雨の襲撃者

「雨の襲撃者」(ジャック・ヒギンズ/著 伏見威蕃/訳 早川書房 1987)
原題は“The Violent Enemy”
原書の刊行は1966年。

訳者あとがきによれば、本書はヒュー・マーロウ名義で1966年に出版されたそう。
そのときのタイトルは、“A Candle for the Dead”
のちにジャック・ヒギンズ名義で再版したさい、タイトルを変更したとのこと。

3人称多視点。
警視庁特別保安部(スペシャルブランチ)の主任刑事、ディック・ヴァンブラと、同部長刑事ドゥワイアが、服役中のIRAの闘士ショーン・ロウガンを刑務所に訪ねるところから本書はスタート。

ロウガンは、IRAとして名の知られた人物。
戦争直前、ダブリンのトリニティ・カレッジ在学中に、北アイルランド越境襲撃に参加。
負傷して捕えられ、7年の刑に。

ロウガンは、幼いころフランスとドイツにいたため、両方の言葉が流暢に話せる。
そこを買われ、1941年、特殊作戦執行部の要求により釈放。
所定の訓練を経て、ヴォージュ山脈で〈マキ〉を組織するため、フランスにパラシュート降下。
当時、特殊作戦執行部にいたヴァンブラは、そこではじめてロウガンと会った。

戦争が終わると、勲章はすべて辞退し、すぐに除隊。
また、IRAの活動にたずさわり、捕まっては脱獄をくり返す。
そのため、ヴァンブラはいままでロウガンを3度逮捕している。
まるでロウガン担当のような立場。

IRAが北アイルランドでの国境闘争を中止したとき、英国の刑務所で刑期をつとめているIRAのメンバーはほとんどが釈放された。
が、政府はロウガンをひどく恐れている。
よって、あと5年刑期をつとめてもらわなければいけない。
ヴァンブラは、ロウガンに直接そのことを告げるために、刑務所にやってきたのだった。

さて、ヴァンブラたちが立ち去ったあと、ソウムズという男がロウガンに面会をもとめてくる。
ロンドンの弁護士で、コラム・オモアの使いできたとソウムズはいう。
オモアはロウガンもよく知るIRAの大物。
ソウムズは、ロウガンに脱獄をすすめる。

以前、ロウガンはこの刑務所を脱獄したことがある。
そのときは、脱獄したもののいき場がなく、すぐまた捕まってしまった。
そのことを知っているソウムズは、ロウガンに計画を告げる。
脱獄した先には、以前ロウガンと同房だった、汚職警官のポウプが準備をして待っている。
すぐ、オモアのもとへいけるようにしておこう。

かくして、ロウガンは現在同じ房にいるマーティンに、扉の鍵を開けてもらい脱獄する。

マーティンは素晴らしい腕前の錠前破りなのだが、腕が良すぎてだれがやったのかすぐにばれてしまうという人物。
似たような人物は、「地獄の群衆」にもでてきた。
同じく主人公が脱獄するこの作品でも、主人公は同房の、錠前破りのじいさんに扉を開けてもらうのだ。
本書の脱獄のくだりは、「地獄の群衆」の焼き直しといっていいだろう。

ぶじ脱獄に成功したロウガンは、計画通り元同房のポウプから服と車と身分証、それにサンドイッチなどを得て、この土地を脱出。
指示どおり湖水地方のケンドルという町へ。
町の、ある駐車場で待っていると、若い娘があらわれる。
名をハナ・コステロウという、オモアの使者。
ハナの運転で、ウィトベック近くに隠れ住んでいるオモアのもとへ。
ロウガンは10年ぶりにオモアと再会する。

なぜ、オモアはこんな手間をかけてロウガンを呼び寄せたのか。
仕事が用意してあるとオモアはいう。
現在、組織は大編成をおこなっているが、それには金がいる。

金曜日ごとに、週末の剰余金を積んだヴァンが湖をめぐり、リグ駅でロンドンゆきの急行を待つ。
金額は、いつもだいたい25万ポンドほど積んでいる。
このヴァンを襲い、金を奪う。
「あんたは、われわれの持ち駒のなかで一番知恵がまわる」と、オモア。
この仕事のために、オモアはわざわざ刑務所のなかからロウガンを呼び寄せたのだった。

しかし、ロウガンはこの仕事を断る。
もう40になるが、そのうち12年間は刑務所暮らしだった。
おやじがケリイの農場を切り盛りしているが、おやじももう歳だ。
おれのことを、首を長くして待っている。

だが、すっかり老いたオモアの姿にほだされて、ロウガンはけっきょく仕事を引き受けることに――。

本書は、年老いたテロリストの物語とでもいえるだろうか。
ヒロインであるハナの素性についても書いておこう。
ハナの父と、叔父のバディ・コステロウは、戦争中イングランドの北部でIRAの組織にかかわっていた。
母が亡くなり、父が飲んだくれるようになると、ハナは家をでてロンドンへ。
ウェイトレスになり、悪い男にひっかかり売春。
警察に捕まり、6カ月服役。
出所して、バディ叔父の家に身をよせるようになった。

バディ叔父も妻に先立たれている。
この叔父も飲んだくれで、アイルランド万歳の人物。
ことあるごとに、17歳になる知恵遅れの息子ブレンダンにつらくあたる。

ハナがこの現金輸送車襲撃の件にかかわっているのは、仕事が終わったら2000ポンドもらえるから。
そして、ブレンダンと一緒にアイルランドに連れていってくれるとオモアがいったから。
ハナは、ロウガンの半分ほどの年齢だが、2人は恋仲になる。

現金輸送車襲撃を実行するのは4人。
ロウガンとバディ叔父。
それから、オモアが雇ったモーガンとフレッチャーという2人のならず者。
ロウガンが計画を立て、いざ襲撃。
そしてみんな幸せになりましたとは、もちろんならない。

まず裏切りがある。
弁護士のソウムズや、元同房のポウプもそれに一枚かんでいる。
それから、ヴァンブラが迫ってくる。

ヴァンブラは戦時中、ドイツ軍情報部に捕まったとき、ロウガンに助けられたことがある。
そのロウガンを追わなければいけない自分の立場を、苦にがしく思っている。
物語の後半、ヴァンブラがロウガンを追いはじめると、物語はがぜん活気をおびてくる。

脱獄があり、襲撃があり、裏切りがある。
追跡があり、恋があり、逃避行がある。
それらが初期のヒギンズとしてはめずらしく、バランスよく配置され、物語はストレートに進み、全体として面白い読み物となっている。
読み終えると内容をすっかり忘れてしまうけれど、でも、これも美点のうちに数えたいところだ。


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