レオナルドコーナー

私が以前飼っていたネコの名前です。

薔薇の館とは? ホテルサンライフガーデン

2012-05-30 16:01:46 | いたずらノート

昨日 薔薇に包まれた建物や庭園を見て感激をしたと書きました。夢に溢れた庭園造りです! 中に入って写真を撮っても良いかどうか尋ねると OK との事・・・・益々感激!


             

薔薇の館は「ホテルサンライフガーデン」です。 親切なスタッフ! 「馬入・光と風の花づつみ」にポピーの写真を撮りに行った際 このホテルに出会いました。 帰路 もう1度ホテルの側に行ってみたのですが、たまたま結婚式の披露宴を終えたカップルと招待客がガーデンに出てきたところ。 皆 幸せ こぼれる様な笑顔の波でした!
 






薔薇の花の色が派手でも、けばけばしくはなく 咲き乱れていてもうるさくは感じません。 楽しくて美しくて眺めていて飽きる事のないバラ。詩になり 絵になり 曲にも デザインにも登場する花です。

 

 

 


庭園を彩る花はもちろん薔薇だけではなく、色の綺麗な花がアレンジされています。 ホテルサンライフガーデンでランチを楽しみたいところですが、カメラを持って出るときは、ジャンバーにジーパン・・・・いくらなんでも入れません!

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

馬入の渡し周辺・・・・・平塚

2012-05-29 19:21:21 | いたずらノート

江戸時代には人も馬も渡し船で渡った相模川、現在は立派な橋が架けられ土手の一画は公園になって人々の憩いの場となっています。アイスランドポピーやカリフォルニアポピー、ヤグルマソウが綺麗です。

 


ポピーは早咲き遅咲きがあるので長い間楽しめます。花弁はとても薄くまるでパピルスみたい。ツボミは下向きで表面に毛が生えており色はともかくとして可愛らしい形です。咲くときは顔を上げ2つに割れて花が顔を出します。

 


花弁が薄いという事がポピーの魅力の一つにはなっているのですが、写真を撮る場合ほんの少しの風でも揺れ動くのには閉口です。

ヨーロッパ原産、日本には江戸時代に渡来しました。日本での呼び名はポピーが一般的ですがスペイン語のアマポーラやフランス語のコクリコの語感もステキですね! ポピーに混じってヤグルマソウも夢のようにきれいな花色を見せています。


6月3日にはここに植えられている花を無料で切り取って持ち帰ることが出来るそうです。最近お花を摘むという機会もなくなっていますから、近所に住んでいたら出掛けたいところですが・・・・。

 

◆ バラの館
    

 


馬入の渡し跡がある土手のちょっと手前に薔薇の館があります。素敵な建物で庭園はバラで埋め尽くされていました。

本日も河津バガテル公園に行ってきて疲れているので、ブログは中途半端ですがここで終了、続きは明日。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

馬入のポピー    平塚で・・・・・・・・

2012-05-28 18:51:54 | いたずらノート

新聞に馬入川流域の公園でポピーが花盛りと出ていました。前々から行ってみたいと思っていた場所です。平塚駅からバスに乗り、馬入橋下車。川の名は「相模川」、川に沿って歩いてみました。





川の流域に名も知らぬ草が生茂っているって良いですね。本来の自然、日本の原風景のように感じます。ここは仮に名前を知っていたとしても(?)、あえて草の名は書かぬ方が情緒が出ます。

川の土手がすっかり整地されコンクリートでぬり固められ、そこに園芸種の花が植えられていたとしたら・・・・人工的で虚しくなります。

川の土手に石碑が立っていました。

◆ 馬入の渡しの石碑


江戸時代、幕府は大きな河川に橋を架けることを禁じました。そのため相模川(馬入川)や多摩川(六郷川)は「渡し船」、酒匂川は「徒歩(かち)渡し」などで渡っていたのだそうです。

相模川には60以上の渡し場があり、その中でも大動脈である東海道は「馬入の渡し」と呼ばれ幕府が管理していました。

渡し船には「小舟」と「馬船」があり、小舟は定員20名ほどの人間用、馬船は大型でウマが荷物を積んだまま乗れる船でした。浮世絵は初代広重が描いた東海道五十三次之内平塚「馬入川渡船」です。

     
 

相模川の土手伝いに歩くこと5分あまり、先方に赤く彩られたエリアが目に入ってきました。多分 ポピーだろうと思い近付いてみると、ポピー以外にも色々な花が咲き乱れています。




ポピーの花を撮った際、虫に刺されたのかあるいは花粉の悪戯か、水疱ができ薬をつけても治りません。最近 高度60m位のところに登っても立眩みがするし、足元もよろけます。食欲だけは衰えず 「食いボケ」 になったらどうしよう・・・・・。コワイデス! コワイので今夜のブログはここまで。

 

コメント (1) |  トラックバック (0) | 

長楽寺のお地蔵さんetc.

