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【COGHCC聖書通読】 2017/01/04

2017-01-04 18:15:50 | 一日一章・聖書通読日記
列王紀上 18:1-2
「多くの日を経て、三年目に主の言葉がエリヤに臨んだ、「行って、あなたの身をアハブに示しなさい。わたしは雨を地に降らせる」。 エリヤはその身をアハブに示そうとして行った。その時、サマリヤにききんが激しかった。」

サマリヤの干ばつは長く続き、飢饉も激しくなりました。3年目にしてようやく地に雨を降らせるとの主の言葉がエリヤに臨み、ザレパテの地に逃れていたエリヤは、アハブ王に会うためにサマリヤに出向きました。

これほどまでにサマリヤが干ばつと飢饉で苦しめられたのは、彼らが信奉した偶像礼拝の神々に対する裁きです。バアルは水の神、豊穣の神といわれます。これは出エジプトの際、エジプト人が神々としていた動物や自然現象が彼らを苦しめたのと同じです。私たちは人の力の及ばない自然現象を神々として崇めるのではなく、自然をも支配されるまことの神様を畏れ、心から仕えるべきです。

http://bible.com/81/1ki.18.1-2.ja1955

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列王紀上 18:3-4, 7-8
『アハブは家づかさオバデヤを召した。(オバデヤは深く主を恐れる人で、 イゼベルが主の預言者を断ち滅ぼした時、オバデヤは百人の預言者を救い出して五十人ずつほら穴に隠し、パンと水をもって彼らを養った)。

オバデヤが道を進んでいた時、エリヤが彼に会った。彼はエリヤを認めて伏して言った、「わが主エリヤよ、あなたはここにおられるのですか」。 エリヤは彼に言った、「そうです。行って、あなたの主人に、エリヤはここにいると告げなさい」。』

サマリヤの王アハブは主の御言葉に聞き従わわない悪しき王でしたが、その家臣には心から主を畏れるオバデヤがいました。彼はアハブの妃イゼベルが主の預言者を絶ち滅ぼしたとき、100人をかくまって命を救い、飢饉の中でもパンと水を与えて養いました。干ばつの終わりを告げるためにサマリヤに戻ったイザヤと出会ったオバデヤは、わが主エリヤよ、と呼びました。彼はどれほどイザヤの帰りを待ちわびていたことでしょうか。たとい神をも畏れぬ悪しき主君に仕えていても、オバデヤのように忠実に主に従い通す私たちでありますように。

http://bible.com/81/1ki.18.3-4,7-8.ja1955

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列王紀上 18:16-18
『オバデヤは行ってアハブに会い、彼に告げたので、アハブはエリヤに会おうとして行った。 アハブはエリヤを見たとき、彼に言った、「イスラエルを悩ます者よ、あなたはここにいるのですか」。 彼は答えた、「わたしがイスラエルを悩ますのではありません。あなたと、あなたの父の家が悩ましたのです。あなたがたが主の命令を捨て、バアルに従ったためです。」』

3年ぶりにエリヤと対面したアハブ王はエリヤに向かって「イスラエルを悩ます者よ」と呼びかけました。しかしイスラエルに干ばつと飢饉をもたらしたのは、主を捨て、御言葉に聞き従わず、偶像礼拝を盛んに行ったアハブ王自身です。

主に逆らう者は自分を正当化しますが、それは見当違いです。主の御前に遜って己の罪を悔い改めることこそ、まことの祝福を得るための原点です。

http://bible.com/81/1ki.18.16-18.ja1955

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列王紀上 18:19-21
『それで今、人をつかわしてイスラエルのすべての人およびバアルの預言者四百五十人、ならびにアシラの預言者四百人、イゼベルの食卓で食事する者たちをカルメル山に集めて、わたしの所にこさせなさい」。 そこでアハブはイスラエルのすべての人に人をつかわして、預言者たちをカルメル山に集めた。 そのときエリヤはすべての民に近づいて言った、「あなたがたはいつまで二つのものの間に迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」。民はひと言も彼に答えなかった。』

エリヤはサマリヤに蔓延した偶像礼拝と雌雄を決するために、バアルの預言者450人とアシラの預言者400人、そして北イスラエル王国に偶像礼拝をもたらして悪女イゼベルの親衛隊をカルメル山に集めさせました。そこに集まって来たイスラエルの会衆に、あなたはいつまで2つの間で迷うのか?と問いましたが、決断することのできないイスラエルの民は黙っていました。まことの神様に聞き従うことと、偶像に聞き従うことは、決して相容れません。私たちは妥協の信仰とも決別しなければなりません。

http://bible.com/81/1ki.18.19-21.ja1955

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列王紀上 18:22-24
『エリヤは民に言った、「わたしはただひとり残った主の預言者です。しかしバアルの預言者は四百五十人あります。 われわれに二頭の牛をください。そして一頭の牛を彼らに選ばせ、それを切り裂いて、たきぎの上に載せ、それに火をつけずにおかせなさい。わたしも一頭の牛を整え、それをたきぎの上に載せて火をつけずにおきましょう。 こうしてあなたがたはあなたがたの神の名を呼びなさい。わたしは主の名を呼びましょう。そして火をもって答える神を神としましょう」。民は皆答えて「それがよかろう」と言った。』

まことの神様と、偶像の神々と、どちらを信じるべきか、態度を決めかねていたイスラエルの人々に対し、エリヤは薪の上に犠牲の雄牛を乗せ、火で焼き尽くす方をまことの神としようと提案します。このエリヤの提案にイスラエルの人々は同意しました。

