日本裁判官ネットワークブログ
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NHKの朝ドラは、15分という時間が絶妙で、毎回欠かさずに観ている。
今期の「ひよっこ」は、岡田恵和さんの脚本なので、楽しみしていたが、期待に違わず、面白い。主演の有村架純さんは、「あまちゃん」でブレイクしていたが、これも、不器用なところがうまく演じられていて、とても良い。
高度成長期の東京を舞台に、名もなき普通の人々の暮らしを丁寧に描いていて、泣き笑いを誘う。最近は、みね子(有村架純)の「お父さん・・・」で始まる独白が気に入って、このセリフを聞くたびに頬が緩む、と同時に涙腺も緩んでしまう。わが家の娘は、みね子と同じ年で、この春、大学生になったばかりだが、何がそんなに良いのかさっぱりわからないという顔で私を眺めている。
丁度、私が中学生の頃、倉本聰脚本のテレビドラマ「北の国から」で、黒岩五郎(田中邦衛)の長男・純(吉岡秀隆)が「母さん・・・」と独白していて、父がいつもそれを見て笑っていたことを思い出す。あの頃は、私も、娘がそうであるように、何が面白いのかさっぱりわからなかったが・・・。
集団就職や工場での組み立て作業など、団塊の世代を狙ったものなのかもしれないが、両親に水を向けると、色々と思い出話が出てきた。両親とも田舎の高校を出て、都会に就職した。父は繊維問屋の丁稚奉公、母は今はもうない大手家電メーカーの部品の下請け工場の工員として、ドラマと同じように田舎から都会に出てきたのであった。
父は、就職して最初、言葉の壁で苦労した話をしていた。電話に出ても、相手の話していることがほとんど聞き取れず、自分でもうまく話せず、大変だったらしい。関西弁は、独特のイントネーションであるし、とりわけ商売人の話す言葉は独特で、意味もよくわからず、適当に真似をすると全く逆の意味であったりして、大目玉を食らい、とにかく電話が怖くて仕方がなかったと言っていた。
私が物心ついた時から、父の話す言葉は完全な関西弁で、電話の声は大きく、良くも悪くも大阪商人のそれであった。子どもの頃から、父の話し方があまり好きではなかったが、そんな父が言葉で苦労したというのはまったく意外であった。
それで、どうしたのかと聞くと、父は曰く、休みの日に時間があると大阪・新世界にある露天商に行き、店の前で主人と客との会話を店が閉まる頃までじっと何時間も聞き、メモをしたり、小声でそれを鸚鵡返しに繰り返していたと。新世界の露店での客と主人の会話など、まさに最高レベルの大阪弁の応酬である。今でいう英語のスピードラーニングならぬ、関西弁のスピードラーニングのようなものだ。
商品を買うわけでもないのに、日曜日毎にやってきて店の脇でじっと立って小言でブツブツと言っているだけなので、露天商のオヤジさんに次第に顔を覚えられ、ある日「何をしとるんや、気色悪い奴やな、買わんのやったら、あっちへ行け」と怒鳴られたそうだ。父が「私、田舎から出てきたばかりで言葉が解らんのです。それで、おじさんの真似をしようと思いまして、来させてもらってました。ご迷惑をかけてすいませんでした。」といって立ち去ろうとすると店のオヤジさんは、急に優しくなり「そうか、にいちゃん。そういうことやったら、かまへん。聞いていき」と言ってくれたばかりか、テントの中に招き入れ、横に座らせてくれて、話を聞いてくれたそうだ。翌週、オヤジさんは父を見ると、すぐに手招きして迎え入れ、自分の横で客と応対させて、色々と教えてくれたという。父はそうして、商売人の大阪弁をほぼ自分のモノにした。「おかげさまで、助かりました。もう、今日で最後にします」と父がいうと、露天商のオヤジさんは「そうか。まあ、そんくらい喋れたら、大丈夫やろ、あんじょうやるんやで。これ、餞別や、もっていき」と言って、商品である桃の缶詰を一つくれたそうだ。「あの缶詰、うまかったなぁ」と父は遠い目をして話していた。
一生懸命頑張る人を応援する人は今も昔も、そう変わりはしないだろう。
5月も半ばとなり、色々とうまくいかない新社会人の皆さん。安心してください。
だいじょうぶ、そのうちできるって。


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