IYAMAN

フィリピンベンゲット州にて、活動する現地のNGOIYAMANの活動を紹介

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卒業式

2009年04月22日 | 現地報告
「奨学生の卒業式」                  2009年4月16日
 IYAMANの奨学生でBenguet State Universityを卒業するSAFERAとMARIBELの卒業式に出席しました。フィリピンの卒業式には日本と違う点が多々あります。
 まず、はじめに出席するには卒業生からチケットをもらわないと式の会場内には入れません。なぜなら来場者が多いため会場に入りきらないことが予想されるためだそうです。私達は幸いにも奨学生の子達からチケットを受け取り、入場することができました。大学構内に着くと入り口付近には卒業生に渡す花束やコサージュを売る人たちであふれていました。来場した人達がそこで花を買って卒業生にプレゼントするのです。卒業生は黒いガウンと帽子を身にまとっています。ガウンは大学からのレンタルで、それぞれの学科ごとに決められた色柄がガウンの中心と、帽子に添えられています。ガウンの下にはブラウスを着ていたり、華やかなドレスを着ていたりと皆違っていました。しかしこのような時に女性がいつも以上にメイクアップしている点では同じです。屋外には式の入場を待つ卒業生とその親(両親どちらか一人)がペアになって列を作り並んでいます。式の入場までは親とペアになって歩いていくのです。卒業生は親と肩を寄せ合って写真を撮ったり、とても親しげにしています。一緒に入場する親以外にも兄弟や祖父母なども来ており、この光景がまた日本では考えられないことでした。そのことをMAYAに話すと「なぜこんなに喜ばしいことを親とわかちあわないのか?」と言われ、本来はそうあるべきなのだと気づかされました。
体育館にて式が始まり、学長の話や歌があり、卒業証書授与が一人一人日本と同じように行われます。ここで特徴的なのは学生の名前を呼んだ後に出身地、奨学生であれば奨学金をどこからもらっていたのか、が述べられることです。さらに優秀な学生には様々な賞が授与され、盛大な拍手と歓声が沸き起こります。IYAMANの奨学生二人も順に証書を受け取りました。
 式が終わると日本でいう「卒業生退場」はありません。二階ギャラリーで観覧していた親兄弟達がいっせいに卒業生のところに降りていき、写真を撮り、喜びを分かち合い会場は大混雑になります。
 奨学生達が会場から出てくると私達も一緒に写真を撮ったり喜びをわかちあいました。この時、奨学生達は私達に両親を紹介し、両親も彼女たちの卒業を心から喜んでいる様子でした。
 何も問題がなく順調に学業を続けていれば、大学卒業は20歳ですが、小学校まで道のりが遠く険しいため、通学路を歩けるようになってから入学する場合や、金銭的な問題で学業を一時的にストップした場合、村の過疎化の問題で、小学校が開講しない学年があったり、在学中に結婚、出産し、その後復学する学生もいるため、様々な年齢層が見られました。
 また、卒業式終了後には日本で学生が行う謝恩会などはなくそれぞれが家族と自宅へ帰るそうです。そして夜のディナーでお祝いをするそうです。なぜなら昼食は家族総出で参加しているため準備が間に合わないからだそうです。
 この卒業式に参加して、フィリピンの学生は親をとても大切にしており、でもそれは本来当然なことであり私達日本の学生も見習いたい姿勢だと感じました。

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ニュースレター2008年1月~3月

2008年06月04日 | ニュースレター

代表者からのメッセージ

 毎年3月と4月は、学校では、卒業式があるため、なんだか心も弾んできます。どの段階での卒業式でも、とても大きな意味を持つものです。
タロイ・ノルテ郡マリアノ・サバリノ小学校で、卒業式にあわせて環境教育の初年度の終了プログラムがおこなわれ、私は、スタッフや奨学生数名とともに参加することができました。そしてこの1年間の活動について、学年主任や教員、保護者、地区の議員から、このプログラムに対しての好意的な感想と評価を聞くことができました。同様に、アドユナン小学校の教員たちからも評価書が届き、それもとても良い内容のものでした。どちらの学校も、IYAMANスタッフが子供たちを教えるときの忍耐力や創造性を賞賛してくれました。
 そして、今年もIYAMANの奨学生が、卒業式を迎え、この新卒業生たちが、スタッフの指導のもと、2008年から2009年にかけてそれぞれの母校でのEEPの運営に挑戦することになります。

 すべての支援者の皆様、IYAMANがおこなった小さな成功をここにご報告します。皆様の支援がなければ、IYAMANは何もできません。この春という季節を皆様が満喫なさいますように。

クリスティーナ・セグナケン・アバン



環境教育プログラム

ヴェロニカ・チョリン、メアリ・アン・サンティル

環境教育プログラム活動報告
2008年1月‐4月
ヴェロニカ・チョリン

アドユナン小学校とマリアノ・サバリノ小学校では、これまでに以下のようなEEPの活動がおこなわれてきました。環境の重要性についてのディスカッション(2007年6月)、植林(2007年7月)、環境保護についてのディスカッション(2007年8月)、環境保護について特定の状況を想定してのロールプレイング(3~6年生)ちぎり絵作り(1・2年生、2007年9月)、そして2007年10月から12月にかけてはゴミ処理の方法を主な課題として取り上げました。

 2008年1月、IYAMANは、アドユナン小学校とマリアノ・サバリノ小学校で、環境に関連した映画の上映をおこないました。これは、これまでにおこなってきた活動から子供たちが学んだことを、さらに補うのが目的でした。アドユナン小学校での映画上映の後、IYAMANスタッフと学校教員との間でおこなわれた打ち合わせの中で、IYAMANによるEEPの締めくくりの活動と、小学校の活動とを、同時に実施することが決まりました。保護者が学校に来たときに、同時にEEPで子供たちが作った美術作品の展示をみることができるようにという配慮からです。一方、マリアノ・サバリノ小学校では、卒業式と同時にIYAMANの最後の活動がおこなわれることが決まりました。

 2008年2月7日、5・6年生は「私の住みたい環境」というテーマでポスターを作りました。4年生は、ハート型の枕を作りました。あめの包み紙を詰め物として利用しており、「Happy Valentines Day」の文字が書かれました。この活動は、廃品のリサイクルを実行に移す能力を磨くことが狙いです。それから、ヴァレンタインの月を祝う意味もありました。2008年2月14日にアドユナン小学校行事が開かれ、その中でEEPの終了プログラムもおこなわれました。児童、教師、保護者が参加しました。内容は、ヴァレンタインのお祝い、ダンスのコンテスト、詩の朗読、物語の朗読、料理、ポスター作り、学校の敷地内に作られているいくつもの教育施設を使ってのクイズでした。ポスター作りはIYAMANと学校の教員とが協力して運営しました。



 2008年2月27日、マリアノ・サバリノ小学校で、ゴミのリサイクルに関する活動の続きがおこなわれました。この時に作られた作品は、最終プログラムの展示品に加わりました。6年生は「Happy Graduation Day」と書いた枕を作り、5年生はトウガラシ型のキーホルダーを作りました。またIYAMANの指導のもとで、最終プログラムでの発表(1・2年生は詩、3・4年生は歌、5・6年生は環境の保存についてのロールプレイング)の練習をしました。

 2008年3月24日、パルー小学校でのEEPの3年目の活動が締めくくられました。「きれいな緑の環境のためのEEP」というのがテーマでした。ポスター作り、詩の朗読、ダンスのコンテスト、ゲームなどがおこなわれました。



 2008年3月28日、マリアノ・サバリノ小学校で、IYAMANによるEEPの最終プログラムが、卒業式に合わせておこなわれました。これにはIYAMAN代表クリスティーナ・アバンが参加しました。

