ピンコロ往生伝

ピンコロで逝った方々のエピソードを集め、ぜひ自分もピンコロで逝きたいと願うブログ。

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「ごはん、いっぱい食べなよ」

2016-09-18 23:48:49 | 日記
 79歳で、倒れて数日後に「老衰」で眠るように亡くなったIさん(女性)の話。実はすでに40年くらい前のこと。
 山形で、若いときからずっと美容院をやっていたIさん。夫はもう40歳くらいの時に亡くなっていて、子供たちを育てた。娘たちがまた美容院を継いでやっていたくらいだから、いわば家業だ。
 すでに現役を引退していたIさんは、お店の子上がりの和室にくつろぎつつ、座布団の上にちょこんと座って、店の様子を眺めているのが常だった。
 朝になると、70を過ぎても、ご飯を作り、掃除、洗濯をし、元気に働いていたし、自分の娘だけでなく、姉妹や、その子供や、いろんな人たちが毎日出入りして、だいたい家には常時7~8人はいて、とても賑やかだった。
 Iさんの作る食事はご飯も大森、自分が畑仕事してとった野菜もいっぱいでみそ汁も具だくさん。裏の畑には、大根やら、ホウレンソウやら、キャベツやらが出来ていて、よくIさんは大根の葉っぱの漬物をつくったりもしていた。
「ごはん、いっぱい食べなよ」
 が口癖であり、本人もけっこう食べてた。その割に太ってなくて、小柄。穏やかで、いつもニコニコしていて、とても「かわいいオバアチャン」だったという。
 ずっと家事もし、畑仕事もし、普通の生活をしていて、急に倒れた。倒れたといっても最初は意識もあり、枕元にやってくる娘や親戚の人たちとも会話もしていたという。
 それがほんの数日して、容体が悪化し、みんなに看取られつつ、まさしく穏やかな顔のまま、あの世に旅立っていった。周囲の人たちも、
「こんな死に方がしたいね」
 とつい言いたくなるような亡くなり方だったそうだ。さすがに亡くなるまでの間は食欲もなく、すっかりヤセていたとか。

(Iさんから学ぶピンコロへの道)
 40年ほど前、まだ日本にはIさんのところのような、たくさんの親戚が自由に出入りできる家があり、倒れたからといっても、自然に死なせてくれる環境があったんだな、とつくづく思う。
 このケースでさえ、今なら、倒れたら救急車を呼び、病院で点滴を与えたりして長生きさせてしまいかねない。食べるのも、人に食べさせるのが大好きだったオバアチャンが、もう
何も食べられなくなったら、自然に死なせてあげるのが一番いい。
 こんな幸せな死に方を達成できる人は、今の日本で、どれほどいるのだろうか?

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