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【COGHCC聖書通読】 2016/11/12

2016-11-12 10:17:24 | 一日一章・聖書通読日記
サムエル記上 20:1, 3
『ダビデはラマのナヨテから逃げてきて、ヨナタンに言った、「わたしが何をし、どのような悪いことがあり、あなたの父の前にどんな罪を犯したので、わたしを殺そうとされるのでしょうか」。

しかしダビデは答えた、「あなたの父は、わたしがあなたの好意をえていることをよく知っておられます。それで『ヨナタンが悲しむことのないように、これを知らせないでおこう』と思っておられるのです。しかし、主は生きておられ、あなたの魂は生きています。わたしと死との間は、ただ一歩です」。』

ラマのサムエルの元に身を隠していたダビデを殺すためにサウル王が直々に出向いてきたため、居所を失ったダビデはヨナタンの元に逃げて来て、どうして自分はいのちを狙われなければならないのですかと訴えました。サウル王の命令に忠実に従い戦果を挙げてきたのに、まさに死と隣り合わせのダビデの訴えは実に切実です。私たちもまた、自分には何の非もないのにどうしてこのような目に遭わなければならないのか?と訴えたくなる状況に置かれることがあります。そのようなときにこそ、心情を訴え、心の支えとなってくれる信仰の友の存在は、何にも増してありがたいものです。ダビデとヨナタンのように、神様を仲立ちとする強い友情で結ばれた信仰の友を持ち、互いに励まし合うさいわいに与る私たちでありますように。

http://bible.com/81/1sa.20.1,3.ja1955

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サムエル記上 20:12-13
『そしてヨナタンはダビデに言った、「イスラエルの神、主が、証人です。明日か明後日の今ごろ、わたしが父の心を探って、父がダビデに対して良いのを見ながら、人をつかわしてあなたに知らせないようなことをするでしょうか。 しかし、もし父があなたに害を加えようと思っているのに、それをあなたに知らせず、あなたを逃がして、安全に去らせないならば、主よ、どうぞ幾重にも、このヨナタンを罰してください。どうぞ主が父と共におられたように、あなたと共におられますように。」』

ダビデの苦境に、ヨナタンは父サウルの本心を確かめることを決意し、その結果をダビデに報告すると、神様に誓って約束しました。なぜならいくら王子といえど、一国の王を試みるような行為は命懸けのことだったからです。ダビデのために命を惜しまずに行動したヨナタンのように、私たちもまた愛する友のために自らの命をも捨てる覚悟で臨む者でありますように。

http://bible.com/81/1sa.20.12-13.ja1955

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サムエル記上 20:14-17
『もしわたしがなお生きながらえているならば、主のいつくしみをわたしに施し、死を免れさせてください。 またわたしの家をも、長くあなたのいつくしみにあずからせてください。主がダビデの敵をことごとく地のおもてから断ち滅ぼされる時、 ヨナタンの名をダビデの家から絶やさないでください。どうぞ主がダビデの敵に、あだを返されるように」。 そしてヨナタンは重ねてダビデに誓わせた。彼を愛したからである。ヨナタンは自分の命のように彼を愛していた。』

命懸けでサウル王の本心を探る覚悟を決めたヨナタンは、もし自分が命を落とすことになったならば、自分の子孫に慈しみを施し、ダビデの家から絶やさないでくださいと懇願しました。この約束は、後にヨナタンの子メピボセテをダビデの王宮に召し寄せたことにつながります。主の御前に交わした信仰の友との約束を決して忘れず、互いに真実を尽くし、誠実に実行する私たちでありますように。

http://bible.com/81/1sa.20.14-17.ja1955

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サムエル記上 20:31-34
『「エッサイの子がこの世に生きながらえている間は、あなたも、あなたの王国も堅く立っていくことはできない。それゆえ今、人をつかわして、彼をわたしのもとに連れてこさせなさい。彼は必ず死ななければならない」。 ヨナタンは父サウルに答えた、「どうして彼は殺されなければならないのですか。彼は何をしたのですか」。 ところがサウルはヨナタンを撃とうとして、やりを彼に向かって振り上げたので、ヨナタンは父がダビデを殺そうと、心に決めているのを知った。 ヨナタンは激しく怒って席を立ち、その月のふつかには食事をしなかった。父がダビデをはずかしめたので、ダビデのために憂えたからである。』

父サウルの本心を聞いたヨナタンは、ダビデのために執り成そうとしましたが、かえって父の怒りを買い自分も殺されようとしたことを通して、サウルの決意が固いものであることを知り、その日は食事も取らなかったほど深く憂いました。父サウル王と愛する友ダビデの間に立って板挟みとなったヨナタンのように、私たちもまた同じような状況に立たされることがあります。そのようなときも、何が神様の御心に適う正義であるかを尋ね求めつつ、人と人との仲を取り持つ仲裁者としての役割を果たすことのできる者でありたいと願います。

http://bible.com/81/1sa.20.31-34.ja1955

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サムエル記上 20:41-42
『子供が行ってしまうとダビデは石塚のかたわらをはなれて立ちいで、地にひれ伏して三度敬礼した。そして、ふたりは互に口づけし、互に泣いた。やがてダビデは心が落ち着いた。 その時ヨナタンはダビデに言った、「無事に行きなさい。われわれふたりは、『主が常にわたしとあなたの間におられ、また、わたしの子孫とあなたの子孫の間におられる』と言って、主の名をさして誓ったのです」。こうしてダビデは立ち去り、ヨナタンは町にはいった。』

命懸けでサウル王の真意を探り、他の人には気付かれぬようにその結果を知らせに来てくれたヨナタンの忠実さと配慮に対し、ダビデは三度の敬礼をもって感謝と尊敬の念を表しました。親しき仲にも礼儀あり、といわれるように、信仰の友に対しても礼節を守り、相手を気遣い、互いに尊敬し合う関係を保つ者でありたいと願います。

http://bible.com/81/1sa.20.41-42.ja1955
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