 パルー小学校、アドユナン小学校、マリアノ・サバリノ小学校での最終プログラムでは、もっとも優れた美術作品を作った子供たちの表彰もおこなわれました。賞品として、WE21ジャパンから寄付された文房具などが贈られました。
 各学校の教員たちはみな、IYAMANの支援者に対し、子供たちが環境への意識を高め、環境保護の実践能力を身につけるのを助けてくれたことへの感謝の気持ちを示しました。

農業プログラム

マヤ・E・シノット

SOFOの存続

今年、Sinacbat Organic Farmers Organization (SOFO)の再編成がおこなわれました。SOFOはメンバーの登録を更新することを計画し、今年の1月に行われた再編成の際に登録書に署名したのは36名中、26名でした。

この再編成の目的は以下のものとしました。
 有機野菜をすでに、市場に出荷しているメンバー5名の知識・技術をさらに強化する。
 月例ミーティングへのメンバーの参加率を上げる。
 メンバーたちの環境への配慮/自然を尊重する意識を強める。
 SOFOとIQCS(Internal Quality Control)とのつながりを強くする。
(IQCSはAgricultural Training Instituteのもとにある委員会で、SOFOの農場をモニターし、その有機栽培の生産物の販売を支援することになる可能性があります。)

この再編成を受けて、家族のためにすでに有機野菜を生産している農民たちは、市場に出すことを意識し、ベンゲット・ネットワークを通じ、今年1月から3月の間収穫期の間に、ここで収穫できるニンジンとキャベツを出荷しました。

参加者は少なくなりましたが、再編成されたことにより、実践している農民が残り、より団結しやすくなったともいえます。「農薬、化学肥料を使用しないという農業に注意を払い、それを実践する」という主要な目的はSOFOの積極的なメンバーによって守られ続けています。農民として、農業に対する価値観が、それを支えているからです。IYAMANによるSOFOの発足は無駄なことではありませんでした。農民たちの忍耐と根気強さと、地域開発という仕事に対するIYAMANの決意が、SOFOの存続を今後も可能にするでしょう。



その他の活動>
メンバーたちは、IYAMANの日本人エクスポージャープログラムにも積極的に参加してくれました。SOFOのメンバーの中から選ばれた家庭が、日本からの訪問者のホスト・ファミリーとなり、彼らは、村での活動の調整役として重要な役割を果たしてくれました。
・WE21ジャパン(保土ヶ谷、旭)
・フランシスカンズ・ユース





奨学金プログラム

ジョナタン・B・ワグイ

2008年1月~4月の報告

1. 卒業を迎える学生
2. フランシスカンズ・ユース訪問
3. 学校関連


1. 卒業を迎える学生

 この4月に卒業を迎える学生の皆さん、その保護者や親族の皆さん、卒業おめでとうございます。そしてとりわけ、私たちの友人であり支援者である、寛大な心を持った日本の皆さんにもお祝いを申し上げます。第2の親として私たちの人生の1部となってくださった皆さんなしには、この卒業生たちがこの卒業式で名前を呼ばれることはなく、彼らの将来も違うものになっていたでしょう。
 卒業生たちの学生生活の間、私たち全員が彼らの人生の一部であったと私は信じています。一つの家族として、メンバーの成功は全員の成功です。したがって、3人の卒業生は、私たち皆の成功だと思います。

1.Bosilio, Junery  20歳。ベンゲット州キブンガン郡出身。中等教育(物理学)学士
2.フェデリナ・カミロ…21歳。ベンゲット州イトゴン郡ダルピリップ出身。中等教育学士(数学)。
3.エイミー・パディリア…21歳。ベンゲット州キブンガン郡サグパット出身。初等教育学士(英語)。

 卒業式でよく耳にするように、多くの講演者が、メッセージを通じて直接的にあるいは間接的に、「学生たちは卒業すると『現実世界』に直面することになる」と伝えていました。 卒業生たちは学校で何年もかけて学んだことをすべて活用して、自分の家族や村のために働き始めます。人生を歩むうちに、彼らは多くの試練に出会うでしょうが、それは彼らを磨き、よりよい明日のためにさらに努力する機会となるでしょう。
 卒業生は、ボランティアのコミュニティ・ワーカーとして自分の村のために働く1年間の研修を始めることになっています。

Ⅱ.松本神父の訪問

 この3ヶ月間でもっとも忘れがたい出来事の一つは、松本神父とアイバマナさん、モトダマサヤさん、コザカメグミさん、サトウシンさん、ヤスダユウダイさんたちのグループの訪問でした。これが忘れがたいというのは、次のような理由からです。

1. お互いからの学びがありました。全員が自分の感想や考えを話し、全員がそこから何かを学びました。
2. 私たちの歓迎をうけて、私たちの友人である訪問者のみなさんが、家族の一員のように感じたと言ってくれたこと
3. 短いプログラムの終りに、日本からの友人のみなさんは、将来また訪れると約束をしました。誰もがそれを待ち望んでいます。

 別の地域や国からの訪問者があるたびに集まりが催されるのが伝統になっていますが、これは学生にとって、様々な人に触れ合い、自分の能力を発揮する訓練の機会となっています。


Ⅲ.学校関係の出来事

 この夏(フィリピンでは、4月を1年で一番暑い季節のため、夏と表現します。)、3名の学生が卒業し、10名が残ることになります。そのうち何名かは夏期講習を履修します。これは必修課目が、他の課目と重なって受講できなかった人に対応するため、もしくは教育学科の学生は新しくなったカリキュラムがこれを要求するためです。
 もし状況が許せば、この夏さらに2人の学生が卒業できるでしょう。まず、セルジオ・カマチョの場合は、残りの12単位が与えられれば卒業することになります。アリザー・メネスの場合は、卒業論文が完成すれば卒業できますが、これは彼の卒業論文のテーマである数種類の豆の品種がうまく成長するかどうかにかかっています。

A 感謝のメッセージ
デンシャ・ボラス

奨学金を受給できるということはまたとない機会です。自分がそのわずかなチャンスに恵まれた一人ということは幸運であり、誇りに思っています。IYAMANの支援がなければ、私は経済的理由で学位を取得することができない大多数の若者の中の一人であったに違いありません。
IYAMANを支えてくださる皆様は、私の成功の源です。皆様の信念に忠実な姿勢に敬意を表します。皆様の私たちへの行いは、いかなる時も評価されるべきことを確信しています。
 私は、教育を受けるため、遠縁の親戚の下で働くことと引き換えに宿泊させてもらっていました。もっともこの頃、授業料や他の費用を支払えず、学校を辞めようとしていました。私を大学に通わせるというのが両親の希望でありましたが、我が家の畑を耕して得るわずかな収入だけでは毎日の生活必需品のやり繰りだけで精一杯でした。その様な状況の折、IYAMANが両親の負担を軽減するために支援をしてくれたことで、両親に大学を卒業するという私ができる最良の贈り物をすることができました。 2007年11月7日に中等教育の学士号を取得しました。
IYAMANの一員であることは私の業績の一つであると考えています。3年前、未来は薄暗く見え、どこへ導かれていくのか不確かでしたが、今は明るい未来が想像できます。夢をかなえる機会を与えていただき、そして、この時期に皆様とともに人生を共有できたことに大変感謝しています。私も家族も、IYAMAN支援者である皆様より多くのご厚意をいただいており、言葉では言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
 支援者の皆様と私たちの間には垣根などないということをつくづく感じます。皆様は、私たちの夢が崩れ、犠牲から得られる成果を家族へ捧げることができないという不安に打ち勝つ力を与えてくださったのです。



