エッセイ「臭い(くさい) 臭い(におい)ほど有用」
2012.02
高校時代に部活で剣道をやったことがある。剣道着や防具の“汗臭さ、カビ臭さ”の臭い(におい)にはさすがに閉口した。通風もない体育館の倉庫で保管してある「面」などは一度も洗ったことも、干したこともなく先輩から代々引き継がれたものであった。
最近、やたら“臭い(におい)”に関する話が多いような気がする。
「 中高年の体臭をポリフェノール配合の石鹸が原因から洗い流す。
40歳になって臭いが気になり始めたら! 」
などのCMや広告を見ると、加齢臭や口臭を抱え込んだ私など老人には何となく居心地が悪くなってくる。
日常生活の中で「加齢臭」「口臭」や「洗濯物の臭い」「トイレや靴の臭い」「ペットの臭い」などの人が嫌う様々な“臭い(におい)”を対象に消臭剤、芳香剤等のビジネスが広がっている。
その理由として、清潔への意識が高まり“臭い”を嫌がる人が増えたのは「多い人数で住んでいた昔と違って人間関係が希薄化し、自分や他人の“臭い”が気になるようになった」からだという。ある調査によると、他人の臭いが気になるは人は90%にも上り、同時に自分の“臭い”への「疑心暗鬼」が一層膨らむようである。
しかしこれはメーカーが市場調査をもとに製品開発を行った上でのことであろうが、私には話が逆のような気がしてならない。
すなわちメーカーが過当競争の中で打ち出した製品の差別化であろう。洗濯物のいやな“臭い”を「消臭、除菌」する洗剤からその効き目よりも“香り”の面を強調した商品が続々登場している。
洗濯用柔軟剤から始まり、台所洗剤、除湿剤、消臭芳香スプレー、他の日用品などにも広がる。香水ほど濃厚でなく、さり気ない“香り”がするのが特徴だ。生活の中の“臭い(におい)”を気にする人が増えた、と云うより“臭い”を意識させた上で、各社は新たな価値をつけて値段を高く設定して売れるメーカー側の狙いもあるようだ。これをメーカー主導で起こした「需要喚起」ですとは口が裂けても言えないのではないか。これぞまさにマーケティング戦略の本筋であろう。
人類は医学の概念すらなった時代から重い病気にかかれば祈祷、お祓(はら)い、占いなど今でいう迷信(?)に頼ってきた。また先人達の知恵で薬効のある種々の植物等に救いを求めて来たのである。
わが国でも、江戸時代まで庶民の大半は飢餓の一歩手前の栄養失調に近い状態で生活をしていたと思われる。したがって、食べられるものなら何でも食べざるを得なかっただろう。
しかし食べ物は腐敗しやすく、“臭い(におい)”と“味”でその安全域を確認する術(すべ)を持たなければ命を失う可能性だってあったのだ。そこで食べ物を安全に保存するために発酵と云う先人の素晴らしい知恵が生かされてきたのである。
したがって、細菌学や顕微鏡のない昔の人々は我々よりはるかに食べ物の“腐敗”ついての危機意識があり、その原点は現在の我々よりも優秀な 彼らの“臭覚”であり“味覚”であったはずである。
今日(こんにち)のようにコマーシャルリズムに乗って過度に味付けされた“美食”や“ファーストフード”が食事の主体となっていけば、“旬”のものや“素材”自体の本当の味を楽しむ大事な決め手である“臭覚”“味覚”の感覚はどうなって行くのだろうかと思う。ましてや画一的な“芳香剤”の中で心地よく生活していたら鼻が鈍感になっていき“何をか言わんや”と余計な危惧をするのである。
私の既エッセイ「寿命」でも取り上げたが、日本人の平均寿命は縄文時代(15歳、15歳時の平均余命16歳)、室町時代(24歳、15~19歳の平均余命16.8歳)、 江戸時代(30歳)、昭和30年(50歳)であり、現在では80歳を超えて世界一の長寿国になっている。
長寿を支えるには日々のバランスのよい食事や運動等で自らの健康は自らで守るしか方法はないのである。最近はどちらかと云うと洋食に押される傾向にあるが、日本食の中でも発酵食品が健康増進には有用であることが学問的にも裏付けられて注目を浴びている。
発酵食品の特徴は“臭い(におい)”である。その代表とも言えるのが“臭い”から敬遠される魚類の「くさや」である。私も三宅島特産の「鯵のくさや」を頂いて食べたことがあるが、本当においしく病みつきになるのではと思った。幸か不幸か地方都市では入手するのが困難でそれっきり「くさや」にはありつけないでいる。
日本はこれ以外にも味噌、醤油、酒、漬物、納豆、ヨーグルト、魚介類など様々な発酵食品に取り囲まれている。
サッカーW杯でベスト16入りしたサムライジャパン。あのスタミナを支えた食事が“納豆”であり、箱根駅伝の優勝常連校・駒沢大学の選手が毎日食べているのは“キムチ”だった。 発酵食品は、発酵前よりも栄養価が高くなり、酵素の働きで、その栄養が体に吸収されやいとされている。
腸内には100種類を超える100兆個以上の腸内細菌が生息しており、糞便の約半分が腸内細菌の死骸と云われている。他の種類の細菌とバランスを保ちながら一種の生態系を形成しているのだ。
ぬか漬けは乳酸菌ならではのプロバイオティクス効果(乳酸菌が生きたまま腸まで届けられ腸内細菌のバランスを改善し、体の防御機能を高めること)が期待できる。
また、大豆を発酵させる納豆菌は、腸内で有害な菌の発生を防いでくれる。納豆菌が作り出す酵素のナットウキナーゼは、血栓を溶かす作用があり、脳梗塞や心筋梗塞の予防に効果がある。また血圧の正常化を促す酵素も見つかっているのである。
さらに「酒粕」などは“カス”と廃棄処理されそうなネーミングであるが、アミノ酸、ビタミン等をたくさん含み、腸内細菌を正常の保つ最高の食品であることが判明している。
このような発酵食品でなくても“臭い(におい)”の強い野菜は抗酸化力が強くつとめて食べてほしい食品である。例えばニンニク、にら、ラッキョウ、ネギ、タマネギ、セリ、茗荷など。
多くの動物が自己を主張し、縄張りを誇示するために“臭い(におい)”を武器とする。また繁殖のためにオスがメスを探すにあたってもこの“臭い”が有効となる。
犬は1万2千年前(日本で言う縄文時代)~4万年前に人間に飼われるようになったが、今日でも縄張りを誇示するめのマーキングを本能的に続けているのである。
“臭い(におい)”を嫌う人から見れば、犬が電柱や塀のすみにマーキングの“立ちション”をしていくのは迷惑な行為としか映らないだろう。しかし犬は「人間の3千倍と云われる臭覚を有効に使って自己主張しているのに、人間は自分の臭いを消して自己主張する変な動物だ」と云うかもしれない。
お互いに清潔にしているにもかかわらず、自分の“臭い”を恐れ、他人の“臭い”を憎む。そんな風潮に疑問を感じるのである。
了