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【COGHCC聖書通読】 2017/08/09

2017-08-09 07:20:55 | 一日一章・聖書通読日記
詩篇 48:1-3
「主は大いなる神であって、われらの神の都、その聖なる山で、大いにほめたたえらるべき方である。 シオンの山は北の端が高くて、うるわしく、全地の喜びであり、大いなる王の都である。 そのもろもろの殿のうちに神はみずからを高きやぐらとして現された。」

神様をほめたたえるのに最も相応しい場所は、聖なる神の都エルサレム、神殿のあるシオンの山です。神様はこの場所を聖別してその栄光を現される場所として選び、永遠にその御名を置くと約束されました。エルサレムの麗しさこそ神様を具体的に現すものですから、私たちはエルサレムの平和と祝福のために、真剣に祈り続ける者でありたいと願います。

http://bible.com/81/psa.48.1-3.ja1955

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詩篇 48:4-8
「見よ、王らは相会して共に進んできたが、 彼らは都を見るや驚き、あわてふためき、急ぎ逃げ去った。 おののきは彼らに臨み、その苦しみは産みの苦しみをする女のようであった。 あなたは東風を起してタルシシの舟を破られた。 さきにわれらが聞いたように、今われらは万軍の主の都、われらの神の都でこれを見ることができた。神はとこしえにこの都を堅くされる。[セラ」

エルサレムはまた国々の紛争の場所でもあります。現在もエルサレムの所有権を巡って、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒、そしてパレスチナ人たちが火花を散らしています。まるで今日の詩篇のように、国々の王はエルサレムを奪い合うかのように、結託し、また対抗しあっています。しかし勝利を収められるのは人の立てた諸国の王ではなく、まことの王なる神様です。人の力でエルサレムを強奪しようとしても、神様がそれを許されません。私たちはこの真理にいち早く目覚め、神様が栄光を伴ってエルサレムに降り立ち、すべての国々を支配される再臨の日が早く来るようにと祈り待ち続けたいと願います。

http://bible.com/81/psa.48.4-8.ja1955

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詩篇 48:9-11
「神よ、われらはあなたの宮のうちであなたのいつくしみを思いました。 神よ、あなたの誉は、あなたのみ名のように、地のはてにまで及びます。あなたの右の手は勝利で満ちています。 あなたのさばきのゆえに、シオンの山を喜ばせ、ユダの娘を楽しませてください。」

私たちは主の宮で神様のいつくしみにどれほど思いを巡らせているでしょうか。主の御名によって祈るとき、神様の誉れをどれほど感じ取っているでしょうか。私たちの信仰が形骸化しないためにも、主の恵み、慈しみ、憐れみ、麗しさに想いを馳せ、慕い求める心をもって、具体的なイメージを描きつつ、神様の御名を呼び求める者でありたいと願います。

http://bible.com/81/psa.48.9-11.ja1955

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詩篇 48:12-14
「シオンのまわりを歩き、あまねくめぐって、そのやぐらを数え、 その城壁に心をとめ、そのもろもろの殿をしらべよ。これはあなたがたが後の代に語り伝えるためである。 これこそ神であり、世々かぎりなくわれらの神であって、とこしえにわれらを導かれるであろう。」

エルサレムの神殿は、後の世代に神様の栄光を語り継ぐために建てられたものであって、神殿そのものが礼拝の対象となってはなりません。その中におられる神様を思うとき、神殿の存在意義を正しく受け止めることができます。「麗しき主を仰ぎ見て、主の宮に住み、主を想う」というワーシップソングの歌詞がありますが、まさにその通りです。神様の栄光と慈しみを具体的なものとして受け止め、主の素晴らしさを日々想う私たちでありますように。

http://bible.com/81/psa.48.12-14.ja1955
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