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明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

年末年始は、ずーっと「モンティ・パイソン・アンソロジー」をDVDで観ていました。
これは、モンティ・パイソン結成40周年を記念して製作されたドキュメンタリー。
ディスク2枚、計6時間におよぶ本編と特典ディスク1枚。
いやあ、面白かったです。

あとは、「いままで読んだなかで面白かった短篇はなにか?」というのをぼんやり考えてすごしました。
しかし、これがちっとも思い出せない!

まず、最初に思い出せたのが、中島敦の「名人伝」
続いてこんな感じに。

「酒宴」「饗宴」吉田健一
「桜の森の満開の下」 坂口安吾
「鶴」 長谷川四郎
「奥さまはマジ」 火浦功
「幻談」 幸田露伴
「運命の道」 O・ヘンリ
「ことばを愛した男」 バリー・ロペス
「二つの心臓の大きな川」 ヘミングウェイ
「バートルビー」 メルヴィル
「びんの悪魔」スティーブンスン


思い出せるのは若いころ読んだものだけ。
感受性の幅というのは、ある時期にきまってしまうものなのか。
しょうがないので、自分のブログ(ここのこと)を頼りに、そうそうこれがあったと思い出したのが、

「蒼い夢」 クルト・クーゼンベルク
「テーブルはテーブル」 ペーター・ビクセル
「ある殺人者の肖像」 クウェンティ・パトリック
「縛られた男」 イルゼ・アイヒンガー 

などなど。

同じ質問を、何人かの知り合いにもしてみた。
みんな頭を抱えていた。
短編集は思い出せても、短篇となるとむつかしい。
なかにひとり、

「愛の手紙」 ジャック・フィニィ

と、こたえたひとが。
そうだ、ジャック・フィニィがいたじゃないか。

作者は思い出せるものの、作品を選び出せないというケースも多々。
星新一、城昌幸、フレドリック・ブラウン、ロアルド・ダール、ハメット、アイリッシュ、ラードナー、エーメなど、みんなそう。
フレデリック・ブラウンはやっぱり、「ミミズ天使」だろうか。
ダールはやっぱり「南から来た男」か。

どんな本を読んでいるかで、そのひとの趣味嗜好がわかる。
でも、どんな短篇が好きかのほうが、いっそうそのひとの趣味がでるよう。
思い出せたのは、みんな語り口で読ませるものばかりだった。
人物同士の対立をあつかったような、ドラマ性のあるものはちっとも思い出せない。
そういうのも、読んでいるはずなのに。
「なんとか思い出したい」と、きのうから頑張っている。

というわけで、この2、3日は短篇を思い出してすごしていました。
なかなか面白いので、ご用とお急ぎでないかたにはおススメ。
けっこう夢中になりますよ。

では、本年もよろしくお願いします。


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たら本で遊ぼう その3

たらいまわし本のTB企画。
通称「たら本」。

今回は、21回目から30回目までのテーマに沿った本を考えてみました。

「教えてください!あなたのフランス本」
三つの物語(フロベール 福武書店 1991)

◆「サヨナラだけが人生か? グッドバイの文学」
「永訣の朝」(宮沢賢治)
 中学生のとき、国語の教科書で読んだ。
「奥さんが亡くなられたさいの山本夏彦の礼状」
 山本夏彦さんが、奥さんが亡くなられたさい、会葬者に配った礼状。わずか数行だけれど忘れがたい。でも、なにで読んだか忘れてしまった…。

◆「笑う門には福来たる!“笑い”の文学」
 これは「こたつで読みたいバカバカしい本」を参照のこと。
 このときとりあげ忘れた本を追加しておこう。
「スポーツマン一刀斎」(五味康祐 講談社 1995)
 大衆文学館シリーズの一冊。奈良の山中からあらわれた剣術の達人が、ひょんなことからプロ野球界に身を投じ、前人未踏の打率10割を達成する。
「オズワルド叔父さん」(ロアルド・ダール 早川文庫 1991)
 強力な媚薬をつかい、著名人の精液を手に入れ売りさばこうとするオズワルド叔父さんの活躍をえがいた艶笑譚。
「小林賢太郎戯曲集 椿 鯨 雀」(小林賢太郎 幻冬舎文庫 2007)
 最近ラーメンズのDVDばかり観ているのだけれど、そのコントをあつめた本。

◆「五感で感じる文学
「水と砂のうた」(バリー・ロペス 東京書籍 1994)
 短編集。このなかに砂漠の温泉に入るだけの話があり、すこぶる五感に訴えてくる。

◆「『ドイツ』の文学
・「縛られた男」(イルゼ・アイヒンガー 同学社 2001)
・「壜の中の世界」(クルト・クーゼンベルク 国書刊行会 1991)