トレーニングの経験と得られたもの


次へのステップ
メアリー・アン・サンティル

ここ数年を振り返ると、IYAMAN奨学生の一員となり、無事に大学の課程を修了したのがまるで昨日のことのように感じます。現在、IYAMANでの1年間のトレーニングが終りつつあり、人生の次の段階に向かっています。私たちは、このトレーニングから忘れ難い貴重な体験を得ました。
スカラシッププログラムのミーティングでは、他の学生たちがどの様にキャリアを追求しているかのシェアリングを行っており、私に目標を達成するためのインスピレーションと勇気を与えてくれました。彼ら一人ひとりの個性は、穏やかで、忍耐強く、自信を持ち、積極的な考えの持ち主で、何事にも熱心に取組むという私自身の個性に反映し、さらに発展させていくことを可能にしました。
 環境教育プログラムの活動計画の中で、私の短期及び長期目標でのターゲットを達成するために必要な、計画的な手段の洞察力を与えてくれました。村での様々な活動を調整しながら住民への関わり方に自信を持ち、各種関係機関とも慣れ親しむことができました。先のEEP(環境教育プログラム)では、学校訪問やモニタリングを実施しましたが、村人の暮らしや家庭環境など実際の村の状況観察に役立ちました。この経験は、自分の家族への感謝と地域資源の利用可能性を教えてくれました。また、レッスン計画では、子どもへ教えるための体系的な手法の考案を発展させることができました。視覚教材作成においても創作技術を高め、準備作業では時間を意識し管理することを学びました。子どもへ教えることから自分も教わることがあります。私は、自分の強さと弱さを発見しました。お互い学び合いながら、自分自身をもっと知ることができるのです。
 代替農業プログラムに携わった際、堆肥作りのような利用可能な資源の活用方法や技術、有機農薬として使う木酢作りのプロセスやSOFOメンバーの組織機能を学びました。また、村人との交流から、地域の文化や習慣、優れた生活スタイルへの姿勢を知ることができました。
 保健プログラムでは、基本的な保健医療の知識と技術を習得し、薬草利用の価値を再認識しました。
 ユース・エキスポージャーやWE21の訪問で皆様からいただくアドバイス一言一言が私の励みです。シェアリングからも個々の地域の状況を知ることができ、日本を広い視野で理解することができます。
 IYAMANの奨学生や研修生となったことで、多くの貴重な経験を得ることができました。
 多くの時間をともに過ごし、互いに理解し合いながら、アドバイスをくれたIYAMANの仲間に大変感謝しています。自分自身の失敗に上手く対処できること願っています。ここで得た経験は、私の強さとなり、私を明日へ導き、目標に到達するための次へのステップとなることでしょう。
 最後に、IYAMAN支援者の皆様の愛と一人の人間として成長する機会を与えてくださったことに大変感謝しています。皆様との思い出を胸に頑張っていきたいと思います。私たちに神のご加護がありますように。ありがとうございました。


トレーニング洞察力
L. ロリート・ティワン
 
私は、IYAMANでの1年間の活動におい環境教育プログラム、代替農業プログラム、代替ヘルスケアプログラムに携わりました。
村での活動は、大変やりがいのある仕事です。AAP(代替農業プログラム)やヘルスプログラムを通して人々をまとめ、またEEP(環境教育プログラム)を通して環境保護を生徒に教え、そして、プログラムの実施前には主要なリーダーとの調整もあります。プログラム目的の達成に向かって、村人とともに取り組むことからコミュニティでの活動方法を学びます。
 これらの経験は、学校外で得られるものです。学校で学んだ理論を現実の状況に応用し、特に農村地域での貧困緩和の道を探るため役立つものです。私が代替農業プログラム/持続可能な農業で学んだ厳しいレスンが「持続性」という考えです。地域にある利用可能な資源を活用して実践する環境に配慮した農業です。この農業は、現在ベンゲット州で行われている商業的農業とは相対する方法です。
代替ヘルスプログラムでは、市販の薬に代わり地域にある潜在的な薬草を村人が利用できることを学びました。
EEP(環境教育プログラム)は、生徒や村人に環境保護について学ぶ機会を与えます。そして、情報教育キャンペーンは、私たちの環境状態を知るために不可欠なものです。
 年配者との交流は、人生をより深く理解する助けとなり、この経験が大変重要であることに気付きました。また、私の緩やかな成長段階を助け、特に私たちが社会問題に立ち向かい、問題解決の手段としてのプログラムを実施する際に役立ちます。
 日本の皆様とIYAMANへ大変感謝しています。皆様の支援がより多くの人々に届くことを願っています。

ユース・エクスポージャー2008

マヤ・シノット

 「たった一度の人生に、フィリピンに日本の若者を連れてくることは、私にとって意義深いことであり、また、彼らが自分の環境を受け入れて生きるのを手助けすることでもあります。」これは、2008年2月18日、IYMANオフィスで開かれたIYAMANメンバーとの集まりでの、松本神父のお話の中の言葉です。


 その6日前に、松本神父は5人のユースをフィリピン、ベンゲット州に連れてきました。これは松本神父の4度目の訪問でした。今回一緒だったのは、モトダさん(26歳)、ヤスダさん(21歳)、サトウさん(18歳)、アイバさん(19歳)、コザカさん(22歳)です。
2月14日から15日にかけて、グループは、シュントックのスタッフであるアイダ・バヤンガンさんと、IYAMANスタッフのロリート・ティウアン、マヤ・シノットとともに、カパンガン郡タバアオ・バランガイのアプナン村を訪れました。今回も松本神父はアプナン村でミサをとりおこない、その中で村の人々にこのようなメッセージを伝えました。「山の生活というのはシンプルな生き方です。それは神に近いところで生きる道の一つです。みなさんの村を訪れるとき、私にとって物事をよく考える機会になります。」
 カパンガンの山の人々との最初の出会いからくる喜びを胸にとどめたまま、松本神父とユースは、2月17日から19日にかけて、IYAMANスタッフとともにバコン郡シナクバットの高地を訪れました。タカダン村で歓迎会が開かれ、有機農業グループSOFOのメンバーが温かく出迎え、お互いの社会の暮らしぶりについて話しました。新潟県の山間地域の出身であるサトウシンさんとアイバマナさんは、年間を通しての農作業のこと(とくに冬の間のこと)について話しました。同じように、SOFOの農民もユースたちにこう説明しました。農業で暮らしを立てている自分たちの村の生活がどんなに厳しくとも、私たちは土から生命を育てていかなければならない。なぜなら土こそが、子供たちに教育を受けさせ、自分たちが生きていくための収入の源だからである、と。土こそが彼らの生命なのです。

 あくる日、松本神父は教会で日曜のミサを行いました。ミサの前に、ユースたちは日曜学校の子どもたちにアクション・ソングを教えたり、一緒に遊んだりしました。そしてミサの後には、村の人たちが伝統の踊りを披露しました。すると松本神父は積極的に若者たちを引っ張って教会の広場をめぐって踊りに参加し、その後、子どもたちには、折り紙を教え、村の男性たちとは、バレーボールをしました。一日が終わると彼らはそれぞれのホストファミリーとともに家に戻りました。

 グループはトリニダッドに帰る前にシナクバット小学校と保育園を訪れ、短いながらも意義深い交流をしました。バギオの宿泊施設に到着すると、今度はIYAMANとの交流をしまた、会いにくるとの言葉を残し、その翌日、彼らは日本へと帰って行きました。

