のこしたいもの

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日本人を結び付けてきたもの(2)

2017年08月09日 | 未来へ残したいもの

天皇
日本の歴史を概観した中で民族としての日本人を特徴づけている根本的なものは何かということは日本人の未来を考えてゆく上で最も大切なことのように思える。日本と日本人のあり方を規定している最も大きな要因は自然条件であるのは当然として、その自然条件のもとで育まれてきた日本文化に最も強く作用してきたものは何であるのだろうか。それは思想、宗教、政治、経済などだろうが現在に至るまで一貫性を持ってあり続けてきた天皇制あるいは天皇の存在にあるように思える。

天皇家が現在まで存続しえたのはなぜか
日本が現在有する国土と国民の母体が形成された3世紀ごろから現在に至るまでの約1700年間絶えることなく日本の頂点にあり続けたのが天皇である。大和朝廷の成立(6世紀末?)以来天皇が名実ともに君主であった時や名ばかりの君主であった時もあったが天皇が日本から消え去ることがなかったのはなぜか? 天皇が邪馬台国の大王卑弥呼などと同様の諸大王の一人であった時代に人々が諸大王に抱いていた思いと同じものが根本にあったのだろう。しかし国家として成立し約1500年間にわたって天皇が日本から消え去る事なく日本の頂点にあり続けたのは一言で言うならば、日本が律令国家として成立する時、人民を統治し導く存在として天皇を位置づけ、神道と仏教が共存しうる宗教観を広め、儒学を社会体制維持する道徳観として国民に定着させていったからだろう。
だとしても常に天皇が国家の最高権力者として権力をふるい続けた訳ではない。そこで最も天皇の地位が弱体化した戦国時代以降の事を考えてみる。天皇・公家から武家が権力を握り強大化したとき、名前はどうであれ武家(幕府)は天皇に替わる存在となることを望んだはずである。天皇・公家を滅ぼすに余りある力を持っていたのだから。何故そうできなかったのか? ひとつには幕府の存立基盤である征夷大将軍とは天皇から任じられた冠位であった事。ふたつには仮に幕府が冠位を返上して天皇を廃して天皇に替わる地位を作ったとしても、武家社会自体が儒教的道徳観の上に成り立っていた事が挙げられる。そもそも日本の儒教的道徳観は天皇ぬきに成立しないのである。幕府・武家自体が天皇(=天子)を仰ぐ存在であり天皇を廃する事は儒教的道徳観の否定となり武家階級の存立基盤を失うことになるからである。

ところが太平洋戦争の敗戦は日本に建国以来初めて外国軍による統治をもたらした。天皇制は廃されても受け入れるしかない状態であったのだが、主権を国民に置き天皇は日本国の象徴とし戦争を放棄するとした日本国憲法が制定されたのである。日本国憲法の下で天皇は政治的に無力な存在となりながら日本の象徴として存続する事となったのである。なぜそうなったのかは想像するしかないが形はどうであれ天皇の存在を日本・日本人から消し去ることはできなかったのである。

上述の事を別な見方をすると、日本史のいかなる時代にあっても天皇が悪者扱いされることはなかった、常に絶対的な正義とされてきたと言う事でもある。世の中が平和に収まっているときは天皇に導かれた時の政権の施政が良かったのであり、世の中の乱れは時の政権の施政が悪いのであって決して天皇のせいにはならない。良いも悪いも時の政権たる公家・貴族、幕府、政党のせいで決して天皇ではないという事が一貫して日本人にとって当然の事とされてきたのである。かつての中国で天の神たる天子が皇帝として不可侵の存在として絶対視されてきたのに対して天皇(=天子)が絶対視されてきたのである。しかし決定的な違いは、中国では天子=時の皇帝 であった(従って天子の施政が悪い時新たな皇帝が取って代わり得た)が日本では天子=天皇 で天皇の下に政権があったのである。

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