一原堂便り

こちらは、一原堂・朝倉同窓会です♪

むか~しむかし、朝倉に鬼が!!

2014-02-03 | 日記・エッセイ・コラム

今日は節分

今夜は、各ご家庭でも 「福は~うち鬼は~そと」って豆まきされる方も多いのでは?

さて、その『鬼』なんですが、最初に姿を現したのが、朝倉だったという話題をお届けします。

日本初の歴史書の「日本書紀」巻第26に 日本最古の「鬼」が登場します。

斉明七年(661年)5月、斉明天皇は、滅亡の危機に瀕する百済(朝鮮半島の一国)救援の陣頭指揮をとるため、朝倉橘広庭宮に遷宮するのですが、この宮は落雷を受けたちまちに損壊し、しかも宮中には度々「鬼火」が出現したとの記述があります。

また近待の物が病気にかかり、バタバタ死んでいった・・・

さらに二か月後の7月には、斉明天皇自身が、崩御してしまいます。

そしてその葬儀の際に、「鬼」が出現したのです。

「是夕於朝倉山上 有鬼 着大笠 臨視喪儀。衆皆嗟怪」

~この夕、朝倉山の上に鬼が現れ、大笠をかぶり、葬儀の様子をうかがっていた。人々はみな「ああ・・・」と声をあげて怪しんだ~

うぁ~~~怖いですね

葬儀を覗き見ていた「鬼」とはいったい何者なんでしょう?

鬼といっても、角をはやした妖怪のイメージが出来上がるのは平安時代以降のことで、飛鳥時代、あるいは「日本書紀」が編まれた奈良時代は人知を超える事象全般をさしたといわれています。

人知を超える事象は、「鬼の祟り」のせいだと当時考えられたのです

・・・みなさん日本史でよく御存じの大化の改新(645年)の時に、中大兄皇子と中臣鎌足に殺害された「蘇我入鹿」が鬼になって祟って出たという説があるようです・・・

また一説には、山の上に傘雲がかかっていたのを「大きな笠を着た鬼」と表現したとも・・・

でも、ほんとに鬼が山から覗いてたって考えるほうが夢はありますよね(怖いけど

さあ、皆様 今夜は 「福は~~うち  鬼は~~そと」 ですよ。

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