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日本は1938年12月の五相(ごしょう)会議でユダヤ人受け入れを決めた【杉原千畝・命のビザ】

2016-10-12 11:45:57 | 新興宗教科学教
日本は1938年12月の五相(ごしょう)会議でユダヤ人受け入れを決めた【杉原千畝・命のビザ】

樋口季一郎殿はドイツの日本人差別で日本人を家庭に泊めてはくれなかった その樋口どのを泊めてくれたのはユダヤ人であった のちに満洲でユダヤ人がハルピン?に逃げて来たのを救ったのは樋口どのである 少し軍規違反のところもあったろうが?東條英機閣下は不問にしオトポールにいるユダヤ人二万人ぐらいを運ぶ13本の列車派遣し満洲まで運んだ 1938年12月に五相会議で決めていた ユダヤ人を他の民族と同等に扱うと・・・

だから欧州の12ヶ所の日本領事館がユダヤ人にビザを発給していたのだ 杉原千畝どの一ヶ所でなく12ヶ所であることは学校教育では教えてない

当時は五万人のユダヤ人を満洲に移住させる「河豚計画」があった 多分、ユダヤ人の「ほのめかし」だったろう?

学校教育では国がこのことに反対してという真逆の教育が行われている なぜか? それは慰安婦像なのだ これが先の戦いにおける「ダウンフォール作戦」ということ GHQが日本に来てダウンフォール作戦をやりまくった 最初は「日本人飢餓作戦」である ジャパニーズ・スターベーション作戦?というもの 朝鮮人に食糧を管理させて日本人を飢えさせる 一気に殺してしまうことだった 朝鮮進駐軍という連中がやった そしてその連中が今、国会の中をかっぽしている 経済界とか教育界 すべて朝鮮進駐軍の子孫が、その連中が指揮をとっている これもダウンフォール作戦が続いていることである

慰安婦像はダウンフォール作戦なのだ 彼ら(三百人委員会=ロスチャイルド=イルミナティ 各国の首脳は彼らを「魔術師」と呼んでいます ハリーポッターなのです)である

敗戦後の日本はGHQの「日本人飢餓作戦」で農家にお米を調達に行かなければならなかった 英語では「スターべーション作戦」というらしい? あの買い出しはGHQの作戦だった 日本人殺しまくりの話である あの当時の日本は、食糧が飢えないくらいの量はあったのだ それを朝鮮進駐軍(GHQは朝鮮人をGHQの分身として命令し日本中を荒らし回った)として日本人を殺しまくり、お米を独占して日本人に食料を与えなかったのだ




経済同友会1946年彼らによって設立された日本侵略の拠点である



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