ぐうたらら

毎日、幸せに埋もれているのかも。

地上

2012-05-15 00:30:27 | Weblog
高いビル、高いビル、高いビル。
どこを見ても、高いビルに囲まれていて
そのなかで、一際高いビルに登る。

窓から見える下界を見渡しながら隣の人が、
きれいだね、すごいね、と言う声に
そうですね、とだけ答えた。

高いビル、それを越す、高いビル。
地上を見ても、何も感動していない。
ただ、高いところに登っただけ、と思っている。
どこか、自分はビルよりも冷たい質感を持っている気がする。

高いビルに登って、地上にいる物がみえることもあれば
地上にいて、地上で起きていることを知ることもある。

私はどこか、子供の頃から自分のビルの中にいる気がする。
ちょっと高い位置からひっそりと、世界をのぞき込んでいる。
ちょうど、お祭りの金魚すくいの水槽をのぞき込むようにして。

そのせいか、いまいち地上と、とけ込めない気がする。
ビルだから地上から生えているくせに。
自分でも、その場にいるのに、その場にいない気がする。

ビルは余所余所しく、隣との境界線を守りあって立っている。
それがどこか、自分にも似ているような気がする。
コンクリート、ガラス、ボルト、その人工的な冷たさが
私には落ち着く存在でもある。

ビルから地上を見ても、さほど感動しないのは
そんなところにも理由があるのかもしれない。
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おおきなテーブル。

2012-05-08 01:34:05 | Weblog
キッチンとリビングの間の、リビングより。
おおきな6人がけのテーブル。

四角で長方形テーブル。
真ん中には丸いてっぱん。
それをかこんで、彼らは喋る。

後ろ姿で私は聞いてる。
まるいお皿を、ぐずぐず洗う。
食器用洗剤の香りと、水の音も聞きながら。
どちらも私の知り合いで、どちらも私が長く寄り添う人だと思いながら。

私の周りの人たちは、よく似ていて
わたしには、彼らの悩みはわからない。
私がわかる人は、私のことだけ。

不思議な空間。
ふたりには、わかるのに、私にはわからない。
わたしにはわかることが、二人はわからない。

その日、今日の月は満月かなって、言ったけれど
明日の夜が満月だった。

私の場合、月が丸く見えたら満月って言ってしまうけれど。
だって、丸くて綺麗ならそれでいいから。

でも彼らは、月は28日周期で今日は13日目だから違う、とか言うんだろう。
絶対的な証拠、が必要なのだ。
くすくすと、私は笑いながら、丸ければいいじゃない、と言っても
丸い物なんて、この世にたくさんある、と言う気がする。

ふたりとも、わからない。
わからないのに、私といる。
そこがまた、わからない。
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ウインカーはウインクしてる。

2012-05-04 00:47:23 | Weblog
バスの中から見える風景は、いつもと視点が違う。
見慣れた風景は、いつもどこか違う。
あんなところに、あんなものがあったなんて。
そう思う。バスの中では得に思う。

車の中が、たまたま見えてしまうことがある。
車はとても小さな個人的な空間で、運転席に座っている人が
隣の助手席の人に話しかけて、親しい人にしか見せない顔で笑っていることもあれば
怒り狂っているお母さんと、泣きじゃくる子供だったり、
仕事に疲れた男の人だったり、無表情の人だったり、
いろいろな物がみえてしまう。

たくさんの名前の知らない人たちとすれ違いながら
それぞれが、交通法によって整頓されている。

バスの中から観る車達は、とても小さくて
バスの子分達にもみえてくる。

道に止まっている車を観ていると、ウインカーが出ている。
それが数台続いていると、私はじっくりと眺めてしまう。
単純に、待っている。
ウインカーはそれぞれ違うタイミングで、光をチカチカと光らせている。
2台の車がそれぞれに光を送りあう。

