一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

過ぐる情けの仇

2017-06-28 22:44:44 | トピック

● 私は、職場の行き帰りに主にバス、ときに路面電車を利用しています。通勤以外のときには、いつもと違う運送会社のバスに乗ることがあります。そのようなバスに乗ると、アナウンスが過剰であることに、あらためて驚かされます。ふだん利用するバスと路面電車についてもアナウンスが過剰なのですが、慣れてしまって意識的に聞かないようにしているのかもしれません。

● 次の停留所の案内をしたかと思えば、間を置かずに最寄りの店舗などに関する広告が流れます。ここまではまあ納得できるにしても、続けて「早めに両替をお願いします」「忘れ物に注意してください」と、まあ細かい。しかも無闇矢鱈と丁寧で、必然長くなります。たとえば「2000円札以上の高額紙幣の両替はできかねますので、ご了承ください」といった具合です。これで終わるかと思っていると、今度は運転手がマイクを通じて「危ないので、バスが停まるまで席を立たないでください」と呼びかけたりします。これらのアナウンスがあまりに長く続くものですから、次の停留所の名称を忘れかけたり、降車ボタンを押すタイミングを逸したりしてしまいそうになります。

● バスや電車については、注意書きがやたらと多いのも気になります。とりわけ乗車口周辺には「ドアに手を挟まないようにご注意ください」「危険ですので、ステップに立たないようにしてください」といった大小の注意書きがペタペタ貼り付けられています。念のためにと考えて、時期をずらして掲示したのでしょうか。どうみても同じ趣旨の注意書きがすぐとなりに貼り付けられていることもあります。

● 西成活裕『逆説の法則』によると、駅や道路のサインを親切心から多くしてしまうと、利用者はかえって混乱し、無駄な滞留を起こしたり、渋滞を招いたりしてしまう。つまり、過剰が逆説をもたらしてしまうとのこと。なるほど、そうです。いざというときに適切な行動を阻害するようでは、望ましいアナウンスやサインとはいえません。

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