ここでイザヤは、先にバアルの預言者たちに牛を選ばせました。あえて主導権を譲り、相手が優位になるようにして、主こそまことの神であることを証明しようとしました。私たちは時折、信仰の故に不利な目に遭うことがあるかも知れません。しかし私たちの信じる神様に、不利なことなど微塵もありません。むしろ、逆境の中で完全に働かれる神様の力ある御業を拝させていただく私たちでありますように。

http://bible.com/81/1ki.18.22-24.ja1955

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列王紀上 18:25-26, 28-29
『そこでエリヤはバアルの預言者たちに言った、「あなたがたは大ぜいだから初めに一頭の牛を選んで、それを整え、あなたがたの神の名を呼びなさい。ただし火をつけてはなりません」。 彼らは与えられた牛を取って整え、朝から昼までバアルの名を呼んで「バアルよ、答えてください」と言った。しかしなんの声もなく、また答える者もなかったので、彼らは自分たちの造った祭壇のまわりに踊った。

そこで彼らは大声に呼ばわり、彼らのならわしに従って、刀とやりで身を傷つけ、血をその身に流すに至った。 こうして昼が過ぎても彼らはなお叫び続けて、夕の供え物をささげる時にまで及んだ。しかしなんの声もなく、答える者もなく、また顧みる者もなかった。』

エリヤは先にバアルの預言者たちに自分たちの好む方を取らせ、彼らの神に呼び求めさせましたが、朝から晩まで叫んでも、踊っても、彼らの礼拝の方法に従い互いに身を傷つけあっても、薪の上に載せた燔祭の牛に火はつきませんでした。

人の手によって造られた偶像の神を熱心に礼拝したところで、このような虚しい結末を迎えることになります。無駄なことに時間と労力を費やす愚かさを捨て、まことの神にのみ仕える私たちでありますように。

http://bible.com/81/1ki.18.25-26,28-29.ja1955

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列王紀上 18:30-39
『その時エリヤはすべての民にむかって「わたしに近寄りなさい」と言ったので、民は皆彼に近寄った。彼はこわれている主の祭壇を繕った。 そしてエリヤは昔、主の言葉がヤコブに臨んで、「イスラエルをあなたの名とせよ」と言われたヤコブの子らの部族の数にしたがって十二の石を取り、 その石で主の名によって祭壇を築き、祭壇の周囲に種二セヤをいれるほどの大きさの、みぞを作った。 また、たきぎを並べ、牛を切り裂いてたきぎの上に載せて言った、「四つのかめに水を満たし、それを燔祭とたきぎの上に注げ」。 また言った、「それを二度せよ」。二度それをすると、また言った、「三度それをせよ」。三度それをした。 水は祭壇の周囲に流れた。またみぞにも水を満たした。 夕の供え物をささげる時になって、預言者エリヤは近寄って言った、「アブラハム、イサク、ヤコブの神、主よ、イスラエルでは、あなたが神であること、わたしがあなたのしもべであって、あなたの言葉に従ってこのすべての事を行ったことを、今日知らせてください。 主よ、わたしに答えてください、わたしに答えてください。主よ、この民にあなたが神であること、またあなたが彼らの心を翻されたのであることを知らせてください」。 そのとき主の火が下って燔祭と、たきぎと、石と、ちりとを焼きつくし、またみぞの水をなめつくした。 民は皆見て、ひれ伏して言った、「主が神である。主が神である」。』

夕刻の犠牲を捧げる時間になって、ようやくエリヤが行動を開始します。バアルとアシラの預言者たちの愚かな宗教活動に一日中待たされたイスラエルの人々は、エリヤのもとに集まりました。そこでエリヤは壊れた主の祭壇を繕い、単なる偶然で燔祭の牛に火がつかないように水を3度もかけてずぶ濡れにした上で主に呼び求めると、直ちに天から火が下って、燔祭の牛と薪は一瞬にして燃え尽きました。

いつまでも決断できなかったイスラエルの人々でしたが、この圧倒的な力ある奇跡を目の当たりにして、聖書の神こそまことの神であることを認めました。主にできないことなど一つもなく、その栄光を現すためになら人の常識では考えられない奇跡さえも起こされる、力ある神様であることを忘れてはなりません。

http://bible.com/81/1ki.18.30-39.ja1955

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列王紀上 18:41-46
『エリヤはアハブに言った、「大雨の音がするから、上って行って、食い飲みしなさい」。 アハブは食い飲みするために上っていった。しかしエリヤはカルメルの頂に登り、地に伏して顔をひざの間に入れていたが、 彼はしもべに言った、「上っていって海の方を見なさい」。彼は上っていって、見て、「何もありません」と言ったので、エリヤは「もう一度行きなさい」と言って七度に及んだ。 七度目にしもべは言った、「海から人の手ほどの小さな雲が起っています」。エリヤは言った、「上っていって、『雨にとどめられないように車を整えて下れ』とアハブに言いなさい」。 すると間もなく、雲と風が起り、空が黒くなって大雨が降ってきた。アハブは車に乗ってエズレルへ行った。 また主の手がエリヤに臨んだので、彼は腰をからげ、エズレルの入口までアハブの前に走っていった。』

奇跡を起こすことは神様の最終目的ではなく、あくまでも主こそまことの神であることを人々に証するためのものです。バアルとアシラの預言者との対決に勝利したエリヤは直ちに、主がとどめていた雨をイスラエルの地に降らせてくださいと祈りました。

しかし1度や2度の祈りではなく、7度目になってようやく雨雲の兆候が見えてきました。これはエリヤが、祈りが完全に主に届くまで、あきらめずに祈り続けたことを表しているのではないでしょうか。私たちはなかなか結果が出ないと、途中で祈ることをあきらめてしまいがちです。しかし神様のときは私たちの感覚とは異なりますから、祈りが聞かれたと確信が得られるまで祈り続けることが大切です。

http://bible.com/81/1ki.18.41-46.ja1955
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