今、JBMという言葉が医師の中では言われています。 Judgement based medicine です。 EBM(Evidence besed medicine=エビデンスを基盤とする医療)が必要と言われてはきたものの、昨今のトンデモ判決で、医療に関しては素人のはずの裁判官の判決に沿った医療が求められています。専門外の患者をたまたま救急でみたために、診断が遅れたから金払えと言われれば、じゃ、もう診ないよということになります。その結果がマスコミが大合唱している「たらい回し」になっています。医療崩壊の責任は厚労省、司法、マスコミが三大戦犯だと私は思っています。 以前、過労死した医師の民事裁判で、当直中でも呼ばれてない時間に休息すれば十分休めるはずという理由で、過労死を認めなかった判決が出されました。これからはJBMの時代です。夜間救急でも訴訟されない正しい治療方針を裁判所に仰ぎたいと思いますので、裁判所も24時間裁判官を常駐すべきです。できますよね?問い合わせの間に休めば、十分に休息を取れるはずですから。
try and mistake. これが無いと医療の進歩はあり得ない。過去のミス(当時のレベルではミスではない)が、現在の医療の進歩となっている。現在のミス(現在のレベルではミスではない)が将来の進歩につながる。 何でもかんでも、医師悪し!の判決をやってると、医療関係者にコネが無い限りまともな医療は受けさせてもらえないぜ!ミスると訴えられるんなら、関係ないヤツに関わりたくないモンね。
医師にとっては「経過の全てが重要」ですが,患者さんには「結果のみ」が全てだからです.「納得しない患者さんがたくさんいる」からといってそれは,「医療側に問題があるのにそのように判断されていない」とは決して言えないのです.医療に100%を求める非医療者の「法外な望み」でしょうか,マスコミが焚き付けたからでしょうか,こういうところに誤解の元があるのでしょう.医療は結局のところ経験則に基づく(その積み重ねがエビデンス)trial and errorのartです.設計図を元に誰もが組み立てられるプラモデルのようなものではないことを非医療者は理解する必要があるのです.
>医療はtrial and errorを繰り返すものです.このerrorを「ミス」と言えばすべての医療行為に「ミス」が存在します.「ミス」のない医療はあり得ません. >医師はその職務で多くの命を助ける一方で,多くの命を失います.1万人助けた名医が,治療がうまくいかなかったために一人を失ったとして,そのことを理由にして断罪される理由はどこにあるんでしょうか?
到底同意できませんね。 人命に関わる場面で、「trial and errorを繰り返す」とか、「ミスのない医療はありえない」などと軽々に言ってもらいたくないです。 人間だからミスは必ずあるとしても、いかにそのミスを減らすか、ミスが重大な結果に結びつかないような配慮がどうなされているかが問題でしょう。
その結果がJBM(Judge Based Medicine)であり,萎縮医療となるのです.医療は医学(science)に基づいて行なわれるものであり,EBM(Evidence Based Medicine;日本では間違ったEBMの概念が広まってしまっていますが)が基本です.JBMはEBMの対極にあるものです.
あなたの妻を救ったのは医療従事者であってあなたは全くの無力です。感謝の言葉が出てくるのは人として当然だと思うのですが・・・
今の世の中は違うのでしょうか?
ものすごく疑問に思いました。
3番目の「一般人」さんのコメントで、はっきりと分かりました。
そう言えばここ数年、患者さんから「感謝」という物無く、殺伐と医療行為を「仕事」としてこなしていた事に気づきました。
本当に(相手側に)感謝の気持ちが無かったのか、あるいはあったんだけど、それすら感じられない精神状態に私自身が陥っていたのか(多分後者でしょうね)
こういう心のない裁判官に、今の医療が目茶苦茶にされていたのかと改めて実感しました。
加えて、そのあおりで、3番目の一般人さんのような方にも、ご迷惑をおかけしているかもしれない事に、申し訳ない気持ちになりました。
以前、医療裁判に詳しい弁護士さんの講演を聴く機会があり、「上記のような副作用についても、投薬前に患者・家族に説明するべきですか?」と質問しました。「もちろん、事故が起これば説明義務違反を問われるので、必ず説明しておいてください」とのお返事でした。
その後、錯乱状態の患者を前にして、家族に「この興奮を抑えるための薬はありますが、投薬の希な副作用で命に危険が及ぶことがあります」と説明しています。殆どの家族は投薬しないで下さい、となり、結局ガチガチに身体拘束をするはめになっています。
ただ、そのような副作用は希なので、もし、我が家族がそのような状態になれば、迷わず私は投薬しますが。
数年前まではあいまいな説明のまま、何とか無事に投薬して切り抜けてきましたが、昨今の医療裁判事情を鑑みると仕方がないのでしょうね。
困ったことです。
ましてや感謝など、そんな感情が起こるはずも無い
さすが日本を背負って立つ法曹界の方ですね
頼もしい限りで~す
で、判事様は医死にどうしろと?
ま、そんなことを尋ねても、自分の判決に責任を持たなくていい判事様ですから、こんなブログごときにおける発言になんて責任なんて持つ筈もないでしょうから、無駄でしょうね。
万一の合併症に対して万全の体制で手術に臨んでも、家族からこう思われてると思ったら、やってられないでしょうね。
家族や当人の不安を煽らないと有罪!って言い続けたのは、誰でもない、司法なんじゃないの??