小沢一郎が、ロックフェラー4世の掌で、いよいよ本格的に踊らされる時がきた

2008年09月28日 20時43分33秒 | 小沢一郎「15年戦争」
◆小沢一郎は、「心臓疾患」という持病を抱えて、「総理大臣に」という要請を一度は断ってきた。総理大臣という激務により押しつぶされるのを恐れ、万が一の場合、政権担当に支障をきたすと憂慮したからである。
 ところが、健康に心配がなかった竹下登元首相をはじめ、小渕恵三元首相、橋本龍太郎元首相のほか、梶山静六元自治相や奥田敬和元郵政相らいわゆる宿敵は、ことごとく、他界してしまい、一番早死にしそうであった小沢一郎が生き残っている。これは、誠に不思議な結末である。小沢一郎が、「心臓疾患」を何と克服して生き続けてきたのには、それ相応の秘密があった。それは、小沢一郎にとってのかけがえのない「恩人」がいることが、その謎を解く鍵である。
 最近でこそ、「雲隠れ」しなくなったけれど、小沢一郎は、しばしば姿を晦ましていた。永田町からだけではなく、日本からも、いなくなることが少なくなかった。一体、どこへ行っていたのか。
 アメリカのクリーブランドである。現職の上院議員であるジョン・デビットソン・ロックフェラー4世の選挙区であるウエスト・バージニア州内にある「クリニック」に心臓疾患の治療に通っていたというのである。この病院を紹介したのが、何と、ロックフェラー財閥第4世代の嫡流であるジョン・デビットソン・ロックフェラー4世というのである。言うなれば、「命の恩人」であり、その気になになれば、ロックフェラー4世の命令一つで、小沢一郎を「あの世」に送ることさえ、たやすいことである。
見方を変えれば、小沢一郎は、ロックフェラー4世に生かされているということでもある。一時は、「小沢一郎は、アメリカに見捨てられた」という説が流布したことがあった。その分では、まだ使い路があるらしい。「政権交代」を果たし、ロックフェラ―4世の掌の上で、民主党のオバマ大統領とともに、いよいよ本格的に踊らねばならない時が刻々と迫っているのである。
◆日本の政権は、アメリカの政権とそれを支えているロックフェラー財閥に常に翻弄されてきた。アメリカの政権は、共和党出身の大統領を支えたのがロックフェラー財閥第3世代の二男・ネルソン・ロックフェラーが、ニューヨーク州知事から共和党のフォード政権(ニクソン大統領が1974年8月8日、ウォーターゲート事件で辞任したため、昇格)の副大統領に就任、末子である5男・ディビッド・ロックフェラー(シティグループのオーナー、チェース・マンハッタン銀鉱会長、エクソン・モービルのオーナー)暮れループが、いずれも共和党支持者であった。
しかし、1976年11月の大統領選挙で、民主党のジミ―・カーターがフォードを破って当選、1977年1月に就任した。共和党が民主党から政権奪取に成功したのは、共和党のレーガンだった。1980年11月、カーター大統領を破って当選し、1981年1年に就任し、レーガン大統領は2期8年務めた。1989年1月、共和党のジョージ・ブッシュ大統領(パパ・ブッシュ)が就任した。ディビッド・ロックフェラーは、レーガン大統領とブッシュ大統領を支えた。
◆日本の歴代政権のなかでは、鳩山一郎、岸信介、佐藤栄作、福田赳夫、中曽根康弘の各首相が、共和党ととくに密接であった。岸信介、福田赳夫は、ニクソンが来日したときは、必ず高給料亭に招き、旧交を温めていた。この席に若き日の石原慎太郎(現・東京都知事)の姿もあった。一方、吉田茂、池田勇人、田中角栄、大平正芳、鈴木善幸各首相は、どちらかと言えば、民主党寄りであった。
このなかで、田中角栄は、1974年10月、立花隆が文文藝春秋11月号から連載が始まった「田中角栄の研究-その金脈と人脈」がキッカケで、金権政治批判の嵐に晒されていた渦中、11月18日、米国大統領として初めて訪日したフォード大統領を迎え、接待した直後の11月26日、辞意表明し、退陣に追い込まれた。さらに、三木武夫政権下の1976年2月4日、ロッキード事件が問題化し、7月27日、東京地検に外国為替法違反容疑で逮捕、同月16日、受託収賄罪と外国為替法違反罪で起訴された。
◆この事件の背景については、巷では「オーストラリアやカナダからのウラン輸入による原子力の独自開発を進めようとしたため、アメリカ共和党政権の忌憚に触れた」と憶測された。隣国・韓国では、朴正熙大統領が1979年10月26日、警護室長に暗殺されている。背後にアメリカCIAの影がチラついていた。朴正熙大統領(カーター政権下)が「原子力の独自開発」を明言したのが、命取りになったといわれている。アメリカの「核戦略」に反する動きをすると、属国である日本や韓国の指導者が、ひどい目にあうという実例である。黄色人種である日本人や韓国人は、白人にとって、所詮は「アメリカ・インディアン」のような扱いをされる。
◆さて、小沢一郎は、政治の父であり、恩賜である田中角栄の裁判を一度も欠かさず、傍聴していた。そのなかで田中角栄は、中曽根康弘首相の誕生に当り、「キングメーカー」としての役割を演じ、政治的影響力を誇示していた。しかし、中曽根政権が誕生して1年後の1983年10月12日、東京裁判所は、田中角栄に対し、懲役4年・追徴金5億円の実刑判決を下した。小沢一郎は「アメリカの影」というものについて、底知りない恐ろしさを痛感したのではないか。
 中曽根政権は、「バブル経済」と呼ばれる大勢上昇相場を盛り上げようとしていた。共和党のレーガン大統領から、軍事とは別に、日米構造協議によるさらなる「門戸開放」を強要されていた。小沢一郎が「日本改造計画」を上梓する「10年前」のことであった。

板垣英憲マスコミ事務所

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5 コメント

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Unknown (へぼ株おじさん)
2008-09-29 16:04:58
なるほど・・・。
Unknown (Unknown)
2009-02-24 17:14:37
板垣さん、証拠は?
>板垣さん、証拠は? (板垣英憲)
2009-03-06 17:31:17
どの部分の証拠を求められているのか、わかりかねるのでお答えできませんし、ニュースソース秘匿です。
一理あり (Unknown)
2010-04-05 16:44:26
なるほど
面白い見解 (億万長者になりたい人)
2010-04-05 16:46:45
とても面白い見解ですね。しかしロックフェラーがそこまで影響力があるのか?少し疑問です。

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