◆「本に登場する魅惑の人々
「大いなる遺産」(ディケンズ 新潮文庫 1951)
 この本にジョーという素晴らしい好人物ででてきて、登場するたびに嬉しく思った。

◆「ウォーターワールドを描く本
「クジラが見る夢」(池澤夏樹 新潮文庫 1998)
「ニワトリ号一番のり」(J・メイスフィールド 福音館書店 1980)
「ぼくの町にくじらがきた」(ジム=ヤング 偕成社 1978)
「ニワトリ号…」は、読まれていない児童書だと思うけれど、じつはムチャクチャ面白い。
「ぼくの町に…」は写真絵本。

◆「あなたの街が舞台となった本
なし。

◆「酒と本
「酒肴酒」(吉田健一 光文社文庫 2006)
「地球はグラスのふちを回る」(開高健 新潮文庫 2005)

◆「フシギとあやし
「本という不思議」(長田弘 みすず書房 1999)
 この本は読書エセー集。タイトルから連想しただけ。




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縛られた男

「縛られた男」(イルゼ・アイヒンガー 同学社 2001)

訳は眞道杉、田中まり。
挿画は真道彩。

ふと手にした本が面白いと、とても得をした気分になる。
これはそんな一冊。

本書は短編集で、収録作は以下。

「この時代に物語るということ」
「縛られた男」
「開封された指令」
「ポスター」
「家庭教師」
「夜の天使」
「鏡物語」
「月物語」
「窓芝居」
「湖の幽霊たち」
「私が住んでいる場所」
「絞首台の上の演説」

作者はキャラクターをえがく気がない。
どの作品の登場人物にも名前があたえられていない。
あるのは、簡潔な文章でしるされた、途方もなく圧縮されたプロットのみ。
プロットには、逆説が秘められていて、読み手の胸のうちで大きくひろがる。

また、作者は生死をないまぜにして書く。
「この時代に物語るということ」というまえがきで、作者が「鏡物語」について紹介する文章はこんなふうだ。

「少女は死に際にその一生を鏡で映したようにもう一度体験する。そこで少女は恋人と会ったときに別れ、物語の最後のほうではお下げ髪がまた伸びて、試験のたびに知っていたことをひとつひとつ忘れ、最期の瞬間にはついにこの世に生まれるのである」

訳者あとがきによれば、この死生観は作者の体験によるものだそう。
作者はウィーンのひと。
作者の母親がユダヤ系だったため、ナチスドイツ占領下において祖母と叔父叔母は強制収容所へ。
友人たちに母をかくまってもらいながら終戦を迎える。
つまり、つねに生死の境にいざるを得なかったひとの死生観。

終戦のとき、作者は23才。
それまでユダヤ系だからと入学を拒否されていた大学で医学を学ぶが、執筆活動のため退学。
その後50年代を代表する作家になったとのこと。

「縛られた男」
目をさますと、野外で縛られていた男。
なんとか立ったり歩いたりでき、しだいにその状態に適応。
たまたま出会ったサーカス団のもとで、縛られたまま機敏にうごいてみせ人気者に。
逃げ出した狼までも、縛られたまま素手で倒す。
しかし、もう一度狼を退治してみろと客につめよられたさい、団長の妻が男の縄を切ってしまう。

縛られていたときのほうが自由だった男の物語。
縄を切られたとき、男はこう思う。
「こうやって自由の身にならないよう、あれだけ警戒していたのに。なぐさめようとする同情を警戒していたのに。縄を切るにしても、よりによって今でなくともよかったのに」

「開封された指令」
司令部から前線へ指令をはこぶ伝令の男。
敵にみつかる可能性のある道をとおるという理由から指令を開封すると、そこには男の殺害命令が記されている。
すると、一緒にいる若者は自分への監視なのか。
拳銃を抜き、機会を待っていると、敵に撃たれ負傷。
止血をしてくれた若者に、男は指令を渡す。
指令には、この指令をもってきた男を銃殺せよとあり、名前は書いていなかった。
……

話はここで終わらず、まだひねりがある。
文面を知ったために疑心暗鬼におちいる伝令の話。
それにしても、よくここまでストーリーを詰められるものだ。

ほか、線路に落ちた女の子と、駅に貼られた南の海にいる男のポスターの生死が同時に語られる「ポスター」
地球でいちばんの美女が、ミス・ユニバースを名乗るため月にいき、そこでオフィーリアに出会う「月物語」
住んでいるアパートが、どんどん地下に沈んでいく「私の住んでいる場所」

「月物語」のラストは、さりげなく舞台が月から病室にうつり、美女は入水をこころみたことが読者に知らされるというもの。
どれをとっても、じつに面白い。

本書の最後の作品「絞首台の上の演説」は、その名のとおり首をくくられる男の演説。
そのため、ほかの作品よりも作者の思想がじかにあらわれているようでわかりやすい。
放火の罪で刑をうける男は、絞首台の上から叫ぶ。
「お前たちは生まれる前に放火してきて、死ぬ運命を背負って生まれてきたのか」

圧縮された物語は、石に刻印された化石のよう。
読みほどくのに緊張が強いられるけれど、それだけのことはある。

この本はソフトカバーで薄い、小振りな本。
本文は横書きで、上下にたっぷり余白をとっている。
この造本も、この作品にふさわしいように思った。

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