ニュース概要
ヘルスプログラム最新情報
 ●来年度の活動についてのプロジェクト申請書をWE21保土ヶ谷へ提出し、2008年6月からの実施が承認されました。
 ●実施活動については以下のとおりです。
★昨年実施した薬草加工、伝統的健康法及び母子ヘルスケア等のトレーニングの強化
★他の市民組織の活動視察


収入向上プログラム
●今年1月、シナクバット村の女性 5名が第一グループの豚基金プロジェクトメンバーに選ばれました。以下、5名のメンバーを紹介します。
*アグスティナ・カリンスアイ
  *ベティ・ラビンタン
  *ネリン・カリンスアイ
  *ヘレン・アナモング
  *リカンダ・ラタス
●最初のプロジェクト実施で恩恵を受けた女性7名は、すでに豚2頭分の購入資金である4000ペソ+250ペソの利息が加わり、各受益者4,250ペソの返済を完了しました。このプログラムで、メンバーの収入は、向上し、現在も豚の飼育を継続しています。また、プロジェクトの資金も増大したことで、今後、このプログラムを利用することができる人数を増やすことができます。6ヵ月後には、第二グループの受益者が返済可能になります。


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2008年奨学生の募集を始めます

2008年05月09日 | スカラシッププログラム
2008年6月から新学期が始まります。
よって、IYAMANでは、今年もベンゲット州(山岳民族イゴロット)の5名の奨学生を募集します。

しかし、メンバー(元奨学生)の厳しい目から実際には、5名にいたらないこともあります。なぜなら、私たちの奨学金制度は、将来地域のために働きたい青年を育成するものであり、その目的を達成するために必要な学科で学びたいが金銭的に困難だというベンゲット州の学生のみを支援するものだからです。(以前は、ベンゲット州以外の学生もとっていたのですが、卒業後の研修プログラムを大事にしているため、金銭的にも距離的にも事務所のある州からあまり離れて活動ができないということで、現在ではベンゲット州のみに限定しています。)

選考方法は、1書類審査、2面接、3家庭訪問、4代表の面接、により選ばれた学生と両親を集め、オリエンテーションを行い、他の学生との交流の中で、本人と家族に最終確認をしてもらい、最後に誓約書にサインをしてもらいます。誓約書の内容は、趣旨を良く理解した上で、毎月の会議や研修、ボランティア活動に参加することや卒業後、自分の村で環境教育などの活動を始めることなどです。

できない場合には、学費の返還をお願いしています。また、卒業後に村での活動ができない場合には、他の学生の学費を支援することが取り決められています。就職先がとても少ない国ですから、もし、卒業後に、仕事がすぐに見つかれば、家族を支えているために、現金収入はとても大切ですから、それを優先しています。
ただ、海外への出稼ぎは認めていません。

また、一度IYAMANのメンバーになったら、私たちは家族と呼んでいますが、一生家族ですから、助けが必要な場合には、いつでもお互いに喜んで助け合っています。彼らの出身の村で何か活動があれば、卒業生は、必ず参加してくれますし。

IYAMANの夢は、ベンゲット州のすべての村に、卒業生をもつことでもあります。そうすれば、その村で何か助けが必要なときに、何か私たちにできることがあるかもしれないからです。そのためにも、IYAMANの活動のもと、奨学生のときのメンバーの同士のかかわりを大切にしています。ですから、私たちは多くても常に、20名を超えないという受け入れの制限をもっています。それが、私たちスタッフが、関われる人数であり、家族としてなりたたせるためのぎりぎりの人数だと考えているからです。






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2008年4月ベンゲット州立大学卒業生の紹介

2008年04月29日 | スカラシッププログラム
2008年4月11日
ベンゲット州立大学の卒業生は以下3名です。

1. Junery Bosilo
Place of Origin: Kibungan, Benguet
School: Benguet State University
Course: Bachelor of Secondary Education – Major in Physics


2. Fedelina Camilo
Place of Origin: Itogon, Benguet
School: Benguet State University
Course: Bachelor of Secondary Education – Major in Mathematics


3. Amy Padilla
Place of Origin: Kibungan, Benguet
School: Benguet State University
Course: Bachelor of Elementary Education – Specialization in English

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2007年9月~12月7

2008年03月01日 | ニュースレター
環境教育支援者である
WE21ジャパン旭・保土ヶ谷のみなさんの訪問

マヤ・シノット(ボランティア)

IYAMANが存続を続け、その活動を実行していくにあたって、WE21(保土ヶ谷、旭)の支援が止むことはなく、パートナーシップが途絶えたことはありません。毎年恒例の訪問によって、WE21のメンバーはその多大な努力を示し、私たちに取って彼らの支援がいかに大きなものであるかを感じさせてくれます。そして再び、2007年11月21日から28日にかけてWE21保土ヶ谷と旭の尊敬すべき女性たちが、ベンゲットを訪れてくれました。今回のメンバーは、高坂さん、成瀬さん、伊達さん、園田さん、中村さんです。園田さんはこれが初めてのベンゲット訪問でした。

 11月21日、マニラ市ニノイ・アキノ国際空港で、会計担当ジェーン・ニーワスが一行を迎えました。暑いマニラを出発した一行は、夜遅くに、冷涼なバギオに到着しました。翌日、早速アトック郡アドヨナン村を訪れ、環境教育プログラム(EEP)の活動を視察しました。校長のジェイン・タブディさんと教職員一同、保護者および児童が温かく出迎え、一行は、人形劇を披露しました。人々はその人形劇をとても楽しみ、拍手を送りました。コミュニティ側は伝統的な踊りであるタヤオをまず自分たちで踊り始め、一緒に踊りました。タヤオの次には、同じく伝統的な踊りベンディアンが続きました。教職員とコミュニティ住民は日本からの訪問者に心も踊りとても楽しいひと時を持ちました。そのあと一行はベンゲット・ネットワークで働いている卒業生のアンドリナさん、ルイシータさんを訪れました。

 3日目は、EEPの教員研修のために、アトック郡パスドンを訪れました。日帰りで、片道4時間、ジプニーで悪路をゆられとても疲れたかと思います。しかし、隣りのナガイ区から続く青い水田が川にそって伸びているパスドンの風景に、一行は、疲れが癒されました。
5日早朝、一行は、片道6時間かけて、バコン郡シナクバット区へ向かいました。ここは、私たちがもっとも力を入れている村で、農業、健康、環境教育、奨学生も3名SOFOほど、受け入れています。山奥にあるこの集落は、町から遠く、私たちを必要としてくれています。今回の目的は、農業グループのSOFOのメンバーに会うことです。交流の後、一行はひとりひとり、毎年訪れるシナクバットでの家族のもとへと案内され一夜を共にしました。翌日、町に戻り、夕方からはイヤマン・ファミリーとの集まりでした。一行にとってはイヤマンの新しい学生たちと初めて会う機会であり、以前からのメンバーとの再会の時でもありました。いつものように集まりは幸せに満ちたものとなり、彼らがもっと長くベンゲットに滞在できないというのは、本当に寂しいことでした。私たちを育て、気遣い、愛してくださる皆さんは、まさにお母さんです。「DOMO ARIGATOUGOZAIMASU」皆さんがここでお会いになった人々すべてが、いずれ近いうちに皆さんと再会できることを望んでいます。


お知らせ*************
以前、IYAMANスタッフとして、活動していたマヤが、家庭の事情で、香港に働きに行ったことを前回お知らせしましたが、香港の雇い主の都合で、予定より早く12月に戻ってきました。お父さんが歩けるようになったことと、お母さんの理解で、兄弟の学費や生活費、父親の医療費など、彼女が抱える問題は、解消されていませんが、彼女の地域のために働きたいという強い希望で、IYAMANに2月から戻ってくることとなりました。現在は、時間があるときにボランティアで活動を支えてくれています。

