
![]() | 呪怨 劇場版 デラックス版 [DVD]ジェネオン エンタテインメントこのアイテムの詳細を見る |
2002日本
監督・脚本:清水崇
出演:奥菜恵、伊東美咲、上原美佐、市川由衣
ものすごく期待していたのだけれど、
意外とこわくなかったのですた。
パソコンで観てしまったからでしょうか。
実際にあったらこわいだろう、とか
こうしたら怖いだろう、というネタを一所懸命演じている皆さんを観た。
という感じなのですた。
「くらがり」のひっそりした怖さを出すには、
あの「家」はちょっと新しすぎるのかもしれませんが、
いまはそこがかえってリアルなのかもしれません。
古い日本家屋では確かにその時点で異質なものになってしまいます。
出演者の演技もやはり今風で、目線や息づかいで恐怖を表現するような瞬間は
わずかにみられるだけでした。
わずかにあっただけでもそれはそれですばらしいことかもしれませんが。
あの白塗りと隈取りは、たしかにこわいですけど、やはり「塗ったもの」にみえて興ざめですた。伽初鮪q(一発変換!)については見事な体の動き!という感心があるのみですた。
もうすこしなんでまたその怨念が深いのかというそもそもの始まりをもっと知りたかったのですた。
**
とまあ言ってみるわけですが、
気配、のこわさを追求したつくり、
見せる、と 見せない、をはっきり意識したつくりは
さすが日本人だなと、すこし誇らしい気分になりました。
ふと目をそらせた後ろにすっと影が通る、とか、
そおっと階段のうえから見ている目、とか、
そういう怖さは、最近のハリウッドからみるときっと新鮮な恐怖だったのでしょう。
複数の観点から一つの怨念をめぐる話を組み立てていくところ、
あるいは時空をすっとずらして成長した自分の娘と出会うところなんかは、
ホラーの陥りがちな単調さをカバーするよいアイディアだと思うし。
そうそう、「階段」の使い方はなかなか効果的でしたね。
ちょっと「エクソシスト2」でのあの家の階段の使い方を彷佛とさせましたが、
恐怖を倍増する装置として随所でよくつかいこなしていたと思います。
・・・・・
でもまあそこ止まり?
たとえば中川信夫のような、骨の髄までしみついたおどろおどろしい気性なんかとくらべると、最近の日本人、さっぱりしちゃったのかなやっぱり・・・
と言う気がしましたのでありましたのでございます。
**
奥菜恵は、その身長の低さに萌え。
目が大きくて、その目線の先を意識させるなかなかの(まあまあの?)演技ではなかったでしょうか。
喋るときつかったですけど(汗)
伊東美咲はかわいいのでマル。
最近はすこし大人っぽくなってきてしまいましたが、このころはぐっど。
叫び声が妙にふぬけていて、逆にリアルでした。
「当時を知るもの」遠山さんが、何を知っていたのか?
それが明らかになる前にあっさり鬼籍のひとになってしまったのが気掛かり。
ビデオ版も観ないとだめかなあ・・・
****
いまgooの「おすすめ投稿」機能が障害発生中で、アマゾンにダイレクトリンクがはれないのです。
アマゾンのアフィリエイトでつくれるタグはどうもgooでは使えないものだし・・
「おすすめ投稿」機能がないととても困る〜
人気blogランキングへ↑ぼちっとね。

↑お買い物はこちらで!!














伊東美咲は梅酒の宣伝のころが可愛いくてすきでした。
う〜む、萌え〜のコメントでしたか・・
jafoさんらしい・・・(笑)
梅酒の宣伝の美咲さんねえ??憶えていない・・
あまり怖くないのですか?
怖いだろうと思って観てないんですよ。
CMとか予告編では怖すぎでしたから^^;
初お越しなのに「呪怨」とは申し訳ないですね(汗)
こわいもの苦手なかたには十分こわいかと思います〜
あえておすすめしませんでございます。
これからもいろいろ書くので、ぜひまたお越しください^^
そこに居るという描写が画期的な映画だと思います。
物理的に存在してしまう恐ろしさ。
『呪怨』の方法論は
鶴田法男、中田秀夫、黒沢清という
先達が切り拓いてきた恐怖描写
(立っているだけで危害は加えないが
心霊写真を参考に下といわれる立ち位置や
その立っている様/姿が恐ろしいとか...)
