自分は一生のうち、果たしてどれだけの研究ができるだろうか。
そんなことをふと考えさせられたひとときでもありました。
きょうは、京都市芸術大学日本伝統音楽研究センターの公開講座
「松囃子 −足利義教が高めた芸能のかたちと意味ー」に参りました。
開演30分前で、280席の会場は、おおかたが埋まっておりました。
本日は、学長のご挨拶、センター所長の吉川周平氏の退任記念の講演、菊池の松囃子、山路興造先生のコメントがございました。
そして、会場で配布された資料には、大学時代に新田英治先生のゼミで『看聞御記』をやっていたときに、確か手に入れたくても入れられなかった「松拍考」(『演劇学』8号 1967年、10号 1969号)が再録されていました。
(あ、松囃子は、松拍とも書きます。)
吉川氏のお話は、松囃子について論じながらも、途中いろいろな思い出話へと飛びまして、その恵まれたご研究生活をしのばせていただきました。
洛中の女房の松拍は、四条町やあの六角町からも出されたんですね。
(だれです、女は強い、とのたまうひとは)
義教が松拍や猿楽を武家の式楽化したというくだりは、
ほかの分野でも共通項がありますよね。
やっぱり時代は横断してみないといけないんですね。
次に菊池の松囃子を鑑賞しました。わたくしは残念ながら芸能を論じる力はございませんのであしからず。ただ能・狂言に通じる中世の匂いだけは感じ取った程度でございます。
最後に、山路先生のコメントと申しますか、「最近の『松囃子』研究から」という報告を伺いました。体調がおもわしくないといわれつつも、はりのあるお声で実に明快なご説明で(山路節ですねえ)、松囃子のなんたるかを知ることができました。
松囃子は、正月の祝言として演じられたもので、風流と囃子がつきます。特徴としては、松枝を持ったひとたちが囃子詞をいうこと。それが「松やにやに、小松やにやに」だったようです。
その松囃子の様子は、先生の示された「模本月次祭礼図」で、一目瞭然ですね。
こういうときに絵画資料は有効ですね。
きょうは、芸能の一端を、勉強させていただきました。
しかし、物事は、総合的にみな、あかんのやなあと、つくづく。
そんなことをふと考えさせられたひとときでもありました。
きょうは、京都市芸術大学日本伝統音楽研究センターの公開講座
「松囃子 −足利義教が高めた芸能のかたちと意味ー」に参りました。
開演30分前で、280席の会場は、おおかたが埋まっておりました。
本日は、学長のご挨拶、センター所長の吉川周平氏の退任記念の講演、菊池の松囃子、山路興造先生のコメントがございました。
そして、会場で配布された資料には、大学時代に新田英治先生のゼミで『看聞御記』をやっていたときに、確か手に入れたくても入れられなかった「松拍考」(『演劇学』8号 1967年、10号 1969号)が再録されていました。
(あ、松囃子は、松拍とも書きます。)
吉川氏のお話は、松囃子について論じながらも、途中いろいろな思い出話へと飛びまして、その恵まれたご研究生活をしのばせていただきました。
洛中の女房の松拍は、四条町やあの六角町からも出されたんですね。
(だれです、女は強い、とのたまうひとは)
義教が松拍や猿楽を武家の式楽化したというくだりは、
ほかの分野でも共通項がありますよね。
やっぱり時代は横断してみないといけないんですね。
次に菊池の松囃子を鑑賞しました。わたくしは残念ながら芸能を論じる力はございませんのであしからず。ただ能・狂言に通じる中世の匂いだけは感じ取った程度でございます。
最後に、山路先生のコメントと申しますか、「最近の『松囃子』研究から」という報告を伺いました。体調がおもわしくないといわれつつも、はりのあるお声で実に明快なご説明で(山路節ですねえ)、松囃子のなんたるかを知ることができました。
松囃子は、正月の祝言として演じられたもので、風流と囃子がつきます。特徴としては、松枝を持ったひとたちが囃子詞をいうこと。それが「松やにやに、小松やにやに」だったようです。
その松囃子の様子は、先生の示された「模本月次祭礼図」で、一目瞭然ですね。
こういうときに絵画資料は有効ですね。
きょうは、芸能の一端を、勉強させていただきました。
しかし、物事は、総合的にみな、あかんのやなあと、つくづく。
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