2012-05-27 17:48:46 | いたずらノート

◆ 長楽寺境内の地蔵

石碑の間から覗いていたお地蔵さん、顔が何とも柔和でした。六地蔵ではなく一体だけのお地蔵さんでした! 地蔵は現世の利益的願いを受け入れてくれるそうです。

素敵な涎掛けや頭巾を被っていました。とても似合います。よだれかけは、幼児の死亡率が高かった頃、わが子が賽の河原で鬼に責められたとき、自分の母乳や体臭がしみこんだよだれ掛けをお地蔵さんに掛け、鬼からかばってもらう事を祈ってかけたのだそうです。

よだれ掛けや頭巾は紅い布で出来ていますけど、これは赤ちゃんのしるしという事、それに赤い色には魔よけの力があると信じられていることからだそうです。還暦でも赤いちゃんちゃんこをまとう風習がありますね。

老いとか死とか病いなど 生物には逃れられない現象がまちかまえています。私の未来にあるものも「老い(もう既に老いてしまった!)」と「病いや事故」そして「死」のみ・・・・・・。 お地蔵さんの前にぬかずいて、「死後の世界は長楽寺から見渡す棚田のような光景で過ごせますように・・・・・」などと願ってしまいました。

◆ 花と昆虫そして小鳥も

 

 

 



最近、日高敏隆氏(動物行動学者)の著作を読んでいます。蝶の生態などについてもわかりやすく、そしてエッセイスト賞を取られた位ですから徹夜で読んでしまいたくなるほど楽しい内容です。

大学教授、大学学長など要職を務められた方で、驚くほど沢山の著作・共著・訳書があります。アマゾンで購入し、図書館でも借り、1冊でも多く読みたいと思っていますけど、読む傍から内容を忘れるのが問題点!

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

姨捨山伝説の里に

2012-05-26 18:44:45 | いたずらノート

姨捨山は長野県千曲市と東筑摩郡北村にまたがる山です。正式の名は冠着山」(かむりきやま)で冠山とも更級山とも称されるそうです。「田毎の月」として知られるほど棚田に映る月が美しくみられる場所だという事も知らずに、ツアーのバスに乗り込んだ私・・・・・・なんといういいかげんさ!

姨捨(姥捨)の名は、姨をこの山に捨てた男性が名月を見て後悔に耐えられず、翌日連れ帰ったという伝説からで、棄老にまつわる話です。老いて労働力もなく、貧しさから領主の政策として口減らしのために老人を捨てたという風習が、歴史的事実なのかどうかは立証されてはいないという事。

親を棄てには行ったものの捨てきれず、床下に隠した農民が、母親の知恵により領主から出された難問(灰で縄をなう方法など)を次々に解決していく話は、老いた親を大切にしようという説話になっているのでしょうか?

ただしこの伝説は1例であり他にも色々あるようです。現在千曲市八幡の姨捨という地区は、長楽寺周辺からJR姨捨駅までの周辺を指します。

なお長楽寺境内には「姨石」と名付けられている大きな不思議な色をした岩がありました。この岩が目に止まっていたのですが、帰路のバスの集合時間が迫っていたため写真を撮らずに来たのがとても残念です。

「姨石」にも伝説があり、地元では棄てられた老婆が悲しみの余りにこの石になったとか、この石から身を投げたとかの話も残っているのだとか・・・・・。斜面から突き出たような大きな岩でした。

次回にツアーに参加をする際はせめて目的地の名前くらいは覚えておかなければ! 猛反省!

◆ 棚田&周辺点景








アヤメや花ショウブが田のあぜ道に植えられていました。 タンポポは旅立ちの季節です。 

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

姨捨山の棚田

2012-05-25 14:32:50 | いたずらノート

またまた無計画に平塚発のバスに乗り込みました。本来の目的地は申込み人員が少なく中止になり 急遽代替えとなった地点で、 「姨捨山の棚田」に行くことになったのです。

「すこぶる」付の無知な私は「姨」という文字すら読めぬ始末で、恥を忍んでガイドツアーの方に、「アタシ、お恥ずかしいことに目的地の漢字が読めなかったんですけど・・・・。」

目的地もわからずに参加をする人なんている? 「ああ、姨捨山(おばすてやま)です。」 「あのー、姨捨山って姥捨山(うばすてやま)とは違うんですか?アタシ 姥捨山なら深沢七郎の楢山節考で読んだこと あるんですけど・・・・」 「さあ、どうでしょうね。姨を捨てた場所が違うという話もありますけど」 だって! 