送りあっている光の間隔は、それぞれ違う。
タイミングが合うことがないように、一つが光ると
もう一台の車は、光を消す。

カチ、カチ、カチ、カチ・・・・
チカ、チカ、チカ、チカ、チカ・・・・

ずっと観ていると、揃って点滅する瞬間がくる。
おそらく数学的な観点からいえば、あたりまえなのかもしれない。
自然に生活のなかにある、数学なのだろう。

ウインカーの光は一度、タイミングを合わせただけで
すぐに、ずれていくようで、また点滅はチグハグになる。

人の生活が無造作なものではなく、整頓されているような気がして
それをバスの中でウインカーを出している車を観ると、
2台が同時に点滅する瞬間を探していて、観ると嬉しいような気もする。

世界の秩序って、こういうところにもあるのかもしれないと
数学を好きな人たちが頭に出てきて、これが世界の美しさなんだと
どこか証明された気分になってくる。
ただのウインカーの点滅すら、数学的な秩序の上にあるのだ、と
そう誰かに教えられたわけではないけれど。
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はじめて

2012-04-24 01:08:49 | Weblog
「お前には、まだまだ初めてのことが多くていいなぁ」と言われた。
ということを、年輩の人を観ていて思い出した。

人はいつか、歳を取る。
いつか同じ年を、人は通る。

シワも出てくるし、腰も曲がるし
体は痛いところだらけ、になるんだろうとか、ふと思った。

老人たちを観ていると、誰一人として
老人として、産まれた人はいないようである。

最初から、腰痛、なんてことを言って
産まれてきた人がいることはないはずなので
みなさん、実は、老人初心者!とふと、考えていた。

老人初心者、は聞こえが悪いかもしれないけれど
赤ちゃん初心者、だし、お姉ちゃん初心者、からみんな始まり、
ついでにいえば、今日初心者、で今日が始まっている。

出会う人も違うし、考えていることもその日で違う。
なにもかも、新しい時間が過ぎていく。
やることが同じでも、会う人が違ったりしてしまえば
また違う一日になるから、初心者から始まる。

初心者、の毎日に、同じということはないので
きっとその人も、初心者なんだけれど
大人はできることが多いから、なかなか気がつかないかもしれない。
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名前

2012-04-24 00:56:47 | Weblog
何も考えずにエレベーターに乗っていると
向こう側から人が来て、すれ違っていく。
私は登りで、相手が下り。

光が差し込む空間の、長いエレベーター。
どこに運ばれているのか、忘れるほど長くて
私の頭の中は、ぼやけてしまう。

強い光の中で風景を観ていると、
周りの物の境界線が曖昧になり
すべてが、ぼやけるように、頭の中もぼやけてしまう。

光が差し込む窓の外から、桜が葉桜になって見えていた。
子供達は春休みで、体の中にあるエネルギーを
全て使い切るように、騒いで走り回っている。

ふと、名前を呼ばれた。
世界から切り離されたようで、驚いて周りを見回した。

見回すと、女の子が上から降りてきていた。エレベーターで。
白いワイシャツが、光を反射して眩しい。
笑うと目が細められて、口元がきゅっとあがる。

名前をよばれ、驚いていると
彼女はどんどん、遠ざかっていく。

お互いに自分が進みたいわけじゃないのに、
なんだか、どんどんと遠くに離されていく。

進んでいないのに、進んでいく。
どこか、だまし絵の世界に入り込んだかのようで
追いかけた私に彼女は、エレベーターですから・・・と苦笑いした。
また後で、と言って手を振った。
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電話

2012-03-27 00:38:29 | Weblog
人間、産まれてくるには父母がいる。
そして、やっかいなオバサンも。

夜のもうすぐ8時、家の電話が鳴るとビクッとする。
携帯では驚かない時間帯も、固定電話は私を驚かせる。
電話を取ると、実の叔母だった。

「どうしたの?」と私が聞くと
「あんた知ってるかぁ?月と惑星が3つ並ぶんやって!」と言われた。
「・・・知っているけど」と私は言った。

私は電話に、驚かされたからちょっとムッとしていて
だから、実は知らないけれど、知っていると言いたかった。
だいたい、そんな甘い会話は旦那にでも言いなよ!と思っていた。

「そうかー いまなぁ、おばちゃん観てきてんけどさ、きれいやったで!
あんたら8時までやから、見に行っといでよ!」と言われた。
嬉々とした叔母の声に、申し訳ない気がして
「8時までね、ありがとう」と言って電話を切った。

