皆さんこんばんは、殿です。
もうすぐ3月です、ちょっとだけ梅が咲いています。
筆者も松山を離れることになり、引越しの準備などをしています。まあ、また戻る可能性もありますが。
新生活に向けた準備もしています。ただ、クラブカップと選手権は出ます。日程は必ず調整します。
最近「伝統」についてよく考えます。
社会には多くの「伝統」があります。そして、なんとなく「伝統だから」という理由で伝統に従っています。
例えば、筆者の通っていた高校は進学校ですが、盛大な運動会がありました。開催前の数週間から放課後にみんなで準備をしました。これは3年生が中心でした。
筆者も何も考えず積極的に参加しました。今ではとても楽しい思い出です。しかし、3年の夏に勉強もしないでよくやったものです。
仮に今からどこかの高校が、母校と同様に運動会を盛大にやろうとしてもきっと実現しません。高3の夏に勉強サボって何やってるんだ的な話になるでしょう。
母校では今年も体育祭が盛大に執り行われたようですが、この運動会がなくならないのはやはり「伝統」の力だと思います。
そんな経験をした筆者ですが、大学に入り「伝統」だからと無批判に従うのはいけないと思うようになりました。
世の中廃れた伝統・廃れていくべき伝統(纏足、危険な組体操 etc)も沢山あります。
また、本当は単なる自分の考えを勝手に「伝統」という事にして、利用している人も沢山います。
自分で善悪を考慮して「伝統」に従うか判断するようにしなければいけません。
というわけで、筆者も含め最近の将棋部はイベントの存続にあまり積極的ではなかったのです。
無理やりやるものでもないし、実施するかはその時々の幹部役員が判断すればよろしいと。
かくして、近年いくつかのイベントが無期限の活動停止?になっています。
その影響からか数日後の某恒例行事の参加者は残念ながらかなり少ないようです。これもきっと近年の流れをくむものでしょう。
自業自得だったなあと、少し反省した今日この頃です。
参考文献(これは読んで大変感心した文章でした)
創られちゃう伝統――「夫婦別姓」最高裁判決を受けて生じる無邪気な言説(松谷創一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース:
http://bylines.news.yahoo.co.jp/soichiromatsutani/20151218-00052572/