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2007年9月~12月6

2008年03月01日 | ニュースレター
ミンドロ島への旅

ゼナイダ・バクダヤン2007

私たちが初めてミンドロ島に足を踏み入れたのは8月30日の晴れた朝、ラ・トリニダッドにあるベンゲット州立大学から、長く疲れる夜の旅を終えてのことでした。このフィールド・トリップに参加したのは、森林生態学と、森林地質学・気象学の授業をとる総勢21名の学生でした。私たちは3日間のフィールド・トリップの間に、カラパンのDENR-PENROのマングローブ林、パシの DENR-CENROのナウジャン湖、ミンドロ州立農業工業大学、プエルト・ガレラを訪れました。
海、池、泉、河川などといった水環境が森林の生態系を形成するということを私たちは学びました。フィリピンには、マングローブ林、海浜性森林、ブラック・ウォーター森林(ブラック・ウォーターとは、植物から流出したタンニンなどを多く含む濃褐色の水)などの水環境があります。現在フィリピンには沿岸部に30,000haのマングローブ林が残っており、魚類の産卵のための重要な場所となっています。もう一つ重要な魚の産卵場所はサンゴ礁であり、フィリピンのサンゴ礁は、世界の海洋生態系の中でもっとも生物多様性の高いインド・西太平洋海域に属しています。フィリピンはマレーシア、インドネシアとともに「コーラル・トライアングル」と呼ばれ、熱帯の海の中でももっとも生物多様性の高い海域の中心とされています。私たちのこの豊かな自然資源を守るためには、我が国の海洋その他の水環境の生物多様性、およびその重要性について、沿岸部の住民のみならず、その資源に同じく依存している内陸部・高地の住民に対しても認識を広めていくことが必要です。また私は、別の土地の人々と交流するには自分を順応させ、人々との付き合い方を学ぶ必要があるということを学びました。
*IYAMANでは、できるだけ多くの体験をさせようと、自費では参加できない学科ごとに行われるフィールドトリップの参加費の負担も学費のほかに、行っています。

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2007年9月~12月5

2008年03月01日 | ニュースレター
奨学生プログラムの活動報告 

IYAMAN奨学生の近況報告
ジョナサン・ワグエ

1. 学業成績
昨学期において、4名の学生が優秀な結果を残しました。彼らはすばらしい全体平均点をとり、そのために学校から授業料の50%を免除される資格を認められました。IYAMAN・ファミリーは、その結果を喜び、称えました。その学生は以下の4名です。
名前 平均点
1.エイミー・パディリア 1.62
2.サフィラ・コッデ 1.70
3.ジュナリー・ボスィロ 1.75
4.フェデリナ・カミーロ 1.75

2. 新しい取り決め
2007年8月、学生たちは新たな取り決めを作りました。学年ごとにグループを作り、月例ミーティングの際に、ほかの学生にとって有益で興味深い何らかのプレゼンテーションを行うというものです。各学年はそれぞれのプレゼンテーションのためにグループとなって準備を行うことが要求されます。この取り決めの目的は、学生が自分を表現する技術を高めること、およびIYAMANファミリーのメンバーとしての結束を強めることです。会議に欠席した学生は、各学年のプレゼンテーションとは別に何らかのプレゼンテーションを行うことが求められます。さらに同月、以下のことも取り決められ、履行されました。学生が、月例ミーティング、事務所の当番、練習、その他、スタッフおよび学生によって決められた特別な集まりなどに欠席した場合は、欠席理由を書面で提出しなくてはなりません。

3. 卒業生
2007年11月7日に、デンシャ・ボラスは教育学(専攻:英語)の学士を取得して一足早く卒業しました。スタッフたちの勧めに従い、彼女はIYAMANでの研修を来学期(2008年6月)から始め、その間、違う仕事を探すことになりました。現在、彼女はサイテル社のコールセンターで研修を受けています。彼女がこれを決めた理由は、サイテル社が無料で研修の機会を提案したことと、彼女が英語の様々なアクセントについて学ぶことを望んでいたからです。時間に余裕のある時は、彼女はIYAMANの事務所に来て、学生やスタッフをできる限り手伝っています。

4. 卒業予定の学生
今年度、IYAMANには卒業予定の学生が4名います。教育学科の3名(エイミー・パディリア…英語、フェデリナ・カミーロ…数学、ジュナリー・ボスィロ…物理)は、それぞれベンゲット州キブンガン郡、マンカヤン郡、トゥブライ郡で、現在、教育実習を行っています。もう1名のアリザー・メネスは、農業学科農業経営を専攻しており、ここ、ラ・トリニダッドで、豆類の品種ごとの取り扱いの違いに関する卒業論文を準備しています。

5. クリスマス・パーティー
学生たちは、クリスマス・パーティーをベンゲット州カパンガン郡タバアオで開くのを楽しみにしています。その主な目的は、私たちの支援者であるWE21が援助を行っているこの土地に親しみ、その取り組みと支援を見てその価値を知ることです。


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2007年9月~12月4

2008年03月01日 | ニュースレター
持続可能な農業プログラム(AAP)の活動報告 

SOFOが新たなメンバーに門戸を開く
     メアリー・アン・サンティル

シナクバット有機農業農民組合(SOFO)は、その生産物の販売先としてベンゲット・ネットワークとの提携に加えて、ベンゲット州立大学(BSU)とも提携することになりそうです。BSUは有機生産物の販売所を設置することを企画しており、実現した場合には、SOFOはその認定生産者の一つとなります。BSUの代表者は2006年12月にSOFOのローランド・セグナケン氏の農場を訪問し、セグナケン氏がBSUに提出した申請について再確認しました。セグナケン氏は、BSUの後援で開かれた有機野菜の生産と販売についてのセミナーとトレーニングに、SOFOの代表として参加しました。
SOFOは2007年1月から5月にかけて、ベンゲット・ネットワークにニンジン、豆、キャベツを供給しました。その期間にSOFOが供給した生産物は以下の表のとおりです。
現在、SOFOには6人のベンゲットネットワークとの契約メンバーがいます。6月から9月にかけて、雨期に入り、台風などの自然災害のため、キャベツ、ジャガイモ等の彼らの生産物の一部は配送されませんでした。2007年9月には、SOFOはベンゲット・ネットワークの生産計画会議に参加しました。この生産計画は2007年10月から始まり、供給は2008年1月からになります。SOFOはニンジン、ジャガイモ、キャベツの生産に重点を置いてきました。可能ならば、これらの野菜をそれぞれ週に50kgずつ生産することを計画しています。これだけの量を生産しそれを維持していくために、SOFOは組織を再編成し、その結果として36人が新しく契約しました。また、メンバーにとって有益となるような計画も立てられ、キノコ栽培のセミナーを開くこと、有機肥料を作るための小屋を建てることが決定しました。
品目 量(kg) 供給者 日付
ニンジン 202 SOFO 2007年1月
ニンジン 66 SOFO 4月
ニンジン 13 SOFO 4月
ニンジン 28 ラビンタン氏 4月
ニンジン 208 ベルティン氏 4月
キャベツ 12 ベルティン氏 4月
ニンジン 128 ベルティン氏 4月
豆 21 ベルティン氏 4月
ニンジン 109 ベルティン氏 4月
豆 18 ベルティン氏 4月
ニンジン 39 ラビンタン氏 4月
ニンジン 49 ベルティン氏 4月
ニンジン 58 ベルティン氏 4月
ニンジン 28 SOFO 5月

