
昭和43年に建てられてから43年、ついに引退の時を迎えた大ホール。
最後の曲は、世界平和のメッセージが込められた「歓喜の歌」。
被災地に向け、みんな兄弟だ!と唄う。
初めてホールに行ったのは幼児の頃、どこかの劇団の「ちびくろサンボ」だった。
トラに扮した役者がバターに変わってしまったのを心の底から心配したものだ。
ピアノの発表会で初舞台を踏んだ。
暗い舞台袖から、まばゆい照明のステージに踏み出す瞬間は、いまだに夢に見る。
そして大人になって、清水フィルハーモニー管弦楽団では、年に2〜3回のペースでステージに立ったが、
建設当時、東洋一の音響を誇ったホールも、すっかり時代遅れの古い建物になっていた。
来年、新しいホールが建つ。それに伴い、文化センターホールはその役目を終える。
最後の音は、長年の感謝の気持ちを込めて、ホールのために、飛びっきり良い音で響かせた(つもり)。
最後の曲は、世界平和のメッセージが込められた「歓喜の歌」。
被災地に向け、みんな兄弟だ!と唄う。
初めてホールに行ったのは幼児の頃、どこかの劇団の「ちびくろサンボ」だった。
トラに扮した役者がバターに変わってしまったのを心の底から心配したものだ。
ピアノの発表会で初舞台を踏んだ。
暗い舞台袖から、まばゆい照明のステージに踏み出す瞬間は、いまだに夢に見る。
そして大人になって、清水フィルハーモニー管弦楽団では、年に2〜3回のペースでステージに立ったが、
建設当時、東洋一の音響を誇ったホールも、すっかり時代遅れの古い建物になっていた。
来年、新しいホールが建つ。それに伴い、文化センターホールはその役目を終える。
最後の音は、長年の感謝の気持ちを込めて、ホールのために、飛びっきり良い音で響かせた(つもり)。











