宇宙哲学の対話室

"宇宙"、"生命"、"人間"に関する問いかけと自然観察や奉仕活動について対話を繰り広げます。

福島原発事故の刑事裁判初公判と報告会

2017-06-30 19:49:07 | Weblog
今日は東京地裁で、福島原発事故の初公判が行われました。傍聴はできませんでしたが、参議院議員会館での学習会、報告会に参加してきました。 この裁判によって福島原発事故の真相究明が行われて、何故事故を防止できなかったのか、事故の責任を取るべき人は誰か、ということが明らかになると思います。 そのけじめをつけることが日本人と日本の社会にとって大切なことだと思います。 . . . 本文を読む
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金食い虫

2017-06-23 19:59:52 | Weblog
ANISNコードの計算には東大の計算機センターの大型コンピュータを使った。付属の原子力研究所のコンピュータを端末として使い、通信回線を利用して計算機センターに登録されているANISNコード、物性値データを指定し、いくつかの計算条件データのみ端末から入力してANISNコードを実行した。 計算結果は計算機センターの記録装置に残しておくと課金されるので、ほとんどの場合、端末のコンピュータのプリンタから出 . . . 本文を読む
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一次元輸送計算コード「ANISN」

2017-06-21 17:21:26 | Weblog
私の卒論、修士論文のテーマ「熱中性子スペクトルの解析」は輸送方程式を数値計算によって解いた事例を実験データで補足して何とか論文に仕上げたものだった。 原子炉で発生した中性子は減速材の中の原子と衝突して速度を落とす。原子と衝突した後、ビリヤードの玉のように跳ね返る。 この跳ね返り方、つまり跳ね返る確率が角度によって異なる現象を数値計算によって厳密に解析する。 このためのコンピュータープログラムは通常 . . . 本文を読む
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私の卒論、修士論文のテーマ

2017-06-16 20:19:22 | Weblog
私の卒論、修士論文のテーマは一言で言うと「熱中性子スペクトルの解析」。 熱中性子というのは原子炉内で核分裂反応によって発生した中性子が減速材を通過することによって運動エネルギーを失い、物質中の原子の熱運動と同じくらいのエネルギーになった状態を意味している。 「熱中性子」の研究がなぜ重要かというと、核分裂反応で発生した中性子は大きな運動エネルギーを持っている、つまり核燃料の中を高速で飛び瞬時に核燃料 . . . 本文を読む
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思い出せない

2017-06-15 23:53:02 | Weblog
思い出せない。と言うよりゆっくり回想する余裕がない。情けない。。。 . . . 本文を読む
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ツハメ

2017-06-14 19:33:48 | Weblog
江ノ電の鵠沼駅の改札口にツハメの巣があります。ちょうど巣立ちの時期で、大きくなった雛が巣の近くに留まっています。飛び方や餌の取り方を練習してやがて南へ旅立つのでしょう。 . . . 本文を読む
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あの頃が最もマイペースで暮らせた時期だったと思う

2017-06-13 22:37:44 | Weblog
 原子力研究所に通っていた時は本学と違って食堂がなかったので昼食は外に食べに行った。職員は弁当を持ってくる人がほとんどだったが、私は管理区域外とはいえ、やはり放射性物質を扱う建物の中で食事をするのは抵抗があったので敷地外へ食事に行くことにしていた。  研究所の近くの団地の商店街に洋食の店、蕎麦屋、ラーメン屋などがあった。初めのうちはそれぞれ交互に食べに行っていたが、そのうち洋食の店にほとんど行くよ . . . 本文を読む
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先々行き詰まると思っていながら、なぜ原子力工学を勉強しようと思っていたのだろうか?

