先日の韓国咄「犬も三年経てば」で、日本の「猫の子一匹いない」という言い回しを韓国では「鼠の子一匹いない」という・・という話を書いた。
中国ではどうかというと、鼠は十二支のトップバッターとして登場するが、猫はベンチにも入れてもらえなかった。神様が「元日の朝、私のところへ来なさい。最初に到着した者から12番目までを一年交代でその年のキャップテンにしてやろう」とお触れを出した。ところが猫は集合日を忘れてしまった。鼠に教えてとたのむと、ずるい鼠は集合日を一日遅らせて教えた。猫がやってきたときにはもうベンチは満杯だった。だから猫は寝子になった・・・という話が(マルがかなり粉飾しているが)ある。
ちなみに猫が中国からわが国に伝来したのは奈良時代のこと。中国から仏教の経典が運ばれてくるさい、船中で鼠にかじられるのを防ぐため一緒に連れられてきたのが始まりという。
ところで、エジプトでは有史以前から猫がいた。紀元前5千年頃の彫刻に2匹の猫が彫られおり、女神バステトは猫の顔をしている。エジプトでは猫は幸せをもたらす霊獣として大昔から尊敬され、猫が死ぬと死体に防腐剤を施しミイラにして手厚く埋葬した。19世紀の中頃、エジプトの廟内で丁重に葬られた何千という猫のミイラが発見され、その後もあちこちから猫のミイラ群が掘り出されたという。
ただ、不思議なことにエジプトで飼われていた猫が世界の各地へ分布していくのは数千年も後のこと。古代ギリシャや古代ローマでは家猫はいなかった。絵画・彫刻や文献にも残っていない。旧約聖書にも当時のすべての家畜が登場するのに猫は書かれていない。ヨーロッパに家猫が入っていったのは、エジプトがローマ帝国の領土になった紀元1世紀になってからのこと。なぜ家猫がエジプトから外にでていかなかったかは不思議だが、福をもたらす神聖な猫を異宗教の民族の手に渡るのを拒んでいたからといわれる。
そういえば、日本でも世田谷の豪徳寺は福をもたらす招き猫で有名だ。
しかし、マルは何となく薄気味悪くて猫が好きになれない。犬が化ける話は聞かないが猫は化けて出る。猫かぶりという言葉もあるが、猫と目が合ったときのあの陰険な目つき、そして猫なで声も気色が悪い。猫には一種独特の凄味がある。マルは犬も猫も飼ったことがないが、犬の方がまだ可愛げがあるように思うが、猫ファンにとってはそうでもないか。
マル










ライオンは愛嬌がありますよね。少しヌケタようなところがあります。それが親しみやすい。
トラはカッコウはいいが油断なさそう。ずるそうな感じがする。そこがいや。
犬と猫にはその差がある。
猫は人間の生活に対して役に立つ何かがありますかね。忘れてはいけない。鼠をとってくれる。
そうだ、三毛猫の雄には、嵐の予知能力があるということで、漁師さんは大事にすると聞いたことが利ます。犬より優れた地震予知能力持っていますかね。そうであれば、少し考え直してもいいのですが・・・。
犬のほうがまだ良いが、吠えられたことがあり
嫌い。
しかし、足を骨折した人が飼っている犬を時々散歩させている。(人助け)
犬を散歩させるときは自分より前に行かせないことが大切。(常に横に歩かせると言うことを聞く)
そうか、自分より前に行かせないことがポイントですか。犬は自分がどういう身分的位置にいるか敏感だから、甘やかしたらなめられるらしいね。
散歩をしていると犬を散歩させているシーンによく出会う。見ているとすぐ分かる。あ、あの犬はご主人を馬鹿にしているな。ご主人にビクビクしているなってことが。犬を見たらご主人の頭の程度が分かる。