時計を見ると、残り時間は10分程度だった。

叔母は私からすると、お節介で、難しい。
私だけに言われるのは、どうだっていいのだけれど
人の恋人の髪の伸び具合までコメントを言うので、お節介だと思う。
人のことはいいでしょ!と言えば、そうですか、言うとけばええねん!と言われる。

今日の電話も、なんだったんだろうか?と思って考えていた。
そうですか、で返したら残念そうだったなぁ、と考えていた。

時計を見ると、8時5分。間に合うだろうか。

まだ間に合うかなぁ、と思って外に出た。
玄関を開けると、白いネコが寄ってきた。
「3つ並んで、綺麗なんだってさ」と言うと、私の足に頭をこすりつけた。

空を見上げたら、上弦の月ひとつ、星がひとつ、だった。
ひとつ星は、見逃した。
たしかに、2つでもそれは綺麗で、誰かに教えたくなる光だった。
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2012-03-22 01:03:43 | Weblog
17日に大学を卒業した。
4年は短いようで、やっぱり短かった。
1日は長いのに、1週間も長いのに、4年と思うと短い。

4年間、メモを取っていて、今日は少し読み返していた。
そのときは真剣に悩んでいたはずなのに、
いざ読み返すと、恥ずかしいのが、おかしい。
本人は真面目に悩んでいるのだけど。

大学初日は期待していたことが、今じゃその道を選ばない自分がいる。
大本はそれほど、人間として変わってはいないのに。
「ぐうたらら」というブログも、長く書いているのでロングスパンで見ると
とても恥ずかしいような、だけど、人間としては変わっていないところがわかる。

メモのなかに、奇妙なメモがある。
メモって、自分が重要だとか、必要だとか思わないと取らない。

どうでもいいような、だけど大事なメモがあった。
恋をすること、髪を肩まで伸ばすこと、ユルフワ巻きで!なんていうもの。

18歳で完成していると思いこんでいた私に、彼女が言ったこと。
それがメモされていた。

聞いてみたい。
いま、彼女が私に言ってくれること。
それほど親しくはなかったから、今どうしているかは知らないけれど。

もっと、もっと、女で楽しみなさいな〜、ということだと思っていた。
当時の私には、理由がわからないから、意味がないからと、避けて逃げてた。
よくよく思い返せば、苦手な女性だと思っていたくらい。

あの頃、女性という人種は、キラキラしていて苦手だった。
流動的で落ち着きがないし、そこに私が免疫もない。
あれになるなんて、とてつもなく、イヤだった。
何よりも、女性としての枠に添えない自分が曖昧すぎてイヤだった。

言葉は、タイムカプセル。
言いたかったことは、今なら少しわかる気がする。
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イキイキ

2012-03-20 21:57:04 | Weblog
吸って、吐いて。呼吸を人間はしている。
息吸って、息吐いて。

梅の美しいところに、行ってきた。
たくさんの人、梅畑に出入りして
美しいね、綺麗だね、と笑顔で出てくる。

遠くから見ても、その一体はピンクと白が
霞がかってみえていて、雲みたいだと思う。

日本人は、昔は中国の影響があって
梅の方が好きだった、と古典の先生に教えてもらった。
あの頑なに長く花を咲かせ、寒さに耐える様子が日本人にも受けていたそうだ。
梅を見ると、いつも思い出してしまう。

梅は桜より、遙かに香りがする。
花の香り。甘いような、スッキリしている香り。
香水なども好きだけれど、香水とは違い、草木の香りは鼻に残ってくれない。

だから、いつまでも吸わなくちゃいけない。
この香りを吸う為に、この香りを肺にいっぱいにしたいと思ったら
ずっと、ずっと、息を吸うばっかりにしないといけない。

私も人間だから、吸ってばっかりもいられなくて
息を吐くんだけれど、香りが感じられない。
自分の中で香りがしない時、私は息を吐いているんだ、と感じる。
普段、何気なく息をしている時よりも、呼吸を感じる。

