宇宙哲学の対話室

"宇宙"、"生命"、"人間"に関する問いかけと自然観察や奉仕活動について対話を繰り広げます。

3年になるとモチベーションを保つのが難しくなっていた

2017-04-21 20:56:00 | Weblog
3年の時の逆重力班の活動は形だけだったと思う。一人だけの一年生が引き継ぐには難し過ぎたし、私と相棒のモチベーションを保つの難しくなっていたと思う。逆重力班の相棒がよく「埒が明かないな」と言っていた。
いわゆる進学校だったので、2年の後半からは進路指導が本格化していたからだと思う。私は将来はエンジニアになりたいとして工学部志望と決めていたが、それ以上は具体的に決められなかった。そもそも大学で何をやりたいか思い付かなかった。大学では逆重力の研究を続けるのは難しいのだと判ってからはなおさらだった。何か趣味があるとか、彼女がいるとか他にも考えることがあれば少しは違っていたかもしれない。趣味といってもSFとマンガ好きくらいで、高校のころは小松左京をよく読んでいた。「復活の日」が最も好きな作品だ。萩尾望都は第I期の作品集が出版された1977年2月以降に本格的に読んだ。待望の作品集だったはずだが、受験疲れのためか、しっかり読んだという記憶がない。それほど勉強した憶えもないのだが。高校は男子校だったから彼女どころか知り合い程度もいなかった。大学も工学部で男ばかりだったので、結局、就職するまでの間は女の人と話す環境ではなかった。また自分から積極的に話相手を探すという性格でもなかったので、なんとなく女性と話すのは苦手になってしまった。
大学を選ぶときにもう一度清家氏の理論を勉強し直したいという未練があり、理論物理よりは電気・電子関係の学部の方が近いと思い、電気工学を選び、少しずつ進学先を絞り込んでいった。
結局は武蔵工業大学(現在は東京都市大学に改称)の電気工学科に入学するのだけれど。どうやってこの学科を見つけて、どうして選らんだのかを思い出せない、記憶が曖昧なのだ。
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