泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、「国のまほろば・大和・大宰府」の風景を紹介したいと思います!

天武天皇と持統天皇を合葬した桧隈大内陵(ひのくまおおうちのみささぎ)がある 「野口集落」散策

2017年07月23日 15時13分25秒 | 散歩

奈良県明日香村にある野口王墓(のぐちのおうのはか)は、形状は八角墳 で、古墳時代終末期の古墳です。 宮内庁により「檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみ ささぎ)」として第40代天武天皇・第41代持統天皇の陵に治定されています。野口の集落の右手の丘の上にこんもりとした森が見えます。これが、天武天皇と持統天皇を合葬した桧隈大内陵(ひのくまおおうちのみささぎ)です。

今回は、天武天皇と持統天皇を合葬した桧隈大内陵(ひのくまおおうちのみささぎ)がある「野口集落」を紹介したいと思います。

この古墳は野口の集落に位置していることから、「野口王墓」とも呼ばれています。宮内庁によって陵墓(天皇・皇族の墓)および陵墓参考地に指定されている80基の古墳は、そのほとんどで被葬者が確定されていません。そんな中にあって、「野口王墓」は被葬者を特定できる数少ない陵墓の一つです。被葬者が特定可能なのは、この陵の盗掘の様子を調査した記録が幸運にも残されていたためです。

墳丘は現在東西約58メートル、南北径45メートル、高さ9メートルの円墳状です。本来の墳形は、八角形・五段築成、周囲に石段をめぐらすとされています。

現在、北側から古墳を見学すると、古墳の形を見ることが出来ます。よく見ると、古墳の中央に古墳の表面を飾った凝灰岩の石を見ることが出来ます。この古墳は、2室からなる切石積みの石室があり、天武天皇の棺と持統天皇の金銅製骨蔵器が納められているとされています。

野口の集落には、野口王墓(のぐちのおうのはか)や武烈天皇を祀った「小泊瀬稚雀神社」・中世の城跡等を見ることが出来ます。

まるで時が止まったかのような静かな集落で、古代に想いをはせながら夏のひと時をのんびりと散策することが出来ました!

                        

 

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