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外国人看護師と介護福祉士候補者受け入れ - 制度の見直しは…。

2010年07月17日 | フィリピン人看護師・ケアギヴァー

 経済連携協定(Economic Partnership AgreementEPA)の合意事項として、2008年8月に、日本が初めてインドネシアから看護師と介護福祉士の候補者を受け入れてから、もうじき丸2年となります。
 翌2009年、5月にはフィリピンから第1期生が、11月にインドネシアから第2期生が入国。そして、今年度も5月・6月にフィリピンから第2期生(118人と激減)が日本に入国しました。
 当初は、インドネシアとフィリピン両国とも「2年間で看護師500人・介護福祉士候補者500人・合計1,000人を日本に受け入れる」という合意でした。つまりこの両国から「2年間で2,000人受け入れ」の予定だったのが、いろいろな要因が重なり,実際に来日したのはその半分以下の「998人」という数字です。仕方ありませんね…。
 見切り発車のような形で受け入れられた外国人看護師と介護福祉士候補者たち…。現在日本に残って働いて(兼研修・日本語学習・受験勉強)いるのは「840人」…。
 
実際には、入国後、半年間の日本語研修を終えた後は、受け入れ機関(研修先)の病院や施設に、日本語教育や現地研修などほとんどが委ねられており、政府は受け入れ機関に「おんぶにだっこ」の状態のようです。
 この件に関しても、内閣府が設けている「国民の声」に意見が寄せられているようですが、未だに明確な方針や対策が打ち出されていません。↓

 視察報告:EPAに基づく外国人介護士の受入れ - 内閣府

 しかし、2年前の北京オリンピック開催前日に、初めて日本が受け入れたインドネシアからの看護師第1期生に残された国家試験のチャンスは、半年後の受験の一度きり。それに合格できなければ帰国しなければなりません。もし、制度が見直されるにしても、もう時間がありません…。
 今年3月には、2度目の受験でインドネシア人看護師2人(第1期生・新潟県三条市)と、フィリピン人看護師1人(エバーさん・第1期生・栃木県足利市)の3人の合格者が出ましたが、この3人は、本人たちの努力はもとより、受け入れ機関も、国家試験合格に向けて相当なバックアップをされていたようです。どこであっても大変なサポートをされていることに変わりないでしょうが…。
 一方、看護師と比べて「介護福祉士」候補者の人たちは、3年間の実務経験がないと国家試験を受験できませんから、チャンスは4年目にやってくる一度の受験のみです。しかも、日本人の看護師国家試験の合格率が約90%であるのに対し、介護福祉士の合格率は約50%です。最初で最後の受験に失敗すれば帰国するしかありません。介護福祉士候補者たちにとってはもちろんのこと、この人たちを受け入れ、日本語や研修を提供している施設等にとっては、大きな痛手となることでしょう。
「国家試験にふりがなを…」、「在留期限の見直しを…」など、各方面から様々な要望が出ているのも当然でしょう。
 私は、これまで10年以上、フィリピンで現地の方の介護を受けてきた者として、今日本に滞在中のフィリピン人看護師・介護福祉士候補者たちの境遇なり、置かれている状況なりが、多少は分かる気がします。そしてまた、途中で挫折して帰国した人たちも少なくないのを見ても、やはり、異国で、働きながら難しい専門用語、漢字等の受験勉強を続ける困難さも感じ取れます。他方、受け入れた病院や施設でも、外国人であるがゆえの、また個人のパーソナリティとしての難しさを実感しながら、ぎりぎりのところでサポートし続けている…という所もあるかもしれません。(私自身も、介護者探しで、いろいろな応募者に会い、「この人は無理だ…。」と断ったことも多々あります。)
 個人的に願っているのは、「せめて、もう一度だけでも受験のチャンスをあげてほしいなあ…。」ということです。
 
決められた在留期間内にもう一度…。もしくは、もう一度受験できるまで在留期限を延長するとか…。しかし、仮にそうしたとしても、そこにはまた受け入れ機関の大変なご苦労があることでしょうから、引き続き受け入れるかどうか(延長するかどうか)の判断は、現在外国人看護師と介護福祉士候補者を受け入れている機関、現場に委ねる…といったような方法もあるように思います。「一生懸命、病院や施設で働きながら受験勉強している人に、せめてチャンスをもう一度…」と願っている受け入れ機関が少なくないとしたら…。

(参考) フィリピン人ケアギヴァー(介護士)

(ブログ「アイ!サラマッポ in バギオ」内の「フィリピン人看護師・介護福祉士候補者 in 日本」の関連記事)

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4 コメント

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EPA (群青)
2010-07-17 18:41:11
お久しぶりです、群青です。

EPAの受け入れについては、国家試験の方法の緩和はすべきでしょう。
先日の毎日新聞トップ一面も大きく取りあげていました。しかし・・・今頃遅いゾっという気もします。
同じ毎日新聞紙面で、小泉首相が比大統領にこの協定の件で会いに行く直前までは、外務省官僚サイドは比100人の受け入れだったという事実が書かれていました。そして小泉首相が1000人じゃないと恥ずかしいということで、一晩で1000人になったそうです。
また、ふさざけているのが、
1000人となると、国家試験合格者数名になることが分かっていたから、これはマズイと官僚達があわてたんだそうです。
つまり、ドロ縄外交で、現在の結果はスタート前から全て分かって居た・・というのですから、比大統領も日本国内の民間施設も、国民も、大馬鹿にされていた、というものです。
ジャーナリズムも鈍感です。

EPA協定はそんなものです。これを乗り越える外国人介護職の導入へ本格的な仕組みを国家として作ってもらいたい。
この一言に尽きますね。
それでも…。 (Isshin - 編集人)
2010-07-18 17:32:30
群青さん、こんにちは。

このEPAによる外国人看護師・介護福祉士受け入れに関して、いつも私が知らない情報をありがとうございます。

毎日新聞でご覧になった記述が事実だとしたら、あまりにもむなしすぎますね。

政治、国家間の取り決めとは、そんなものなんでしょうか?

むなしさだけしか残らない…。

現政権が、この件に関して、何かしら改善策を講じてくれることを祈ります。
はじめまして。 (松尾)
2010-07-22 10:15:53
ブログを拝見しました。
きっかけは、フィリピンの特別居住退職者ビザの取得(SRRV)を計画して
色々手続き等の情報を集めてる作業の
中で知りました。
実は、私も2004年11月15日に交通事故に遭いまして、第二頚骨骨折(首の骨が折れました)で約半年入院していました。

数日間、意識不明で、目を覚ました私に
姉が教えてくれたときの私の返事は、
え~、私はいつ死ぬの?。と聞いたとの
ことでしたが、記憶は定かで有りません。
あれから、7年、なんとか元気にしてます。
フィリピンへの移住を計画してる最中の
ブログの出会いに、お互い元気でがんばりましょう。

ただそれだけのメールですが、
思わず書きました。
失礼します。
はじめまして…。 (Isshin - 編集人)
2010-07-22 12:22:28
松尾さま

こんにちは。ブログへのメッセージ、ありがとうございました。

2004年に交通事故で第2頚骨を骨折されたそうですが、現在のご体調はいかがですか?

また、フィリピンのSRRVを申請し、フィリピンへの移住を計画されているとのこと、うまく行きますようお祈りします。

また、何かありましたら、メール等でご連絡ください。

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