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1936日本
監督:溝口健二
原作:溝口健二
脚色:依田義賢
撮影:三木稔
出演:山田五十鈴(芸妓おもちゃ)梅村蓉子(姉芸妓梅吉)他
「祇園のきょうだい」と読むのが正しいそうです。
「しまい」と読んでも一向に差し支えないですがと言っていたのは蓮實師。
特典映像の新藤兼人も「しまい」と仰っていましたし。
リメイク版を先に観てしまった本作ですが、リメイク版とはかなり違う作品でありました。
リメイクでは3姉妹(実は親娘+妹)でしたが、本作ではほんとに姉妹の二人だけ。リメイクでの末娘の扱いが華はあるが多分に添え物的だったのはこのせいでしたか。
リメイク版との比較ばかりになっていしまいますが、リメイク版では、祇園の旧習に対する反旗は、若い世代のモダンな考え方に立脚するものとして描かれていました。一種の世代交代劇。だから、若い世代に属する妹と丁稚木村は、あくまで純愛に生き、共闘する存在でした
それに対して本作は、どこまでも男の慰みものとなり「世間」への顔を立てるしか生きる道のない祇園の中にいる者の生態を描き、その中でやむにやまれず発せられる妹の旧習への怒りを描いています。
つまり、祇園の内部に目覚めた突然変異的エゴを描いた作品なのです。
そういう形で観ると、やはり男は、居候古沢から、呉服屋の主から、丁稚木村でさえも、祇園の女をそういう目でしか見ない、旧習側の敵として描かれています。
旧習から抜け出してモダンの愛に生きるリメイク版木村のようにアンビバレンツな影などどこにもありません。
やはり50年代にリメイクするにあたり、新版にはそうした現代性をシナリオに付与する必要があったのでしょう。
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シナリオ運びは、余分な?要素がない分、旧版のほうがテンポよく自然だったと思います。古沢を追い出しにかかる妹のめぐらす策略も、いささかも湿っぽくなくコミカルですらあります。その策略が姉にバレるシーンも、よりによって骨董屋のオヤジがまさに姉を口説こうとしているときによけいなヤツが乱入して・・というコメディタッチであり、思わずニヤニヤしてしまふ。
決定的にすごいのは、妹にうらぎられた木村が復讐のためタクシーに妹を監禁するのですが、その後の顛末は描かれず、どうやらタクシーから落ちたらしいということだけがわかる。これはおそらく自分で走るタクシーの後部座席から飛び降りたのに違いなく、これぞ、自ら旧習の矛盾に目覚め自ら反旗を翻した突然変異の証しなのです。
リメイクでは、反旗を翻す妹にも「新しい価値観」という寄って立つ権威がありました。しかし旧版では何者にも寄りかからず孤独に反旗を振りかざす妹がいるのです。
ワタシはこのことに感動しました。
そして、監禁の顛末をいっさい描かずにそれを感じさせる演出の気品に感じ入りました。
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構図とかショットとかあまりよくわかりませんが、冒頭、家の間取りを左から右へとずーっとワンショットでレール移動いていく運動性が面白かったです。
あるいは随所で、祇園の細い路地のうんと奥から、遠くに細く見える大通りを写したり、もしくは家の中の手前の間と中庭を挟んで向こう側の間との間の会話とか、そういう奥行きのある構図が大変魅力的でした。
アフレコではなく同録らしく、ロケや大部屋では人物の会話が聞き取りにくいのが残念
そいから、古沢が通りをずっとあるいていくシーンで、カットが変わるとかぶっていた帽子の後ろ前が逆になっちゃってるというところを見つけちゃったよ〜(笑)
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この作品を製作した「第一映画」という会社はこれを最後に解散したそうです。配給は大映がやっていたようで、最終的に今松竹ホームビデオのDVDで観ているわけです。
この作品のとき溝口は30代半ば、脚本の依田は27歳だったそうで、そりゃすごいな。27歳の脚本て。
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