洋食の店、蕎麦屋、ラーメン屋などがあった。初めのうちはそれぞれ交互に食べに行っていたが、そのうち洋食の店にほとんど行くようになった。洋食屋に通った理由はランチが500円でそこそこボリュームもあり美味しかったからだ。コックさんと奥さんの2人だけの店で、4席くらいのカウンター席と3,4人が座れるテーブルが4つくらい置いてある広さだったと思う。
 大学院ができると4年生などは弁当を持ってくる人やカップラーメンの類で済ます人が多くなり、一人で昼食に行くことが多くなった。そのときはカウンター席に座って、コックさんの調理の様子を眺めていた。ハンバーグやソテーの類が多かったと思うが、ハンバーグの焼き方などは後々自分で作るようになった時に参考になったと思う。
 もうひとつ研究所から通った所があった。それは床屋。学生の頃は長髪にしていたので、2ヶ月に1回くらい床屋に行っていた。平日は講義ばかりだったが、午後講義のない日が時々あったので、そのときに外出して研究所近くの床屋に行った。たぶんの団地の商店街にあったのだと思うのだが、店の場所ははっきりとは思い出せない。平日の午後に行ったためか他のお客さんを見かけたことは一度もなかった。
 そこの理容師さんの腕は確かで、しかもすごく丁寧だった。私の髪はかなりのクセッ毛で、そこそこの長さに揃えればなんとかまとまるのだった。ただカットだけで私の髪をまとめるのは大変だったはずだ。普通の床屋だと鋤きバサミを使うのだが、その理容師さんは髪の毛を外側、中、内側に分けて、段カットのように切ってくれた。さらに枝毛はカミソリで剃ってくれた。私自身は美容院に行ったことはないが、美容師のカットに近い技だったようだ。後に引っ越して他の床屋に通うようになって、そこの理容師さんの腕がよかったことが判った。
 学生時代の私の長髪はこの床屋での手入れが良かったためか、それなりに良い印象をもたらしていたようだ。就職のため引越しした後、普通の床屋では私の髪を長く保つのは不可能だと悟り、どちらかというと短めの髪型に変えた。後に学生時代の私の髪型を知っている人から私の短くなった髪を見て印象がかなり変わって驚いたということを聞いた。
 大学院での講義や実験は大変だったが、あの頃が最もマイペースで暮らせた時期だったと思う。
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