久しぶりの長〜い話に、半ば疲れてきた私。
今日はいいや〜 と思って書かなかった土曜日の夜・・・咳が!!!
眠れないぞ!!!となりました。
「分かった〜ごめん 書くから!明日書くから!」と
けっこう しつこい幼児期の私に注意されながら書いています。
まあ、私の性格ですからね。
良く言えば 諦めない=悪く言えば しつこい です。
さてさて続きです。
嫌いではなくなった父の事を、それから徐々に好きになって行きました。
それは、自分の「ねばならない」という、義務感の思考パターンをクリアリングして
女だから 長女だから 娘だから 嫁だから ・・・・ などなどを、ひとつひとつ取っていく作業や
掘り下げていく作業を地道にやっていった結果・・・感謝の想いが父に込上げてくるのに気づきました。
父や母の顔を思い出すと、昔は気分が重くなっていたのに、
今では勝手にヒーリングが流れて行くのが分かります。
「愛」を感じるんです。
顔を思い出すだけで。
それは去年からでした。
私のしたかった学びや、試練を全て与えてくれた両親に「愛」を感じるんです。
私が辛いとか 何てひどい仕打ちを親なのにするのか!とか思っていましたが、
それは自分が、「自ら課した現世の修行だったんだ」 と気づいてからは、
憎まれ役を買ってくれた両親に心から感謝してました。
まあ、そう思えるまで 長〜い 長〜い年月がかかりましたが。
これは心から思えないと終わりになりません。
知識でそう思うように頑張っても、それは気づきではないので。
さて前置きは長くなりましたが、本題に入ります。
夜あまりに空咳がひどくて、息が出来ない・・・眠れない・・・でも主人は、こんなにうるさいのに熟睡してる。
という事は、今 観ていくべきと言う事か・・・と思い
脳をθ波(シータ波)の状態にして、この咳の原因を観ていきました。
ここからは退行催眠中(ピプノ中)の事です
何か 誰かが目の前にいる気配がしました。
そして次の瞬間、息が出来ない・・・気道をだれかに塞がれている・・・
苦しい・・・首を絞められているような観じです。
誰が私の首を絞めるのか・・・と見ようとするのですが、その時の私は眼を閉じているみたいでした。
次の瞬間おもいっきり自分の身体が、飛んだと思ったら、床に落ちました。
どうやら 私はおもいっきり投げられて、床にそのまま落ちたみたいでした。
大泣きしている私がいます。
右の頬や 顎や 耳の周りに急激に痛みを感じました。
何だこれは・・・すごく痛い・・・と思いながら、周りの風景を観ると
部屋の中で、私と男の人がいました。
男の人はテレビを大音量で見ています。
そしてよく部屋を観ると・・・懐かしい部屋でした。
まだ子供の頃の実家です。
建て替えをする前の、古いお化け屋敷のような作りの家です。
その時は父と母と子供たちは、家の一番奥の奥まった所で生活していました。
その頃は祖父・祖母・叔父や叔母達と、みんなで生活してたんです。
その当時のタンス、ドレッサー、小さいテレビを久しぶりに見ました。
普通なら「懐かしい〜」と観賞に浸るのかもしれませんが、
その時の私は、顔が腫れ上がっているだろう状態の痛みと
首を絞められた恐怖で大泣きしているんです。
そのまま泣いていたら、「じゃかましい!泣くな!」とその男の人が叫びました。
あまりの恐怖に、私は声を必死で殺しで泣こうとしていました。
鼻水と涙でいっぱいになりながら、必死に声を出さないように 出したら殺されるかもしれない
また殴られるかもしれない、声を殺すんだ 声を出してはいけない
と自分に暗示をかけるかのように、必死で頑張っていました。
そして少し我に帰り、今は過去を観ているんだから、冷静にならなきゃ!と思い
まずその男の人をよ〜く観ると・・・父でした。
若き日の父です。
今の私より若いようです。
そして私はその時の自分の年をたずねました。
3歳と答えが来ました。
母はどこにいるのかを探してみたら、どこにも居ません。
どうやら今この家には、父と私だけのようです。
少し角度を変えて観たいので、私はその当時の私から出て、外から2人を観る事にしました。
そしたら、父からは殺意は全く感じなく、殺してやろうという気持ちは無いのですが
甲高い子供の声がうるさくて、黙らせるために暴力を使ったようでした。
怖がらせれば静かにしているだろうと思ったようでした。
でも加減をしらないので、私の顔は腫れ上がり、眼は脅えて、瞳からは絶望の色しか見えませんでした。
だれも助けにこない、この家は地獄だ・・・。
と思っているんです。
祖父や叔父からも何度も殴られて、顔を腫れ上がらせた経験があります。
祖父は女のくせに黄身を食べたから!と言う意味が分からない理由でした。
幼稚園の頃、弟と私は祖父によくゆで卵をもらいました。
でも何故か?弟に黄身を私に白身をくれます。
普通なら1個づつか、半分づつなら、真ん中を切って分ければいいのに
祖父は綺麗な黄身を弟に、その白身を私にと徹底してました。
ある日、私も黄身の方が好きなので、黄身が欲しいとねだると、祖父は
「黄身は栄養が高いから、男が食べる物だ!女のお前は白身を食っていればいい!」と
言われて、納得いかない私は、勝手に黄身を食べたんです。
その瞬間!
