ウイキペディアで「今日は何の日」を検索したら、「忌日」欄にスペインの「イサベル1世」が載っていました。イサベル1世(在位1474〜1504年)といえば、ファプスブルク家に嫁いだファナの母君だった筈だと思い出し、ついでに「イサベル1世」の項を検索したら載っていたのが下の画像(左)。おそらくまだ20代初の姿でしょうが、まことにきれいな姿であり、絵画作品としてもすばらしいではありませんか。ということで、予定していた記事をひっこめ、この画像をブログに載せたくなった次第です。
ダ・ヴィンチ「ジネヴラ・デ・ベンチの肖像」
まだスペインが統一国家になっていないころ、カスティーリャ国王女だったイサベルはお隣のアラゴン国王太子フェルナントと結婚しました。ふたりは後にそれぞれカスティーリャ国女王イサベル1世、アラゴン国王フェルナント2世となり、カスティーリア=アラゴン連合王国(スペイン王国)を築きました。そして、イサベル1世はアメリカ大陸を発見したコロンブスの支援者でもありました。
ふたりの間に生まれた次女ファナは、政略結婚でファプスブルク家のブルゴーニュ公フィリップ(美公)と結婚。ハプスブルク家にとってはフランドルに続き、スペインを手中にするきっかけとなった結婚であり、大成功でした。ファナは言葉も通じない遠く離れたフランドルで子づくりに励んだものの、愛する夫のプレーボーイ振りに悩み、次第に狂気じみた行動をとるようになったといわれます。フィリップ美公が突然死去したときは、衝撃を受けて完全に正気を失い、夫の棺を馬車に乗せて数年間もカスティーリャ国内をさまよい続け、「狂女王ファナ」と歴史に名をとどめました。
イサベル女王は、ファナのことで心を痛めながら、1504年11月26日、波乱に満ちた生涯を閉じています。そして、そのなきがらはグラナダのアルハンブラ宮殿に眠っているそうです。
○さん
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知っておられたら、ごめんなさい。
オランダ人(?)が、城の絵のある“絵皿”に菓子をのせ、長崎奉行を接待しました。
奉行「この菓子を貴国では何と申すか」
オ人(絵皿の絵と間違えて)「カステーラ」と言います。それで”カステラ”となったそうです。
今一つ
イギリス人(草原を二本足で走る動物を見て)アボジニに「あの動物の名前を何と言うか」と尋ねました。アボジニ「カンガルー(わからない)」と答えました。それでカンガルーとなったそうです。
つまらないから手品でも(お孫さんにどうぞ)
”イソジンガーグル”(うがい薬)を幾分薄めてワイングラスにいれる(赤ワインに見える)、「今日は肉でなく魚だね」そこでビタミンCの粉末(なければハイシーでOK)を判らないよういれる。見事シロワインに転ずる。
遊びのKK
いつもながらおもしろい話、ありがとさま。風邪がこわいので外出から戻るとイソジンでうがいするようにしていますが、イソジンが赤ワインにもなり白ワインにもなるという話は“えっ、そうなの”で勉強になりました。
遊びのKKさん
スペイン・ポルトガル旅行を思い出す材料になってよかったです。ところで、イサベルは1451年生れですから、女王在位期間は30年ですが生涯は53年でした。それから、ファナは1479年生〜1555年没でした。1555年というのは確かアウグスブルグの宗教和議があった年だったと記憶しています。
それからついでに。
イサベルの画像の右に載せたダ・ヴィンチの絵は、今春旅行したときボストン美術館で見た絵です。アメリカ両大陸に存在する唯一のダ・ヴィンチ作品です(の筈)。イサベルの絵を見た瞬間、ふと頭に浮かんだのがこのダ・ヴィンチの絵だったです。この2人、なんとなく似ているとおもいませんか。
TKS 遊びのKK