宇宙哲学の対話室

"宇宙"、"生命"、"人間"に関する問いかけと自然観察や奉仕活動について対話を繰り広げます。

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立ち読みの記憶自体が全くの空想だったのだろうか?

2017-04-04 17:07:44 | Weblog
萩尾望都の作品で最初に読んだのは「11月のギムナジウム」だった。
小学生の頃は近所の本屋で少年誌などのマンガを立ち読みしていた。小学4年のある日、ふと少女誌を立ち読みして「11月のギムナジウム」を読んだと思っていた。ところが「11月のギムナジウム」の初出は別冊少女コミックの1971年11月なので、私が中学1年生の時だとつい最近、気がついた。3年もずれていて、とんでもない記憶違いなのだが、何故そう思い込んでいたのか判らない。
そもそも小学生までは東京の大田区に住んでいて、中学に上がった時に埼玉の春日部市に引っ越したので、本屋も全く違い、単純に3年分の記憶違いではない。
小学4年生のとき立ち読みしたのは萩尾望都の作品ではなかった。では何だったのだろうか。それとも立ち読みしたという記憶自体が全くの空想だったのだろうか?
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