とにかくそこは棚田の景観が素晴らしく、名勝地区に選ばれているのだそうです。 棚田ならわかります! 有名カメラマンの写真集やTVでいやというほど見たことがあります。 夕暮れ、あるいは夜明けの水を張った段々畑の光景は水面が反射し、現実の田園風景とは思えぬほど幻想的でした!

◆ 正午ごろの棚田風景

陽がやや影ってきてカンカン照りではなかったんですけど、田に張った水が泥色! これでは幻想を抱けません。景観美がイマイチの1番大きな原因は、私の写真が下手なことが第一の理由です。

ここは月見の名所で、姥捨地区(標高460〜560m)の傾斜に、眼下の千曲川や善光寺平と呼ばれる広大な盆地を臨んで約1500枚の棚田が展開しているのだとか・・・・・。利水が進展したことで水田が主体となって日本を代表する棚田の景観が形成されたそうです。

◆ 田毎(たごと)の月


謡曲「姨捨」は姨捨伝説に基づいた作で、難曲なのだそうです。 都の男たちが中秋の名月を眺めようとやってきた時一人の老女と出会います。女は「姨の旧跡はここ、捨てられた老女は私です」といって桂の木陰に消えました。

老女の消えた桂の大木はこの石碑のすぐ近くにある長楽寺の境にあります。「田毎の月」の田は寺の下に広がっており寺の持田です。「田毎の月」 は棚田に映る月が美しくみられる場所として有名で、1999年には「姨捨(田毎の月)」が国の名勝に指定され、2010年には「姨捨の棚田」が重要文化的景観として選定されました。いずれにしても田の水が泥水では駄目、その時は水が澄んでいたのでしょう!

姨捨伝説は恐らく誰でもが知っている説話ですし、日本に限らず世界各地にあるそうです。本日のブログではこれは省略。

◆ 長楽寺の月見堂

 

間口2間、奥行き2間。天保6年(1835)頃の建築と推定。俳人小林一茶も長楽寺は訪れています。


◆ 棚田風景

 

 

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

バラ・バラ・バラ   大船フラワーセンター

2012-05-23 16:38:53 | いたずらノート

大船フラワーセンターでは現在 バラがピークです。 バラ園には大勢の人がバラを観賞しようと集まっています。 展示室でもバラの愛好者が育てた鉢植えを持ち寄り、寄せ植えも含め優秀な株には1位、2位のリボンが付けられています。

展示の日に合わせて育てるのは大変なのでしょうね。 評価の基準などは門外漢ですから全く分かりませんが、発表の機会を持つと良い刺激となってより素敵なバラを咲かせることが出来るようになるでしょうね。

いずれも甲乙つけがたい美しさ、それぞれ花色や花の形に個性がありますから、好みは個人的嗜好によります。 香りのよいのもバラの特徴です。 たまたまこの日には特別に香りのよいバラが展示されていました。

8,9世紀には薔薇水の製造がイスラム世界で始まりましたが、当時のイスラム先端科学の蒸留によるものだそうです。従来、バラを始めとした自然の花の香りの研究は、花を摘み集め、その後 有機溶媒で抽出するか、あるいは水蒸気蒸留による方法が主流でした。しかし、花を摘むと、その時点から花香気に変化が生じます。

 

 

バラの香りには生理学的効果もあり、沈静、解熱、消毒などの効果があるのだとか! 今後もバラは単なる鑑賞用としてだけではなく人々を魅了し続けるでしょう。

 

上の画像は日本のノイバラです。 飾りのない素朴な美しさを持っています。中國のコウシンバラや日本のノイバラ、テリハノイバラ、ハマナスなどはヨーロッパに渡り、ヨーロッパの在来種との交雑によって,多彩な品種が生まれました。

◆ サルスベリの木の下で


四季彩々、サルスベリが植樹されているコーナーは、下草があっという間に変身し次々に目を奪われるような色を生み出していきます。現在はポピー、ネモフィラ、アヤメ、ジキタリスなどがきれいです。

 

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

ひたち海浜公園&ローカル電車

2012-05-22 19:16:59 | いたずらノート

350ha という広大な土地! 見晴らしの丘や見晴らしの野以外にも色々なエリアに分かれています。時間的にも限られていたので公園内をくまなく探索をしたわけではありません。ほんのごく一部だけ。

◆ プレジャーガーデン


          

他にも楽しそうなコーナーが一杯!でも遠くからバスツアーではるばるやってきた身。乗り物に乗って時間を費やすわけにはいきません。


帰途に私たちのバスは小さな駅にやってきました。 ホームには色々な花が植えられています。

 