吸っている時にしか、人間って香りを体の中に入れられない。
あ、閉じこめたい、って思うけれど
ぜんぜん、体の中に留まってくれなくて、息を吐いているときは
目でしか、梅を感じられない。

当たり前のことに、ふと気が付く。
梅は目の前にあって、でも息を吸い込まないと
私は梅の香りを感じることができない。
梅を肺の限り、吸い込んでいた。
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明るい存在

2012-03-13 00:22:55 | Weblog
たしか一年ほど前に会った時、彼女はまだ何も言わなかった。
大きな目がこちらをのぞき込み、早速泣いた。
あ、泣いてしまった・・・と思いながら眺めていた。

一年後に会ったら、目線を会わせて挨拶すると
私がしていたネックレスの石に反応した。
指でいじりながら「これなに?」と言った。

抱っこしてほしいんだろうか、子供だからだろうか、体で向かってくる。
気が付いたら、体がぴったりついてくる。
子供って、何でこんなにぴったっと寄り添うんだろう。
大人だったら、嫌なことが、子供だと許せるのは、なんでだろう。
私がそうやって考えている間にも、彼女はネックレスが気になるらしい。

「これ、石やで」と私が答えると、自分の世界にまた一つ
不思議な物が増えたらしく「いし?・・・いし?」と言った。

そして、小さな小さな手が、私の手を掴んで、いこ!と言った。
どうやら気に入られたらしい。

一年の月日は、大人になるとわからなくなってくる。
大人はそれほど、老化以外は変化をしない。

子供の頃は、毎日が変化の連続で傷ついて生きている。
人の子供でそれを見ている。大人は子供がいないと、年月を感じられない。
大人は賢くって、子供ほどは傷つかないで生きられるからかもしれない。

年月を感じさせてくれる子供達は、光から生まれてきたように笑うし
こわいよぉ、と母である友人や、私に泣きつく。

アンパンマンのキャラが恐いなんて、とても可笑しいので、笑ってしまうけれど
子供の頃の変な怖さを、笑うことができない私が大人になってもいる。
暗い廊下の隅っこには、トロールが住んでいると思って疑わなかった。
だから、駆けてきた彼女を、私は大丈夫だよ、と言いながらギュッと抱きしめる。

いま、生きているもの。
そのエネルギーが弾けている子供たち。
生きているもの。進み行くものには、希望がある。

大人だって、生きているんだけど、忘れてしまったのかもしれない。
暗い廊下の隅っこのトロールは、今はどうしているんだろうか。
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ジャムを煮ていた。

2012-03-06 21:58:02 | Weblog
ジャム製作にハマっているかのように
果物達が私にジャムに作れと言っているかのように
果物をもらうと、いまのところ、ジャムになってしまう。

果物をトントンと切って
鍋にいれて、砂糖も入れて。
最後の仕上げは、レモン汁。

言葉にすれば簡単だけれど、作っている間中、聞いていた。

どうすれば、美味しいジャムになりますか?
あなたは、どこから来たの?あ!いまかき混ぜます。
人間へ伝えるなら、そういう文字起こしになるかもしれない。

鍋から聞こえる音、ほんのちょっとの香りの変化。
木べらに伝わる重さ、パンに乗せた時のおいしさ。
まだ熱いジャムの不味さと、冷めた時の甘さ。

ときどき頭の中で流れる、いちごジャムの歌。
ショートケーキにはなれなかったから、
かわいいリボンを、付けなければならない。

注意することって、今まで何か、わかっていなかったかもしれない。
鍋をのぞき込んで、ぐつぐついう音に耳を澄まし
木べらに乗る塊をかき混ぜてほぐして、香りが変わるのを知る。

これを1時間くらいかけてすると、体力がいる。
目の前の物を、どうやったら美味しく仕上げられるのか。
最初の料理は手探りで、わくわく、どきどきする。

ジャムの全てが知りたくて、なんども聞くけれど
いろいろあるらしくて、それをまだ感じとることができずにいる。
物に触れただけで、イメージが湧いたあの頃とは違う感覚で、
いままた、ジャムを煮ている。
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