またまた無計画に平塚発のバスに乗り込みました。本来の目的地は申込み人員が少なく中止になり 急遽代替えとなった地点で、 「姨捨山の棚田」に行くことになったのです。
「すこぶる」付の無知な私は「姨」という文字すら読めぬ始末で、恥を忍んでガイドツアーの方に、「アタシ、お恥ずかしいことに目的地の漢字が読めなかったんですけど・・・・。」
目的地もわからずに参加をする人なんている? 「ああ、姨捨山(おばすてやま)です。」 「あのー、姨捨山って姥捨山(うばすてやま)とは違うんですか?アタシ 姥捨山なら深沢七郎の楢山節考で読んだこと あるんですけど・・・・」 「さあ、どうでしょうね。姨を捨てた場所が違うという話もありますけど」 だって!
とにかくそこは棚田の景観が素晴らしく、名勝地区に選ばれているのだそうです。 棚田ならわかります! 有名カメラマンの写真集やTVでいやというほど見たことがあります。 夕暮れ、あるいは夜明けの水を張った段々畑の光景は水面が反射し、現実の田園風景とは思えぬほど幻想的でした!
◆ 正午ごろの棚田風景

陽がやや影ってきてカンカン照りではなかったんですけど、田に張った水が泥色! これでは幻想を抱けません。景観美がイマイチの1番大きな原因は、私の写真が下手なことが第一の理由です。
ここは月見の名所で、姥捨地区(標高460〜560m)の傾斜に、眼下の千曲川や善光寺平と呼ばれる広大な盆地を臨んで約1500枚の棚田が展開しているのだとか・・・・・。利水が進展したことで水田が主体となって日本を代表する棚田の景観が形成されたそうです。
◆ 田毎(たごと)の月

謡曲「姨捨」は姨捨伝説に基づいた作で、難曲なのだそうです。 都の男たちが中秋の名月を眺めようとやってきた時一人の老女と出会います。女は「姨の旧跡はここ、捨てられた老女は私です」といって桂の木陰に消えました。
老女の消えた桂の大木はこの石碑のすぐ近くにある長楽寺の境にあります。「田毎の月」の田は寺の下に広がっており寺の持田です。「田毎の月」 は棚田に映る月が美しくみられる場所として有名で、1999年には「姨捨(田毎の月)」が国の名勝に指定され、2010年には「姨捨の棚田」が重要文化的景観として選定されました。いずれにしても田の水が泥水では駄目、その時は水が澄んでいたのでしょう!
姨捨伝説は恐らく誰でもが知っている説話ですし、日本に限らず世界各地にあるそうです。本日のブログではこれは省略。
◆ 長楽寺の月見堂

間口2間、奥行き2間。天保6年(1835)頃の建築と推定。俳人小林一茶も長楽寺は訪れています。
◆ 棚田風景