駅の周辺は田んぼでした。 田植えはほぼ終わったようで、規則正しく苗が植えられています。 野良着って昔も現代もあまり変わりはないんですね。

◆ ローカル列車

 

 

 

列車が近づいてきます。再現ではありません。現役です!車両は1両・・・・・玩具の様に可愛くて小さな小さな電車でした。 ホームにはマーガレットの花が植えられ風に揺れています。

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

ネモフィラの丘に・・・・・ひたち海浜公園

2012-05-21 13:39:38 | いたずらノート

ネモフィラの花が好きです! 明るいライトブルーの花は、心までも瑠璃色に染められるようで(キザ!) いつしか幻想の世界にと誘(いざな)われていきます。

小規模な群生なら近辺の公園やフラワーセンターでも見ることが出来るのですが、丘全体あるいは広い野が一面にネモフィラで埋められている・・・・そんな場所はひたち海浜公園です。お手軽に出発地・平塚のバスツアーに参加をしてきました。






その数450万本、3,5 ha の丘がブルーの花で埋め尽くされています。 見晴らしの丘と名付けられていますが標高60mの高さから見渡せば丘陵と海が眼下に・・・・・。心がブルーになるなんてとんでもない、限りなく透明なブルー(古いね!)になりました。


ここはかっては旧日本軍の水戸飛行場があったところで、戦後は米軍の射爆撃場の跡地であり面積は350ha(現在約50%が利用)、広大です。 日本にもこんなに広い空間があったのかと感激をしました。

隙間の無いほど県営や都営の住宅を建てるというのも国営地の利用の仕方の一つかも知れませんが、空間や自然を共有するのも「国立」の良さなのかも。ネモフィラが植えられている場所は秋にはコスモスやコキアが楽しめるそうです。

見晴らしの丘から民家が2軒見えました。のどかな田園風景・・・・と思いきや、ここは里の家を再現したもの。こいのぼりが風を吸い込み、再現をした懐かしい日本の風景が展開します! ノスタルジアを感じる光景は再現した場所が多くなりました。






たまたまこの日、先生に引率をされた遠足の生徒の長い長い行列が続きました。 この風景は「再現」 ではありません。20歳以上になった成人は、小学生の頃を思い出し一様に懐かしい気持ちを抱いたのではないでしょうか!

コメント (2) |  トラックバック (0) | 

しづやしづ 賎(しづ)のおだまき・・・・・・アカオハーブ&ローズガーデン

2012-05-20 17:57:07 | いたずらノート

◆ 苧環(オダマキ) キンポウゲ科


キンポウゲ科の素敵な花です。苧環という花名は 「苧」 という繊維を、中を空洞にして丸く巻きつけたもの(苧玉・おだま)に花の形が似ているからだそうです。「おだま」は荷造りテープ用や手作業の機織り用の糸を巻いた形の様なものでしょうか?

では「苧」とは? 麻の古名で、「からむし」とも言い茎の繊維から作った糸との事。衣類や紙、漁網などにも利用され大変丈夫な繊維です。「苧」 を使った新潟の魚沼地方の越後縮や山形県置賜地方の織物などは昔から有名です。

「おがら」は皮をはがした麻の茎で、盂蘭盆で門火(かどび)を焚くときに用います。 「からむし」はイラクサ科の多年草で茎や葉柄に短毛が多く鋸歯があります。カラムシという語感は綺麗ですが、野原や空き地にもよく見られるちょっとイライラする多年草。クサマオ(草苧麻)ともいい、茎を蒸して皮をはぎ繊維を取るのだとの事。

 「苧」 について知らなかったのでちょっと調べてみましたけど、最近とみに記憶力が衰えていますから何時まで覚えていられる事やら!


オダマキ 学名:Aquilegia flabellata


Aquilegia は同じラテン語の aquila(鷲) が語源。曲がった距の部分が鷲の爪に似ていることから。

苧環と聞くと静御前を連想します。しづやしづ しづのおだまき繰り返し 昔を今に なすよしもがな 吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋ひしき

舞の名手であった静御前は頼朝の前に引き出され、義経の行方を探索され、また舞を所望されますが、夫(義経の側室の1人)恋しの歌に頼朝は激怒!

なおこの時、曽我五郎・十郎が父の敵と狙う工藤祐経が 静御前の舞に合わせ鼓を打ちました。 場所は鶴岡八幡宮!

鎌倉の町を歩いていると、いたるところで源氏や北条氏に関するエピソードが眼に浮かびます。まるで昨日の事の様に・・・・・・。

コメント (3) |  トラックバック (0) |