ピンコロ往生伝

ピンコロで逝った方々のエピソードを集め、ぜひ自分もピンコロで逝きたいと願うブログ。

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「鍋や釜に入ってるようなお風呂はイヤ」

2016-10-31 00:46:28 | 日記
 98歳で亡くなったHさん(女性)は、90歳までアパートで1人暮らしをしており、介護士さんや息子さんの手助けも受けつつ、食事やトイレなど、死ぬ直前まで自分ですませていた。
 根っからの病院嫌い。昔堅気の人間だから、病院なんていかずに養生さえしてればいい、とさかんに言っていたらしい。手術も受けたことはない。

 食事はもっぱら野菜中心の菜食主義。肉や魚はほとんど食べない。たとえば一日二食として、麦入りのご飯に糠味噌漬けしたキューリなど、豆腐、みかんなどの果物、といったあたりがよくある献立。若いころは酒もタバコもやっていたらしいが、80代になったら、どちらもやめていた。
 体格は小柄。ご主人は宮大工で、40代で亡くなっている。

 新聞も毎日読み、90歳くらいまでは4~5キロの距離のところを散歩もしていた。
 大好きだったのが風呂。それも、息子さんに連れられて、毎日、銭湯に通っていた。
「鍋、釜に入っているようなお風呂はイヤ」
 というのがHさんの信念で、銭湯のようにゆったりした湯舟につからなくては意味がない、と思っていたようだった。番台の前まで息子さんが連れていき、それからはもちろん一人。だから銭湯の奥さんには、
「おばーちゃん、よく一人で来られるね」
 と感心されていたらしい。まさに死ぬ前日も、しっかりお風呂には行っていた。

 年齢的な衰えはあったとしても、98歳でテレビを見て、ラジオも聴いて、一日に最低1~2回は顔を出す息子さんから見ても、特にさしたる異変はなかった。
 だから亡くなったのも、まったく突然。
 息子さんが行くと、Hさんはぐっすり寝ている。いつものことなので、あまり気にもかけなかったが、お風呂に行く時間になっても目を覚まさなくて、どうもおかしい、と気づき、救急車を呼んだものの、すでに手遅れ。一応、診察は心不全だったものの、実質的には老衰だろう。

(Hさんから学ぶピンコロへの道)
 マイペースで生き、ちょうど枯れ木が枯れるように亡くなっていった例の一つ。
 ポイントは「根っからの病院嫌い」にあったのだろうと思う。病院とは縁がなかったからこそ、体のバランスを壊すような余計な薬をもらうこともなく、体に負担をかける過度な「治療」経験もない。
 結果的に、自然に生き、自然に死ぬことが出来た。
 こういう死に方を聞くと、いったい医療行為って何なんだろう、と考えさせられる。


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