走れ、麦公

U^ω^U~”

バス停にて

2016-12-26 15:36:09 | 俳句
 郊外のバス停留所である。団地からちょっと外れたところにあって、道の両側は大根畑だ。この日は吹雪で、猛烈な風が冷たい雪を吹き付けていた。
 屋根付きのアクリル板で出来た停留所の中には、バスを待つ人たちが悪天候を避けている。バスはもう三十分以上遅れていた。外にいたら凍えてしまう。
 ところが、一人だけ、停留所に入らずにいる者がいた。谷裕翔である。
 ガタガタ震えながら、さかんに足踏みをして寒さに耐えている。雪まじりの風は身を切るほどに冷たい。しかも彼はコートなしの学生服姿である。一人、吹きさらしの状態でいるのには理由があった。
 それは、入口のところに立っている、同級生の塚本麻央の存在だった。前髪をヘアピンで留めた色白の女の子だ。彼女が気になって、停留所へ一歩も近づけないのだ。それでしかたなくこうしているのである。気を失いかけるほど凍えているのに、勝手にバクバク打ち続ける胸の動悸に勝てない。
「ハックション!」
 大きなくしゃみと共に、骨まで凍り付く思いがした。しかし、裕翔は耐えた。『俺、あいつのそばへ行ったら、心臓破裂してぜったい死ぬし!』心のなかで叫んで鼻水をすすった。
 チラ見すると、麻央は知り合いらしいおばさんと話してニコニコしている。その笑顔だけで、裕翔の心臓は爆発しそうだった。 

「ゆうと、何してるの? 寒そうだけど」
 いつのまにか、近くに、隣の家の志穂が立っていた。ピンクのスタジャンと毛糸の帽子の、かれより四つ年下で小学校五年生だ。
死にそうな青い顔をして、背中を虫のように屈めている、学生服だけの姿に、好奇心のみなぎった目をみはっている。
 ところで、裕翔がなんで寒い日に学生服姿なのかというと、おおよその中高生男子は冬でもコートを着ないのである。
 どんなに寒くても学生服の金ボタンを見せて歩く。それは男っぽさの主張である。こみあげてくる思春期エネルギーが、彼らを無謀な行動に走らせるのだ。つまり、メスの前であごが外れるまで口をひらいてみせる発情期のカメレオンみたいなものだが、ともかく、男らしさをアピールできるのなら、身の犠牲はかえりみないのである。

 まずいやつに見られたと裕翔は思った。志穂はかれの母親と仲がいい。
「おい、寒がっていたなんて、ぜったいウチの母さんには言うなよ」
 コートを着て行きなさいと言われたのを、逃げるようにして家を出てきた。バス停で震えていたなんて知れたら、明日からダサい学生コートを無理やり持たされてしまう。そんなの恥ずかしくて学校まで歩けない。
「いいけど、ゆうと。その恰好じゃ、あと五分もしたら死ぬんじゃない?」
 寒さのために顏の皮膚が突っ張り、充血した目でガチガチ歯を鳴らしている、隣の家の中学生のお兄ちゃんを、志穂はおもしろそうにながめていた。
「ほっとけ、俺はこうしてるよりほかにないんだ!」
「これあげる、はい」
 と、持っていた紙袋から志穂が出したものに、裕翔はおもわず目をぱちくりした。それは暖かそうなマフラーだった。
 驚いているゆうとの首に、志穂は厚手のマフラーをくるくる巻いてしまうと、すぐ赤いランドセルの背中を見せて立ち去ろうとした。
「これを、なんで。どうして……俺に?、」
 突然のプレゼントに、ゆうとはそう訊ねずにはいられなかった。かつてない志穂のやさしさである。
 急ぎ足だった志穂は立ち止まって、一度だけふりむいた。その目つきが妙に大人びていた。
「風邪引かないでね」

 裕翔は停留所の中にいた。『風邪を引かないでね』という志穂の忠告に逆らっては申し訳ない気がしたのだった。マフラーは手編みだった。幅も長さもたっぷりしていて全部編むのはたいへんだったろうと思われた。
「よかったね、お知り合いの子?」
 声はすぐ後ろにいた塚本麻央だった。
「うん」
 志穂は隣の家の子で、小さいころ頼まれて保育園に送って行ってやると、よく兄妹に間違われたものだった。
 塚本麻央は遠慮がちに「触っていいかしら」ときいた。
「やっぱり女の子ね、丁寧に編んでるわ。わたしより上手かも」
 マフラーの端を手に取りながら、顔を赤らめて、ちょっとくやしそうに裕翔を見上げた。
 バスはどの辺りで止まっているのだろうという話や、一限目の授業の話など、ふたりはしばらく話したが、すぐ近くに塚本麻央がいても、裕翔が自分で心配していたような事態は起こらなかった。心臓は無事であった。
 それどころか、それまで一方的に意識して騒がしかった胸が、思いがけなくこうして塚本麻央と親しくことばを交わすうちに、落ち着いた安らかな鼓動に変わっていくのを感じていた。
「おれ、近ごろ厨二病だったみたいだ」
 なにげなく裕翔が言うと、
「あら私もよ」
 ようやくやってきたバスの乗降口に足をかけながら、塚本麻央が笑った。

 雪道を手をつないで歩く小学生がいた。志穂とその彼氏である。
「ボクがママからもらったマフラー、ほんとうに誰かにあげちゃったの?」
「編んであげるわよ、だってあたし以外のオンナにもらったってうれしくないでしょ」
「いつ?」
「編み方をおぼえたらよ」
 二人の姿は、吹雪のやんだ空の下、小学校の門のなかへ消えて行った。
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