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2007年9月~12月3

2008年03月01日 | ニュースレター
ヘルスプログラムの活動報告  

村人によるヘルスプログラムの評価点検

ロリート・ティウアン

予定されていたヘルス・プログラムの活動は、2006年11月から2007年10月にかけて実行されました。その内容は、基本技術研修、伝統的ヘルスケア研修、母子健康研修、薬草研修であり、ベンゲット州バコン郡シナクバット区において行われました。
 このプログラムの評価点検のための聞き取り調査が、2007年10月12日から15日にかけてシナクバットの複数の村で行われ、参加者たちの反応、コメント、提案が集められました。また、研修がどのような影響を及ぼしたか、およびその内容がどれほど実用化されているかの調査も行われました。
 参加者たちの意見、反応、提案、コメントを総合すると、参加者が健康管理の技術を習得し、より多くの知識を得るために、今後の活動について、以下の要望がありました。

1. 健康の大切さ、衛生的環境、バランスの取れた食糧接取、代替医療についての講義
2. 指圧療法とマッサージについて参加者がさらに技術を習得するための研修
3. 経験豊富な母親が若い母親に母子健康管理について自分の経験を伝える機会をつくる
4. この地域で利用できる薬草とその用途を特定すること

参加者の反応は、ほとんどが肯定的なものであり、区唯一の医療従事者である助産師の活動につけくわえ、この村に必要なプログラムであるという評価でした。このプログラムは、「健康はすべての人にとって大切なこと」ということを参加者自身が、意識する入り口となったようです。

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2007年9月~12月2

2008年03月01日 | ニュースレター
環境教育プログラム(EEP)の活動報告 

アドヨナン小学校とマリアノ・サバリノ小学校でのEEP
メアリー・アン・サンティル

「・OKINA KURINO KINO SHITADE!」
学校の裏にコーヒーの木と果物の木を植え終わった後、子どもたちは楽しそうに歌いました。
 児童たちは、過去数カ月にわたって植林を行ってきました。また、身の回りの環境の大切さについての講義を受け、活動を行いました。それらの活動の続きとして、去る9月に子どもたちは植物の世話についてのガイドラインを学びました。また子どもたちはいろいろな状況の例を与えられ、それについての絵を描くことを通して、木々を世話することが大切であるということを認識しました。10月に、そのフォローアップとして、1年生から3年生の児童はちぎり絵作りを行いました。子どもたちは使い古しの色紙などをちぎり、森の風景を作りました。これは、子どもたちの目を自然の美しさや大切さに向けさせることになります。4年生から6年生の児童は、自然を破壊から守るために自分たちが何をするかを表現することを求められました。子どもたちが状況を分析し、身近に感じるようにすることが目的です。子どもたちはこれを劇として教室で発表しました。児童たちは積極的に参加し、活動を楽しみました。教員たちは子供たちが劇を演じるのを見て喜びました。なぜなら、彼らによると、子どもたちにとって自分を表現する訓練になったからであり、普段の授業では勉強を第一にしなければならないので、教員たちにはこういうことを教えることができなかったのだそうです。
 11月には、子どもたちの知識の幅を広げるために、私たちはゴミのテーマに移りました。全学年の児童が、家庭での正しいゴミの分別法について講義を受けました。子どもたちは自然分解する性質のゴミとそうでないゴミとの区別と、3R(reuse:再利用する、reduce:ゴミを減らす、recycle:リサイクルする)を実行するやり方を学びました。1年生から3年生までは、使った後の画用紙、アルミホイル、飴の包み紙で、クリスマスの飾りを作りました。画用紙で星の骨組みを作り、それを飾るのに飴の包み紙などを切って利用しました。4年生から6年生の児童は、古着と飴の包み紙を使って、枕、ウサギのぬいぐるみ、小袋を作りました。家から持ってきた古着を、配布された型紙を使って切り、飴の包み紙を細かく切ったものを枕とウサギの詰め物に使いました。作った星は自分たちの部屋の飾りになり、枕は学校の座席のクッションにしたり、家に持ち帰って寝るときの枕にしたりしました。
 この活動の結果として子どもたちの才能が大いに発揮され、教員や保護者たちは子どもたちの作品に驚きました。当の子供たち自身でさえ、自分の作ったものにびっくりしました。EEPの活動の後ではいつでも、子どもたちは「うわあ!」と驚きと喜びの声をあげました。願わくは、EEPが子どもたちに届けたこのささやかな喜びと興奮の道が、これからも続き、広がっていきますように。

IYAMANがハンドオーバーのための研修を開始
ヴェロニカ・チョリン

 環境教育プログラム(EEP)は、さまざまなテーマについて、人々が知識を獲得し、あらゆる生活の場面で対応する技術を得ることができるプログラムです。知識だけでなく、環境に対する責任ある行動を行う心を育て、環境の状態を改善することです。

 2004年、IYAMANは、環境教育のプログラムに着手しました。それから4年が経ち、今なおEEPは前進を続けています。今回は、2007年8月、以前からの活動の場であった5つの小学校(シナクバット小学校、バコン・セントラル小学校、スヨク小学校、タグットゥッド小学校、パスドン小学校)において、教員たちとの間で評価および今後の計画会議が行われ、各学校の教員からの要望に応え、環境教育の研修を企画しました。この研修の目的は、環境意識について教員を教育し、各学校で彼らがEEPを継続できるようにすることです。彼らは自らが学んだことを児童や同僚の教員に教える責任を持ちます。
 EEPの研修は、当初各学校から代表者が2名、IYAMAN事務所に集まり行うことが予定されていました。しかし、各学校のすべての教員が参加できるようにしてほしいと要望があり、各学校ごとにその地域で、研修を行うことになりました。それによって、研修に興味を持った保護者も参加できるようになりました。教員の異動があった場合にも、新しい教員に知識を分け与えることができ、同様に、研修に参加した住民は、ほかの住民や特に子供たちに知識を分け与えることができます。また研修は、1日かけて行い、講義とディスカッションと各地域で利用可能な材料や資源を使ったクラフト作りが紹介されます。
 2007年11月17日、IYAMAN・スタッフは講師のエルヴィー・サンティルさんとともに、土地の材料を使って、スリッパ作りと編み籠の研修を実施しました。籠の材料には竹とつる植物(カンカナイ語で「バンタラアン」と呼ばれるもの)が使われ、スリッパにはひもや硬い紙が使われました。この研修にはシナクバット小学校の教師8人、近くのダリンゴアン小学校の教師4人、デイケアの教師1人が参加しました。
 籠のためのこれらの材料は、飾り、皿、内履き、かばん、マット、ぼうしなど、あらゆる工芸品を作るためにも利用できます。この編み籠作りは土地の伝統的な材料を使うもので、もともとは地域に伝わっていたものでした。しかし近代化とともに価値をおかれなくなり、最近ではとても稀なものになっています。そのような中で、使い古しの袋からとったひもや紙を丸めて硬いひもを作りリサイクルすることで、伝統文化が見直されるという現象が起きています。
2007年11月24日、パスドン小学校で、IYAMANは松葉と松ぼっくりを材料とする籠作りの研修を行いました。松葉のかわりにわらを使うことも可能です。本来は、午前中が講義とディスカッション、午後を籠づくりにあてる予定でしたが、予定されていた進行役の女性は、体調を崩し直前になって、行くことができず、村では予期せぬ行事が入り、参加できた教員と女性は多くありませんでした。研修を延期することはできないため、籠づくりのみ行いましたが、再度、学校側と話し合い、研修を企画することにしています。