の真逆を行く
反則技連発な手法とも言えだろうし、
先人が避けてきた手法に
真っ向から挑んだ野心的な演出だとも
言えると思います。
そして、それらを追いかけているホラー好きには
『呪怨』を踏まえての相互影響というのも
見逃せないのですよ。これが(笑)。
全然ホラー「史」的なことはまったく語れる者ではありませんが、なんとなく、日本のホラー・・というか「怪談」ものの伝統は70年代ころに一度とぎれてしまっているのではないか、で新世代の黒沢などは日本のホラーを再発見しつつ、新しい表現をつくっている、そんな動きなのかなあと。
そういう仮説のもとに順番に観ていくと面白いのかなあなどと思っています。
「呪怨」も監修に黒沢の名がありましたが、相互影響ということでは今後の展開面白そうですね。
「ロフト」も見に行こうかなあ・・・
\'70年代に途切れたというのも?ですが、
確かに怪談のような雰囲気の映画は
実は『犬神家の一族』のようなミステリーに流れた節がありますね。
とは言え、『ツイゴイネルワイゼン』や
『怪異談 生きてゐる小平次』のように
ふいに名作がポンっと出て来たりもしてます。
怪談は文学や講談、歌舞伎からの流れもあるわけですが、
黒沢清が言うには、
最初に生きてる人が後半幽霊になるのが怪談で、
ホラーは最初に死んでると。
と言っても日本のホラーも『リング』や『呪怨』のように
色々工夫して理由付けをしてますね。
あと、
上に挙げた先達は監督名でしたが
ここには小中千昭、高橋洋という脚本家も加えるべきでした。
怪談映画としては中川信夫監督作を
絶対にはずせないのは常識ということで...。
何か取り留めなくなって来ましたが...。
『LOFT』をいきなり見るというのはどのような感想持つのか
新鮮で面白いかもしれませんね。
(私はどうしても黒沢清作品に馴れてしまっているので...。)
怪談とホラーをわけて考えるのは賛成で・・とまあ語るほど見てはいないのですが、70年代からはご指摘のとおり「犬神家」とかのミステリーと、直接関係ないかもですけど「ノストラダムス」みたいなカタストロフものへと恐怖の焦点が移っていったのではないかと思うのですがどうでしょうね。
もちろん「小平次」のことは頭にありまして、あれは以前の伝統とのつながりを意識してかつ新しい怪異譚を模索した先駆的な例かと。
ツィゴイネルワイゼンは実はコメディなんじゃないかというのが最近の私の感想なんですが(^^;)
仕事中なのでとりとめなくて・・・
まあ、『呪怨』見てもおわかりだと思いますが
恐怖と笑いは結構隣り合っていますからね〜...。
『ツイゴイネルワイゼン』に関しては
原作者である内田百間の神経症的な面まで話に絡めてますが
私にとっては紛れも無い怪談映画です。
三遊亭圓朝が明治初期に(歌舞伎にもなっている)
江戸期の話や祐天上人の話から作った、
(色々映画にもなっている)『真景 累が淵』からして
まくらで<神経>と引っ掛けてますし、
中川信夫監督の怪談映画は常々
良心の呵責から幽霊が見えているという
解釈が出来るように成立しているので
そのような意味で
心理的な見え方/感じ方も含め『ツイゴイネルワイゼン』は
伝統的な意味でも怪談映画と言えるのではないでしょうか。
怪談であることは間違いないとわたしも思います。
怪異譚を飄々とした様式にくるんで、ぞっとする一方で軽さももった映画になっていると思うので、まあ、笑いというよりその軽さの妙を味わうコメディなのかなと思うのです。
「ツィゴイネルワイゼン」やっぱり心の名作だと思いますね〜
某I君といっしょによく「ツィゴイネルワイゼンごっこ」をして遊んだもんでした(笑)