のこしたいもの

どうなるでもないこの世の中、せめて愉快に元気に・・・・・。

日本人の生活史 旧石器時代

2017年02月22日 | 未来へ残したいもの

大雑把な時代区分を旧石器時代、縄文・弥生時代、律令制社会、封建社会、民主主義社会に分け、各時期の社会環境、食、衣、住をみてゆく。

旧石器時代(紀元前14000年ごろまで)

日本に最も早く到達した人類はおおよそ8~9万年前の事でホモサピエンスを含んだ種であったようだ。しかし日本の旧石器時代に該当する遺跡は縄文以前のものとして沖縄から北海道まで日本全国に多数(約7500か所)発見されていて複数の種が生活していたらしい。その中で最終的に生き残ったのはホモサピエンス(モンゴロイド)という事になる。

岩宿遺跡や富沢遺跡など多数の遺跡資料から明らかに彼らは広範囲にわたって移動を繰り返す狩猟・採集生活を営んでいたことがうかがい知れる。

1. 社会環境
人々は定住することなく狩猟・採集生活をしていたが風雨をしのぐ短期的な生活拠点を持っていた。横穴住居と呼ばれる洞窟などや簡単な屋根を設けた住居がそれで言わばベースキャンプのようなものだったのだろう。

集団規模は旧石器時代後半でも数十人、複数の家族がひとかたまりとなって生活していたと想像する。恐らく男女、子供、老人で作業を分担していたとしても原則的に家族単位の行動ではなく集団全員で行動し手に入れた食糧は公平に分配されたのだろう。その行動範囲も食糧を求めてリーダーを中心としてベースキャンプに戻ってこれる範囲だったに違いない。

そんな彼らの生活も自然条件の変化によって狩猟採集の成果が怪しくなるとベースキャンプを変えて移動を繰り返したことだろう。そういう時には阿吽の呼吸という訳ではなく集団全員の話し合いて決められていたと思う。その際、生活拠点をどこにするかを決める要点は、より多くの食糧と水がいつでも手に入れられる事が最も大きなものだったはず。飲み水を雨水に頼るのは全く確実性がないし、雨水を貯めるにしてもたかが知れている。となると食糧となる動植物も豊富な川や池・湖が水場として近くにある場所に限られてくる。

では彼らは毎日どのようにしてすごしていたのだろう。最も時間をかけたのが狩猟や食糧となる植物の採集だろうことは容易に想像できるけれど、それ以外となると道具の製作と手入れくらいのものだっただろう。あとは眠る、おしゃべりくらいなもので食糧にさえ恵まれていれば相当のんびりしたものだったと思う。よく知られているアフリカに住むブッシュマン(コイサン族)のように。

旧石器時代人は様々な地域で上述のような生活をしていたに違いないけれど、日本全体としても2万人に満たない規模だったと言われている。そんな事を考えるとある集団が他の集団と遭遇するようなことはめったになく戦闘行為もなかったことだろうし、あったとしてもその場限りのものだったと思う。各集団の情報交換がなかったのだから彼らにとっての社会は個々の集団内に限られていた。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 前の記事へ | トップ | 人間の生と死 »

コメントを投稿

未来へ残したいもの」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL