泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、「国のまほろば・大和・大宰府」の風景を紹介したいと思います!

古代豪族葛城氏の本拠地 「御所市」

2017年09月18日 19時58分59秒 | 歴史

奈良県御所市は、奈良盆地の西南端に位置し、西には葛城山や金剛山そびえ立つ所で、古代豪族「葛城氏」の本拠地です。

今回は、古代豪族葛城氏の本拠地「御所市」について紹介したいと思います。

〇「掖上鑵子塚古墳(わきがみかんすづかこふん)」は、奈良県御所市柏原にある前方後円墳です。西方の丘陵上に所在する前方後円墳です。国見山から北東に派生する尾根の高まりの一つを巧みに利用して墳丘を築造しており、特に前方部前端の部分は尾根を切り通して形を整えております。近年の測量と周濠の部分的な調査によって、墳丘の全長150メートル、高さ17.5メートル、前方部の推定幅101メートル、高さ12メートルと計測されています。また、墳丘をとりまく水田は、鎌倉時代までは水をたたえた周濠であったことが判明しています。特に、案内板等がなく探すのが大変でした。

〇「神武天皇社」は、御所市「柏原」に鎮座するこの神社です。祭神は「神倭伊波礼毘古命」です。初代「神武天皇」の即位した場所であると言われています。1736年の大和誌には「橿原宮。柏原村に在り」と記し、本居宣長も1772年の「菅笠日記」に、畝傍山の近くに橿原という地名はなく、一里あまり西南にあることを里人から聞いたと記しています。集落の中にあり、車を置いて歩いて探しました。

〇「吉祥草寺(きっしょうそうじ)」御所市茅原の地に建つお寺です。修験道の開祖「役行者(えんのぎょうじゃ。または役小角)」の生誕の地であり、舒明天皇の創建、役小角の開基と伝わる古刹です。大和盆地の南部に位置し、若き日の役小角が西にそびえる葛城山系で修行をしていたため、は、修験道の聖地となっています。山門に「役行者誕生所」とあるように、修験道の開祖「役行者」の生誕の地であり、境内の一角には「産湯の井戸」や「腰かけ石」も遺されています。とても静かな、雰囲気があるお寺でした。

〇御所市蛇穴村にある「野口神社」では、毎年5月5日の例祭に、藁で14メートル余りの大蛇を作り村の各戸を廻り家々の邪気を払い、巡行後神社へ奉納する「蛇綱曳き」の神事が行われています。この祭事の由来について、茅原郷から蛇穴の道を通り、雨の日も風の日も毎日葛城山へ修行に通う役行者がいました。河内からこの地に移住してきた茨田の長者のひとり娘がその行者に恋慕の情を抱きます。しかし、業に身を挺する者には、熱き恋心は届きませんでした。娘は女の情念から蛇身となって追いかけますが、折しも田植時期で村人が弁当を運んでいると大蛇が火を吹いていたので、驚き提げていた味噌汁をぶっかけ逃げ帰りました。そして村人と共にその場所へ行くと、大蛇は静かに傍らの井戸の中で身を潜めていたので、巨石でその井戸を覆ったという説話があります。その場所が現在の「野口神社」の地と言われており、境内には井戸を模った石組みの蛇塚があります。その娘の霊を供養するために、この神事が始まったと伝えられています。小さな神社ですが、役行者と娘さんとの説話がとても興味を注がれる所でした。

古代豪族葛城氏の本拠地「御所市」は、飛鳥とは趣の異なった「古代ロマン」を感じさせられる所でした!

                                    

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 初秋の 「飛鳥の風景」 | トップ | 彼岸花が咲く 「初秋の飛鳥」 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史」カテゴリの最新記事