 タグットゥッド小学校では、タイガーグラス(ほうきの材料になる草)の茎を使う額縁作りの研修が行なわれます。この材料は、ほうき作りの盛んなタグットゥッドでは簡単に手に入るものですが、ただ捨てられているものです。そのため教員たちはこれを使って役に立つものを作ることを望んでいます。バコン・セントラル小学校とスヨク小学校は、ごみ管理の一環としてリサイクル活動を行う予定です。このトレーニングは2008年1月に行われます。

 これらのクラフト作りは、リサイクルという面だけでなく、作られた製品を学校の収益プログラムに利用し、今後の環境教育プログラムの苗木の購入などの資金としても使われる予定です。教員と村人が一体となって、環境にやさしい製品を後押ししていけば、少なくとも、彼らは地球という惑星を守ることに貢献していると言えるのです。


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2007年9月~12月1

2008年03月01日 | ニュースレター
親愛なる私たちの友人であり、支援者の皆様へ

IYAMAN代表
クリスティ・セグネケン・アーバン

すべての皆様に心からのごあいさつを申し上げます。
そして、「メリー・クリスマス・アンド・ハッピーニューイヤー!」

 コミュニティの人々およびイヤマンのスタッフを代表して、私から感謝の念を伝えさせていただきます。イヤマンを支援してくださったすべての皆様のおかげで、また一年、成功の年を送ることができました。皆様の支援の大きさは本当にはかりしれず、学生や子供たち、そしてコミュニティのメンバーの生活には、実にさまざまな形で変化が訪れました。

個人的にもお礼を言わせてください。特に私が家族と死別した時に皆様が寄せてくださった祈りや温かいメッセージや、皆様が心から気遣っていると伝えてくださる時の思いやりと思慮深さには感謝しております。もしも私が今も強くいられるとしたら、それは、皆様と一緒にならば自分はまだ前に進むことができる、と私が知っているからです。イヤマンを含め、使命は始まったばかりであり、これからも続いていかなければならないのです。ありがとうございます。そして皆様に神の祝福がありますように。




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2007年5月~8月7

2008年03月01日 | ニュースレター
奨学生の紹介

2007年度 奨学生 エリザベス・アプラット

「私はこの人生を一度しか生きられない。それゆえに、同志のために、あらゆる良い行ないをすることができる。この道を二度と通ることはないのだから今、そうさせてください。」この言葉に導かれるように、私は将来のキャリアを考えるようになりました。
私は1988年5月17日に、ベンゲット州キブンガン、タカダンで、農業を営むサトゥール・アプラットとマルセリーナ・マジンの11人兄弟の6番目の子供として誕生しました。
子供時代は、故郷で過ごし、両親の農作業を手伝いました。また、犬や、鶏、ブタといった動物にえさをやるなどの、他の作業も兄弟と一緒に手伝いました。時々、兄弟たちと川に泳ぎに行ったり、石を集めたりしました。
私は、タカダン小学校とバド・ダンワ農産業学校を卒業生総代で卒業しました。現在、ベンゲット州立大学の2年生です。
両親は、子供時代の私にとても厳しく、近所の子供たちと遊びに出かけることを許してくれませんでした。それどころか、何かの組織に加入し活動することも許しませんでした。けれども、私自身には、将来国のために役立ちたいという思いがあったので、将来リーダーとして活躍するために、学び、鍛えられるようにあらゆる活動に参加するよう努めました。たとえば、フィリピンガールスカウトのメンバーになったり、小学校の生徒会役員にもなりました。
高校時代には、科学クラブに所属し、部長として活動しました。また、引き続きガールスカウト高等部にも所属しました。バド・ダンワ農産業学校の公式な発行物「アン パティティック」では、記者兼編集者を行い、副編集長にも任命されました。その他にも、学生会の役員であり、副会長も務めました。現在では、CTE-COMELECのメンバー、赤十字青年組織、シグマ・ガンマ・ゼタリタラティ、ベンゲット州立大学で発行している冊子「Mt. Collegian」の記者として活躍しています。

私は、国民的英雄ホセ・リサールに大変影響を受けました。幼少の頃、当時小学生だった兄より、いつも彼の話を聞かされていたため、今でも彼をとても尊敬しています。私は、いつか、彼のように国と神のために尽くしたいと思っています。その思いが私を将来リーダーとなるために、様々な組織に参加することに駆り立てました。
暇があれば、新聞や雑誌や本を読んでいます。私の両親は、子供たちに高等教育を受けさせる余裕がありませんが、そのことで私が将来の夢を諦めることにはなりません。なぜならこうして培われた忍耐があれば、人生における困難に打ち勝つことができると信じているからです。ご支援本当にありがとうございます。

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2007年5月~8月6

2008年03月01日 | ニュースレター
第二の故郷IYAMAN
マヤ・シノット

2000年に私は大学生でした。当時の私は、恥ずかしがりやで内気なマヤ でした。授業で前に出る時には、いつも顔が赤くなり、緊張していたことを覚えています。私はおしゃべりでもなかったので、他のイバロイ族と同様に「恥ずかしがりやのマンゴー」とあだ名をつけられました。ともかく、それは本当のことです。
4年後、社会福祉の学位を修了し、やっと社会にでることになりました!そしてIYAMANでの一年間の研修が始まりました。最初は、他の機関で実施されている村の組織活動に参加しました。しかし、翌年からはフルタイムで勤務することになり、次の年には、常勤スタッフとして2007年4月30日まで勤務しました。
ここで勤務した間について学んだことについては、山ほどあります。まだ時々「控えめな内気さ」は持っていますが、今なら、私は内気で「恥ずかしがりなマンゴー」ではないと自身を持って言うことが出来ます。いったいどうしてでしょうか? 4年生の時に実施した野外実習期間、ベンゲット州の村に、学生たちはそれぞれ派遣されました。残念ながら、私はラ・トリニダットに派遣されました。そこは都市化されており、私が育った村とはだいぶ違いました。その代わり、私はグループワークとケースワークの概念と理論や、インタビューの仕方を学ぶことができました。
その学んだことをIYAMANではすぐに、応用する機会が与えられました。例えば、奨学生やその親との個別の面談の際に、IYAMANでの年間評価といった時に。村での様々な活動に応用されたのです。村人の心を一つにするために、様々な語りかけや配慮が必要とされ、活動も楽しく行わなければ、人は集まってきません。会議のときには、頭を休めるための歌や、歌に動きをつけ踊るといったことも紹介し、また個別に接することが必要な場合は、積極的に話をしに家を訪問に行きました。IYAMANの活動している村で私たちが行ってきた活動内容は、まさにコミュニティの組織化で、それはソーシャルワーカーとして、特に村開発を学ぶことの基礎となりました。
先ほど述べたこと以外にも、IYAMANにおいて、奨学生として、またスタッフとして、研修生として、様々なことを経験し、特に、日本やタイ、そしてカンボジアといった異文化との出会いなどは、誰でも経験できるというものではありませんでした。海外だけでなく、子供時代から大学まで、ベンゲット州の他の市町村についてあまりなじみがなく、いくつかの場所の名前を聞いたことがある程度でしたが、国内のほかの地域であるヌエバ・ヴィスカヤやバコロドといった地方を訪問したのもIYAMANの活動を通してでした。その地域への訪問は、単なる訪問というよりは、人々や文化との最も大切な出会いでした。
SLUでの社会福祉コースに入学する前に、BSUで教育を学んでいました。最終的に社会福祉を勉強することになったことを後悔はしていません。
私にとって、IYAMANの一員となることは、社会福祉へと神がお導きになったからです。代表のクリスティさんや事務局長の松本栄子さんに出会ったことにより、そのコースを選択することになったのです。彼女たちは、大学以外での私のよき指導者となりました。彼女たちには色々な点でお世話になりました。たくさんのミスしたときでも、 いつも穏やかに理解し、アドバイスをしてくれました。私にとっては、叱責されることにより、その過ちから学ぶことが充分できました。
スタッフとして、事務的な仕事も学ぶことができました。何もない村出身の私が、例えば、訪問者の受け入れ準備のためのホテルの部屋の予約、日本へ行くためのビザの取り方やチケットの予約、寄付の仕組みやニュースレターの編集、報告書の作成や他団体とのネットワークの作り方、銀行や保険の手続きなどの調整といった仕事です。この仕事を通し、人と接する際の適切な対応を学ぶ訓練となりました。と同時に、それらの機関について理解を深めることができ、社会人として大変役に立ちました。
IYAMANを去ることは大変つらく、本当にここに残りたい気持で一杯です。しかしながら、家庭の事情があり現実に直面しなくてはなりません。私はまだIYAMANと共におります。もし機会があれば、また戻ってきたいと思っております。メンバーの皆さん、一緒に時間を分かち合ってくださりありがとうございます。何処へ行こうともいつも皆さんのことを忘れません。皆さんに与えられた機会を無駄にしないでください。奨学生の皆さんに幸運が訪れますように。スタッフの皆さん、仕事を楽しんでください。皆さんのことを忘れません。
サポーターの皆様、愛情に感謝いたします。皆様はいつも私の一部です。私が何処へ行こうとも、皆様との思い出は、いつも私の心の中にあります。心より感謝の気持を申し上げます。 私の幸運と成功をお祈り下さい。

