日本裁判官ネットワークブログ
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SF作家で、ショートショートの神様ともよばれる星新一氏の作品に「服を着たゾウ」という作品があります(星新一「マイ国家」新潮文庫所収)。
ざっとこんなあらすじです。
催眠術の分野で優れた才能を持つ一人の男が、気まぐれで動物園にいるゾウに「おまえはゾウではない。人間なのだ。」と催眠術をかけます。ゾウは、自分が人間であると思い込んで、檻の鍵を開けて外に出ます。ハダカで外を歩くのが恥ずかしいとゾウは、洋服屋で洋服を特別に作ってもらいます。そして、お金のないゾウは洋服屋が紹介してくれた芸能プロダクションで働いて、その代金を支払うことにしました。最初は、社長からゾウ扱いされて憤慨したものの、ゾウの役として演じるのならと納得して働き、たちまち、大人から子供まで全ての人に愛される人気者になります。そのあともゾウは熱心に働き、無駄な遊びもせずひまがあると読書にふけりました。そうして、貯めたお金で、遊園地やお菓子の会社、おもちゃの会社を経営し、その良心的経営で大成功して得た利益を、恵まれない人たちに惜しみなく分け与えます。ある人から成功のひけつをきかれたゾウは、こう答えます。
「わたしの心の奥に、おまえは人間だ、という声がひそんでいるのです。しかし、人間とはなにか、わたしにはよくわからなかった。そこで、本を読んで勉強したのです。人間とはどういうものか、人間ならなにをすべきか、などについてです。つねに学び、考え、その通りにやってきただけです。わたしが世の中に役立っているとすれば、このためかもしれません。」
お話は、多くの人は自分が人間だということをちゃんと考えたことがない、だから、一度、催眠術師に自分は人間だと暗示をかけてもらった方がいいのではないかと結ばれています。
私は、この短編が大好きで、今でも時折、思い出すことがあります。
 
ある日、裁判所で働いていた私に、誰かが「お前は裁判官だ」という暗示をかけました。私は、自分が裁判官だと思って、法壇に上がるのに必要な黒い法服を作ってもらい、その代わりに一定期間の研修を受けました。しかし、裁判官なのに、いろいろなことを全部わかっていないことが不安ですし、本当にちゃんとやれているのかいつも心配です。時折「お前は司法試験に受かっていないじゃないか」という声を聞くこともあって、それで今でも一生懸命、いろいろな本を読んで勉強しています。
私は、自分の心の奥にある「お前は裁判官だ」という声に従い、裁判官なら何をすべきかを勉強し、常にそれに向かって努力しなければなりません。法廷に来る当事者や代理人弁護士、また私の周りの人々が私を「裁判官」だと認めてくれるよう、私は多くの人がこうあってほしいと願う「裁判官」のように振る舞い、多くの人に「裁判官」の判断だと受け入れてもらえるような判決を書き、「裁判官」に対する期待に応え続ける必要があると思っています。
だから、私はずっと「裁判官とは何か」を考え続けています。
しかし、「裁判官とは何か」という問いは実は「人間とは何か」という問いかけと同様、大変難しく、私を悩ませます。私は、誰よりも裁判官らしくありたい、誰からも裁判官だと認めてもらえるようになりたい、そう願い、あれこれと先輩諸氏の書かれた本を読んだり、いろいろな人からの話を聞いたり、自分で勉強したりするのですが、時折、わからなくなるのです。
ディズニー映画では、願い続けて頑張っていればいつかは夢が叶うことになっていますが、それは映画やおとぎ話の中だけのお話。現実は違います。勿論、星新一のショートショートも。
でも、簡易裁判所判事である私は、無事に定年を迎えた後、あなたは「裁判官」として立派に職責を果たされましたが、その秘訣は何だったのですか、と聞かれてこう答えたいのです。
「私には法曹資格はありませんでしたが、自分の心の奥底にある「お前は裁判官だ」という声に従い、裁判官なら何をすべきかを勉強し、常にそれに向かって努力してきました。」と。
 
判例時報2327号には宮本康昭氏の論文「岐路に立つ裁判官(1)ーいま裁判官に求められているもの」が掲載されています。
宮本氏は、憲法の教科書であれば必ず掲載されている宮本判事補再任拒否事件の当事者です。厳しい時代に不本意ながらその地位を去らねばならかった氏が渾身の気魄を込めて書かれたものであり、これからの困難な時代に、私のようなものにも「裁判官とは何か」を語ってくれているような気がしました。
 
皆さんは、私たち裁判官に何を求めますか。


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