17歳の女の子と、その子供にあった。
私と同じ高校の出身らしく、いろいろと話せた。
彼女の子供は、まだ生まれたて。
社会的にみれば早すぎるし、平安時代ならあたりまえとも言える。
彼女の表情が、なんでもわかっているんです、という顔をするたびに
私は恥ずかしさも感じる。
私も彼女くらいのころ、こういう顔をしていたかもしれない。
親切で妙に物わかりのいい、そんな顔。
「ワタシ、おもわず聞きましたもん。なにが不満なん?!って」
そう彼女に言われて、ハッとした。
赤ちゃんが夜泣きして、いつまでも泣きやんでくれない時、
言葉がわからないのはわかっていても、
思わずそんな一言を言ってしまったの、と言われた。
私はその場では「眠いし、大変やなぁ」と曖昧に笑った。
私は結婚もしてないし、子供もいない。
なんとなくその一言は、ひっかかりを覚えた。
たぶん、私も夜泣きなんてされたら、何が不満なのか聞きたくなる。
理由もなく、泣かれてはたまらない。
ある程度の年齢になると、人間は理由があって泣く。
だけれど、人間なんて理由もなく、泣くこともある。
赤ちゃんが同じ仕組みで動いているのか、わからないけれど。
理由と結論は大人になれば、子供の頃より結びつく。
算数のように、式と答えでワンセット。
悲しくて、泣く。嬉しくて、泣く。怒って、泣く。
でも、理由と結論は大人になると、より曖昧になる。
式と答えと、結びついたかわからないから、不安になる。
答えも聞けないから、さらに不安になる。
不安、不安で、赤ちゃんにまで聞きたくなってしまうのは
私も同じだなぁ、と思っていた。
赤ちゃんは泣きたくなくても、情報を発信する為に、警報機のように泣くから。
そういうもの、だと感じる。
鈍くなっていっていると、10代には言われるかもしれない。
10代の間に「そういうものだ」と言われた私が、納得いかなかったように
彼女もまだ、そういうもの、としては受け入れられない。
誰かに言われたって、受け入れたくない。たぶん、イーってなる。
あかちゃんが「なんで泣くんだろう」と考えても、
泣き続ける子供を前にしていては、きっと考える余裕がない。
でも、それと一生、自分の子供として接する。
私にも、わからない。
子供のいない私には、さらに「なんで泣くか」わからない。
だけれど、泣いている。私にも、わからない。不安の中で生きている。
私と同じ高校の出身らしく、いろいろと話せた。
彼女の子供は、まだ生まれたて。
社会的にみれば早すぎるし、平安時代ならあたりまえとも言える。
彼女の表情が、なんでもわかっているんです、という顔をするたびに
私は恥ずかしさも感じる。
私も彼女くらいのころ、こういう顔をしていたかもしれない。
親切で妙に物わかりのいい、そんな顔。
「ワタシ、おもわず聞きましたもん。なにが不満なん?!って」
そう彼女に言われて、ハッとした。
赤ちゃんが夜泣きして、いつまでも泣きやんでくれない時、
言葉がわからないのはわかっていても、
思わずそんな一言を言ってしまったの、と言われた。
私はその場では「眠いし、大変やなぁ」と曖昧に笑った。
私は結婚もしてないし、子供もいない。
なんとなくその一言は、ひっかかりを覚えた。
たぶん、私も夜泣きなんてされたら、何が不満なのか聞きたくなる。
理由もなく、泣かれてはたまらない。
ある程度の年齢になると、人間は理由があって泣く。
だけれど、人間なんて理由もなく、泣くこともある。
赤ちゃんが同じ仕組みで動いているのか、わからないけれど。
理由と結論は大人になれば、子供の頃より結びつく。
算数のように、式と答えでワンセット。
悲しくて、泣く。嬉しくて、泣く。怒って、泣く。
でも、理由と結論は大人になると、より曖昧になる。
式と答えと、結びついたかわからないから、不安になる。
答えも聞けないから、さらに不安になる。
不安、不安で、赤ちゃんにまで聞きたくなってしまうのは
私も同じだなぁ、と思っていた。
赤ちゃんは泣きたくなくても、情報を発信する為に、警報機のように泣くから。
そういうもの、だと感じる。
鈍くなっていっていると、10代には言われるかもしれない。
10代の間に「そういうものだ」と言われた私が、納得いかなかったように
彼女もまだ、そういうもの、としては受け入れられない。
誰かに言われたって、受け入れたくない。たぶん、イーってなる。
あかちゃんが「なんで泣くんだろう」と考えても、
泣き続ける子供を前にしていては、きっと考える余裕がない。
でも、それと一生、自分の子供として接する。
私にも、わからない。
子供のいない私には、さらに「なんで泣くか」わからない。
だけれど、泣いている。私にも、わからない。不安の中で生きている。