*卒業と同時にIYAMANのスタッフとして、活動を支えてくれていたマヤが、この度、退職することとなりました。マヤのお父さんが台風の日、倒木の下敷きになり、体が麻痺してしまいました。多額な医療費がかかるようになり、IYAMANのお給料では、その治療費を負担することができません。そこで、親戚の紹介で、海外へ家政婦として、働きに出ることとなりました。マヤを長い間支えてくださった支援者の皆様、本当にありがとうございました。そして、マヤちゃん、お疲れ様でした。一日も早く戻ってこれることを願っています。


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2007年5月~8月5

2008年03月01日 | ニュースレター
奨学生プログラムの活動報告 
2007年度 IYAMAN奨学生の選考
ジョナサン・ワグエ

2007年4月、BSU構内の掲示板に新規奨学生募集について掲示されました。掲示後、20人を越える応募希望者が事務所を訪れましたが、条件が合わず、最終的には20人の応募となりました。奨学生の選考基準は次のとおりです。
a 家族背景
b 応募者が選んだコースへの関心度合
c イーヤマンへの協力姿勢、ここでの任務、現状、ポリシーに賛同できること
d 生活状況
e 以前このプログラム存続の目的でプログラムを遂行したことがある団体出身であること
上記基準はインタビューの中で質問事項によって明らかにされました。
スタッフによる一次試験遂行後、10人の応募者が最終試験に残りました。最終インタビューはIYAMAN代表によって行われ、最終的に5人の応募者が選ばれました。その後、奨学生と彼らのご両親又は保護者の方とのオリエンテーションと契約締結が行われました。奨学金プログラムについての背景や、構成、奨学生に与えられる給付金の限度、奨学生が今後どのようなことで貢献できるかなど、いくつかの質問が両親達からありました。これらの質問については、契約締結の前にすべて解決されました。

1 ジェダリン・パキト 農業科学 トゥブライ、1年
2 ロドニー・ベニー 初等教育学 バクン、 2年
3 ジョイ・リト・パトリシオ 農業科学 アトック、 1年
4 ゼナイダ・バクダヤン 森林科学 バクン、2年
5 エリザベス・アプラット 中等教育学 キブンガン、2年

****奨学生定例ミーティングの報告****
 6月の定例会議:新しいスカラ生を含む個々の報告は、特に各専攻学科についての学校での状況について話されました。新しいスカラ生には歓迎プログラムの準備について個々の任務も指示されました。
 7月の定例会議:事務所での学生の任務に関しては、新しい奨学生も参加しました。デンシア・ボラス については、彼女の持つ諸事情により事務所内の仕事については免除されました。昨年度のミーティングや訓練への遅刻や欠席の状況を踏まえ、今後の方針は修正されました。昨年度との違いは、方針に違反した場合、グループ全体で歌や踊り、又何か得意なことを罰として披露してもらいます。特定のプログラムやミーティングに欠席や遅刻をした全ての学生は、定例ミーティングにて何かを披露してもらうこととなりました。  

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2007年5月~8月4

2008年03月01日 | ニュースレター
持続可能な農業プログラム(AAP)の活動報告 

家畜飼育プロジェクト

 環境教育、農業、奨学金と保健衛生プログラムに加えて、家畜飼育プロジェクトを開始しました。これらのプログラムは村の人々の生活水準の向上を目的としています。
 2006年2月日本の支援者「WE21ジャパン」から家畜飼育プロジェクトについて賛同を得、このプロジェクトは始まりました。
まず、IYAMANのパートナーであるシナクバット村から7組の受益者を選抜することから始まりました。しかし、プロジェクトの継続を確実にするために、次に挙げる適正能力が受益者選抜において考慮され、今回は3組の家族に絞りました。
1)村の組織に協力しているメンバーであり、このプログラムを提案してきた女性組織のメンバーでもあること。2)プロジェクトを遂行する才能があること、又は支払い能力があること。3)今後も、村の活動への協力ができること。4)政府から質問されたら、プログラムの趣旨を説明できること。5)選考委員からの推薦があること。
その他の4組は、今までのIYAMANとの関係から信頼できる女性たちが、複数選考されました。
資金に関しては、1人4000ペソが援助されます。この金額は2匹の子豚を購入するための金額です。半年後、この金額に元金の利息分として250ペソを加算した金額を返却することになります。利息の金額は、通常とても高いため、このような収入向上のための豚の飼育をしたくても、元金がない農民には始めることができません。私たちは、 お金の支払いや様々な取り決めが書かれた同意書へのサインをIYAMANと借用者の間で執り行い、 豚が健康に成長しているかどうか、飼育状況のモニタリングを2ヶ月に1度、行いました。
半年後、首尾よく集められた受益者達からの報告は肯定的な内容のものばかりでした。  村内で餌を入手したため、豚が健康に育ち、子供たちに対しても、豚への餌やりを通して両親を手伝うことの原動となったようです。そして、当初の目的どおり、これらのプロジェクトは、家族の確かな収入向上につながりました。また、様々なことも見えてきました。まず、半年間の飼育期間は全ての借用者に当てはまるわけではないこと。例えば、村で飼育される豚は通常野菜、または村内で入手できるものを餌として与えられ、都市部で育てられる豚は飼料を購入し、有機でない餌を与え、その結果、村の豚より成長が早まるし、気候も左右され、暖かい地域の豚のほうが成長が早いのです。また、このプロジェクトは、5月から10月の間が適しているということも分かりました。村では、雨季にかかるこの時期は飼育するために必要な食物が育つ時期だからそうです。
  2007年7月末で、全ての借用者達は既に契約書で同意した、元金に利息分の250ペソを加算した金額を返済しました。
  シナクバット村からは、返却した金額を他のメンバーの為にも継続してほしいとのリクエストがありました。又、豚を2匹から、3匹にしてほしいという要望もあがっています。
  現在、借用者達は豚を売って得たお金で、養豚を自分で、続けています。
IYAMANでは、シナクバット村からの要望に応える方向で、話し合っていきたいと思っています。

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