2017-06-12 23:27:03 | Weblog
公務員試験はかなり難しく、試験時間一杯考えた。英語の問題だけは一部を憶えている。読解の問題はINOVATIONがテーマで、最後の設問は和訳を書けという問いだった。私は「技術革新」と書いた。驚いたのは一部の受験生が途中で退席してしまったことだった。もう終わったのか?それとも諦めたのかは判らなかった。 駄目だなと思っていたのだが、試験合格と面接の通知が届いた。ただこのことは教授には伝えす、面接を受けた . . . 本文を読む
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修士2年になった次年度になって就職活動もはじまった

2017-06-06 23:21:23 | Weblog
私が修士2年になった次年度には後輩が1人修士課程に入ってきた。私が修士1年の時に全ての講義を受講したのと同様に彼も全講義を受講した。それは仕方の無いことだったと思うが、修士論文指導の先生は私に、なるべく講義に出てくれと言ってきた。実際、後輩も電気工学科に入学して、私と違って4年の時は原子力研究所でなく、本学の研究所で卒業研究を行った。そのため原子力研究所に馴染みがなかったし、私のように大学入学前か . . . 本文を読む
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中村哲氏の講演会(題:武器ではなく命の水を)

2017-06-02 11:21:00 | Weblog
昨日は、ペシャワール会の中村哲氏の講演会(題:武器ではなく命の水を)に行ってきた。会場は大和市のやまとシリウス メインホール。800席の大きなホールだがそれでも入れない人が数十人いて、ロビーや別席でモニタで講演を聞いたようだった。 講演会の前半には海老名のコーラスグループのコーラスがあって、私の座った3階席まで歌声がよく聞こえた。ホールの音響性能もかなり良いと感じた。 後半の中村氏の講演は主にアフ . . . 本文を読む
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「燦」新聞の座談会

2017-05-30 00:22:44 | Weblog
また1980年、大学4年の時のことを思い返してみた。「燦」というエネルギー関係の情報誌が、原子力工学を学んでいる学生、院生の座談会を企画し、私に座談会のお誘いがきた。確か東工大の先生に座長で、おそらくその先生が私の卒論指導の教授に声をかけてくれたらしい。 よく考えると私は電気工学科の学生で専門外なのだが、会談の内容が政府広報のようなありきたりな話にならないようにするために門外漢の学生が選ばれたのだ . . . 本文を読む
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マイクロマウス「電研2号」

2017-05-27 22:18:01 | Weblog
また1980年、大学4年の時のことを思い返してみた。私自身は直接関わっていないのだが、電気研究会の1年下の後輩たち(当時の3年生)がマイクロマウスの競技大会に出場したことを思い出した。 この大会は自走型のロボットを迷路で走らせ、通過タイムを競うもので、小型のロボットが迷路を走る様子がネズミの迷路抜けを連想させることから「マイクロマウス」とネーミングされたらしい。後輩たちは「電研2号」という名前のマ . . . 本文を読む
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記憶違い

2017-05-26 19:13:53 | Weblog
最近のブログを読み返していたら、4月3日の「プチフラワー創刊号」の投稿で、大学院の研究室(付属原子力研究所)にいて、昼食後に近所の本屋に立ち寄ったら、プチフラワーの創刊号(当時は季刊のため「春の号」)を見つけた、と書いた。 創刊号の発行は1980年の5月1日発行で、私は修士課程2年の時、と書いた。しかし年を勘違いしていた。1980年ならばまだ大学4年の時だ。原子力研究所にいたのは間違いないが大学院 . . . 本文を読む
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平日は講義漬け休日は英語漬け

2017-05-25 06:29:35 | Weblog
修士1年の時はとにかく大変だった。月曜日から土曜日の午前中まで毎日講義があり、土曜日の午後はテニスをしていた。研究所の敷地内に地域住民との親睦の目的でテニスコートがあり、たぶん無料で使えたのだと思う。研究所の職員も使っていた。大学院ができてからは大学共同利用の関係者も使えるようになったらしい。 研究所にいる時間が限られていたのにその大半は講義とテニスだった。当時は土曜日が半ドンだったので、テニス好 . . . 本文を読む
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唯一のアルバイト

2017-05-24 06:53:43 | Weblog
出張実験で小遣い稼ぎをしていただけでなく、大学院には成績優秀な学生に奨学金を支給する制度があり、原子力工学専攻には私一人しかいないので、自動的に10万円をもらうことができた。授与式があったのだがKUCAでの実験と重なり、式に出なく済んだ。 それでも夏はテニス合宿、冬はスキー合宿、という研究所だったので、資金を貯めるためにアルバイトを一回だけやった。 通信機器の工場で夜間に基板を作る作業だった。講義 . . . 本文を読む
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