祖父は鬼のように怒り出し、私の胸ぐらをつかみ 往復びんたをされました。
それも真剣にです!
その後私の顔は腫れ上がり、母はさすがに祖父に切れてしまい、
大喧嘩になったそうです。
私は大喧嘩の事は記憶になかったのですが、
黄身の事、胸ぐらをつかまれて、真剣に幼稚園児の私を殴った事は、それからもずっと覚えていました。
人間は年を取ったからと言って、出来た人になるわけではないんだな〜としみじみ思ったからです。
だけど嫌いにはならなかった・・・。
まあ好きにもなりませんでしたが。
叔父も身体の具合が悪い時に、少しでも口答えすると・・・殴ってきます。
何故か?みんな顔か頭かを・・・お尻たたかれた事って・・・・あるのかな?
躾というより、暴力でした。
でも、叔父は好きでした。
殴った後に、きちんとあやまりに来ます。
そして顔を腫らせながらも、「もうゆるすよ!」と笑顔で言うと、泣きそうな顔で自分の状態を説明してきます。
身体の不調や、精神的に疲れていると、子供の私に説明して、自分の過ちを認める叔父は
憎めなかったのかもしれません。
そんな私でも、父は好きになれなかった・・・。
どうしてなのか?分からなかったんです。
その場面を見てから、私はゆっくりと今の自分に戻って来ました。
隣から主人のイビキが聞こえます。
気づくと、涙が鼻水がとめどなく流れ出します。
まるで、身体中の水分と一緒に毒を出そうとするかのように。
でも不思議な事に、怒りが出ません。
いつもならまず怒りから出てくるのに、もう私の中から父への怒りを出し切ったのでしょうか。
怒りというより、何とも言えない物悲しさ と 絶望感でした。
その幼い頃の私の思いを、解放しようとしても クリアリングしようとしても
光に帰そうとしても 上手くいきません。
出来た!と思った瞬間・・・え?まだ居る・・・胸が重いし・・・残ってるやん!?
とその夜は、何をしても 何をしても駄目でした。
どうすればいいのよ!と尋ねると 「みんなに話してほしい」と。
う〜ん。 それではと、翌日主人に起こった事を話しました。
主人もシミジミ聞いてくれながら、自分の子供の頃の話をしました。
これでやっと終わるわ〜!と思ったら・・・
「まだ・・・」と言ってる幼子の私がいます。
じゃあ父と直接対決する?と聞くと、「しない」と言います。
ハイアーセルフも今それをしても意味が無いと言います。
じゃあ どうすればいいのよ!!!咳は苦しいし!喉も痛いし!
と 少し半切れの私が質問したら、幼子の私は「みんなに聞いてほしい」と言います。
みんなって???と思っていたら、ブログの事でした。
え〜!ブログで不特定多数に読まれるのって・・・。
でもそれをしてほしい・・・と引かない 幼子の私がいました。
まあ、いいか〜!
父も私のブログの存在は知ってると思うので(母がいつも読んでるので)、少し抵抗が無いと言えば
嘘になるけれど、それを読んでどう思うか どう感じるかは、もう父の問題だから。
では書こうではないか!と決めた瞬間・・・咳が急にましになり、喉の痛みが消えました。
早!決めた瞬間ですよ。
これでやめたら、より激しく苦しくなるんだろうな〜と思いながら、書く前に事実確認しました。
つづく
」 とか思う暴力的な私でしたが、











